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大樹海から来た男
作:春野エックス



地下格闘会(13)


 ナンシーにとっては過酷な、金雄にとっては軽め練習の後、
「今日の相手はミスターネイルという男よ。直訳すれば爪男かしら? 本名じゃないと思うけど変な名前ね……」
 ホテルの二階のレストラン、月の砂漠で遅い昼食を取りながら、ナンシーは対戦相手の名前を言った。

「ふうん、何か特徴があるのかな? 相手の情報が何かあるか?」
「金雄さんの実力から考えれば、このクラスなら楽勝だと思って何も調べてないけど?」
「それは困る。調べられる情報は必ず調べること。相手を恐れてはいけないが、相手をあなどってもいけない。これが勝負の言わば絶対の鉄則だ。ナンシーが俺の有能な秘書だったら当然調べるべきだと思うけどな」
「わ、分かりました。食事が終わったら直ぐ調べてみます」
 ナンシーは金雄の勝負に対する姿勢のおごりの無さに感動すら覚えた。

 金雄のその用心深さが功を奏した。ミスターネイルはとんでもない技を持っていたのである。それは技と言うよりは肉体の一部を武器にするという考え方だった。彼はその名の通り爪を武器にする。

 爪は体の一部だから凶器を持つ事にはならないのである。昼食も終わって自分達の部屋の居間でくつろぎながら、ナンシーはネットカフェで調べて来たことを披露した。

「彼の場合はね、生れ付きの体質でとても爪が丈夫なんだそうよ。それで爪を五センチ位も細長く伸ばして、目に突き刺すのが最も得意な技なのよ。
 実際には刺され無い様に皆注意するけど、それに気を取られて、他の得意技がきまってしまうみたい。関節技でギブアップさせるか絞め技で相手を失神させるみたいよ」
「へえーっ、そんな事が良く分ったな」
「ネットで徹底的に調べたら、物好きな人が居て地下格闘会のデータをホームページに載せていたの。彼はその方法でたちまち上位に上って行ったんだけど、その得意技や戦闘スタイルが知られる様になると負けが込んで来て、現在のランクは98位。金雄さんは97位になったからまた赤のコスチュームね。……ああ、もう時間だからぼちぼち行くわよ」
「分かった。ところで俺のギャラはキャッシュで貰えるのか?」
「昨日も言ったけどプリペイドカードよ。ムーンシティでしか使えないけど。キャッシュが欲しいの?」
「ああ、出来れば美穂に仕送りしたいんだ。大道ロボット屋は今ピンチでね。売り上げが下がりっぱなしなんだ。今年はともかく来年は相当に厳しい営業になると思う。少しでも援助してやりたいんだよ」
 美穂への心使いを初めてナンシーの前で言ったのだった。

「優しいのね金雄さん。美穂さんがうらやましいわ。分かったわ、貴方の名義で貴方のギャラと同額を彼女に送らせて貰います」
「いや、それじゃあんまり悪いよ」
「大丈夫、今、私は大変なお金持ちなのよ。それと貴方のギャラは持っていた方が良いと思うわ。無くすといけないからカード一枚だけ身分証にでも入れて持って、残りは私が預かっておきましょうか?」
「えっ! それじゃ、わ、悪過ぎるよ。何だかこっちが二重取りしているみたいだ」
「私は貴方のマネージャーでもあるんだから、お金のことは任せなさい! さあ行きますわよ!」
 昨日と同じ鞄を持ってナンシーはさっさと歩き始めた。もうこうなるとついて行くしかない。金雄には二階のエレベーターまでの複雑な迷路を通り抜ける事は、とても出来そうも無かった。

 地下格闘場に着くと直ぐ近くに『報奨金受取窓口』があった。身分証を提示してプリペイドカード一枚を受け取る。
 それから直ぐ赤の控え室に行こうとしたが、
「まだ少し早いから待合室で待ちましょう」
 ナンシーが控え室の向かいにある赤の待合室に入った。続いて金雄も入った。

 そこには一組の男女の先客がいた。自分達の次の試合をする連中らしい。全くの初対面なので軽く頭を下げただけで、特別な挨拶はしなかった。いずれ戦う相手になるかも知れないので親しげな態度は取れなかったのである。

 細長い感じの部屋に十脚ほどの座席と長いテーブルと、上の方に大きなテレビがあって試合場の様子が映っている。

 六時一分前になったのでナンシーと金雄は控え室に入って行った。金雄は直ぐに着替えた。大分要領が分かって来た。待合室にはテレビがあるのに、控え室には何故なぜか無かった。

「ここにはテレビが無いんだね。どうしてだろう?」
「私の推測だけど、自分の直前の試合が凄惨せいさんだと、びびって逃げる人が出てくるからじゃないのかしら?」
「ふうん、成る程そうかも知れないね。もしかして死んじゃったりしたら誰も次に試合なんかしたくないからね」
「うーん、そうよね……」

 ナンシーは憂鬱な表情である。金雄は何か言おうと思ったが選手呼び出しのアナウンスが入って言えなかった。小走りにリングの前に行ってゴーサインを待つ。相変わらず客席には選手の関係者以外は誰もいなかった。












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