触る手が好き。
部屋で水槽の中のペットと戯れていたら、なぜか河原にいました。
何が起きたかは分かりませんが、ここにいても仕方がありません。私は水槽を抱え、歩きました。
じゃりじゃりする石が痛いです。
靴が欲しいです。
そして、しばらく歩いていくと、私は出会ったのです……
「タコ?」
私の目の前に巨大な軟体動物がいました。いや、鎧を着ているので、軟体人間と言った方が正確でしょうか、とにかく、ここは地球ではないことだけは確かです。
「タコ? なんだそれは」
軟体の青年は、そう言います。顔をよく見ればかなりイケメンの軟体人間かもしれません。
「これ、触手が8本ある生き物。ペットのタコちゃん。愛でるの」
私は水槽からペットのかわいいタコちゃんを取り出して、彼に見せる。
「それか。触手の形は似てはいるが、俺は18本持っているからな」
彼は鎧のすき間から、ちらりと触手が覗く。
「18! 数えてみても良い?」
軟体動物好きな私はいてもたってもいられず、そう尋ねる。彼は驚いた表情をしたが、快く許可してくれた。
細さ長さは様々だったが、数えてみると確かに計18本の触手を持っていた。
「おまえは……4本の触手、いや、前の2本の大触手から5つの触手に分かれているから12か?」
「いや、ええと……手だけではなく、足も分かれているんだけれど」
私は靴下を脱いでみせる。ていうか、何で見知らぬ者に素足見せているんだ。
「に、20本だと!」
「まあ、そういうことになりますね」
彼らにとって手も足も触手なので、私の手足が触手扱いになるのはまだわかります。でも、指までも含まれてしまったのは想定外でした。18本の触手生物に、20本の触手生物に認定されてしまいました。
「ほほう、俺よりも触手が多いのか」
何やら、値踏みしているご様子。なんか、目の輝きが怪しいぞ。
「おまえ、俺のものにならないか?」
やわらかな触手が、私の手をとります。
「え?」
何をおっしゃっているのか分かりません。
「いや、選択権は俺にはないな。俺の触手は確かにお前より少ないが、18本もある雄はそうそういない。これでも名のある冒険者だ。お前を守るぞ」
「いや、その、ええと。守ってくださるのはうれしいですが……私、この土地の文化について疎いので……触手の数がどうこう言われても、よくわかりません」
「見かけぬ顔と思ったら、そうか。他の国の者だったか」
彼がいうには、彼らの種族にとっては足が多いほど魅力的なそうです。
ちなみに、この世界では猫も12本の触手があって、人気のペットなのだそうです。
「で、でも、私のは触手というには短い」
この人物が触手というそれは、指なのだ。
「長さは関係ない、より多くの触手を持つ、これが重要なのだ」
ちなみに16本以上で美人に入るらしいです。ということは、18本の触手を持つこの御仁はなかなかのイケメンさんの部類なんですね。
「そ、そうですか。触手の数が……」
現地人の彼がいうのでしたら、そういうものなのでしょう。「イソギンチャクがいたら、きっともてもてだね」と、そんなことを思いながら私は、ほんの少し現実逃避をした。
「ところで、そのブサ……いや、そのタコは飼っているのか」
軟体の彼は私の愛しいペットを見てそう言う。触手が多いほど美しいという美的感覚のあなたたちからみると、8本足はそうかもしれないけれども。
「ぶさいくいうなぁぁ。私のタコちゃんをぉぉぉ。このつぶらな瞳やへにょんとした頭を否定するなぁぁ」
「す、すまない。確かに触手は少ないが、愛敬のある顔だな」
「わかればよろしい」
ペットをけなされれば怒るし、褒められればうれしくなる、飼い主なんてそんなものです。
「おまえが20本というのが他の雄に知れれば、拐われるかも知れぬ。その靴下という妙な装飾品で常に隠しておくのは確かに懸命だな。そうしていれば12本の平凡な女だ。それと、この外套を羽織れ。ここはとげのある植物も多い。おまえの美しい触手に傷がつくのは耐えられん」
「……ありがとう」
「さて、日がくれる前に村に着きたいな。急ぐぞ」
彼はそういうと私を軽々と抱き抱えます。細い触手は信じられないくらい力持ちのようです。靴をはいていないので、石だらけで痛い河原を歩かなくても良いのは助かりますが、なんだか恥ずかしいです。
そんなわけで、私は触手の数がものを言う世界で生きていくことになったのです。
私としてはこの世界で静かに平和に過ごしたいと思っていましたが、それは叶いませんでした。20本の触手を持つ私はこの世界では絶世の美女、厄介ごとに巻き込まれないはずはないのです。
まさか、彼が放浪王子で、そして私をめぐって、国を巻き込んでの争奪戦になるとは……
この時の私は思いもよらなかった。