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大樹海から来た男
作:春野エックス



知恵のある野獣(4)


「えーと、エムですが第三道場の連中は粗方あらかた片付けたけど、そろそろ俺と試合をしても良いんじゃないのか?」
「ま、まさか、エ、エムなのか?」
「ああそうだ。ぼちぼち日が暮れるぞ。早くしてくれないかな」
「わ、分かった。今行く」

 この時、さすがの天空会館館主、天の川光太郎も冷静さを失っていた。絶対に有り得ない事が起こったのだ。彼は銀河の間に電話して最も頼りになる、天空会館系格闘会の現世界チャンピオン、矢田部一心やたべいっしんを呼び出し一緒にエムに会いに行った。一人では自信が無かったのだ。

「お待たせした。私に会いたいと言うのは、あ、貴方でしたな」
 館主のただならない様子にそばを通り掛った、初、中級の門下生達がニ人、三人と集まって来た。

「ははは、ついさっき会ったばかりでしょう? ひょっとして俺が第三道場からぴんぴんして出て来た事に驚いていらっしゃるのかな?」
「ば、馬鹿な。ただ室長が何時までっても連絡して来ないので、どうしたのかなと思ったまでじゃ」
「室長? ああ、俺に何だかんだと質問して来た奴か。首の骨が折れたから死んだんじゃないのかな? 殺す積りは無かったが、まさかあそこまで力を抜いているとは思わなかった。油断するのにも程がある!」
 エムは逆切れの感じで怒鳴った。

「か、片瀬君、それから熊谷君。びょ、病院に連絡して。特例パターンだと言えば分かる筈だから。第三道場に行って怪我人を運び出す手伝いもお願いする。至急頼む!」
 館主直々のめいに二人はすっ飛んで行った。特例パターンとは、怪我人が大勢出ているが救急車は使わないで、職員の車を総動員して欲しいという、これもまた一種の暗号である。

 本来なら館主か筆頭の一心のみが使う連絡方法であったが、一心がこの場を去る事は不安極まりなかったのだろう。最近頭角を現して来ていて良く覚えているその二人に、つい命じてしまったのだ。余り大勢に頼まなかったのはなるべく事を穏便おんびんに済ませたいという配慮からだった。

 門下生達はもうかなりの人数が集まって来ていて、館主と一心とエムとを遠巻きにし、ヒソヒソと話し合いながら様子をうかがっていた。

「俺の実力は認めて貰えたんじゃないのかな。天空会館館主のあんたと俺は試合をしたい。俺は俺の流儀。あんたはあんたの流儀でやれば良い。広い第一道場で皆の見ている前で一戦交えたいと思うのだが受けて貰えますよね」
 エムはつとめて冷静に言った。

「他流試合をやる訳にはいかん。ルールが統一されてこそ試合の意味がある。異なったルールのもとでの試合では勝っても負けても意味が無い。
 まあ一般的に言えばラフなルールの方が勝つのに決まっている。おぬしのルールには反則技という考えが無いように思うのだがどうかな?」
「その通り。反則技なんていうけたくその悪い物はない。それで良いじゃないか。何ならあんたもルール無しでやってみるかい? 俺は一向に構わないぜ」
「ルールが無ければただの喧嘩けんかだ。ここは神聖な武道を教授する場。喧嘩などという幼稚で汚れた精神の発露はつろの場ではない」
 光太郎は徐々に落ち着きを取り戻して来ていた。エムは思っていたより紳士なのである。上手く行けば言葉だけで撃退げきたい出来るかも知れないと感じた。

「じゃあ、どうあっても駄目なのか!」
「何度も言うようじゃが、他流試合は禁じられておる。わしと試合をしたければ一日だけここ、天空会館に入門すれば良い。勿論、わしとの試合の後で直ぐに辞めて頂いても結構。それが出来ないのならばお帰り頂くしかない」
「俺はあんたの書いた本を読んで、あんたにあこがれてここに来たんだぜ。あんただって若い頃は他流試合で名をせた筈だ、違うか?」
「はははは、若気のいたりじゃったのよ。だが今はその誤りに気が付いて、二度とその様な事はすまいと心に誓ったのじゃ。……悪いがわしは忙しいのでこれで失礼する」
「チェッ! 逃げるのか!」
「おのれっ! 言わせておけば!」
 バタ、バタ、バタッ! と門下生達がエムを取り囲んだ。

「止めなさい! お客様のお帰りだ。道を開けなさい!」
 館主の一声で、門下生達は渋々しぶしぶ道を開けた。エムと名乗る野獣の様な男は、軽蔑けいべつ眼差まなざしを残しながら去って行った。
 死者一名、重傷者三十余名。これがエムの残した傷跡きずあとである。しかし光太郎は警察に届出などはしなかった。

 天下に名だたる天空会館が、何処どこの馬の骨とも分からないたった一人の男に、これだけの被害をこうむったとあっては良い笑いものになる。
 事情を知る者に対してはきびしく口止めをして災いをやり過ごそうとした。だがそうそう容易たやすく事は収まらなかったのである。












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