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大樹海から来た男
作:春野エックス



影山兄妹(11)


「何かあるとは思っていたんだけど、やっぱり彼女か」
「はい、ナンシー先生の指示はセクシーな格好でエムの前に立つこと。そうすれば必ず牙を剥いて来る。そんな感じだったんですけど、色々考えてあの格好にしてみました」
「しかしもし俺が牙を剥いていたら、二人きりだったから危ないんじゃないのか?」
「先生の意図はそうじゃなかったんです。一部始終をカメラに撮って、いざとなったら、大勢の男たちが飛び出して行く。そういう状況を作れという事でした。ただ私はそうしたくなかった。先生の顔も立てて、二人きりでその……」
 そこまで話すとリカは顔を赤らめてまた黙ってしまった。何かもじもじしている感じである。

「あの格好で朝まで息を潜めていたんですか?」
 金雄はとにかく話し掛ける事にした。二人ともだんまりは気拙きまずい。金雄に質問されるとリカは嬉しそうに直に答えた。

「いいえ、朝食を一緒に取ろうと思って深夜に下ごしらえをして、その後は服を着たまま女子の控え室で寝ていました。男子の控え室と反対側にあるんですけど、廊下に出ずに更衣室に入れるんです。
 部屋の中にドアがあって。階段を下りてくる足音で目が覚めて、女子の更衣室にこっそり入って息を潜めて様子を伺っていました。
 そういう事もあろうかと思ってドアは少し開けておいたんです。ノブを回す音が聞こえると拙いと思って。それで外に出たと分かってから、用意しておいた味噌汁の支度やガス釜にスイッチを入れて、更衣室でネグリジェに着替えて、済みません、……下着も取り替えてから後を追ったんです」
 下着の話はちょっと躊躇ちゅうちょしたが顔を赤らめながらも正直に言った。金雄はさり気無く聞き流して話を続けた。

「髪も下ろしてたよね?」
「はい、それは夜中にやっておきました」
「しかし俺が朝早く起きると分かっていたのかな? それと二人きりになるというのに良くお兄さんが許してくれたな、クラブに泊まる事を」
「あんなに早く起きるとは思っていませんでした。でもお陰で二人きりで朝食を取ることが出来て幸せでした。あ、あの変な意味じゃありませんから。
 それと兄には嘘を言いました。朝食の支度をしてからタクシーで帰ると言って置いたんです。多分まだ知らないと思います」
「別々に暮らしているんですか?」
 金雄は意外に思って聞いた。

「はい。兄は両親と一緒に、私はアパートで一人暮らしをしています。兄は仕事を持っています。と言ってもフリーターですけど。
 行く行くはプロの格闘家になる積もりなんです。私も似た様なものでバイトをしながらプロの格闘家を目指しています」
「うーん、何か頼もしい兄妹ですね、しっかりと目的を持っている」
「いいえ、全然。世界大会で優勝すればプロとして採用してくれる所があるのですが、何時ももう一歩のところでがすんです。中量級の扱いはその程度なんです。
 重量級や最重量級になると扱いが全然違います。世界大会でベストエイトに入るともう立派なプロです。金雄さんだったら簡単になれます」
「ふーん、そんなものなんだ。世界大会に俺は出るのかな?」
「えええっ! な、何を言ってるんですか。当然出ますでしょう?」
「前にも言ったけど、俺はナンシーに雇われている。彼女が棄権きけんしろと言えば棄権するしかないんだ」
「そ、そんな。ナンシー先生は一体何を考えているのかしら。理解出来ないわ」
「俺も一度彼女に直に会って話をしてみたいよ」
「えええっ! 雇い主なのに会っておられないんですか?」
「専ら電話で指示されているんだ。実際に俺を雇ったのは別の人だったし」
「……済みません。話が見えて来ません。私には全然理解出来ません」
「あんまり話すとナンシー先生が怒るかも知れないから、ここまでにしておくよ、……」
 今度は金雄がだんまりを始めた。

 リカは金雄の顔を繁々しげしげながめた。もうすっかり好きになってしまった男の顔はなんとも素敵だったが、そのずっと奥の方に大変な秘密が隠されているらしい事に、この時ようやく気が付いた。

 間も無くバスは空港に到着した。広い中央島の南西にある世界第一級の空港である。ここから南南西の方角にある南国島の方が地理的に見れば空の交通の要衝ようしょうなのだが、険しい山々が空港建設のネックとなっていた。

 今度はアメリカ本土に渡るのである。ビザやパスポートが必要だったが、それらをリカに手渡されて金雄は驚いた。
「い、いつの間にこんなものが?」
「二、三日前に郵送されて来ていたのよ。身に覚えが無いの?」
「ああ、全く無いよ。まさか偽造じゃないだろうね」
「嫌なら行くのを止めれば? 偽造パスポートだったりしたら大変な事になるわよ。そうよ止めた方が良い。いいえ止めるべきだわ!」
 リカはかなり強い口調で言った。












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