月明かり
(零)
いつもと同じ風景なのに、今日は何だか高揚した気分になるのは何故だろう
(壱)
空を見上げ、静かに息を吐き出す
生暖かい空気が僕を包み込んで、思い出の中に僕を引きずり込もうとする
あぁあんな日もあった
あの日もこんな空気をしてた…錆び付いた、窒息させるような重い空気
紅い霧のようなモノが目の前を横切る
そう、あの日もこんな…
(弐)
殺戮現場を見た
女の人の形がなくなっていくのを、僕は遠くからじっと見守っていた
助けようとか、警察に通報しようとか、そんなことまったく考えていなかった
ただ何かに取り付かれたように、僕はじっとその風景に見入っていた
女性の体から無数の血しぶきが上がって、そのたびに彼女は苦しげに呻いた
犯人はこちらに背を向けていたし、周りが暗くて見えなかったが、僕はソイツが楽しそうに笑うのを不思議な気分で聞いていた
なんで笑えるんだろう
犯人はわざと女性を苦しめているようだ
一突きで殺さず、最期まで楽しむ気らしい
女性は腕をもがれ、脚を切られて、それでもまだ息をしていた
出血が酷いようだが、それでもすぐには死ねないものらしい
僕は口元を必死に手で押さえ、それでいて女性から目を離すことなく凝視していた
ついに犯人が女性の長い髪を思いっきり引っ張り上げ、無理やり女性を自分の目線まで持ち上げた
かなりの重量だろうに、犯人は難なく女性を引っ張り上げ、ナイフをその首に突き立てた
女性にはもう意識がない
けれど呻き声と荒い吐息だけが僕のとこまで聞こえてくる
犯人がナイフを持つ手に力を入れたのが遠目に分かる
腕に幾つもの青筋が浮かんで、突如その腕は女性の血で紅く染まった
ごとり…
女性は事切れた
首は男性の手に握られており、四肢のない体が地面に音を立てて落ちる
僕は込み上げてくる何かを必死にこらえた
こらえなければならなかった
気持ち悪い、という感情とは別の
美しい、という感情を
(参)
あれが僕の転機だったように思う
僕は殺戮を繰り返した
殺せば美しくなるだろうと思う人間を次々と
血は美しい絵の具となった
女の長い髪は美しい刷毛となった
白い背中は美しいキャンパスとなった
生前よりも美しいと思った
腕も脚も開放されれば、もっと美しい姿となる
僕はゆっくりと下を見下ろし、煌々とした目でそれを眺めた
闇の中で白い物体がいっそう光り輝いて見える
空には暗く輝く月
僕は月の元、最高の芸術を作り上げる
美しい
きっとこれが僕の本性なのだ
殺戮を美しいと感じる人間
月明かりの下で僕はじっと自分の手の平を見つめた
この手に殺された人間の血が、深く深く染み込んでいる手
その手は紅く黒ずんだ怪物の手に見えた
分かっている、いけないことなのは
でももう引き返すことなどできないから
僕はもう一度白と紅の芸術を見つめると、さっと後ろ向きに歩を進めた
次の獲物を探さなくてはならない
月が綺麗だった、赤い霧がかかった月はまるであの芸術のよう…
生暖かい風が吹く
血の香りを運んで、少し錆びた匂いがする
息を吐き出した
もう戻れない
僕は完璧な怪物になってしまった
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