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第五部第二章 狩りその四
「ところで」
 ここで話題を少し変えた。
「既に侵入してしまったテロリストに対してはどうしていますか」
 監視網をかいくぐった者について言及した。
「ハッ、それですが」
 ンガバはここで言葉を厳しくさせた。
「首都防衛部隊及び警察と密接に関係をとり人員を回しております。こちらでも軍用犬を使いかなりの成果を挙げています」
「そうか。それならいいですが」
 八条はそれでも言葉を付け加えた。
「だが油断をしてはいけないと言わせてもらいます。我々は彼等を一人残らず捕らえなければならない。しかし彼等は一人でも逃れることが出来れば目的を達成することができます」
「わかっております」
 テロの怖ろしさは彼が最もよく知ることであった。そうでなければ特殊部隊の隊長は務まらない。
 だからこそテロは脅威なのだ。そして対策には万全の注意を払わなくてはならない。
 八条もそれはわかっている。ンガバに慎重に話をするのもそのせいだ。
「一人残らず捕らえて下さい。さもないと大変なことになりかねません」
「はい」
 ンガバが電話の向こうで頷いた。
「観艦式を狙う者は一人残らず捕らえます。必ずや」
「頼むよ」
「お任せ下さい」
 こうして電話による話し合いは終わった。八条は電話を切るとまず一息ついた。
「さてと」
 彼は前を見た。
「大変なのはこれからだな。おそらく敵もこれまでよりも多くなる。そして」
 彼の目が怪訝の色を宿した。
「何をしてくるかわからない。だが絶対に防がなければならない」
 彼は次には首都防衛軍に電話をかけた。こうして担当部局全てに対策を打った。これも国防相の任務であった。

 アラガルは自らテロリストの摘発に当たっていた。黒いスーツの上にクリーム色のコートを着て雨の夜の街を歩いている。
 彼は一人だった。周りに人の気配は全くない。
 狭い道だ。左右には古いコンクリートの建物がある。アスファルトの端からは雑草が顔を出している。
「こんなところにも生えるのか」
 アラガルをそれを見て呟いた。
「信じられない生命力だな。人間より上だ」
 素直に賞賛の言葉をかけた。
「だが私もこの草と似たようなものだな」
 自嘲を込めてそう呟いた。
「何度倒されても立ち上がらなくてはならない。この草と違うところは自分の意志でそうしなければならないことか。いや」
 言葉を替えた。
「この草も同じだな。自分でアスファルトを突き破らなくては顔を出して生きることもできない」
 その通りであった。草は陽の光を浴びて生きている。生きる為には陽を見なければならない。
 だがこうしたところではそれは容易ではない。固い舗装された壁を突き破らなくてはならないのだ。
「人の一生も同じだ。前の壁を突き破らなくては生きていけない。そのうえそれで自分で食べる方法を見つけなくちゃいけない」
 ドライな言葉であった。彼はそうした言葉を呟きながら道を進む。
 雨は決して強くはない。だが降り続け彼の肩を濡らしていた。
 それに構わず進む。そしてあるビルの前に来た。
「ここか」
 彼はそのビルを見上げて言った。見れば上の方に光が灯っている。弱い光だ。
 ビルの周りを調べる。すぐに入口が見つかった。上に続く階段がある。
 アラガルはそこに足をかけた。そして上に昇っていく。
 思ったより高いビルである。だが彼は息一つ切らさず一歩一歩進んでいく。
 コツーーン、コツーーンという音がする。そして扉の前に来た。そこには看板がかけてあった。こう書いている。
『連合の平和と人権を守る会』
「絵に描いた様に胡散臭い名前だな」
 アラガルはそれを見て思わずそう言った。まさにその通りであった。
 こうした団体の特徴としてもっともな名前をつけるものだ。その実態がどれだけあやしげなものであってもだ。
 アラガルは扉を叩くようなことはしなかった。まずは扉に耳を近付けた。
 何やら話をしている。ヒソヒソと声が聞こえる。
「どうするのだ」
「やはりすぐに動くべきか」
 扉の向こうがどういう構造になっているかわからない。だが扉のすぐ向こうにいるのは確かだ。
「よし」
 アラガルはまずは身体を引いた。そして銃を取り出した。レーザーガンだ。
 それを放つ。扉は瞬時にして破壊された。
「!」
 中にいた者達の気配がした。どうやらかなり焦っているようだ。
 アラガルは破壊された扉をくぐった。そして中にいる者達に発砲した。
「うわっ!」
 頭の禿た中年の男だった。彼は胸を撃ち抜かれその場に崩れ落ちた。
 部屋の中は事務所だった。簡素な部屋に幾つかの椅子と机がある。そしてその中央にはソファーが置かれている。
 禿た男はそのソファーのところにいた。側にも何人かいる。
「中央政府の者か!」
 その男の側にいた若い男が懐から銃を取り出そうとする。だがアラガルはそれより前に彼の額を撃ち抜いた。
「答える必要はない」
 彼は言った。そして奥に逃げようとした男の背中を撃った。
「テロリストは一人残らず消す。それだけだ」
「我々が行うのはテロではない!」
 机に座っていた。髭面の男がそう叫んだ。
「我々が行うのは連合を正しい道に導くことだ!」
 ヒステリックに叫ぶ。どうやらこの男なりの理想を持っているようだ。
「我々は連合軍に反対する。それは連合の平和を願ってのことだ!」
 だがアラガルはそれには耳を貸さない。演説をよそにライフルを持って来た女を射殺した。彼にとってテロリストの性別は関係ない。テロリストは皆倒すべき敵なのだ。
「連合軍は強大な力だ。その力は各国を圧するものに他ならない!」
 髭の男は同志達が次々とアラガルに撃ち殺されているというのに逃げるわけでも戦うわけでもなく一人演説を続けている。その様子が正常でないことは誰にもわかった。どうやら何か麻薬を打っているらしい。その証拠に目の光が異常だった。狂気が見てとれた。
「そして連合軍は各国に侵略を開始するだろう。サハラにもマウリアにも。そしてエウロパにも」
「エウロパ」
 アラガルは逃げようとした中年の女の後頭部を撃ちながらその言葉を呟いた。
「そうか、そういうことか」
 そして彼は全てを理解した。
「我々はそれを食い止めるものである。断固として連合軍の観艦式を阻止する!」
「もう言い。黙れ」
 アラガルはそう言うと彼に銃を向けた。そしてその胸を撃った。
 男は心臓から血を噴きだしながら後ろに倒れた。即死であった。
「この者達の後ろにはエウロパがいるようだな」
 そして事務所の中を探った。もう誰も残ってはいない。皆彼に射殺されていた。
 机の中や金庫を調べる。金庫を開けるのは慣れていた。これもテロリストを相手にする探偵の仕事の一つである。彼等の秘密を探る為だ。時にはこうした一歩間違えれば盗賊の様なこともする。
「ふむ」
 金庫の中には金の他にも幾つかの書類があった。彼はそれを開いた。
 そこにはこれからの計画のことが書かれていた。観艦式の最中に空港でテロを起こすというものであった。
「やはりな何が平和と人権だ」
 アラガルは顔を顰めてそう呟いた。やはり看板は偽りであった。
 他にも調べる。死体も調べた。その結果書類や手紙が幾つか見つかった。
 その殆どがこれからの計画に関するものであった。だがそれだけではなかった。 
 その中に驚くべきものがあった。それは彼等の資金源であった。
 麻薬もあった。髭の男を見てもそれはわかる。だがそれだけではない。
 何とエウロパの諜報部員の名前もあった。ミカエラ=ステッラという名だ。
「あの女か」
 アラガルもその名は知っていた。当然これは偽名であろうがそれでも連合の諜報関係者の間では非常によく知られた名前であった。
 何故彼女の名が知られているか。数年前連合内で各国や中央政府の情報が漏洩しているのではないかという嫌疑が出て来た。
 調べてみると一人の連合中央政府の職員に当たった。その女の名がミカエラ=ステッラだったのである。
 連合諜報部は極秘に彼女の身辺を洗った。だが彼女はそれより前に姿を消してしまったのだ。
 姿を消した後彼女が住んでいたマンジョンに行くと誰もいなかった。そして何も残っていなかった。コンピューターにも記録は一切残っていなかった。
 だが綿密な調査の結果彼女が各国や中央政府の情報を巧みにハッキングしてそれをエウロパに流していたことがわかった。そして彼女がエウロパの諜報部員であることもわかった。
 彼女は実は成りすまされていたのだ。本物のミカエラ=ステッラはニカラグアの農場にいた。夫と共に牛や馬の相手をする大柄で立派な体格の女性であった。
「あたしが中央政府の職員だったって?嫌だねえ、そんなの」
 彼女はその話を聞いて豪快に笑い飛ばした。
「あたしの柄じゃないよ。あたしはこうやって畑仕事をしているのが一番性に合ってるんだよ」
 そう言ってその話を否定した。調べると血液型やデータ上での出身地は一緒だったがあまりにも顔立ちや体格が違っていた。中央政府のステッラは小柄でほっそりとしていた。そして赤い髪を持つ美女であった。
「その赤い髪も本当の髪かどうかわからないが」
 染めることも可能だ。今では染髪料もかなり進歩している。ごく自然に、しかも髪や頭皮を傷めることもなく染めることができる。昔の様に髪を染めたからといって後々禿ることを心配しなくてもよいのだ。
 眼の色もだ。データでは緑となっていたがこれもカラーコンタクトや整形で変えることが可能だ。
 ステッラの正体はここまでであった。それ以上は何もわからなかった。だがその名だけは連合内において残り続けたのだ。
「まさかな」
 アラガルはその名を見てそれまで以上に顔を曇らせた。まさかとは思うが。
「これは調べる必要があるな」
 全ての書類を収めるとそこから立ち去った。そしてビルを出た。
 雨はまだ降っていた。だが彼はそれに構わず道を歩いていった。
 この話はすぐに八条やキロモトにも伝わった。彼等はそれを聞いて顔色を変えた。
「あの女が今回の件にも関わっているのか」
 まだ連合にるということですら信じられない。とうの昔にエウロパに脱出したと誰もが思っていたのだ。
「断定は出来ませんが」
 アラガルは八条の執務室で彼に対して言った。
「しかしこの名前が出たのは事実です」
「そうですか」
 八条はそれを聞いて頷いた。
「テロリストを裏で操っているというのか、今度は」
「可能性は否定できません。エウロパも今回の観艦式を快く思ってはいないでしょうし」
「そうでしょうね。彼等にとっては腹立たしいことです。連合の権威を見せつけられるというのは」
「それを妨害、あわよくば潰す為の行動でしょうか」
「今の状況では何とも言えませんね。だが」
 彼はここでそれまでアラガルの持って来た手紙に目を通していたがそこから顔を上げた。
「可能性はあります」
「はい」
 それには彼も頷いた。
「どうやら今回はさらに厳重な捜査と防衛が必要なようですね」
「そうですね、あの女が関わっているとなると」
「これはさらに捜査の手を拡げるか」
「それには反対です」
 ここでアラガルは反論した。
「何故ですか?」
 八条はそれに対して問うた。
「ここは私にお任せ下さい。既に主立った者は殆ど始末しています。残るはあと僅かです」
「その僅かの中に彼女がいるかも知れないですね」
「それはわかっております」
 彼は言った。
「むしろそれを願っています」
「強気ですね」
「強気ではありません」
 ここで彼は言った。
「私にとっては獲物なのです。テロリストや敵のスパイは」
 そしてニヤリ、と不敵に笑った。
「言うならば私は狩人です。獲物を狩る」
「そしてステッラもその中の一人」
「はい、美しき獲物です」
 彼はそう答えた。
「彼女は私が仕留めます。例え何があろうと」
「他のテロリスト達もですね」
「そうです。連合のテロリストは私の獲物です。何があろうと捕らえます」
「そうか」
 八条はそれを聞き終えて納得した様に頷いた。
「ならば彼女のことも貴方に任せるとしましょう。実は他の部署を当たらせることも考えていましたが」
「有り難き幸せです」
 彼はここでもまた笑った。
「必ずやステッラを捕らえて御覧に入れましょう」
 こうして彼はエウロパの謎の女スパイ狩りに身を投じた。
 彼は単身怪しいと思われる場所を虱潰しに探していった。その間部下達と共に既に太陽系に潜伏しているテロリストや胡散臭い市民団体を潰していった。そして徐々にステッラの影を掴んでいった。
「どうやら木星にいるようだな」
「はい、その様ですね」
 本部に戻ったアラガルに対して部下の一人がそう答えた。彼等もまたステッラを探しているのだ。
 最早ステッラの捜索とテロリストの掃討は同じになっていた。彼等は太陽系中を探し回っていた。
 木星はこの時代は既にその役割をあらかた終えていた。宇宙開拓初期にはその豊富な資源の発見及び発掘で賑わっていたが今ではその資源はあらかた掘り尽くしてしまっている。リングの小惑星群の資源もである。今ではごく少数の者が残っているだけだ。
「本当に木星にいるのでしょうか」
 その部下が不思議そうな顔をしてアラガルに言った。ダークブラウンの髪を七三に分けている。黒い瞳の銀行員の様な外見の男だ。趙虎という。台湾出身である。ダークブラウンの髪はイスラエル出身の母方の祖母からきている。
「普通に考えて有り得ませんが」
 とても人の住める環境ではない。ましてや潜伏するなどとは。
「いや、有り得るぞ」
 だがアラガルはそれに対して言った。
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