クッキー
まぁこんなこともあるだろうさ。
自身を納得させるために、マキは大きく縦に首を振った。目の前には真っ黒に焦げたクッキーが煙を上げていて、さぞ香ばしいであろうと思わせる香りを放っていた。
どーしてこうなるかなぁ。
自分の不器用さ加減に呆れつつ、自分で自分を見捨てそうになる。
ちょっと早く焼きたいから温度上げただけじゃん?
むぅっと頬を膨らませ、マキはまだ自分のミスに気づいていない。
そもそもクッキーなんか本の指示通り動けば失敗なんてするはずないのだ。
手書きで書かれたレシピはユキコから貰ったもので、先日ユキコが焼いたというクッキーがあまりに美味しかったために書いてきて貰ったものだった。
『アイスボックスクッキー』と可愛らしい丸文字で書かれた文字はユキコの性格を表しているようで、書道で基礎をガチガチに教えこまれて堅い文字しか書けないマキとは大違い。
文字にまで女の子らしさがにじみ出ている。
習字を習っていた人の字が読みやすいなんて嘘だ。
字が1つ1つでっかくて、スペースがないから凄く読みにくい。
だからマキは自分の字が大嫌いだった。
「おわーやっちまったなぁ」
後ろからにょきっと手が伸びてきて、真っ黒いクッキーをつまみ上げた。
とっさのことにギョッとして振り返ると、そこにはやはりシュウがいた。
こんなことするのシュウだけだもん。
つまみ上げたクッキーをマジマジと観察しながら、お前すげぇな、なんてイヤミなことを呟くシュウを見て、マキは「はぁぁ」と深いため息をついた。
シュウは隣の家に住む、俗に言う幼馴染の腐れ縁ってやつだ。
お互い家族ぐるみの付き合いで、インターホンなしの訪問が、可能な仲である。
シュウにだけは見つかりたくなかったんだけど。
またそっとため息を落としながら、マキは横目でちらりとシュウを見た。
シュウは丁度私の前に置かれたクッキーの山をのぞき込もうとしているところだったようで、体を私の頭上から乗り出すみたいにして前かがみになっていた。
そんなに焦げたクッキーが珍しいか。
少々むっとしながらマキはぐいと顎を上げてシュウを睨んだ。
シュウはそんなマキに気づいたのか気づかなかったのか、ひょいと肩をすくめると一歩後ろに下がってこう聞いてきた。
「なぁこれ誰にやんの?」
いつも笑ってるような瞳は何だか真剣っぽくて。
それはさっきイヤミを言っていた人とは、まるで別人に見えた。
「なぁにヤキモチ?」
わざとおどけてそんなことを言ってみたけど、シュウは否定もしないし笑いもしない。
ただ眉根を曇らせて、主人を見送る子犬みたいな表情でマキを見つめるだけだ。
いつもなら顔真っ赤にして「バカかっ!」て言うのに。
何だか本気で心配になったきたマキは、背の高いシュウを下から覗き込むみたいにして、ん?と視線を合わせた。
何だか今日のシュウは様子がおかしい。
ぱたぱたとシュウの目の前で右手を振って、大丈夫かー?なんて声をかけてみる。
シュウは何だか言いよどむことでもあるみたいに、視線をふわふわと空中に彷徨わせていたけれど、突然、
どんっ
そんな衝撃がマキの背中を襲った。
唐突に起きた出来事にマキ脳内の情報認識能力が低下し、ただただ目から送られてくる情報だけが脳に映し出される。
床に落ちて砕けたクッキー
白基調の台所
黄緑色の芝生のようなカーペット
銀色に光る蛇口
まだクッキー種が周りについたままのボウル
私を押さえつけてるシュウ
…え。
「ちょ、ちょっと!」
慌ててシュウから離れようとしたけれど、まったく持って動く気配がない。
それどころかドンドン壁に押し付ける腕に力がこもっていくようで、その痛みにマキはほんの少し顔を歪めた。
「…き、なんだ」
肩の上に乗せられた頭がわずかに身じろぎして、シュウの吐く息がマキの首筋にあたった。
「マキのこと、ずっと、好きだったんだ」
一言一言噛み締めるみたいに呟かれた声は、マキのざわざわした心の中にすとんと落ちてきて、それは一瞬にしてマキの顔を赤く染めた。
「な、なに、とつぜん…」
マキは恥ずかしさでまともにシュウの顔が見れなくなって、若干顔を横に向けつつ辛うじてそれだけを呟いた。
「突然じゃない」
今度ははっきりとした声が正面から返ってきて、声のしたほうを見ると、シュウがいつになく真剣な表情でマキを見つめていた。
シュウはマキを正面から睨むように見るとぼそぼそと、
「ずっと、好きだったよ。例え焦げたクッキーだとしても、マキの作ったものを誰にも渡したくないくらいに」
「あ…」
何だか思い当たる節があって、マキは先ほどの、
誰にあげんの?
と聞いてきたシュウの顔を思い出した。
あれはそういう意味で…。
ふいにおかしくなって、マキはくすくすと口に手を当てて笑い出した。
ほんとにおかしい、だって、このクッキーは、
「シュウのために作ってたんだから」
ついに耐え切れなくなって噴出しながら、マキは言い放った。
ユキコがクッキーをくれたとき、シュウにも食べさせたいなって思ったから作ってたのに。
シュウが「は?」て顔をして目を白黒させている様子を見て、マキはくすくすと笑い続ける。
ほんとバカみたいだ。
シュウに嫌われるかもしれないなんて思って、もう何年も私我慢してたのに。
「ばーか」
くすりと笑うとマキはシュウに抱きついた。
ずっと同じ気持ちだったのも気づかずに、お互い私たちは何してたんだろうね?
背の高いシュウの首に腕を巻きつけるようにして、マキはシュウの耳元でそっと囁いた。
「ばーか、私も大好きだよっ!」
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