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第二十部第二章 割譲その三
「全く、この様な式典に参加せねばならんとは。我が英国はじまって以来の屈辱だ」
「尊厳王に敗れた時や百年戦争での敗北よりもですか」
「そんなものは今に比べれば遥かにましだ」
 そしてこうも述べた。
「ザリガニにたまには蛙に負けることもある」
 この場合ザリガニとはイギリスを、蛙とはフランスを指す。これはナポレオン時代の軍服の色が関係している。イギリス軍は赤でありフランス軍は青だったのだ。そのうえフランス軍は蛙等も食べていたのでこうした渾名がついたのである。どっちもどっちとはまさにこのことであった。
「だが。あのでかいだけの大飯喰らい共に負けたのは」
「屈辱ですか」
「チャーチルの気持ちがわからないでもない」
 次にこう言った。
「プリンス=オブ=ウェールズとレパルスが轟沈した時はな。彼は泣いたそうだな」
「らしいですな」
 これはあまりにも有名な歴史的場面だ。連合では七つの海を私物化してきたロイヤル=ネービーの終焉の時と派手に書かれている。エウロパでは無念の敗北、敗れ去りはしたがそこで見せたロイヤル=ネービーの態度は誇りであると。実に正反対の教育が行われている。
「私は泣きたくはないが実に腹立たしい」
「左様で」
「可能ならば連合の首脳達に決闘を申し込みたい程だ」
「まさか」
「私は本気だぞ。全く」
 憤懣やるかたないといった様子であった。
「仮にも英国の首相がな。恥を受けるとは」
「まあ恥をかくのも仕事のうちでは」
「わかっている、それはな」
 彼はそう言って宥めた軍人達に対して答える。
「しかし、それでも不愉快なものは不愉快だ」
「ええ」
「どうしたものなのか、全く」
 彼の名をウィリアム=スターツという。イギリスの首相である。伯爵家の当主であり家は代々イギリス政府の高官や議員を出している家柄である。首相になって一年、殆ど戦争関連で働きづめである。その仕事は的確だが実に短気な人物として知られている。
 彼が激昂したという話はしょっちゅうである。何かあれば怒り、マスコミを騒がせる。あまりにも短気なので瞬間湯沸かし器とも言われているのだ。
 その彼が今ニーベルングに向かっていた。相変わらず怒りを露わにしている。
「まあ首相、ここは」
 後ろにいる背広の男達が彼に声をかけてきた。同行している首相府のスタッフ達である。
「ここは落ち着かれて」
「落ち着いたらそれでニーベルングが帰って来るのならな」
「まあそう仰らずに」
「ふん、まあいい」
 彼は憮然とした顔でとりあえず怒りを抑えることにした。表面的にではあるが。
「とりあえず式典の準備はどうなっているか」
「既にかなり整っているそうです」
「では我々が到着した頃には」
「完全に整っているかと思われます」
「そうか、ならばいいがな」
 それを聞いてまずは納得した。
「しかしな」
「はい」
 彼はそのうえでスタッフに対して言ってきた。
「連合の者達とのポジションはどうなっている」
「ポジションですか」
「そうだ、確かに我々は敗れたが」
 それは認めるしかない。
「だが誇りは失ってはいない。屈辱的な位置は避けなければならないぞ」
「それは向こうで用意している各国の宮内省の者達が細心の注意を払って考えているかと」
「宮内省がか」
「そうです」
 イギリスにも宮内省は存在する。言うまでもなく王室の職務から儀式、生活に至るまでの一切を取り仕切る省庁である。日本のそれ程ではないがやはり頭が固いとされている。
「ならば問題はないかな」
 スターツですら宮内省は苦手であった。何処となく気が引けているのがわかる。
「彼等が行っているのならな」
「向こうの宮内省も来ているそうですし」
「そういえばいたな」
 スターツはそれを聞いて思い出したように言った。
「連合も王が。結構な数だったな」
「王だけでなく皇帝も二人」
「確か向こうもこちらも皇帝や王の参加はなしだったな」
「はい」
 スタッフ達はその言葉に頷いた。その通りであったのだ。
「陛下にこの様な屈辱的な式典に顔を出して頂くわけにはいかないしな」
「全くです」
 これは他のスタッフ達も軍人達も同意であった。それに頷く。
「泥を被るのは陛下や市民でなくていい。我々で充分だ」
「その為に給料を貰っていると」
「泥を被るのも仕事のうちだ」
 スターツはあえてこう言った。
「それもな。これはわかるな」
「はい」
「だが泥を被っていても胸を張らなければならない」
「例え虚勢でも」
「胸を張るのだ。そして敵に弱みを見せない」
 誇り故にである。エウロパ貴族としての。
「それが我々の仕事ですな」
「そういうことだ、いいな」
「はい」
 スタッフ達は皆頷いた。彼等は軍服を着ておらず、銃さえ普段は持っていない文官達である。だが文官であっても覚悟は必要なのだ。スターツはそれに言及していたのだ。
「ところでだ」
「何でしょうか」
 スターツはふとここであることに気付いた。
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