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第五部第一章 新たなる幕開けその三
「はい」
 彼女はすぐに答えた。
「おおむね好意的です。やはり連合の脅威を感じているからだと思われます」
「そうか、それならいい」
 モンサルヴァートはそれを聞いて安心したように首を縦に振った。
「支持があるに越したことはないからな」
「ですがそれによりサハラ北方に割り当てられる国費はかなり削られそうです」
「サハラ北方のか」
「はい、やはりこの計画を進めるには費用が幾らあっても足りませんので」
「そこまで話が進んでいうのか、財政面では」
「軍事費自体が今までの三倍以上になりますから。当然かと」
「その費用は他にどうして調達している」
「増税が予想されます。そして他には」
「他には?」
「足りない部分は他の費用を削って割り当てられます」
 これが現実であった。
「我々の考えでは仕方ないことだが」
 モンサルヴァートは溜息混じりに言った。
「多くの者に負担がかかっているな」
「そうですね。今後暫くはかなりの緊縮財政になるかと」
「サハラ北方の侵攻計画もかなりの遅れが予想されます」
 モナコが言った。
「おそらくは当面は現状維持かと」
「シャイターンは油断ならない男だが」
 モンサルヴァートはここで彼に言及した。
「ここはマールボロ閣下とタンホイザー上級大将に任せるしかありませんね」
 ベルガンサが苦い顔で言った。
「あの二人なら問題はないでしょう」
 プロコフィエフも納得した様に言った。
「タンホイザーは少し性格的に難があるがな」
「いえ」
 プロコフィエフはモンサルヴァートの言葉を否定した。
「シャイターンの様な人物に対抗するにはあれ位の性格の方が必要かと思います」
「能力の問題か」
「それもありますが個性もあります」
「個性か」
「はい」
 プロコフィエフは頷いた。
「少なくともタンホイザー上級大将はシャイターンに勝るとも劣らぬカリスマも併せ持っております」
「言い得て妙だな」
 モンサルヴァートはカリスマという言葉に反応した。そして苦笑いを浮かべた。
「だが彼の軍事的才覚は期待できる」
 すぐに顔を引き締めさせた。
「あのシャイターンに対抗できることは事実だ」
「はい」
 プロコフィエフもそれはわかっていた。
「もしかすると連合の大軍を前にしても・・・・・・いや」
 モンサルヴァートはここで言葉を一旦句切った。
「何でもない」
「そうですか」
 だがプロコフィエフはその言葉を聞き逃してはいなかった。そして心の中で考えた。
(タンホイザー上級大将はいざという時の切り札になるわね)
 彼女は今後のことにも思いを馳せていたのだ。
「北方はあの二人に任せるとしよう。マールボロ閣下なら少ない予算でも問題なくやって下さる筈だ」
「はい」
 マールボロの軍人、総督としての能力は誰も疑ってはいなかった。それだけ彼は信頼があった。
「とりあえずは防衛の話はここまでにしよう」
 モンサルヴァートは話を終わらせることにした。
「それぞれの仕事に戻ってくれ」
「わかりました」
 参謀達は答えた。
「第一の敵を連合とする。それを念頭に進めてくれ」
「ハッ」
 彼等は一斉に敬礼をした。そしてそれぞれの仕事に戻って行った。
 部屋にはモンサルヴァート一人となった。彼はふと後ろの窓の外を見た。
「問題はこれからだな」
 おそらく実際に話を進めるとこれまでとは比較にならない程問題が起こってくるだろう。だがそうだからといってそれを止めることはできなかった。
「やるしかない、このエウロパを守る為には」
 彼もまたこの国を深く愛していた。
「連合の者達も来るなら来るがいい。追い返してやる。そして」
 その目を細くさせた。強い光が宿った。
「一千年に渡る因縁を断ち切ってやる」
 彼は何時の日か連合を超えることを考えていた。そしてその為に何をしなければならないのかもわかっていた。
「まずは奴等に攻め込まれても防げるようになることだ」
 やはりエウロパと連合の国力差は絶望的なものがある。しかしそれに屈するつもりはなかった。
「必ず勝つ。そしてかっての栄光を取り戻す」
 十九世紀の。この時代欧州は世界そのものだった。二十世紀になると翳りが見え、そして二十一世紀には環太平洋諸国に完全に主役を奪われていた。
「日米中枢軸か」
 彼等はそれぞれの意図を含み、太平洋の覇権を意識しながらもロシアや欧州に対しては協力していた。欧州に対してはそれぞれ関係を持ちながらもその心の奥底にあるものを彼等はよくわかっていた。
「我々をあの時代から過去の遺跡だと考えていた。舐めてくれる」
 モンサルヴァートにはそれが我慢できなかった。そして三国を中心とした太平洋諸国と欧州月等の資源を巡って激しく対立するようになった。
 だがそれはロシアが太平洋に入ったことで変わった。それだけロシアの存在は大きく、また三国の宿敵と思われたこの国が太平洋諸国についたことはそれだけ衝撃的だったのだ。
「あれは迂闊だったな。ロシアと彼等の経済的結びつきを考慮に入れていなかった」
 ソ連崩壊後ロシアはそれまでの欧州一辺倒の外交から徐々にアジアにシフトさせていた。これはロシアの伝統として軍事力も伴っていた為三国との対立を引き起こしたのだが一方でその交易は今までとは比較にならない程盛んになった。
 これによりロシアの極東地区、そしてシベリアは発展した。欧州はそれを見過ごしていたのだ。
「情報戦においても負けていた。我等はあの時井の中の蛙だった」
 そうであった。やはりここでも国力差が出てしまった。気がついた時には三国と関係の深い東南アジアやオセアニア、中南米諸国の他にアラブ以外のアフリカ諸国まで三国の側にいた。
「・・・・・・まさかトルコやイスラエルまでつくとは思わなかったが」
 これは三国の切り崩しによるものであった。それまで欧州の一員だったトルコまで彼等についたのは欧州にとって深刻な事態であった。
 三国とロシアはその数と国力を背景に欧州に迫った。宇宙の資源の配分を彼等に圧倒的に有利にすることを。欧州はそれを飲むしかなかった。
「それが屈辱のはじまりだった」
 そして彼等は宇宙進出に遅れをとることになった。そしてこのエウロパに逃げ込む様にして移住した。
 最初は思いの他豊かなこの一連の星系に満足した。だが気付けばここはあまりにも狭かった。
「それにひきかえあの者達には無限とも思える広大な銀河が与えられた」
 それが連合とエウロパの決定的な差となってしまった。
 エウロパはやがて人口抑制政策を採るしかなくなった。そしてそれでも間に合わなくなった。それがサハラ北方への侵攻と移住になったのだ。
「北と西には何もない」
 何万光年も星一つない暗黒の宇宙が拡がっている。そこを越える技術はない。到底無理だと考えられていた。
 東には連合がある。問題外だ。
 そして南に向かったのだ。そこにいたサハラの者を追い出し彼等は移住した。当然サハラの憎しみを買った。連合はここぞとばかりに非難した。
「わかってたまるか、無限の土地と資源を持つ者達に」
 これはエウロパの者の本音であった。
「それをしなければ今の暮らしを捨てなければならない。それは絶対にできない」
 人はその生活水準を下げることはできない。上げることはできても。連合においてはプラスに考えられることでもエウロパでは全く逆になるのだ。
「それができていれば苦労はしない」
 スペースコロニーは一つ作るだけでもかなりの費用がかかる。甚だ不経済なのだ。そのうえ収容できる人数も少ない。
 だからこれはもう作っていない。それでも百億人程がここに住んでいる。
 サハラ北方には二百億人が住んでいる。エウロパの人口はそこも含めてよくやく一千億に達するのだ。
「エウロパの人口は一千億が限度」
 本土でそれなのだ。それはすぐに越えることは誰の目にも明らかだった。幾ら人口を抑制しても増えるものは増えるのだ。エウロパの人口は一千年で二〇〇倍に増えている。連合の六〇〇倍と比べると遥かにましだがこれはエウロパも初期には人口を抑制していなかったせいだ。迂闊だった。
「その時はわかっていなかった。この地の全てを」
 これは迂闊だった。それに資源の問題もあった。
「新たな星系の開拓はもうできない。そうなれば運命は決まっている」
 エウロパにとってそれも恐怖であった。もし資源が枯渇したならば。それを作り出す技術もあるのはあるがこれも費用がかかる。
 結局彼等はこのままいけば枯死する運命なのだ。それが何時かはわからないが運命はそう決まっていた。
「座して死を待つよりは」
 こう考えるのは当然であった。彼等も生きなければならないのだ。
 貿易をしようにも連合とはできない。サハラともそれ以前から関係が悪かった。北方の諸国とは以前から領域等において度々衝突していた。
 結果として侵攻になった。そうするしかなかったのだ。彼等の論理では。
 それにより何が起こるかもわかっていた。しかし生きる為にそうしたのだ。
「連合に屈するよりは」
 そうした考えもあった。エウロパが枯死したならばそこに連合が我が物顔で乗り込んでくることは確実であった。
 それも我慢できなかった。彼等にも意地があった。
「あの者達は元々我等の使用人だったのだ」
 エウロパの者は連合の者を見下してよくこう言う。十七世紀から二十世紀前半までの歴史を言うのだ。
 アメリカはイギリスの植民地であった。中国は阿片戦争以後列強の草刈場となっていた。日本に技術や文化を教えたのは彼等だった。ロシアにしてもそうであった。ピョートル大帝の欧化政策がその発展のはじまりであったのだ。だがそれが今はこの状況であった。最早彼等はエウロパなぞ取るに足らぬ存在だと考えていた。東南アジアや中南米、アフリカの国々もだ。殆どがかって欧州の植民地であった国々だ。
「使用人の分際で」
 エウロパの者達はそう思ってもどうにもならなかった。最早力関係は変わっていたのだから。だがエウロパにとってはそれは認めたくとも認めざるを得ない忌まわしい現実であった。
「そう思っているから駄目なのだ」
 モンサルヴァートはそうした考えには賛同していなかった。彼には差別思想はない。
 貴族出身であるが幼い頃から両親にそうした考えを否定されて育ってきた。『高貴なる者の勤め』は教えられたが。だからこそ連合の者だからといって差別はしなかった。
「連合に多くの分野で負けていることは事実だ。悔しかろうがな」
 まずそれを認めることが重要だと考えていた。
「敵は強い。それを見誤ると大変なことになる」
 彼はエウロパの地図に目をやった。
「エウロパの領土よりも遥かに広大な領土と資源を彼等は持っている。そしてそれを使ってくるのは間違いない」
 連合の勢力はエウロパのそれとは比較にならなかった。
「果たしてどの様な攻め方でくるかだ。だがどの様な攻め方でも防いでやる」
 その目に強い光が宿った。
「このエウロパは渡さん、絶対にな」
 そして彼は机に戻った。また仕事をはじめた。

 その連合は今加盟各国の代表者会議が開かれていた。場所はアメリカの首都ニューワシントンである。
 実は連合の意思決定はかなり複雑である。中央議会の上下二院だけでなくこうした各国の代表者会議もその意思決定に深く関わる。彼等の会議は上下二院の話し合いの後で行われることから実質的には三院制のようなものである。
 巨大な円卓が置かれている。そこのそれぞれの席に各国の首脳が座っていた。中央には連合中央政府大統領もいる。一目でこの会議が連合政府主導であるとわかる。
「先程のマックリーフ大統領の見解ですが」
 大柄で金髪の男がアメリカの席に座る金髪碧眼の黒人に目をやった。
「私はそれには賛同できません」
「それはどういうことでしょうか、グリーニスキー大統領」
 その黒人は席にいるだけでわかる程の長身だった。彼はグリーニスキーに顔を向けて尋ねた。
 アレクサンドル=グリーニスキー。ロシアの大統領になって二期目である。豪放磊落で酒好きな人物として知られている。もう連合各国の首脳達の間ではそこそこの古株になっている。選挙等による政権交代で入れ替わりが激しいせいだ。
 尚この会議には皇室や王室は呼ばれない。それが置かれている国は首相が替わりに出席している。日本からは伊藤が出席している。
「あまりにもアメリカの利益のみを優先させているからです」
 グリーニスキーは素っ気無い様子で答えた。
「こうしたことは各国それぞれに利益がいくようにしなければなりません」
「利益ですか」
 マックリーフは眉をピクリ、と動かした。
「我々は常に各国の利益を考えて行動しておりますが」
「それは初耳ですな」
 グリーニスキーは少し皮肉を込めて言った。
「今回の軍港の配分にしてもアメリカが一番多いのはどういうことですかな」
 今回の議題は中央軍の軍施設の配分等であった。これは中央政府の招集で行われている。当然全ての国が参加している。
 今は軍港の話をしていや。これはかなり紛糾していた。
 それは当然であった。港の建設でかなりの金が動く。そしてそこに軍人が入れば安定した収益が得られる。各国が誘致するのも当然であった。
 だがここで問題が生じていた。参加各国がそれぞれに都合のいい意見を出し、一向にまとまる気配を見せていなかったのだ。
「我々としましてはアメリカにはそれだけの軍港は不要だと考えています」
「ではどうなさるおつもりですか?」
 マックリーフは先程の皮肉に返した。だがグリーニスキーの方が皮肉は一枚上であった。
「まさか貴国に優先的に建設して欲しいとおっしゃるつもりではないでしょうな」
「それはどうですかね」
 意外にもマックリーフも皮肉は上手い。グリーニスキーは顔を顰めさせた。
「どちらともお止めなさい」
 中国の席から声がした。中国大統領李金雲である。
「その様なことで争っていても何の意味もありません。ここは我が国の提案が一番かと」
「ほお」
 グリーニスキーは彼に対しても皮肉の目を向けた。ロシアはこの時代でも中国とは相性が良くない。
「中国に最も港が多い案ですかな」
「だとしたらどうなのでしょうか」
 李も顔を顰めさせた。
「ですがこの案は連合全体の利益に適うと思います」
「確かに中国は多くの人口をお持ちだ」
 中国の人口は連合で最も多い。それに次ぐのがアメリカ、ロシア、インドネシア、日本、メキシコ等だ。やはり旧太平洋諸国ばかりである。
「しかしだからといって港の施設の優先を決めていいものではない」
「確かに」
 ここでタイやベトナムの首相及び国家元首が出て来た。
「そもそも三国ばかりで利害を決めて欲しくはありませんな」
 旧東南アジア諸国はこの時代でもまとまり、大国の利害への監視及び調整を行っている。
「大体そうやって自分達の利益ばかり言っていては他の国にとってはたまったものではありません」
「うっ」
 三国の首脳はこれで言葉をとぎらせた。もう一つの大国日本の伊藤はその様子を黙って見ていた。
(ここは何も言わない方がいいわね)
 彼女は冷静にその場の状況を観察していた。とりあえず日本の案は懐に閉まっていた。
 中南米諸国は東南アジア諸国に賛同した。それを見てアフリカも従った。これで三国の自国に有利な案は引っ込められた。
「止むを得ないな」 
 彼等は仕方なくそれを抑えた。ここでマレーシアの首相サラーヌ=モハマドが伊藤に話を振ってきた。
「日本はどうお考えですか?」
 実は彼は日本と関係を深めている。それは自国の利益になるからであった。
 それは伊藤も承知だ。しかし友好国があるというのはそれだけで有り難いものである。
「そうですね」
 伊藤はその時出番が来たわね、と心の中で呟いた。
「我が国の考えとしましては」
 ここで彼女は日本の案を発表した。それは意外にも各国にバランスよく港を配置している案であった。三国にも満足のいくようにしてある。
 だが日本には少なかった。これには理由があった。
 日本はそれ程軍需産業には力を入れていない。そして港にできる星系も少なかったのだ。それ等の星系には既に普通の港を置いている。軍港を作れる場所はそれ程空いていなかったのだ。
(我が国とってはこれで充分だわ)
 彼女はそれがわかっているからそうした案が出せたのだ。実際に国民の支持も高かった。これはやはり日本の軍需産業
が盛んでないことも関係していた。
「ふむ」
 東南アジア各国の首脳達はそれを見て歓心した様に首を振った。
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