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第五部第四章 神の名その五
「それで彼等の艦の防御力もかなり高くなっているのはまた皮肉なことだが」
 それは思わぬことではあった。だがよくよく考えれば予想できることであるのだ。
「あの巨大戦艦はその中でも最大の脅威だろうな」
 アジュラーンもあの戦艦のことは脳裏に焼き付く程の衝撃を感じていた。
「あんなものは今まで見たことがない」
「はい」
 アッディーンもそれは同じであった。
「本音を言わせてもらうと彼等とは戦いたくはないな」
「同感です」
 戦いを避けるのもまた戦略である。彼等はそれをよくわかっていた。
「今のところ彼等とは特に利害関係はない。国境を接していないから当然だが」
「戦うとなれば徹底的にやるしかありませんけれどね」
「そうだな。その時は。しかし」
 アジュラーンはここで言葉を変えた。
「もしそうなるにしてもかなり先のことになるだろう。連合はまだまだ遠い」
 彼等はサハラ西方である。連合どころかマウリアとも境を接していないのだ。東方のハサンのみ彼等と境を接している。
 これが彼等が連合について然程考える必要のない要因となっていた。彼等はとりあえずは今やるべきことに専念すべきでありそう考えていた。
「やはりまずはこれからだな。どうするかだ」
「はい」
 それを今から話し合うのである。ここで新たな人物が入って来た。
「どうも」
 マナーマである。彼はこの度参謀総長に就任したのだ。本来参謀畑を歩いて来た彼にとっては適任と言ってもよい職であった。
 制服組のトップはまずは統合作戦本部長だ。そして参謀総長。宇宙艦隊司令長官は三番目だ。元帥といってもその役職には階級があるのだ。
 見ればマナーマはアジュラーンには敬礼をしている。アジュラーンはそれに対して返礼した。アッディーンは彼の後ろにいる形になっているので敬礼はしていなかった。
「他の方はまだのようですね」
「はい」
 アッディーンが答えた。二人はミドハドとの戦いで共に戦っている。知らない仲ではない。
「まあ今は待つとしましょう」
 マナーマは席に着いてゆっくりとした声でそう言った。彼は穏やかな人柄で知られている。鋭利な人物の多いオムダーマンの参謀本部においては珍しいと言えた。
 彼は手に持っていた鞄から何やら書類を取り出した。見ればサハラ全土の立体地図とファイルである。
「これだけはないと話になりませんね」
 彼は地図を拡げながら二人の方を向いて笑いながら言った。
「確かに」
 二人はそれに対して応えた。やはり顔は穏やかなものになっていた。
 三人は地図に目を移した。見ればオムダーマンの首都アスランはサハラのかなり西の端に位置している。
「ふむ」
 アッディーンはそれを見て思うところがあった。
(こうして見るとアスランは西に寄り過ぎているな)
 それがまず思ったところであった。これまではそう感じたことはなかったのだが。
 それには理由があった。ミドハドやサラーフを滅ぼし彼等を併合したからである。
 これにより領土は大幅に増えた。そして東に大きく進出した形になったのだ。
 その結果首都も西に位置するようになった。こうして見るとかなり偏っている。
(これは問題があるな)
 彼はそう考えた。首都はあまり一方に偏った位置では不都合が起こる場合がある。それは首都は行政や経済、交通の中心地であるからだ。
 その為に首都を自国の中央に置く例もこれまで多々あった。オムダーマン自身もアスランに首都を置いたのはその地が領土の丁度中心にあったからであった。
 アッディーンはこの時これからの首都としてのアスランに疑問を覚えた。実際彼はミドハドやサラーフと戦う時にはカッサラ星系を拠点としていた。それはカッサラが両国に対して侵攻することが可能な地理的に優れた場所であったからに他ならない。
 今まで多くの戦いを経てきた。それによりそうした地理的な重要性も深く認識している。アスランはその考えに基づくとこれからの戦略にいささか困難な首都であった。
(だがこれはそうそう容易には言えないな)
 流石に首都の移転は一軍人がおいそれと言えるものではなかった。
 首都の移転といった重要なことは国家元首の思いつきで決められるものでもない。何しろその国の中枢である。それを別の場所に移すということは言わば頭脳を移すことである。かなりの時間をかけた議論が必要であるしその為のチェックも欠かせない。非常に慎重に行うべき問題なのである。
 だが首都としての機能に限界がきつつあることはわかってきた。それはよく認識した。
(これもいずれ議題にあがるだろうな)
 アッディーンはそう考えていた。これからのオムダーマンを考えるとそれは避けて通れぬことであると確信していた。
 ここで大統領達が入って来た。アッディーン達はすぐに席を立ち敬礼した。
「うん」
 先頭に立つ濃紺のスーツの男性はそれに対し手で応えた。中肉中背の壮年の男性である。彼がオムダーマンの大統領シャービル=ブワイフであった。
 この国の大統領に就任して五年になる。政権政党のリーダーでもある。彼は若い頃は農園で働いていた。
 だが思うところあって都会に出た。そしてそこで農産物の商いをはじめとある政治家のお得意様となった。
 この政治家は若く溌剌とした彼をえらく気に入った。そして彼を一人娘の婿にしたのだ。これが彼の運命の分かれ道であった。
 程かく彼は養父の跡を継ぎ政治家となった。ここでもその前向きさと体力を武器に活動していった。
 彼はまた努力家でもあった。活動的な彼は学ぶことを厭わなかった。そして次第に政治家としての力量を磨いていった。やがて彼は所属する政党の若手議員の中でもホープと目されるようになった。
 彼にしてみればただ今目の前あることをひたむきにやるだけであった。それが彼の生き方であり考え方であった。それが結果として彼を成長させていったのである。
 次第に頭角を現わしていった。遂には政党の領袖達にそれを見込まれ閣僚を任されるまでになった。そしてそこでも持ち前の活動力と学んできた識見を発揮した。
 こうして彼は次第に国民にもその名を知られるようになった。能力的にも容姿にも派手さはないがその活発さと意外な程のそつのなさを知られるようになったのだ。そして彼は大統領に立候補した。
 そして当選した。対立候補はもう八十近い老齢であり年齢や体力の点で彼が有利に立てたのだ。彼はこうしてオムダーマンの大統領となった。
 大統領となっても彼の動きは変わらなかった。やはり活発に動き回り政策を立てていった。彼の任期中のミドハドやサラーフとの戦いとその併合、戦後処理もそつなくこなしている。単に元気のいいだけの人物ではないのである。
 そんな彼だがブレーンとなるスタッフは落ち着いた参謀タイプの者が多い。首相であるメガワティ=ハラーイブや外相であるウダイ=アッバース等がそうである。見れば二人共ブワイフの後ろにいる。
「おお」
 アッディーンは二人の姿を認めて思わず小声をあげた。彼等が来ることを何よりも期待していたのは彼であるからだ。
 ハラーイブは国立大学を主席で卒業した才媛として知られている。黒い髪と瞳が似合う鋭利な顔立ちの美人である。まだ三十代になったばかりであるが国際法の権威として知られその知識は多くの分野に及んでいる。博士号を三つ持っている。法学と文学、経済学だ。
 これで現実に疎いのであればおそらく首相にもならなかっただろうが彼女の指摘はあくまで現実的でありシビアであった。それを見たブワイフが彼女をわざわざ自ら出向き首相にしたのだ。それ程の人物であった。
 黒い眼鏡の奥の瞳は何も語らない。彼女は感情を表に出すことはない。鉄の女とも呼ばれている。
 彼女は誰に対しても臆することがない。言うべきことは容赦なく言う。軍部に対してもそうであるし大統領に対してもだ。これにはブワイフも苦笑するしかなかった。
「いやはや、うちの妻よりも手強い」
 彼は実は恐妻家でもある。その彼をしてこう言わしめるのである。
「言うべき時に言い、やるべき時にやる。そうでなくては何が首相でしょうか」
 彼女はよくこう言う。首相はナンバー2である。ナンバー2としてどうあるべきか、彼女はよく認識してもいた。
 だからこそ言うのだ。そこに妥協はない。彼女は妥協を徹底的に嫌った。
「あくまで最後まで話をしてそこから結論を出さなくてはなりません」
 そう主張する。とかく手強い女性であった。
 そのせいか彼女を敬遠する者は多い。幾ら美しくともあまりにも隙がないからだ。
 案外完璧過ぎる人間というのは人気がないものだ。そのせいかまだ独身である。
「私は結婚したいわけではありませんから」
 一説によると同性愛だともいう。これは特に驚くことではない。この時代ではごくありふれたことである。
 実際に年下の学生と同棲している。彼女の従妹だ。こういうとさらにあやしい。
 だがこれも単なる風聞の様だ。彼女は同性愛でもないらしい。
 潔癖症なせいかそうしたことには抵抗があるらしい。何でも口説こうとしたそうした趣味の女性がこう言われたという。
「私はそういった趣味はありませんのだ」
 実に固い。まさに鉄の女であった。浮いた話もなくただ仕事を完璧にこなすのである。
 だが不思議と嫌う者はいなかった。それは彼女はあくまで公平だからだ。
「公平でなければ首相をやる資格なぞありません」
 そう言いたげだが流石にそうは言わない。ただ仕事でそれは示している。
 こうした女性であるから信頼はされているし頼りにされている。オムダーマンの政治は彼女のその優れた事務処理能力と広く、かつ冷静なビジョンがあってのものであることは言うまでもないことであった。
「お久し振りです、アッディーン元帥」
 彼女は不意にアッディーンに声をかけてきた。
「は、はい」
 思いも寄らぬ挨拶にさしもの彼も一瞬戸惑った。
「あの書類は届きましたか」
 だがそれは仕事のうえでの話であった。
(やっぱりな)
 そうであった。彼女が仕事のこと以外で彼に話しかけることなぞないのだ。そしてその話といえば。
「届いていますよね」
「ええと」
 だが彼には思い出せない。宇宙艦隊司令部には書類が山の様に送られているのだ。一日に決裁する書類だけで優に普通の艦隊司令の三倍以上はある。
「艦隊編成に関する報告要請の書類です」
「ああ、あれでしたか」
 アッディーンは実際に言われてハッ、と気がついた。そういえば昨日受け取った。
「届いていますね」
「はい。まあ」
 彼はいささか力ない声で答えた。
「まあとは」
 だが相手は鉄の女である。早速そこを突っ込まれた。
「一体どういう意味ですか」
「まあその」
「はい」
 誤魔化しは全く通用しない。さらにまずいことになりかねない。アッディーンはここで腹をくくった。
「もう暫くお待ち下さい。今日中に終わらせますので」
「そうですか」
 ハラーイブはそれを聞いてようやく視線を下にした。見ればそれ程背は高くはない。むしろ小柄と言ってよい。軍人であり体格には不自由していないアッディーンから見ると頭の頂上まで見えてしまう程である。
 しかし迫力があった。えも言われぬ強い気が彼女にはあった。
 だからこそアッディーンも押されたのだ。彼ですら引かせる強いオーラがあった。
「明日には必ずお願いしますね」
「はい」
 どうも彼女には勝てない。宇宙艦隊司令長官に就任した時にもまずこう言われていた。
「首相は厳しいぞ」
 と。噂には確かに聞いていたがこれ程とは流石に思わなかったのだ。
 おかげで好きではないデスクワークにも励まなくてはならなかった。もっともそのせいか事務処理能力は以前より上達しているが。
(好きで身に着けたわけではないのだが)
 それでも役には立った。おかげで宇宙艦隊司令部の事務の遅延はなかった。これもこの鉄の女の狙いではないのかとさえ思える。
 そう考えているうちに彼女はアッディーンから視線を離し自分の席へ移った。そしてアッバースもそれに続いた。
 やや太めの男である。背はそれ程高くはないがそのせいか実際より大きく見える。ブワーイフとはまた違った意味で大きく見えるのだ。
 彼は元々外交官である。オムダーマンの外交官は全て同じ試験を受けて選ばれる。高級官僚になるのは全て実績に基づき選ばれるようになっている。これは他の国とはまた違う点だ。
 エウロパではやはり貴族が高級官僚、外交官となる。やはりここでも階級社会となる。平民もなれるがまず貴族が優先されるのだ。
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