第1話 邂逅
とあるラーメン激戦区のど真ん中に、一際異様な存在感を放つ店があった。
――識者曰く、そこはラーメンの始まりの地。
――老兵曰く、それはラーメンの完結点。
21世紀初頭、かの「「ラーメンビッグバン」」を起こしたその店は、赫濃い夕焼けの中で、特大の屋号を浮かび上がらせていた。
【ラーメン宇宙】
1日200食限定。
席数が限られる故、常に行列は絶えることはなく。
店の外では、日が傾きかけた今こそと、長蛇の列が至福の晩餐を待ち構えている。
今日も店主は彼らの贖いを赦さんと、ダンベル片手にロッティング(*1)に勤しんでいた。
(*1)ラーメンを創成する行為。ラーメン宇宙では1ロット=6杯単位でのラーメン製造を徹底しており、これをロッティングと呼ぶ。
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店主は、客に見られながらの筋トレに心地よい疲労感を覚え、そろそろロットインターバルに入ろうかと思案していた
――その時。
「「「「ほ い 怨 ・・・・・・」」」」
強烈な重低音が店内に鳴り響いた。
その一切の感情、有機物の香りを持たない波動は、店内にいる者すべてに平穏の終わりを予感させた。
店主はとっさにロッティングの手を止め、音の発生源――入口に立つ男に視線を向けた。
筋肉質な男――日々ダンベルで筋トレに励んでいる店主に勝るとも劣らない剛体。だがそれよりも……身長190cmを超える店主が、相手の眼を視る為に水平に視線を遣るなど、久しく覚えのない経験であった。
「ヌンッッッッ」
男が桃色のプラスチック食券をカウンターに叩きつけると、僅かに巻き起こった風圧が周囲の客の髪を撫でた。
客達の視線が、一斉にカウンター上へと集まる。・・・叩きつけられた“桃色”の意味。ラーメン宇宙を訪れる者なら誰もが知っている。
店主は“桃色”に視線を向けた瞬間、体中の筋繊維が急激に収縮するのを感じた。――数年ぶりか。前回は確か――様々な想いが全身を駆け巡る。が、今この瞬間は一国の主。強張りが顔を支配してしまう前に精一杯の笑みを作り、一人の客人をもてなし始めた。
「・・・『大盛り豚の量シェフの気まぐれ』でございますね。しばらくお待ちください。」
"桃色"――それは、ロットバトルの天頂への、挑戦権を意味していた。
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「お待たせいたしました」
いつもと変わらない、店長の朗らかな声が店内に響く。
それとは対照的に、テーブルの上には重さ5kgはあろうか――