表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/12

エピローグ


 気がつくと、見知らぬ部屋にいた。

 広さは十畳ほど、かなり広めの部屋だが、雑多に物がおいてあるため、広くは感じない。

 淡いクリーム色の壁紙。

 天井はやや高めで、天井には自然光に近い色の蛍光灯がついている。

 ベッドは折りたたみのパイプベッドで、敷布団はオレンジ。

 デスクにはパソコンがおいてあり、電源は付いていない。

 本棚にはオシャレな装丁の本や、自己啓発系のタイトルが並んでいる。

 タンスの上にも、十冊ほどの本が並べてあった。

 扉もある。木製でガラスがはめ込んである扉だ。

 鍵は掛かっていないが、開けば台所と玄関に通じる廊下があるのを知っている。


 ああ、そうだ。


 思い出した、この部屋は知っている部屋だ。

 俺の部屋。

 俺が元々、住んでいた部屋だ。


 ああ、何があったかな。

 ふわふわとした気持ちと足取りで部屋の中を彷徨い、スマートフォンを見つける。

 どうやって使うんだったか。

 適当にこねくり回していると、次第に思い出してきて、電源をつけた。


 2017/4/1/7:00


 スマホを付けると、そんな文字列が飛び込んできた。

 俺にとって、忘れられない日付と時間だ。


「あれ? なんでだっけ」


 しかし、同時に、頭の中に霞が掛かった。

 何か。

 何かをしていたような気がした。

 とても重要なことをしていたような気がした。


「俺、何してたんだっけ」


 パソコン。

 パソコンを使っていたような気がする。

 確かに、俺はパソコンを使って、何かをしていたはずだった。

 とても時間が掛かって、とても苦しくて、でも楽しくて、誇らしい、達成感のある何かを。

 でも、それしか思い出せない。

 忘れちゃいけないはずなのに……。


 まるで夢でも見ていたかのように、全てが消えていった。





















●2018年4月2日●


 俺の名前はワタヌキ ハジメ。

 変な名前だとよく言われるが、中身まで変じゃない。

 ごく普通の家庭に生まれ育ち、ごく普通の大学を卒業し、ごく普通の会社に就職した社会人だ。

 趣味はサイクリングとダーツ、バー巡りだ。

 昔はよく読書していたが、なぜか1年ほど前から何も読まなくなった。


 ある日のこと、俺は学生時代の友人に飯に誘われた。

 やけに自慢げで、早口に一方的に話すタイプの根暗オタクで、一緒にいて気分の良いヤツではないはずなのだが、不思議とそいつと会話するのが嫌ではなかった。

 だから俺は飯の誘いに快くオーケーし、彼の待つ店へと訪れた。


 彼は店の一番奥のテーブルで、スマホを見ながら待っていた。

 何やら熱中しているらしく、俺がきても一心不乱に画面をみていた。


「よう、おつかれ」


 そう声を掛けると、彼はびくりと肩を震わせ、俺の方を見た。

 そしてスマホを置くと、片手を上げた。


「お? おお、おつかれ。遅かったな」

「悪い。仕事が長引いたんだ」


 適当に答えつつ席に座り、メニューを手に取る。

 何を食べるか。

 さっぱりしたものにするか。

 この一年、どうにも油でぎっとりしたものばかり食べていて、少し太ってしまった。

 そろそろダイエットをしなければいけない。


「ん?」


 と、メニューを見ている途中、彼のスマホの画面に気がついた。

 そこには、白い背景に、無数の文字が書かれていた。

 見覚えのある画面だ。

 たしか、登録無料の小説投稿サイトだ。

 てっきりゲームでもやっているのかと思ったら、小説を読んでいたらしい。


「何読んでたんだ?」


 そう聞くと、彼は『よくぞ聞いてくれました』と言わんばかりの笑みを浮かべた。

 こうなると、彼の話は長い。


「最近、また『小説を書こう』にハマっててな」


 そうそう、思い出した。

 『小説を書こう』だ。

 昔、こいつに何本かオススメされて読んだが、どれもつまらなかった記憶がある。


「なんかお前、マイナーなのばっかり勧めてきたよな」


 自分で言って、はてと首をかしげた。

 なぜ、俺は彼の勧めてきた作品が、マイナーだと思ったのだろうか。

 どれがメジャーでどれがマイナーかなど、俺は知らないはずなのに。

 まあ、多分面白くなかったからだろうが。


「ああ、俺も昔はさ、若かったっていうの?

 他人と違うものが好きな俺カッコイイ、みたいなトコあったじゃん?

 でも、やっぱそういうのって、若気の至りみたいな?

 だから今は、メジャー思考」


 しばらく会わない間に、彼も変わったらしい。

 よくよく観察してみると、数年前の彼が絶対に着ないような小洒落た服を着ている。

 勘違いした感じではなく、落ち着いていて、年相応な感じだ。

 特徴が無いといえばそれまでだが、確かにメジャー思考っぽい格好だ。

 話し方も、昔に比べてちょいとチャラい。


「だから最近は、ランキングで上位を取るようなのを読んでんだ」


 彼はそう言いつつ、『小説を書こう』のランキングページを俺に見せてくれた。

 一位のタイトルは『社畜往生 -異世界行ったし休みます-』。

 あらすじを読むと、最悪のブラック企業に務める男がトラックを運転中に事故死、異世界に転生するというストーリーらしい。


「一位のを読んでたのか?」

「いや、そこらへんは半年で全部読み尽くした。累計ランキングはほぼほぼ上から全部な。まぁ俺って読書スピード早いじゃん? 数ヶ月もあれば余裕っていうか――」


 お、懐かしいな。この自慢げな感じ。

 やっぱり彼はこうでなくっちゃ。


「で、今は、年間一位の作品を読んでる。えっと、累計何位だったかな……」

「24位?」

「え?」

「え?」


 どうして自分の口からそんな数字が出てきたのか、わからない。

 ただ、頭の中に、そういう数字が浮かんだのだ。

 多分、ただの勘だ。

 だが、俺は今、ある程度の確信を持ってそう口にしていた。


「あ、惜しい、23位だな。てか、なに? お前、もしかして読んでんの?」

「まさか、ただの勘だよ」


 俺は外れたことでほっとしつつ、しかし少し疑問を感じていた。

 おかしい、なんで24位じゃないんだ、という疑問だ。


「まあいいや。とにかく、俺が今読んでるのは、コレな」


 そう言って彼の見せてくれた画面。

 そこには、現年間一位の作品のタイトルとあらすじが書かれていた。


『異界のハサミ使い』


 そのタイトルを、俺は食い入るように見つめた。

 見覚えがあった。

 あらすじも、どこか懐かしさを感じた。

 どこで見たかは憶えていない。見たことは無いはずだ。

 でも、確かに既視感があった。


「なんか。面白そうだな」


 自然とそんな言葉が出た。

 面白そう。

 タイトルやあらすじから読み取れる情報は、俺の趣味とは全然違う作品だと訴えている。

 でも、なんでだろう。

 俺はこの作品を読みたいと思った。

 この作品の結末を知りたいと思ったのだ。


「へぇ」


 俺の言葉に、彼は少し意外そうな表情で、俺を見返してきた。


「お前がそう言うの、珍しいな?」

「そうか?」

「ああ、いつもはなんか、どうせつまんねーんだろって顔してる」


 そんな顔をしていたのか。

 まぁ、こいつと会ったのも久しぶりだしな……。


「昔は俺も若かったってことさ」

「はっは……おい、それって内心ではつまんねーんだろって思ってるってことかよ」

「いや、これは別」

「そっか、じゃあこの作品はどうだ? これは前の年間一位で……」


 それから、彼の怒濤の作品紹介タイムが始まった。

 俺は彼の作品の紹介を受けつつ、適当につっこみを入れて過ごした。

 なんだそのタイトル。

 あらすじ一行かよ。

 いや説明だけ聞くとつまんなそうなんだけど。


 彼は相変わらず自慢げで、時に嫌味な発言もしたが、特に気になることもなく、楽しい時を過ごした。

 そんな時間の中、俺の心の中には、あるタイトルだけが残っていた。

 

『異界のハサミ使い』


 この作品が、どうしてここまで気になるのか、さっぱりわからない。

 ただなぜだか、あの作品だけは、無性に読みたいと思ったのだ。



 その日の夕食を終えて帰宅した。

 落ち着く我が家にたどり着くと、まず一杯の水を飲んだ。

 酔っているわけではない。

 そもそも車だったので酒は飲んでいない。

 ただ、あの作品を読むのに、少し準備が必要だと思ったのだ。


 とてもわくわくしていた。

 まるで、何年もこの作品を読むことを待ち望んでいたような気分だった。

 今日なら、この作品の一番読みたい部分を読める。

 ずっと読めなかった部分を読める。

 そして、その部分を読む時、俺は酔っていたり、眠かったりしてはいけない。

 正座をして、真剣に読まなければならない。

 そんな気分だ。


 おかしな話だ。

 読んだことのない作品だというのに。


「さて、読むか」


 俺はそうつぶやくと、パソコンを立ち上げ、前に座った。

 そして、浮かれる手でマウスを握り、『小説を書こう』を立ち上げたのだった。




-完-

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
無職転生が何故歴代一位を取れたのか、腑に落ちる作品でした,何ループしてるのやら、とても面白かったです
今小説を書こうと思って、小説の下書きを書いているのですが何となくつまらない気がして出だしでつまずいていました。そんな時に、これを見て、どうすれば話の展開を面白く書けるのか、どこがつまらなかったのか分か…
いつも先生の作品を楽しく読ませていただいています。楽しく没頭できる裏側にある、先生の想像を絶する試行錯誤のひと欠片を見せていただいて嬉しいです。これからも応援しています。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ