チョコレート
とろりと口内に広がる甘味と苦味。
それらは深く深く交わるように、私の中を満たしていく。
「ふわぁー幸せぇー」
ぽぅっと頬に手を添えて目を閉じる。
目を閉じれば、まだ僅かに残る香りが鼻を抜ける。
もう少し口内にその香りを閉じ込めておこうと、私は深く息を吸い込んだ。
「あぁっ!もう食べちゃったの!?」
突然、私の幸せを遮る声が聞こえてきて、私は吸い込みかけた空気を溜息と共に吐き出した。
閉じていた瞼を重たく持ち上げて、目の前に被さる影を鬱陶しそうに見上げる。
太陽を背負った黒い影は、手に2本の缶ジュースを持ち、ちぇ、と小さく舌打ちした。
「なんだよぅ、チョコレート、俺も食べたかったのに」
どさっと無造作に私の隣に腰かけて、ほい、と手に持っていた缶ジュースを渡してくる。
オレンジジュースだ。
私は冷えたオレンジジュースの細いフォルムに手を添えて、ぷしっ、とタブを引っ張った。
そのまま何も言わずに缶に口を付けようとすると、彼が私の唇と缶ジュースとの間に右手を割り込ませてくる。
「何すんのよー」
唇に触れる彼の手のひらにモゴモゴと抗議すると、彼はムッとした表情をしてみせる。
「責任とって」
「はぁ?」
「責任とってよ」
彼は私の唇に手のひらを乗せたまま、今度は開いている方の手で私の持つ缶ジュースを受け取る。
カコン、と音を立てて座っているベンチの上に缶ジュースを置くと、彼はやっと私の唇から手のひらをどけた。
「俺もチョコレート、食べたいの」
ふっと視界いっぱいに彼の顔が映って、気づけば唇に柔らかくてふわふわしたものが重なっていた。
「んんんーっ!!!」
油断して緩んでいた唇から、何か熱っぽいものが侵入してくる。
それは私の口内を隈なく舐めまわし、ほんの僅かに残っていたチョコレートの余韻を、ひとつ、またひとつと奪っていく。
私は両手をぎゅっと握りしめて、ドンドンと彼の胸を叩いたが、ビクともしない。
それどころか行為はどんどんエスカレートしていくようで、それと共に私の体から力が抜けおちていった。
酸欠と緊張で意識が朦朧とし始めた頃、やっと彼の唇が離れる気配がして、私はぐったりと彼にもたれ掛かった。
「ごちそうさま」
にっこりと私の顔を覗き込み、そう言う彼はとても憎い、嫌なやつ。
「今まで食べた、どんなチョコレートよりも美味しかったよ?」
ちゅ。
小さな音を立てて落とされたキスは、唇にほんの少しの香りを残して。
私は彼にされるがままになりながら、小さく彼に笑ってみせる。
「当たり前でしょ。私のチョコレートは世界一よ」
カンっと地を打つ音が響いて、オレンジの染みがベンチから滴り落ちる。
再度至近距離に迫る彼の顔に、私は微かに微笑んだ。
こんな彼は、とても憎い、嫌なやつ。
だけどこんな彼だから、とても愛おしい、大好きな人。
私はそっと瞼を閉じて、口内に再度広がる香りを味わった。
それは今までに食べたどんなチョコレートよりも、甘美で妖艶な香りがした。 |