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大正瑠璃物語

作者: 七式

 さて、私は蔵を漁っているのでございます。江戸時代より代々受け継がれたこの家にはそれはそれは大振りな蔵が建てられており何や金目の物があるやもしれぬと、今の状況に。中は薄暗く天窓より差す光が舞い上がる埃を雪の様に浮かびあげます。くしゃみを抑えながら私の知らぬ箱を開ける瞬間には幾分の幼心も同時に開き、その中身に一喜一憂する事に明日の生活の苦しさを忘れるほどで。先代、特に初代様は優れた人形師であり各地の大名が噂を聞きつけそれを欲したと聞かされて育った身としては、なんと罰当たりな事と思う反面、薄暗い蔵に埋もれてしまうには惜しいと自分に言い聞かせていたのであります。

 作業を初めて半刻が過ぎ積まれた箱のさらに奥、いつの物かも分からぬ木箱を退けると床に僅かな切れ目が見え、埃と土を拭うと正方形の切れ目が続いておりました。ちょうど人一人が収まるほどの大きさで、もしや地下への扉なのではと思いましたが取っ手などは見当たらず指を引っ搔けようにも僅かな切れ目には通用せず、正方形の端に指先ほどの小さい正方形の切れ目がありましたが押そうにも引こうにも頑なに動かず。されど芽生えた好奇心がこの切れ目の謎を解き明かしたく、壁に立てかけてあった木の棒で小さな正方形にがつがつと小突いてみたところ。とたんにがこんと音が鳴り響き切れ目が浮かび上がったのであります。露出した部分には指を引っ搔ける窪みがあり確かな重さの扉を持ち上げると木製の梯子とどこまでも深い暗闇が続いておりました。

 さてとと、私は懐中電灯の灯りを頼りに下へ下へ降りてゆきます。建物二階分ほど降りた所でこじんまりした空間に重厚な木製の扉があります。鉄で縁どられた扉にこの先の物への好奇心がふつふつと湧きあがります。錠などは掛けられておりませんでしたが見るからに古い扉、全身を使って開ける事になりました。扉の先には八畳ほどの空間に簡素な背の低い机と棺桶の様な黒光りする箱が置いてあります。

「なんだ、この部屋は」

 思わず口に出してしまうほど、私の期待から外れた物でございます。机の上には手紙か日記か、えらく古めかしい文体で書かれたそれを私は読む事が出来ません。私が箱の中身よりも机の上の物を先に調べたのは仕方の無いことであります。それほどにこの箱はどこか異質な雰囲気を発しております。私は持ってきた蝋燭で出来るだけの光源を確保して箱を開ける事にしました。特に何の細工も無く箱の上部が蓋になっており、すんなりと開ける事ができました。

「これはまた。随分酔狂な」

 箱の中には女性が寝ておりました。正確には人間に見間違うほどの精巧な人形が寝ておりました。人形師の家で産まれた私ですらこのような耽美で歎美な人形は見た事がありません。恐る恐る触れるとその冷やかな感触が人の感触を期待した私に強く残りました。陶器の様な肌触りに魅了されていると何者かが私の腕を掴むのです。ぎょっと手を引っ込め様とすると一緒に人形が起き上がり、私におぶさってきます。人形の重さがひっくり返った私の胸にかかり袖が人形に引っかかったのかと思うと、かたりと人形が私の頬を撫でてきたのです。

「松葉様、」

 頬を触る冷やかな手で私の頭が固定されると、そのまま口づけされたのでございます。

 さて、事実は小説より奇なり。一体誰が言ったのでしょう、目の前に夢物語を体現する様な存在が鎮座しております。

「先ほどは、まことに失礼いたしました」

 袖で顔を隠す仕草がとても愛らしい。日の光に出た人形は暗い地下で見た姿よりさらに人間らしく、肌の質感は白粉をつけた女性のそれである。まことに見事な造形に動く人形だという事も忘れ、ただただ見惚れていたのであります。

「申し遅れます。瑠璃と申します」

 正座のまま深く挨拶する姿に、近年の女性の社会進出への世相が霞んでしまいそうになります。女性らしい振舞い、古き良き女性像をそのまま形にした様でありました。

「風道です。先ほど私を松葉とおっしゃいましたが、それは初代様の名前ですが」

「恥ずかしながら、暗き場所ゆえ見間違いいたしました。されど、貴方様はようよう松葉様に似ております」

 さて、なにぶんこの様な事態に初めて出会い、どのようにしたものか。むしろ聞いて私の期待する答えが出る物なのか。うんうんと座布団の上で唸っていると瑠璃の方から質問が来るのであります。

「それで、松葉様はいずこに」

 なるほど、彼女は松葉がまだいるものであると思っているのだ。

「松葉様はいません。彼はもう何年も前に亡くなっています。私はその出涸らしです」

 出涸らし。よくもそんな言葉が見付かったものだと自分で関心しながら自己嫌悪に落ちるのです。

「…でございますか」

 人形でも動く人形、表情があるらしく悲しみ溢れる顔が覗ける。

「初代様とはどのような関係で」

「松葉様は私を造ってくださいました。それはそれは蜜月の日々。されど、そうですか。松葉様は亡くなった」

 そのまま俯き押し黙った瑠璃に私は掛ける言葉も見つからず、居心地の悪さから部屋を出る事にしました。

「目覚めたら世界が変わっていた。その心境を推し量る事は出来ませんが、ゆっくりしていてください。私は別室にいますので」

 返事も聞かず私は部屋を出て作業場に向かうのでありました。どうしようにも私に彼女の行く末を決めてあげる様な勇気も無く、人間どころか人形にすら責任を持てない自分をただただ忘れたく、作業に没頭するのでございます。

「これは何でございましょう」

 どれ程時間が経ったのか。作業に没頭していた私は瑠璃の声に驚き、筆を滑らせてしまいました。

「邪魔をしてしまいました」

「いえ、この位なら大丈夫です。どうされました」

「どういたしましょう」

 どうする事もできずに来た様でした。放っておくわけにもいかず、私も彼女と話す事にいたします。彼女、瑠璃の話を聞きますと初代様の所にとある商人が人形を作って欲しいと来たそうで。その依頼とはとある女性と瓜二つの人形だったそうだ。

「なぜそのような」

「ふふ、可笑しな話でしょう」

 その女性に実に熱心な若者がおったそうで、熱心なだけならばまだよかった。その若者それなりの有力者の家の者で断るにも理由が必要だったようだ。そして何を思ったか「私と瓜二つな人形を三年間愛してみせよ。さすればその愛が誠だとおもえよう」と娘が言ったそうで若者は初代様にそれを頼んだそうだ、初代様ならさぞ精巧に造り愛を貫けようぞと。実に酔狂で愛溢れ、とんちきな話である。

「それでどうなりました」

「そうでございますね」

 さて、結末から言いましょう。若者は娘を諦める事になりました。三年間愛を貫けなかった。いえ、娘と初代様が恋に落ち結ばれたからでございます。人形作りの為に初めて顔を合わせた二人は、それはそれは仲睦まじくまるで長年連れ添ってきたかの様に。

「それは若者には気の毒な話だ」

「そうでしょうか。愛し合えぬ者が結ばれる事より気の毒に思いか」

 なるほど。それも二人に気の毒な話だと私は思ったのであります。

「それで何故貴方は地下に寝かされ、今人の様に動いているのです」

「それは、はてどうしてなのでしょう」

 私の想像通りの答えでありました。そもそもその理由が説明できるのであれば初めに出来たはずなのです。

「どういたしましょう」

 こうなる事も分かっていた事でございます。面倒事を後に後にしてしまう自分の性格を、自覚しながらもそれ自体後に後に回してしまうのです。

「貴方は初代様が造られた人形です。この家に居てはいけない理由がありません」

「それは」

「好きに居てもらっても構わないということです」

 これが私と瑠璃の初めての出会いでありました。

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