大樹海から来た男(45/260)PDFで表示縦書き表示RDF


大樹海から来た男
作:春野エックス



変身(6)


「アーッハハハハッ! 馬鹿馬鹿しくて話にならないわ。ところであれだそうね」
「ああ?」
「あんたの乗って来た高速フェリーが魚雷攻撃を受けたそうね、日本の潜水艦から」
「ああ、それがどうした」
「つくづく悪運の強い男だって事よ。いっその事魚雷が命中して、今頃海の底だったら良かったのにねえ」
「な、何だって。何千人もの乗客も一緒に死ねば良いとでも言うのか!」
「ものの例えだって事ぐらい分かるでしょう! じゃあ先生の伝言、確かに伝えたわよ。ふんっ! 馬鹿野郎!」
 ナンシーは鼻を鳴らして、軽蔑し切った言葉を吐き捨てる様に叫んでから電話を切った。

「ふーん、……。何か勘違いをしてるんじゃないのか? それとも浜岡の野郎にある事無い事吹き込まれたか。まあ、多分そんな所だろうな……」
 金雄はナンシーの言い方が余りに酷いので、逆に冷静になれた。ベットに寝そべって色々と考えてみた。

『それにしてもどうしてエムの事をばらせと言うのか、さっぱり分らん。それに俺がエムの事を話さない様にしている事をどうして知ってるんだ?
 ……まさか陽子がスパイ? いや有り得ない。あんな発作を起こす様なスパイじゃものの役に立たない。ひょっとして金太郎? 無理だな。時々しか接触して来ないんだからこれも失格だ。
 俺の知らない誰かかも知れない。複数の人間が入れ替わり立ち代り俺の側に来て、盗聴とかされたら分かりっこないよな。駄目だお手上げだ。仕方が無い、寝よう……』
 金雄は推理を諦めてそのまま眠った。大会で疲れていたせいか朝まで熟睡した。

「おはよう御座いまーす! 小森金雄さーん! 時間ですよーっ!」
 陽子が賑やかに金雄を起こしに来た。
「はははは、わ、分った。今行く」
 何と無く嬉しかった。一瞬だが母親に起こされた時の事を思い出した。

『女性の声で起こされるのは、良いものだな』
 曇り空の一角にぽっかり青空が覗いている様なほっとした瞬間だった。しかしドアを開けてまた陽子に驚かされた。服装ががらりと変っていた。

 軽快で明るい色のスポーティなショートパンツとティーシャツである。髪形はポニーテイル風だった。眼鏡は掛けていない。

「ま、また服装を変えたのか? 半袖で寒くないか。ズボンも短いし、真夏の格好だと思うがなあ」
「えーっ! ここは南国島だよ。朝晩はちょびっと冷えるけど寒いという程じゃないわ。もしもの時は金雄さんに温めて貰うもんっ!」
「お、俺が? ……ちょっとパスしたいけどな」
「寒さに震えるいたいけな少女を見捨てるって言うんですか!」
「あはははは、朝食を食べに行こうか」
「あーっ! 誤魔化した!」
 こんな調子で二人は朝食を取ってから会場に向かった。

 しかし一日目とは違って大変な人出だった。途中で金太郎が駆け寄って来て少し興奮した状態で話し始めた。
「今日はテレビで放映されるんですよ。生放送ですよ。男子、女子の各階級の決勝戦八試合全部です。その他にビデオなんだけどダイジェストでベストエイト以上の試合が流されます。
 去年までは録画したものを編集して一時間番組にしていたんですが、今年は生ですよ! ああ、何としてでも決勝に残りてえ!」
「そうか、テレビで放映されるんですね。それじゃ頑張って優勝するかな」
「その息、その息。金太郎さんも金雄さんもファイトよ!」
 この時、金雄の頭の中にあったのは、
『きっと美穂が見ている!』
 その思いだけだった。

 午前九時からオープンセレモニーが華々しく始まった。男女合わせて八つの階級の選手のそれぞれの先導は、極端に露出の多いワンピースタイプの水着を着た、スタイルの良い若い女性が受け持った。

 プラカードを上に掲げながら歩いていく様は何か場違いな気もするが、こうするのが流行はやりなのだろう。勿論テレビを意識しての派手目の演出である。この場面は生中継ではないが間違い無くビデオで放映される。

 放送の予定は午後七時から十時までである。その時間帯に決勝戦八試合を詰め込むのが至上命令だった。特に最後の男子最重量級の試合は時間内に終らせる事が絶対だったのだ。テレビ局側はその為に二日目の開始時間を一時間早めて貰ったのである。

 選手の入場も華やかだったが、対戦相手を決める抽選もまた華やかだった。一から十六までの数字の内、奇数はノーシードの選手、偶数はシード選手がカラーボールを引く。
 昨日は市販の白いボールにマジックで数字を手書きした物を使ったが、今日はソフトボール大のカラーボールに奇麗に印刷された物を使った。

 更にその様子をシンセサイザーの奏者が見て、様々な効果音やメロディーを即興で入れる凝りようだった。全てはテレビ放送を中心に回っている様である。

 金雄はそれらの演出に少しうんざりしていたが、
『とにかく、春川さんにショックを与えない様にしなければ』
 自分の試合が近付くとそんな事ばかり考えていた。金雄の最初の相手はジャンボ大橋だった。ジャンボと言うだけあって身長は二メーター十五センチと極端に高い。しかも頑強な肉体を持っている。世界大会にも何度か出ているベテランである。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう