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第五部第一章 新たなる幕開けその四
「よくできておられます」
 これはいささか社交辞令であった。
「有り難うございます」
 彼女もそれで返した。
「我々としてはこれが一番いいと思いますが」
 モハマドはここでキロモトに顔を向けた。
「中央政府大統領はどう思われますか」
「そうですな」
 彼はここでにこりと笑って応えた。いい笑顔である。よく『最高の微笑』と言われる。
「私も日本の案でいいと思います」
 これで決まりであった。残る一つの大国が公平な案を出せばそれで決まるものだ。ここには力関係も大きく存在しているのは言うまでもなかった。
 かくして採決となった。三国の自案を放棄し日本の支持に回った。これ以上頑なに主張しても何も利益がないことがわかっていたからだ。
 こうして満場一致で日本の案が認められた。日本と伊藤にとっては大きな得点となった。
「よくあの状況であっさりとまとまりましたね」
 その会議のあと伊藤は八条と会食をとっていた。その席で八条が言った。
「あれはあらかじめシナリオが決まっていたのよ」
 伊藤は微笑んで答えた。二人は懐石料理を食べていた。見れば日本風の座敷の間であった。いささか二十世紀の政治家の話し合いであった。
「シナリオがですか!?」
 八条はその言葉の真意が掴めなかった。
「そうよ」
 伊藤は悪戯っぽく笑って言った。
「あらかじめああなるってことは世論でもわかっていたでしょ」
「はい」
 既に連合の世論では使えそうな港等の調査が終わっており、大体の配置は予想されていた。日本はそれを出しただけに過ぎないのだった。
「それはあの三国の首脳もわかっていた筈よ」
 それも当然であった。その程度を認識できていなければ到底国家の元首なぞ務まらない。
「けれどね。国内世論もある程度ああした場で言わなければ駄目なのよ」
「それはわかっておりますが」
 八条もそれは理解していた。
「しかしそれはあまり多数派ではなかったような。少なくとも三国においても日本の案と大体同じ様な提案が支持されていた筈ですが」
「けれどその少数派が問題なのよ。わかるでしょ」
「あっ」
 伊藤に言われハッとした。
「わかったようね」
 伊藤はようやく気付いた八条を見て微笑んだ。
 三国においてそれぞれの利益を強硬に主張していたのは急進的な組合や一部の大企業であた。彼等にとってみれば雇用や利潤をあげるにあたって絶好のものだったからだ。
「けれど一国の一部の人だけではそうそう動かないものなのよ、政治は」
 政治は様々な要因が重なり合うものである。陰謀史観のように一部の黒幕の様な存在だけで話が進むものではない。フィクサーがいても彼等もアクター、アクトレスの一人に過ぎないのである。
「けれど彼等の意見も代弁しておかなくちゃいけない、国際的な場でね」
「例えそれで自分が恥をかいてもですか」
「あら、それも政治家の務めよ」
 国家の利益を考えるにあたって泥をかぶることも時には必要なのだ。
「私だって時と場合によってはそうするわ。八条君もでしょ」
「はい」
 彼にもその覚悟はある。今は連合中央政府の政治家であるが中央政府の為なら喜んでそうするつもりである。
「そして最後には日本の意見に賛同したわね。これは三国も連合の一員であることをアピールしたのよ」
「本当にそう考えると映画の様ですね」
「面白いこと言うわね」
 彼女はその言葉に微笑んだ。
「けれど案外そんなものかもね。人の世界なんて」
 いささか哲学的な言葉を口にした。
「映画も人がつくるものだし。政治も人が行うものなのだから。ある意味漫画も映画もそうした意味では現実なのかも知れないわね」
「そうですね。昔夢の世界こそ現実だと言った作家もおりましたし」
 探偵と多くの顔を持つ怪盗の攻防を書いた作家である。その探偵ものは今では連合の多くの子供達に読まれている。何度もテレビになり演じる役者達も代替わりを重ねている。
「ある意味真実ね」
 伊藤はその言葉に頷いた。
「だから政治の場も何処かそうしたものになるわ。そう考えると別の意味で面白いわね」
「はい」
 八条もそれに同意した。
「人間の世界なんてそんなものかも知れないわね。皆何かを演じている。そう」
 伊藤は言葉を続けた。
「私は政治家、学者を演じているのかも知れないわね。その考えだと」
「じゃあ私は軍人から政治家に役を変えたというわけですね」
「そうなるわね。その人ぞれぞれの役があってそれを演じる」
「役者の数は多いですけれどね。この連合だけでも三兆の役者がいます」
「そうね、ふふふ」
 二人はこうした話をしながら食事を終えた。そして食事が終わるとその場で別れた。
 この二人の師弟関係は有名である。だが二人の間を話の種にする者はいなかった。
 それは伊藤は男女関係に極めて厳格だったからである。元々彼女は潔癖症の気質を有しておりそれも大いに関係していたのだ。
 また八条は祖国の女の子達に冗談半分で男色家にされそれが結構噂になっていた。誰もが真相はわかっていたがそれを止める者はいなかった。話として面白いからだ。美男子が同性愛者だと絵になると考えている者もこの時代には多い。こうした同性愛を受け入れるのも日本からであった。
「何度同性愛に興味はないと言ってもわかってくれないな」
 八条はそうした話を聞く度に顔を顰めさせた。
「この前バーで飲んでいたらそちらの筋にお兄さんに声をかけられた。一晩付き合わないか、とね」
「それはまた」
 秘書官はそれを聞いて破顔していた。
「貴重な経験ですね」
「笑い事じゃない」
 だが八条の顔は笑ってはいなかった。
「同性愛についての知識はあるつもりだがだからといって好きなわけじゃない」
「長官はノーマルなのですね」
「そうでなければチョコレートをもらって喜ばないだろう」
「それはそうですね」
 秘書官は少し彼をいじっているのだ。こうしてみると本当にそうしたことに疎いのがわかる。
「そうした無駄話はそれ位にしておこう。続きはお茶の時間にだ」
「はい」 
 秘書官はそう言われて姿勢を正した。
「各艦艇の試作型が全て完成したそうだな」
「はい」
 秘書官は頷いた。
「資料は何処にある。見てみたい」
「こちらに」
 秘書官は懐に持っていた厚いファイルを八条に差し出した。
「これか」
 八条はそれを受け取った。そしてすぐにそれを開いた。
「ふむ」
 そこにはまず戦艦の図面とデータが載っていた。写真もある。
 戦艦だけではない。高速戦艦や重巡、軽巡、砲艦、空母、ミサイル艦、駆逐艦の他に揚陸艦や補給艦、工作艦等の補助艦艇のものもある。護衛艦やパトロール艦等防衛を主体にした艦艇のものまである。艦載機のデータもある。
「かなり充実しているな」
「はい、技術部ではこれを決定にしたいようです」
「ふむ」
 八条は秘書官の説明を聞きながらデータに目を通し続けた。
「これでいいと思う。あとは次の段階に移ろう」
「わかりました」
「まずはテスト運用を行う。そしてそれが終わったら」
「観艦式ですね」
「そうだ」
 八条は口だけで笑った。
「大々的にやらないとな。連合軍の戦力をこの銀河に知らしめる為に」
「はい」
 軍の強さを誇示するのもまた政治である。彼等はそれで連合の力を見せておこうと考えていたのだ。
「あと陸上兵器はどうなっているかな」
「そちらは明日完成するそうです」
「ならいい。では観艦式と同時にパレードも行おう」
「わかりました」
「そしてだ」
 八条はそれまでの満足した顔を変えた。
「あれの開発はどうなっている」
「あれですか」
「そうだ」
 二人の目が光った。
「御心配なく。あちらも順調に進んでおります」
「ならいい」
 八条はそれを聞いて頷いた。
「連合軍を象徴するものだ。あれは絶対に出さなければいけない」
「わかっております」
 秘書官は何時になく真面目な物腰で答えた。
「その日を楽しみにしておいて下さい。観艦式のその日を」
「うん。これは連合だけに見せるものじゃない。銀河全土に見せるものだ」
 この国威を見せるのである。古代からよくあることだ。パレードやこうした式は自国の勢威を見せる意味が強いのである。
「議会には予算でもう通過している。艦艇の内容もおおよそ伝わっている」
 予算の関係は既に終わっていたのだ。
「あれの予算もですか」
「そうだ。重装備の指揮艦艇と伝えてある。詳しいことは軍事機密だが」
 ここに軍事関係の難しさがある。国家機密に関わることであり議員といえどそうおいそれとは教える時ではまだない場合があるのだ。これもある程度は致し方ないことであった。
「ではそのれに向けての調整を進めていこう。各国の首脳も出席することが決まっているしな」
「マスメディアも」
「あとは知識人だな。他にもこうしたことに興味のある市民の席も用意しておこう」
「はい」
 所謂マニアである。軍事に興味を持つ者は連合においても多い。特に彼等は今まで連合の兵器といえば各国にそれぞれある小規模なものばかりだったので不満だった。戦術戦略に興味のある者も含めてその目はどうしてもサハラに向いていたのだ。これは戦争や新兵器がサハラで多いことに関係している。
「あとはだ」
 彼は考え込んだ。
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