第五部第二章 狩りその五
「むしろ隠れるには好都合だ」
「そうなのですか」
「ああ。木星にいるのはごく少数の監視員等だけだな」
「はい」
彼等は中央政府から派遣されている。木星に逃げ込んだ犯罪者に対処する為である。
他にも任務はある。気候や災害への監視もある。だがおおむね仕事は少ない。ここに派遣された者は往々にして一日の大半をコンピューターゲームやカード、読書、スポーツジム等において時間を費やす。そうしたことが好きな者にはいい職場と言える。
「その中にいる可能性が高い」
「またですか」
以前も彼女はそうして潜り込んでいる。彼はそれについて言及したのだ。
「そうだ。いや、言い換えるか」
アラガルはここで言葉を変えた。
「それしかない。木星に隠れるには」
「それはそうですが」
「芸がない、と言いたいな。あれだけのことをした大物スパイにしては」
「はい」
「趙君」
アラガルは彼の名を呼んだ。
「人は一度したことはあまりしようとしない。この場合は」
「はい。やり方が知れ渡っていますから」
「だがそこに盲点がある」
「といいますと」
アラガルにはもうわけがわからなかった。上司が何を言いたいのかわかりかねていた。
「発想の転換だよ。それはしそうにない。ならば人はそこには注意を払わない」
「ステッラはそこに目をつけたのですか」
「そういうことだ。こう言うと何だか推理小説のようだがね」
「確かに」
「ただし普通の推理小説と違うのは我々が直接手を下さなくてはならないことだ。探偵は謎を解くだけだけれどね」
「長官、お言葉ですが」
ここで趙は突っ込みを入れた。
「何だい」
「そうした推理小説もありますよ。ハードボイルドで」
「おっと、そうだった」
アラガルは自分の迂闊さに思わず苦笑した。
「それに長官もご自身で手を下されているではありませんか。探偵の頃から」
「そうだったな、どうも自分のことは棚に上げてしまう」
「それはよくないですよ。特に女性関係においては」
「そういえば最近そうした店にも言っていないな。また行きたいな」
「長官」
趙虎がそこで怖い顔をした。
「そうしたことは任務が無事終わってから仰って下さい。不謹慎ですよ」
「済まん済まん。まあ話はそれ位にして」
彼は趙虎を宥めたあとで言った。
「早速木星に向かうか。そして今度こそステッラを捕らえよう」
「はい」
何はともあれアラガル達は木星に向かった。表向きは監視員の研修としてだ。
「あれ、そんなの聞いていないよ」
木星監視の責任者はそれを聞いてすっとんきょうな声をあげた。
「中央政府の突然の決定でして」
アラガルはそう作り話をした。
「そうだったの。じゃあいいや」
「よろしくお願いします。期間は二週間です」
「うん。短い間だけれど宜しくね」
「はい」
彼等はすぐに捜査を開始した。まずは関心全員の身元を洗った。これは案外楽であった。
木星の監視員は総員で百人程だ。その中で女性は四割程。僅か四十人程の中から探し出せばいいのだ。
「さて、誰かな」
アラガルは趙虎の叩くコンピューターを覗き込みながら言った。
「思ったより早く見つかりそうですね」
「そうだな。今回は隠れ場所を発見したことが大きかった。木星だということをな」
「それが彼女にとって失態でしたかね。いい隠れ場所だとは思いますが」
「木の枝を隠すには森がいいとはよく言ったものだ」
ここでアラガルは古い言葉を口にした。
「潜伏うるには人の多い場所の方がいいな」
「そうですね。確かに木星は誰もがまさかと思いますが」
「しかし一度察知されたらそれで終わりだ。人が少ないのが仇になる」
「そのうえ身元もわかりやすいですし」
「そういうことだ。ステッラもドジを踏んだな」
「かも知れませんね。けれどこれは我々んとっては大きいですよ」
「ああ。遂にあの女を捕らえられる」
二人はそんな話をしながらコンピューターで検索していく。そして遂に彼女と思われる者を断定した。
「こいつだな」
「はい」
そこには眼鏡をかけた黒髪の地味な女の写真があった。名をローザ=オーティスという。ジャマイカ出身の黒人だ。
「まさか黒人とはな」
「肌の手術でも行ったのでしょうか」
「かもな。いや、違うな」
アラガルはホノグラフィー写真を見ながら言った。
「何か塗料を使っているな。それもかなり特殊な」
「成程、それなら問題ありませんね。塗るのが大変そうですが」
「変装にはよく使われる。よくあることだ」
アラガル自身も使ったことがある。だからそう言えるのだ。
「ともかくこれでステッラの尻尾を掴むことができた」
「はい。後は捕まえるだけです」
「慎重に行こう。あの女は悪賢い」
「そうですね。ここで取り逃したら今までの苦労が水の泡です」
「そうだ。絶対に逃がさん」
アラガルは強い声でそう言った。そして彼等は部屋を出た。
すぐにステッラに網を張り巡らせる。そして彼女を少しずつ包囲していく。
「逃がすなよ」
「はい」
彼等は次第に彼女を追い詰めていく。彼女の知らないところで。そう考えていた。
三日後彼等は彼女の部屋の前にいた。その手には銃がある。
「出来るだけ生かして捕まえたいな」
「自白させる為ですね」
趙が問うた。
「そうだ。エウロパのことを聞き出したい」
スパイに対する当然の処置であった。この時代では拷問による自白は行われない。自白剤を使う。自白剤も進歩し、脳等への悪影響はなくなった。そしてその効果はより強くなったのだ。
「ことと次第によっては今後エウロパと揉めるな」
「今更という気もしますがね」
彼等は小声で囁いている。当然ステッラに気付かれないようにする為である。
一際大きな男が扉の前に来た。そしてその扉を思いきり蹴った。
「動くな!」
彼等は一斉に部屋に入った。そして銃を構える。
「連合テロ対策チームだ。これだけ言えばわかるだろう!」
「ステッラ逃げられないぞ。覚悟しろ!」
口々に叫ぶ。だがその部屋には人の気配は全くなかった。
「!?」
彼等はそれを見て不思議に思った。いぶかしみながら部屋の中を探る。
調べてみたが彼女は何処にもいなかった。どうやら逃げてしまったらしい。
後でわかったことだが車とシャトルが一つずつなくなっていた。何故なのか言うまでもない。
「逃げられましたね」
調べ終わり趙は渋い顔でアラガルに言った。
「そうだな。相変わらず足が速い女だ」
アラガルも渋い顔をしていた。朗らかな普段の表情はそこにはなかった。
「今もこの太陽系の何処かにいるでしょうね」
「そうだな。だがもうテロリスト達を裏で操ることは出来ない。当分身を隠さなくてはならないからな」
「ですね。とりあえずはあの女の今回の観艦式への攻撃を防いだということでいいのでは」
「そういう考えもできるか」
アラガルはそれを聞いて表情を和らげた。
「そうです。それだけでも大きいですよ。他のテロ組織は既にその殆どを潰していますし」
「あの女の手が切れたならその関連の組織も終わる」
「はい。後は小さな組織だけです。それはもう全て首に縄をかけてあります」
「その連中を捕らえていけばいいか。これで観艦式はとりあえずは無事に行えそうだな」
「ええ。しかしその為には苦労しましたよ」
「そういうものだ」
アラガルは言った。
「一つの行事を行うにあたって色々と準備が必要だ。我々はそのうちの一つを行ったのだ。仕事として」
「大変な仕事でした」
「そうか?」
アラガルはそれに対して不敵に笑ってみせた。
「私にとては実にいいゲームだったが。多くの獲物を狩ることができた」
「長官にとってはテロリストは獲物でしたね」
「そうだ。最高の獲物だ」
その顔にいつもの笑みが戻っていた。
「これは止められない。一度覚えると癖になる」
「狩りの愉しみですね」
「ああ。私はこれからもこの狩りを続ける。テロリストとスパイを狩ることをな」
ニヤリと笑う。そしてボルサリーノをかぶる。
「では戻るか、シンガポールに。ここの所長には既に事情を話してある」
「驚いていたでしょう。まさかここにステッラがいたとは夢には思いませんから」
「呆然としていたよ。まあ当然か」
これは無理のないことであった。
「とりあえず扉の修理費を国防省の会計部に話をしておきましょう」
「そうだな。かなり骨が折れるが」
会計部はかなりのしまり屋で知られている。軍や国防省の一般会計を取り扱っている。とかく出費の多い軍にあってはそれも当然であった。
「それが一番辛い戦いになりそうだな」
「狩りではないのですね」
趙がここで突っ込んだ。
「残念だがな。私はそうしたお金の話は苦手だ。只でさえ無駄な出費が多いとあちらからは言われている」
「長官は何事も派手にやり過ぎるからですよ」
「だがそうでなくては狩りは面白くない」
彼は不平を露にして言った。
「地味にやるのは私の性に合わないんだ。やはり派手にやらなければ」
「かといって不必要に火器を使うのは」
「私にとっては不必要じゃないんだ」
「それは会計部に言って下さい。私に言わずに」
「趙君」
彼はしかめっ面で趙に顔を向けた。
「君も案外冷たいな」
「今頃気付かれたのですか」
彼はそれをあっさりと受け流した。
「ですがこれは冷たいのではありませんよ」
「では何だ?」
「ごく当たり前のことを申しているだけです。常識を」
「常識をふりかざすのは嫌いだ」
「長官は度が過ぎます」
「やれやれ。では君は私が直接会計部と話をするべきだと思っているのか」
「はい」
「その結果対策チームが不利益を被ってもいいのだね」
「チームは不利益なぞ被りませんよ。長官が始末書を書かれて扉のお金を払わされるだけで」
「それが対策チームの不利益なのだが」
「長官とチームはまた別です。責任はご自身でどうぞ」
「ではいつも通りか」
「はい。始末書を書かれるのはもう慣れておられる筈です」
「ふう」
アラガルはそれを聞き溜息をついた。
「何か作戦の度にこうして始末書を書いている気がするな」
「自業自得です」
趙の言葉が締めとなった。彼等は観測所を後にした。そして地球へと戻っていった。
何はともあれ彼等とグリーンベレーの活躍によりテロ組織は今回の観艦式への妨害を防がれた。そして観艦式は無事行われることとなった。
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