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第五部第三章 巨大戦艦その二
「最悪の場合バチカンの本拠地を連合に移すよう要求してくるものと思われます」
「教皇のバビロン捕囚か」
「はい。その再現もあるかと」
 かってフランスカペー朝が行った事件である。教皇ボニファティウス八世との対立に際してフランスの美顔王フィリップ四世は兵を送り教皇を捕らえた。これによりボニファティウス八世は憤死している。
 だからといってこの教皇に同情する者はいなかった。ボニファティウス八世は教皇にありながら無神論者であり強烈な権力欲と物欲を持っていた。そして好色であり天国はこの世にこそあるのだと主張し、貧困や病気を地獄だと言った。気の弱い政敵を謀略で蹴落とし法皇になった札付きの人物である。もっとも当時の教会においてはこうした宗教家というよりは政治家というべき人物が数えきれぬ程存在した。枢機卿位になるとそうでなければやっていけなかった。紅の法衣は一国の君主に匹敵する名誉と権威があった。それを手に入れるのは容易ではなかったのだ。
 それだけ当時の教会の力は強かった。今尚連合とエウロパに影響力を持っていることからもそれは容易に窺える。教会に逆らうことは死を意味した。
 だがフィリップ四世はあえてそれをした。フランスでは王権が強かったからこそ出来たことであった。そして自国の領内に教皇庁を置いた。彼はあくまで強気であった。教会に勝ったことは国内における彼の権威を知らしめることにもなった。
 だがデメリットも存在した。これに対しフランスの宿敵であるイングランドと神聖ローマ帝国が反対したのだ。彼等も彼等で教皇を置いた。教会の大分裂である。
 それは長い交渉によりようやく収まった。教皇は一人となりローマに戻った。だがsこれにより教会の力はかなり落ちた。それでもルネサンス期においても依然として最大の封建君主であり、神聖ローマ帝国や富豪でありメディチ家、フッガー家と結び付き権勢を欲しいままにした。教会の力はやはり絶大なものがあった。なおフィリップ四世であるが彼は実に奇妙な最期を遂げている。テンプル騎士団の莫大な経済力に目をつけた彼はこれをフランスのものにしようと画策した。彼もかなり狡猾であった。
 様々な謀略や捏造によりテンプル騎士団を陥れた。そして拷問と処刑により彼等を抹殺しその財産を手に入れた。だが彼はその頃から何者かに怯えるようになった。
 そして衰弱死した。一説には騎士団員達の呪いだとも言われているが真相は一切不明である。それは誰にもわからない。だが誰もそれを不思議には思わなかった。こうして梟雄フィリップ四世は死んだ。悪名と業績の双方が彼には残った。歴史においては法皇との対立は結局はよくある権力争いであると言われている。
 そうしたことは過去にあった。サルディニア王国も普墺戦争のどさくさに紛れる形で教皇領に進駐しローマを強引に自らの首都としている。これでイタリア半島は統一されたのだ。
 法皇はそれに強硬に反対した。だがどうにもなるものではない。この時代教皇は『バチカンの囚人』と呼ばれた。これはカトリックが特に多いイタリアにとってはかなり頭の痛い問題であった。この問題はムッソリーニの登場まで解決しなかった。彼は確かに多くの問題はあったがヒトラーやスターリンとはまた違っていた。ユダヤ人を守り、カトリックのことにも配慮していた。少なくとも指導力や政治力は備えていた。決して無能ではなかった。ただ自国の軍隊の力を全く把握してはいなかったのが問題であった。
「歴史上何度かそうしたことはあったが」
「あくまで最悪の場合です」
 プロコフィエフはそう断ったうえで言った。
「その場合は深刻な問題に発展するかと」
「確実にな」
 それはモンサルヴァートにもよくわかっていた。
「そこから戦争に発展する可能性もあるな」
「はい。スパイを送り込まれる禍根を断つ為にも」
「それだけではない。バチカンを向こうに持っていくことは彼等にとって大きな意味がある。カトリックの権威を彼等がその手に収めるのだからな」
 今までそれはエウロパにあった。それが連合にとってはいささか不満であった。
 連合にもカトリックの信者は多い。フィリピンや中南米諸国を中心としているがその他の国々にもいる。彼等はバチカンに行くことは出来ない。連合とエウロパの対立がそれを許さない。行くにはかなり高位の司祭にでもなるしかない。これは熱心な信者にとっては長い間不満の種であった。
 だがそれはどうにもなるものではない。バチカンを動かすことはできない。エウロパにあることは動かないのだ。
 信者はバチカンに詣でることを望む。それが連合にあるとどうなるか。
「金が動く」 
 如何にも連合らしい考えだがその通りだ。
 まず信者達の旅でのシャトルや宇宙船の移動。その中継地となる多くの街での宿や食事。途中の遊興。旅はそれだけで大きな産業になるのは昔から変わらない。連合は宇宙海賊という悩みの種も抱えているがこれの問題は今はかなり減少している。テロリストはその前に信者達にやられる。法皇を傷つけるなどという行為は将に悪魔の所業であるからだ。流石にこれは容易ではない。法皇は信者により護られているのだ。
「そうしたことを考えるともしその経緯で入ってきたならばそれを口実に何かとこちらに圧力をかけてくるかと」
「全ては利権か」
 それから起こる戦争は実に多い。これも昔からだ。
「連合はそうしたことには特に敏感だが」
「今までバチカンにも何度か連合に来るよう誘ってはいますね」
「信者も向こうの方が多いことだしな。そういえばだ」
 彼はここで話を変えた。
「信者の数だが連合の宗教人口は十兆を超えているらしいな」
「はい、連合の宗教は多岐に渡っておりますから」
「あれだけの多様な文化や人種を擁していれば当然か」
 そこが連合とエウロパの違いであった。
「連合らしいといえばらしいな」
 プロコフィエフはあらためて言った。
「実は今回私がここに来たのは閣下にお知らせしたいことがあり参ったのです」
「はい。それだけでも充分脅威ですが」
「何だ。言ってみてくれ」
 モンサルヴァートもただならぬものを感じていた。
「連合の艦艇ですが」
「最近新型を一斉に開発しているというのは聞いている」
 今までは各国の艦艇をそれぞれ使用していたがそれを統一したのだ。
「はい。その中に恐るべきものがありました」
「それは諜報部からの報告か」
「はい。ステッラとは別の」
「そうか。そしてどのようなものだ」
 モンサルヴァートの顔も暗くなってきた。
「戦艦か空母か。だがそれならばそれ程顔を暗くはさせないな、卿は」
「はい」
 彼女は暗い顔のまま頷いた。
「問題は彼等の旗艦となるべき艦です」
「普通の戦艦や空母ではないのだな」
 艦隊の旗艦は戦艦や空母が務めることが多い。そうした艦は電子や通信を特に強化しているのが通例だ。
「どの様な艦だ」
「これを御覧下さい」
 プロコフィエフはここで一枚のディスクを取り出した。
「そこにデータはあります」
「ふむ」
 モンサルヴァートはそれをすぐに自分の机の上のコンピューターに入れた。そしてその中身を見た。
「・・・・・・何だこれは」
 それを見た最初の一言はそれであった。
「これは本当に艦か」
「はい」
 プロコフィエフは頷いた。
「人口要塞ではないのだな」
「大きさだけを見ればそうかも知れませんが」
「よく見れば形が異なるな。れっきとした艦艇の形だ」
「おわかりいただけましたか」
「ああ」
 モンサルヴァートは頷いた。
「これは一隻ではないな」
「はい」
「見たところこれ一隻だけで我が軍の一個艦隊に匹敵する戦力を持っていそうだな」
「おそらくその程度の戦力は擁しているでしょう、実際にはまだ戦っていないのでよくわかりませんが」
「由々しき事態だな。国防計画を根本から見直す必要がある」
「はい。どうやら連合軍は我々が当初考えていたよりも遥かに強大なようです」
 二人の顔はさらに暗くなった。
「早急に手を打たなければな。最悪の場合総督府の戦力を本土防衛に回さなければならないかもな」
「それはあくまで非常時ですが」
「わかっている。だが本土を失っては何にもならない。エウロパ一千億の市民の命を守らなくてはならない」
 彼の顔は強張っていた。自らの責務の重さを痛感していた。
「参謀総長」
 そしてあらためてプロコフィエフに顔を向けた。
「すぐに計画の全面的な見直しを開始せよ。そしてこの艦の詳細なデータを送るよう諜報部に伝えてくれ」
「わかりました」
 プロコフィエフは敬礼して答えた。
「早くしなくてはな。もし彼等がその矛先を我等に向けてきたならば」
「今のままでは忽ち全土が蹂躙されてしまうでしょう」
 二人はそれで沈黙した。モンサルヴァートは敬礼し部屋を後にした。
「では私はこれで。プランが整い次第すぐに参上いたします」
「うむ」
 モンサルヴァートも返礼した。そして彼女が部屋の扉を閉めると彼一人になった。
 彼は机に座していた。そして連合のその艦艇のデータを詳しく見ていた。
「まさかこれ程の艦艇を開発するとはな。つくづく連合の国力は底知れぬ」
 その顔はやはり強張ったままであった。
「これに対するにはどうするかが問題だが今の状態では情報がなさ過ぎる」
 そうであった。やはり情報がなくては何にもできない。しかもこの艦艇の詳しい情報はこのディスクだけでも全くわからないのである。まだ入ったばかりの情報であり不確かなものも多いであろう。
「だがそれでもこの艦が恐るべき力を持っていることがわかる」
 見れば各部に無数の砲台、ミサイルランチャーがある。そして飛行甲板まであった。
「戦闘空母の様だがまるで要塞だな」
 先程モンサルヴァートが言った言葉は決して誇張ではなかった。彼は思うところを言っただけであった。
 それ程までにこの艦は巨大であった。そしてその装備は信じられないものであった。
「特に艦首部分だな」
 そこには一門の巨砲が備え付けられていた。
「この巨砲がどれだけの力を持っているのか今はわからないがこの大きさからすると」
 それは要塞の主砲に匹敵する巨大さであった。要塞の主砲は一撃で一千隻を撃沈することが可能だ。ニーベルング要塞群の十二の人工衛星のそれはそれ位の破壊力が備わっている。連合のガンタース要塞群のものはもとが惑星であるだけにそれより破壊力は遥かに大きいようであるが。
「やはり相当な破壊力を備えているな。安心はできない」
 彼の顔は硬くなる一方であった。
 モンサルヴァートはここで電話をとった。そして秘書官を呼び出した。
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