第五部第四章 神の名その七
日本人のネーミングセンスには定評があった。漢字と平仮名を上手くミックスさせ日本独自の雅びさを出していると言われている。
それは艦艇にも現われていた。かっての日本軍では日本古来の地名や川の名前を使ったりしていた。少なくとも源氏物語の主人公の名なぞはそれ等には付けない。だが彼等がそこまで日本文化に詳しいかというと流石にそこまでは至らない。そもそも日本文化は難解なことで有名である。おいそれと学べるものではない。これはどの文化にも等しく言えることであるのだが。だが日本文化が多くの種類の文字を使い、その変遷も複雑で多くの他文化の影響を受けていることから学ぶのは特に困難なのは事実であった。
そういうこともあり彼等は何処か日本文化に対して誤解していた。これは当の八条にとってみれば少し残念なことではあったが。
「この宇宙で最も理解するのが困難なもの」
こういう議題があがると連合ではいつも日本文化とマウリアの文化が挙げられる。最早マウリアのそれは別世界のものと認識されているところがあるが日本は連合の一員である。しかも誰もが知っているような国だ。
それでこうした言われ方をするのだから不思議といえば不思議である。だがそれも日本の魅力からくるものと言えばそうなのであるが。事情はかなり複雑である。
「では」
そうしたことを脳裏に思い浮かべながら八条はその兵器や艦艇の写真、そして諸将と正対していた。いよいよ運命の決する時である。
「まずは陸上兵器からいきますか」
「はい」
諸将は頷いた。最初は装甲車からであった。
「これは大虎とします」
中国の名を使った。これには諸将は少し意外に思った。
(日本風の名ではないのだな)
これは八条の気遣いであった。連合は百以上の国々から成る。一国の名から選んではそれ等の国から来た兵士の士気に関わるからであった。
その為そうして各国の名を採り入れることにした。これは政治的な意味合いも含んでいることは言うまでもない。
「戦車はイーゴリとします」
ロシアの名将の名である。ロシアの長年の宿敵である東の騎馬民族と果敢に戦った男だ。将に戦車に相応しい名に思われた。八条の命名は続いた。対空砲も決められた。
「対空砲はヨーク、そして移動要塞は富嶽とします」
「富嶽ですか」
「はい」
かって地球に人類がいた頃日本を代表する山であった。この名はやはり日本人に心に今でも残っていた。彼等は今でも大きく立派な山にはこの山の名を冠するのである。
「この巨大な要塞にはこれこそ相応しいと思いますが」
「確かに」
皆妙に納得できた。だから余計不思議であった。この山の名にはそれだけのものがあるのだ。
こうして陸上兵器は全て名付け終わった。重砲や自走砲には〜〜式という名が付けられた。これは各国の大砲の伝統に即したものであった。
次は各艦艇である。まずは駆逐艦からだ。
「これはミレトス級とします」
トルコの都市から名付けた。以後駆逐艦の名は都市から付けられることになった。
護衛艦はロブソン。カナダの山だ。護衛艦は山からである。パトロール艦は川からである。メナム級だ。
「砲艦とミサイル艦は」
まず砲艦は港湾からである。トミニ級だ。
ミサイル艦は島から。タスマニア級となった。
軽巡は平野や盆地から付けられることとなった。コラート級である。
重巡は山脈や高原からである。アンデス級となった。
「空母は広いですからね。やはりこれでしょう」
海からつけられた。カスピ級がその名となった。
次はいよいよ戦艦である。これは各国の州や郡、省の名が冠されることとなった。
「高速戦艦は流星にしますか」
「流星ですか」
「はい。それが相応しいかと思いますが」
「ううむ」
言われてみればそうである。
「それでよろしいですか」
「はい」
皆異論はなかった。こうして戦艦と高速戦艦も決まった。それぞれベリーズ級、ケフラー級となった。
「さてと」
ここで彼は一息ついた。
「いよいよ巨大戦艦だな」
「はい」
諸将もそれに対して頷いた。
「これの名前はどうするべきかな」
「何といっても我が軍の象徴とも言える存在ですから。それなりの名前でないといけませんね」
オーエルが言った。
「そうですね。あの巨体に相応しい名でないと誰も納得しないでしょう」
コアトルもそれに同意した。見れば他の者も同じ意見である。
「そうか。ではどういったものにするべきかな」
八条はそれを聞いて考え込んだ。
「そうだな」
暫し考えた。そして口を開いた。
「これは私の考えですが」
「はい」
諸将は彼に視線を集中させた。視線だけでなく思考も。
「神々の名を冠するというのはどうでしょうか。伝説や歴史上の英雄などもいいかと」
「神や英雄ですか」
諸将はそれを聞いて皆考える顔をした。
「どうでしょうか。いいと思うのですが」
あくまで今の段階では提案である。こういったことは実は長官の一存でどうにかなる。連合中央政府においては各長官の権限は大きい。少なくとも兵器や艦艇の名は彼が一存できる。
だが八条はあえてそれをしなかった。それはこの話は独断で決めるには繊細な話だと認識したからだ。
「名前は命を授けるのと同じことだ」
かって日本のある作家がこう言った。言葉には力がある、これは日本独自の思想かも知れない。
彼はそれが念頭になったかも知れない。だから今こうして諸将と話し合い名前を決めているのだ。
「よろしいのでは」
最初に言ったのは劉であった。
「我々の象徴に相応しいかと」
「確かに」
マクレーンも続いた。
「出来るだけよく知られ、かつ格好のいい名前にこしたことはありませんからな」
「ははは、確かに」
他の将達がそれを聞いて笑い声をあげた。
「あれだけの巨艦には将に神や英雄の名こそ相応しいでしょう。それに彼等に率いられていると思うと実に気分がいい」
「そうですな。我が軍の威容にも大きく影響するでしょう」
技術系であるチャムとレイミーも賛同した。
「そうですか」
八条はそれ等の発言を聞き終えて頷いた。
「ではそれでいいでしょうか。異論はありますか」
「いえ」
皆首を横に振った。
「長官のお考えに賛同致します」
「わかりました」
彼はそれを聞き微笑んでそう言った。
「では神々や英雄の名を冠することに決定します」
「異議なし」
こうしておおよそのことは決定した。次は最初の艦の名である。これで殆どのことが決する。
「どの様な名にするべきか」
八条は考えた。
連合で信仰されている神々や英雄は多い。ゾロアスター教のものもあれば道教、仏教、ケルト、エジプト、メソポタミア、中南米、日本、アボリジニー、そしてスラブやキリスト教の天使や聖人と実に多岐に渡る。
ないのはエウロパやマウリアで信仰されている神々だけであった。ギリシアや北欧、ヒンドゥーの神々は信仰されてはいない。尚連合にもムスリムはいるがサハラ各国のそれとはかなりかけ離れたものとなっている。イスラムといっても多様なのだ。
「ここは一つ強大な神の名にするべきだな」
彼はそう考えた。そしてここでとある神の名が脳裏に浮かんだ。
「これだな」
彼は思った。そして諸将に対してその神の名を言った。
「いい名が見つかりました」
「何ですか」
諸将は彼の言葉に耳を傾けた。
「この艦に相応しい名です」
「それは」
彼等は思わず息を飲んだ。
「はい、それは」
八条はその名を言った。普通の速さである筈なのに異様にゆっくりとした口調に聞こえた。
「ティアマトです」
メソポタミアの神である。海を象徴する神々の母である。巨大な竜がその正体であり、その身体から世界が作られた。連合の宗教においては慈愛に満ちながらも時として厳しい神々の祖である。夫アプスーと共にその宗教の主神として篤い信仰を受けている。
「あの神ですか」
その名を知らぬ者は連合にはいない。それ程名の知られた神であった。
「はい。これならばあの艦にも相応しいかと思います」
八条は自信をもった声でそう言った。
「あの艦の威容を考えるとあの巨神の名は相応しい」
「どの者も納得するでしょう。これ以上の名はありません」
諸将も頷いていた。これで巨大戦艦の名が決定した。
ティアマト級巨大戦艦。その存在は連合だけでなく銀河全体に響き渡るのにそう時間はかからなかった。
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