豆カン。(16/25)縦書き表示RDF


若干シリアス…ですかね。
豆カン。
作:乙麻呂



紅-kurenai-日


(プロローグ)

彼女には霊が見えると言うのだから、きっとそうなのだろう。

僕はその言葉を疑いはしないし、否定する気もない。

ただ、彼女が嘘をつかない事を知っているから、僕は信じる。


それだけだ。


(第一章)

窓から見える空が紅く染まっていく。

心なしか、ぽっかりと心に空虚な黒い空洞ができる。

寂しさとか、切なさとか。

そんな単純なもので表すことなどできない、喪失感。

体が空中に放り出されたような、ふわっとした感じが僕を包み込む。

夕焼けは僕をそんな気分にさせる。

彼女がこちらを向いて奇妙な顔をしているから、 僕はそろそろ窓辺から離れなければならない。

僕は近くに置かれた鞄を手に取り、彼女の方へと向かって行った。

いつものように一緒に帰る。

いつものように彼女の鞄を自転車のカゴに放り込んで、彼女の体温を背中に感じながら僕は自転車をこぐ。

彼女はいつものように静かに存在する。

そう、いつも何事もなかったように、彼女はそこに存在する。

僕のそばにずっと、そっと、静かに、たたずんでいる。


霊とはどんなものか、と尋ねたら、黒く静かに生きている物体だ、と彼女は答えた。

どこにでもそれはいて、影のようにひっそりと生きているらしい。

ほら、ここにも。

彼女はそう言って、教室の片隅に目を投げ掛けたが、僕には何も見えない。

そこに手首に傷のある子が立ってるわ。

制服を着てる。

僕達の学校は私立で、制服がある。

黒い喪服のような制服で、何の飾りっ気もないその制服は、着る人を圧迫する。

そのせいか、彼女は他のどんな場所よりも、この学校で霊をよく見かけると言っていた。

霊は黒が好きなのよ。

そう静かに言い放った彼女は、冷たく教室の片隅を見つめた。

彼女の目が何を見ているかは知らないが、僕はその鋭く光る目にぞくり、と背筋を凍らせた。

あの子は学校に殺されたのよ。

彼女の声が誰も居ない教室に谺する。

少し低めで、落ち着いた、冷たく鋭い棘を含んだ声。

彼女はそう言うと、ゆっくりとした動作で僕に背を向けた。

長い髪がぼぅっと僕の前を通りすぎ、まるで影を引きずるかのように、その後には黒い残像が
色濃く地面を這う。

僕はじっとその様子を眺めながら、ふと教室の片隅に目をやった。

そこだけ影が濃い。

彼女の言った通りに霊がそこに存在しているのなら、きっとこの学校を恨んでいるだろう。

人を食らう学校。

一体何人の人間がこの学校で死んだだろうか。

僕は窓から外を眺めた。

空が紅い。

今日も何かが起こる気がした。


(第ニ章)

今思えば、いつも彼女の見る先には暗い影が存在していたように思う。

それが彼女の言う霊なら、確かにそこには何かが存在していたのだろう。

この学校はどうしてこんなにも人を食いつぶすのかしら。

斜陽が窓から差し込んでいる、そんな時間に彼女はいつもそう言っていた。

空には無数の黒い影。

一斉にどこかに飛び立つ様は異様に見える。

紅に黒のコントラスト。

それは何とも不気味な情景だった。

彼女はその風景にすぅっと目を細めると、金網に細く白い指を軽く引っ掛けた。

金網が微かに軋んで、どこかで苦しげな声を上げる。

ここから何人の子が飛び降りたの?

彼女の目は屋上の真下に注がれていた。

一際暗い影がそこにはあって、学校でも幽霊が出ると噂されることがあった。

正面から生暖かい風が吹いてくる。

もうそろそろ夏が終わる。

秋がぽっかりと口を開けて、僕らが早く引きずり込まれないか、と待っている。

秋は人を感傷的にさせる。

だから死亡者が多発する。

自ら命を絶つ者も、それ以外の人間も、この時期が一番多い。

夏から秋にかけてのこの日。

秋が僕らを飲み込む寸前。

僕らが油断しているその時に、暗い影はもうすぐ側までやって来る。

スカートがゆっくりと風になびき、彼女の黒羽色の髪が風に踊った。

今度は誰を殺すの。

かしゃん、という乾いた音がして僕は彼女が金網から手を離したのだと知る。

僕はずっと屋上の端に座って、彼女の言葉に耳を傾けていた。

目をコンクリートの冷たい地面に落として、僕はじっと沈黙する。

気付けば彼女の黒い靴先が僕の目の前にあった。

僕はそれを認めて腰を上げると、彼女の手に握られた鞄を手に取った、

彼女は無言でいつも僕に話しかける。

帰ろう。

そんな言葉は僕らの間に存在しない。

この世界が闇に沈む前に帰れば、いつだっていい。

ただ彼女の無言の言葉が僕の中に降った時、僕は腰を上げて鞄を持つ。

それが僕らの帰る合図で、闇に沈む合図だって、いつからか決まっていたから。

今日は殺さないの。

無言の声が僕の中に響く。

殺さないよ。

紅い日が沈みかけている。

そろそろ闇が支配を始める。

僕らは無言で逆方向の道を歩き始めた。

手を振ることもしない。

ただ何も言わなくたって通じる。

僕と彼女は似た世界にいるから。

ただ一つを除いては。


(第三章)

彼女はいつから僕が殺人犯だって知っていたのだろう。

いつの間にか彼女が僕の側にいて、いつの間にか彼女は僕を虜にしていた。

それからずっと僕らは一緒にいて、ずっとこれからも一緒にいるものだと思っていた。

でもそういう風にこの世界は動いてないみたいだ。

僕らは永遠に結ばれない運命だって、そう決まっていたみたいだ。

僕は彼女の胸からナイフを抜くと、静かにそれを眺めた。

綺麗な紅色をしていた。

深く透き通った不思議な色をしていた。

僕は教室の蛍光灯でそれを反射させた。

紅い雫が床に模様を描いて、一種の芸術作品を作り上げる。

仕方ないよ、命令だからさ。

床に散った黒髪を眺めながら、僕はそう言い聞かせる。

ここはそういう場所なんだ…。

初めて人を殺すことに胸が軋んだ。

今まで何人も殺したけれど、こんな気分になるのは初めてだ。

まさか自分が愛した人間をも殺すことになるなんて―

教室の外に何かの気配を感じた。

きっとアイツだ。

この学校という世界を支配し、僕に殺しを命じる人間。

憎らしい。

アイツこそ死ぬべきなのに。

僕はナイフに映り込んだ自分の顔を見た。

ひどく青白い顔をしていた。

ナイフを持つ手が微かに震える。

落とせ。

冷たい声が廊下から聞こえた。

ソイツはもう用無しだ。

僕は言う通り、彼女の体を抱え上げた。

紅い雫がぽたぽたと、僕の指先を伝って床に落ちた。

…恨まないよ、私は。

彼女が僕の心に呟いた。

もう殆ど声なんか聞こえない。

ただ吐き出す息に合わせて、雑音のようにその声は聞こえた。

でも…いつでも側にいるから、ずっと、そっと、静かに、影のように…

僕は手を離した。

彼女の体が教室の窓からひらりと舞い落ちて行く。

黒い制服がはたはたとなびき、黒髪が風に散って行く。

下でどさっと重い物が地面にぶつかる音がした。

彼女は笑ってた。

僕に殺されたのに、こんな僕を生かすために彼女は死んだ。

地面から目を離し、僕が目を上げると、そこには彼女の血のような深く透き通った夕焼けが広
がっていた。

喪失感…。

そんな言葉で表せない。

寂しいとか、切ないとか。

そんなのでもない。

体に幾つものシミが一斉に広がって行くように、それはじわじわと僕を痛めつける。

体が自分の物でなくなったような、意思だけが孤立したような、そんなふわっとした感覚。

恨まないよ。

いっそ恨んでくれたら楽なのに。

僕が彼女にしたことは一生許されることではないのに…。



僕は窓辺から離れると、冷たい目線を教室の片隅に向けた。

いた。

手首に傷をもった…人間。

鏡に映った自分の姿。

鞄を手に持ち、教室のドアに目を向けた。

彼女が奇妙な顔をしているから、そろそろ帰る時間なんだと僕は知る。

僕達はいつものように教室を出る。

教室の入り口にはもう一人いたけど、きっとソイツに僕らは見えない。

僕らはやっと一緒になれた。

教室の窓から下を見下ろせば、僕らの実体が見える。

折り重なって、そこには僕らが眠っている。

数分前にここから僕に落とされた人間と、今飛び降りた人間と。

僕らは今同じ世界で、同じ場所に眠っている。

枯葉の積もる冷たい地面に静かに横たわっている。

僕らはやっと一緒になれた。



(エピローグ)

枯葉の積もる地面の上に、僕は今静かに眠っている。

彼女ももちろん一緒。

今もまだ変わらない。

いつものように夕方には教室にいて、窓から下を眺めてる。

今はもう片付けられて、そこに僕らは見えないけれど、きっとあの枯葉の下には僕らが眠って
いるはずだから。

僕は手首の傷を見つめた。

死にぞこないの人間だったのだ、自分は。

自分の手首に当てたナイフは引けないのに、他人には平気でナイフを付きたてる人間。

彼女はそんな僕を霊だと言ったけれど、確かにその通りだったから。

一体何人の人を殺してきたのだろう。

こうして命令されて人形のように動く自分に、一体何人の人が殺されたのだろう。

そしてこれから何人の人間がこの学校で死ぬのだろう…。

夕日が沈む。

そろそろ帰る時間だ。

鞄を持ち上げ、彼女のもとに。

静かにたたずむ彼女は生前と変わらない態度で僕に従う。

恨まないよ。

彼女はそう言ったけれど恨んでもいい。

だけどずっと一緒にいたい。

僕らはすぅっと闇に溶け込むように教室を後にした。

背後に暗い影を引きずるように。

またどこかの教室で、誰かが殺されているのだろうか。

僕と同じような人形に。

影が濃くなる。

闇が迫っている。

学校の電気が一斉に消され、もう消灯時間なのだと悟る。

学校の外は闇だ。

何もない、平和な闇だ。

いつか学校の中もそうなればいい。

暗闇に引きずり込まれないような、そんな場所に。



世界が暗闇に沈む。

紅から紺へ。

僕らは変わらない世界の中で、いつまでも一緒にいる。

暮れない日はもう終わったから。


また一日が起動し始める。


『紅-kurenai-日』いかがでしたでしょうか

正直今日の投稿はやめておこうかと思いました…
しかし最近あまりにも休みすぎなので、高校時代のものをそのまま利用することにしました^^;
正直手直ししたくて仕方ないのですが、何せ明日も五時起きなものですから無理です
すでに睡眠時間が4時間を切っていますw

なので読みにくい作品だと思いますが、お許しくださいませ^^;

ちなみに日が変わってしまいましたが、一応8日の投稿分ということで

それでは少しでも『紅-kurenai-日』楽しめていただければ幸いです♪

これからも『豆カン。』をよろしくお願いします(つω`*)テヘ






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