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大樹海から来た男
作:春野エックス



地下格闘会(5)


 控え室では少し青ざめたナンシーが待っていた。
「き、聞きしに勝る強さだわね。私、貴方に挑戦したのがどれ程無謀だったか、今分かったわ。……私、私」
 ナンシーは少し涙ぐんでいた。その時ドアがノックされた。どうやら次の選手がナンシーの出て来るのを待っているらしい。

「す、済みません。さ、さあシャワールームに行きましょう」
 慌てて二人はシャワールームに向かった。
「あれっ? 女子用もあるけど、女性も試合をするのか?」
 金雄はシャワールームの表示を見て言った。

「さすがにそれは無いわ。私自身猛反対だった。浜岡先生もちょっと度が過ぎると反対されていた。計画はあったんだけど流れたわ」
「それは良かった。女性の流血は正直言って見たいと思わない。それじゃシャワーを浴びてついでに着替えもして来るから」
 暫くしてジーパンに長袖のシャツのラフな格好で、金雄がシャワールームから出て来た。赤いコスチュームを手に持っている。

「これはどうするんだろう?」
「この袋に入れて頂戴。ああ最初から袋を持って行って貰えば良かったわね。次からはそうするわ」
 ナンシーは透明の袋にコスチュームを入れてバックにしまった。ホテルに行ったらクリーニングに出す積りの様である。

 二人は直ぐに相変わらずの遅いエレベーターに乗って雑談しながらホテルに戻った。ナンシーは真っ先に金雄の使ったコスチュームをクリーニングに出した。

 それから二階にある、『月の砂漠』という洒落たレストランで食事を取りながら、明日の事や何やかを話し合うことにした。

「今日はお疲れ様でした。……私、謝らなければならない事があります。私は以前、貴方が卑劣な方法で、天空会館の猛者達に勝ったのに過ぎないと言ったと思います。
 もっと早く気付くべきでしたが、今日の試合を見て自分の誤りに気が付きました。真実実力で勝っていたんですね。本当に、本当に御免なさい!」
 ナンシーは深々と頭を下げた。

「ああ、も、もう良いですよ。頭を上げて下さい。狩猟用の罠を仕掛けて置いたことは事実ですから。それを卑怯と考える人もあるでしょうからね」
「でも貴方のことですから何かきっと訳があるのだと思います。いいえ、罠を仕掛けて悪いとも思えなくなりました。万一の為のセキュリティーと考えればそれは理にかなっています。
 それと気に掛かっているのですが体の傷、野犬に噛まれたと言っていましたよね。一体どういう事なんでしょうか?」
 二人は食事をしながら打ち解けた感じで話し続けた。ほんの何日か前までは考えられなかったことである。

「俺の生い立ちについて浜岡さんから何か聞いていますか?」
「いいえ、何も。金雄さんの生い立ちを想像すらしませんでした。ああ、少し違いますね。多分余程すさんだ家庭環境だったのだろう、とは考えた事がありました」
「そうですか。俺はざっとですが浜岡さんに生い立ちを話したんですが、さすがに頭の良い人です。あっさりと信じてくれました。大抵は直ぐには信じないものなのですが。
 ……俺は子供の頃、母親と二人だけで日本の北方に位置する、広大な大樹海でテント暮しをしていました。何故そうしていたのか理由は分からなかったのですが、十才位の時に母親が帰って来なくて、それから……」

 金雄は自分の生い立ちをかなり詳しくナンシーに伝えた。ナンシーは呆然とした。体の傷の理由、強力な罠を仕掛けた理由等も理解する事となった。

「……だから当時の俺には反則技という概念も無かったし、人を殺してはいけないという概念も余り無かった。野生の生き物に限りなく近かったと思います。
 それでも俺はやっぱり罪人なんでしょうか? 正直に言えば未だに良く分からないんですよ。野生の生き物がたとえ人間を殺したとしても、それを犯罪だという人は殆ど居ないと思いますからね」
 ナンシーは天を仰いだ。判断は恐ろしく難しい。

「ちょっと難しいわね。どう考えたら良いのか私にも分からない。ただはっきり分かることは少なくとも今の貴方は犯罪者ではないわ。
 とてつもなく強くて、それでいて心優しい素晴しい男性だということに間違いは無いわね。でも貴方を解放する事は、とても残念だけど出来そうも無いわ。
 金雄さんにはここで優勝して、世界格闘技選手権に出場して貰う事が既に決定しているのよ。ここで優勝出来れば世界選手権での予選突破は確実だと考えられるわ。これは浜岡先生の発案よ。私には逆らえないわ……」
 ナンシーはそう言いながら、難しそうな顔でじっと考え込んでいた。












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