初体験
閉じた瞼に差し込む僅かな光が眩しい。
由佳は未だ覚めきらぬ頭を軽く振り、額に掌をかざした。
微かに開いたカーテンから漏れ出た光は、どうやら日が高いことを告げているようだ。
朝ぁ…?
ぎゅっと布団の端を握り締めて、体を丸め込むように小さくたたむ。
シーツを掠める肌の感触に、何だか違和感を抱きながら、ごろんと寝返りを打った。
「わっ!?」
夢うつつだった脳が突然覚醒したのを感じながら、由佳はざっと後ずさった。
「な、なんで!!?」
そこには慶二がさも気持ちよさそうに寝ている。
彼は一応由佳の彼氏であるが、それはここにいる理由にはならない。
だ、だって、ここ私の部屋…だし…?
お世辞にも広いとは言えない、下宿先のアパートの一室。
部屋にはピンクを基調とした可愛らしい小物がおかれ、壁には好きなバンドのポスターが貼られている。
先ほどから全く日を遮断しきれていないカーテンも、見慣れたものである。
間違いなく私の部屋、だよね…。
隣ですやすやと眠り続ける彼に、由佳は困惑した目を向けつつ、背にしていた壁からそっと背中を外した。
元々が一人部屋であるがゆえに、ここにあるベッドは当然シングルだ。
よって二人は肩を並べて寝るには少々狭いと感じさせる小さなシングルベッドに、ぎゅうぎゅうに押し込まれた形で寝ていたことになる。
…ほんとに肩を並べて寝てたのかしら?
そんな思考が由佳の脳裏に浮かんだとき、ふと素肌に直に当たる風を感じて、由佳は静かに自分の体を見下ろした。
未だ発達段階の小さな膨らみと、ほんの少し日焼けして赤くなった素肌。
お世辞にもスタイルがいいとは言えない裸体が、そこにはあった。
「―――っ!!!」
カッと顔に血が集まるのが分かる。
心なしか熱くなった身体を掻き抱いた布団で覆い、まさか、と慶二に視線をやる。
上下する腹は浅黒く、程よくついた筋肉が呼吸に合わせてゆっくりと動く。
見かけによらず実は意外と筋肉があるんだな、と関心しつつ、はっとして布団を捲り上げる。
「よ、よかった…」
ほぅっと息を抜くと、とりあえず服を着るためにベッドを降りる。
まさか裸体のまま彼の上を通過するわけにもいかないので、少々苦労しながらもベッドの柵を乗り越えた。
「ん…由佳ぁ?」
降りるときに生じた揺れで目が覚めたのだろうか、ゆっくりと瞬きを繰り返しながら、慶二がこちらを向いた。
「だ、だめぇっ!」
ばふっと音を立てて、身近なクッションを彼の顔面に命中させると、彼はガンと音を立てて壁に頭をぶつけた。
へなへなと布団に沈む彼を見て、由佳は床に散らばる下着をかき集める。
昨日何があったか知らないけど、とりあえず見られるわけには…。
さっさと下着を身に着けると、近くに脱ぎ捨てられた制服に手を伸ばした。
「い…ったぁ…」
薄めを開けて抗議する彼にびくりと反応しつつ、由佳は最後にスカートのホックを留めた。
そんな由佳を不思議そうに傍観して、慶二はぽりぽりと首を掻く。
「なんだ、早いなー」
ぼそりと呟く声は何だか残念そうな雰囲気を滲ませていて、由佳は内心焦りながら、
「け、慶二も早く上、着なさいよっ!」
と顔を赤くして叫んだ。
慶二は未だ寝ぼけているのか、いつもよりとろんとした目で由佳を見つめ、突然何か思い当たったようにキラリと瞳を輝かせた。
「あ、お前昨日のこと覚えてねーんだろ?」
にやりと笑った顔は何だか嬉しそうで、由佳はそんな慶二を見て更に顔を赤くさせた。
「そ、そんなこと…っ」
「昨日はよかったなぁ」
くすくすといやらしくしのび笑いを響かせながら、慶二は横目を由佳に放ってよこした。
それは明らかに制服の下にある身体を見るような目で…。
それを見た由佳はうろたえ、顔を真っ青にした。
「や、やだ、そんなことあるわけ…」
「ないと思う?」
ふいに真面目な顔になった彼氏に、由佳はひやりとした汗が背中を伝うのを感じた。
ない、なんて言えない。
現にさっきも布団で…。
狼狽しながらも必死に否定しようと、由佳は睨むように布団を見た。
慶二とは半年の付き合いになるし、恐らくそんな関係になってもおかしくないのだ。
しかし未だ経験したことのないものに、由佳はずっと危惧の念を抱いていた。
それにせめて意識があるときに…。
何だか鼻の奥がつんとして、視界がぼやけた。
あんまりだと思う。
こうしてあっけなく終わってしまうものなの?
ぐっと唇を噛み締めると、突然ぐふっと言う何か溜まったものを吐き出すような小爆発音がベッドの方から聞こえてきた。
ぎょっとして彼を見ると、何と彼は腹を抱えてベッドにのけぞり返っていた。
「な、なによ!」
思わずキッとして睨むと、彼は可笑しそうに笑いながら掌を横に振った。
どうやら笑いすぎて声が出ないらしい。
何がそんなに可笑しいのかと更に由佳が顔を険しくすると、ようやく落ち着いてきたのか一言。
「何もしてねーよ!」
と苦々しく言い放った。
「お前、酒飲んで風呂入ってから出てこなくなって、様子見に行ったら風呂ん中で寝てやんの」
ケタケタと笑いながら慶二は茫然自失としている由佳に更に告げる。
「服着せようかと思ったけど、着せるときにあんまお前の身体見てると襲いそうだったし、見ないようにしながらバスタオルでとりあえず包んで、ベッド連れてったわけ。で、俺は気づいたらここで寝てた」
にやりとして自分が座るベッドを叩くと、彼は、
「だから何もしてねぇし、見てない」
「な…」
驚愕で目をまん丸にしながら、由佳は慶二を見つめた。
みるみるうちに視界がぼやけていく。
そして気づけば声を上げて大泣きしている自分がいた。
「お、おい…そんな泣かなくても…てか何気傷つくし…」
ベッドから自分の方に駆け寄ってくる彼をぼやけた視界に写しながら、由佳はぐずぐずとまた涙をこぼした。
安心した。
それも確かに存在する感情だった。
しかしそれ以上に
「ごめ…ごめ、ん…ありがとう…」
ぐすっと鼻を盛大にすすり上げて、由佳は目の前でおろおろとする男の胸に顔をうずめた。
ちゃんと分かっててくれた。
そんな誘惑も多い状況で、それでもちゃんと…。
うっうっと嗚咽を漏らしながらも、ぎゅっと彼の背中に腕を回すと、彼も同じように腕を回して力強く抱きしめてくれた。
「勝手にしたりしないし。大切だから、由佳の嫌がることはしたくない」
ぼそっと呟いた声は何だか彼らしくて、胸に顔をうずめたまま、由佳はふふっと笑みを零した。
そう、彼なら、きっと、大丈夫。
「ね」
小さく由佳が呼びかけると、彼は、ん?とほんの少し腕の力を緩めた。
「今度、しよっか?」
そう言って、由佳はほんの少しはにかんだ。
「慶二となら、きっと大丈夫」
そんな気がする。 |