幼馴染
「すぅ…」
気持ちよさそうな寝息が隣から聞こえて、ヒカリは視線を横に送った。
さっきまで一緒に呑んでいたのに、いつのまにかミキは寝ていた。
ミキはさらさらのロングヘアーを床に流し、自分の腕を枕のように下敷きにしている。
腕、痛くないのかな。
腕をひいて寝ることはヒカリにだってあるのだが、大抵目が覚めてからそうしたことを後悔する。
頬や腕に赤い痕ができるし、何より首が痛くなる。
よいしょ、と誰に聞かせるわけでもなく呟いて、ヒカリはミキの頭を膝の上へと導いた。
ふんわりとミキの髪から溶け出したシャンプーの香りが鼻腔をつく。
何となくくすぐったい気分になって、ヒカリは頬を緩めた。
ヒカリとミキは生まれたときからの仲である。
つまり生まれた病院が一緒で、母親たちが同じ病室だったのだ。
もちろんそんな昔のことなど覚えていないが、少なくとも幼稚園は同じだったし、母親に連れられてよくお互いの家に遊びに行っていた記憶もある。
現在21歳のミキと、同じく21歳のヒカリ。
二人が出会ってからもう大分たったが、今もこうして一緒にいるのはやはり互いに信頼しあっているからだろうか。
人の気もしらないで。
ヒカリはくすっと軽く笑うと優しくミキの髪を梳いた。
さらさらのロングヘアーはしばらく見ないうちに茶色に染められていて、それは昔のものとは違っていた。
耳に控えめに添えられたピアスも、昔にはなかったもので。
やっぱ変わっていくんだな。
ミキも。俺も。
ふと髪を梳く手をとめると、ヒカリは未だ気持ちよさそうに寝ているミキの顔を見つめた。
薄く化粧の施された頬は酒のせいか薄いピンク色に上気していて、閉じられた瞼は何か夢を見ているのだろう、ふるふると睫毛を震わせている。
唇にはたっぷりのグロスが付けられていて、そのぷくりとした唇を強調するのに一役買っているようだ。
ヒカリはミキの額にかかった髪を軽く手ではらうと、ミキの頭が乗っているのとは反対の膝に腕をつき、
ちゅ
と軽い音を立てて、その額にキスを落とした。
唇に残ったミキの肌の感触は、やはり頬のような柔らかさはないものの、人間の肌独特の温もりと弾力が感じられて。
唇を離す瞬間、より一層、ミキの髪に残った香りがヒカリをまとった。
どこか甘く切ないような気持ちがヒカリを襲ってきて、あぁ幼馴染でなければこんな気持ちにはならなかったのかな、なんてどうにもならないことにヒカリは思いをはせた。
そんな事考えてないと暴走してしまいそうで、ヒカリはゆっくりと瞬きを繰り返しながら自分に身を任せて寝ている無防備なミキを見つめていた。
すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てているミキは今何を思って寝ているのだろう。
何だか無性に聞いてみたい気がした。
ねぇ俺のこと、どう思ってるの?
10代の俺では聞けなかったことを、20代の俺は聞けるのだろうか。
歳をとれば何かが変わると思っていたのに、昔と今、一体何が違うのだろう。
髪の色?ピアスの穴?
外見なんか毎日だって変わるのに、それは変わったなんてものに入らないのかもしれない。
未だミキに何もいえない俺は、結局昔から何も変わってないじゃないか。
「ミキ…」
好きだよって言ったら、ミキはどんな顔をするかな。
やっぱり驚くのかな。
そんなミキも見てみたい。
でもきっとミキのことだから「冗談でしょ」って笑うんだろうな。
その様子を頭の中に思い描いてくすくすと声を立てて笑うと、ミキが「ん…」と微かに身じろいだ。
笑い声を引っ込めて、ヒカリが膝の上で眠るミキに視線を戻すと、
「ヒカリ…?」
寝ぼけているのか未だ焦点の合わない視線を真上に向けて、ミキがヒカリに瞳を向けた。
「ん、何?」
「なんでもない」
ころんとヒカリの膝の上で寝返りを打つと、またすぐにミキは眠ってしまった。
規則正しいミキの寝息を聞きながら、ヒカリはただただ苦笑する。
まったく、人の気もしらないで。
襲うぞ?
冗談で思ったはずなのに、マジでしてやろうかと考え始めて、自分の思考にまた苦笑する。
いつになったら気づいてくれんのかな。
テーブルに放り出された缶ビールに口を付けながら向こうを向いてしまったミキに視線を放る。
ミキ鈍感だからなー
「まぁ後10年くらい待ってやっか!」
ヒカリはそう言うと、くすくすと楽しげに笑った。
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