舞姫
重低音の音楽にあわせ、リズムよく踏み出されるステップ。
軽やかでありながら、大地を踏みしめるが如く力強いその白い素足は、美しい繻子の衣を纏いながら舞台を軽やかに飛び跳ねる。
緩やかに天に差し出される掌は、空中に舞う羽でも掬いとろうとでもするかのように、優雅にひらりひらりと反される。
金の煌びやかな冠を頂いたその艶やかな髪は、光を返して緑色に見えるほどに美しい。
ほぅ…と知らずこぼれでるため息に、これが世界随一と言われる舞姫の舞かと舌を巻く。
艶かしい四肢は惜しげもなく出されていて世の男たちを翻弄し、その妖艶で魅惑的な笑みは知らず見入ってしまうほどに魅力的であった。
どこかの民族音楽であろうかと思わせるその音楽は、彼女の舞を更に引き立たせているようである。
これなら夢中になるのも分かる気がするな。
そんなことを思いつつ、隣で同じように舞姫に見惚れている男に視線を移した。
彼は会社の同僚で、今日はただ飲みに行くだけのはずだった。
しかし「いいとこ紹介してやるよ」との言葉に乗せられ、どこをどう過ったのか、同僚に連れられて今ここにいる。
高いんだろうなー。
先ほどとは違う種類のため息を落としながら、視線を舞姫へと戻した。
舞姫はどこか憂いを含んだ目をしていた。
冠につけられた鈴が、しゃん、しゃん、と音を立てるたび、その憂いは深くなっていくように見える。
あの子も大変だな。
ぼぅっと舞を眺めながら、手元にあるはずの酒に手を伸ばす。
客は男ばかりで、そのどれもが少女の剥き出しにされた肌へと注がれている。
中にはあからさまな欲情を隠しもせず、その突き刺さるような視線を一身に受けて、彼女は舞っていた。
冠からこぼれ落ちた一房の髪が照明に照りかえる。
緑色に輝くそれは、なんと美しいことか。
毛先の一本一本までが艶やかに彼女の白い肌の上に降りかかる。
例にも漏れず、他の男たちと一緒になって少女を見つめながら、酒をごくりと飲み下した。
見惚れるほどの美しさ、とはこのことを言うのだろうか。
しかし彼女の容姿だけが、この妖艶とも言える美しさを作り出しているのではないことは、明らかだった。
まだ年端もいかないうら若き少女が、いくら化粧で誤魔化したとは言え、やはり無理があるものである。
ただそんなものも全て覆い隠せるほどに、彼女の舞は艶かしく妖しい香りを放っていた。
不思議だ。
欲情とは別の、不思議な感覚に襲われて、ほんの少し首を捻る。
何だか心穏やかになっていくこの状態は、懐かしい、という感覚に酷く似ている気がした。
何故だろう。
彼女を見ていると、遠く昔に忘れ去ってしまった何かを思い出せそうな気がする。
少女を照らしていたライトが徐々にフェードアウトされていくのを見つめながら、その闇に沈む白い肌に目をやった。
音楽がいつの間にか消えている。
とくんとくんと煩く喚き立てる心臓に手をやって、静かに席を立った。
わずかに浮いた椅子の足が、かたん、と音を立てて、同僚がこちらを振り向く。
「おい…?」
まさか気に入らなかった?とでも言う目を見て、微苦笑しながら首を振る。
気に入らなかったのではない、ただ確認したくなったのだ。
あの少女に。
そして自分にも問いかけてみたくなったのだ。
今一番大切なものってなに?
と。
|