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結局二時間足らずで書いたでっち上げものになりましたが、企画小説テーマ『水小説』です。
宜しければ他の企画参加者の方々の作品も一読お願い致します。


まあこれ見てる人が居たらですけど!
水神の歌
作:神宮寺飛鳥



「てるてる坊主 てる坊主 明日天気にしておくれ」

七月下旬の帰り道。激しくもなく、無視も出来ない雨の中傘を差して歩く。
学校帰りに通る海沿いの道。誰も寄り付かない寂れた小屋が私の約束の場所だった。
雨の中、海は普段より僅かにその勢いを増し、眼鏡越しに見える景色は少しだけ霞んで見える。
砂浜に足を踏み入れる。革靴の底に踏みしめる不確かな感覚が懐かしい。
派手なオレンジ色の傘を閉じて小屋に入る。
壁の無いその場所からは海が一望出来る。眼鏡を外して雨粒を拭取れば懐かしい気分に浸れる。

「いつかの夢の空のように」

思い出すのはあの子の事。
私の目の前に現れた、水の神様。

「晴れたら 金の鈴 あげよ」

私が彼女に出会ったのは、二週間ほど前の事だった。




水神の歌





その日、雨季に入ったばかりの帰り道。
傘を忘れた私を襲った突然の夕立から逃れるため、たまたま、本当に偶然私はそこに足を踏み入れた。
砂浜に立つ小さな小屋。屋根はあるが壁はなく、いつ風に飛ばされてもおかしくないような場所。
中にはこれまたいつ崩れてもおかしくない木造のベンチだけがある、ただそれだけの小屋だった。
雨が止むまでの間、雨宿りに使うだけ。そう思っていた場所にいた先客。
少女だった。歳は10歳にも満たないだろう子供。可愛らしい猫をデフォルメしたデザインの髪留めをつけ、塗れたつややかな髪を弄りながらそこで私を見つめていた。

「こんにちは」

少女は笑顔で私に告げた。隣に腰掛け、私も会釈する。

「ああ、こんにちは」

「おねえちゃん、そこの学校の生徒さん?」

「そうだ・・・・君は?」

少女は答えない。気まずそうに言葉を濁し、足をぶらつかせながら首を傾げる。
だから私はそれ以上言及しなかった。するつもりも、必要もない。
しかし少女はこっちの質問には答えないくせに次から次へと質問を繰り返してくる。

「どうしてここにきたの?雨宿り?」

「他にこんなぼろに立ち寄る理由はないだろう」

「そうかなあ・・・あたしはここ、好きだよ?毎日来るんだぁ、ここ」

海を眺めながら少女は呟いた。砂浜に降り注ぐ雨音は少しだけ静かで、少しだけ不思議な景色。
だから感傷的になったのかもしれない。らしくもない、余計な事を口にしていた。

「いつも一人なの?」

「うん・・・・友達とか、いないしね」

「どうしていないんだ?君くらいの歳の子は、普通友達と遊ぶものだろう」

「あたしは実は神様だからです」

少女はあからさまに今思いついたと言った様子で頷きながら呟いた。

「だから人間の子供とは友達になれないし、雨の日にしか人間の世界に来られないのです」

「では、私は幸運と言う事かな」

「丁度いいからお姉ちゃんの悩みも聞いてあげるよ。どうしてそんなに浮かない顔をしているの?」

一体何が丁度いいのかわからなかったが、眼鏡を外して目を閉じながら微笑む。

「生まれつきこういう顔さ。なに、今日は少し機嫌がいいんだ。何せ水神に出会えたんだ。貴重な体験さ」

「そーやってむずかしいこといって誤魔化してると、誰もおねえちゃんのことわかってくれないよ?」

小さな子供に図星を突かれたせいだろう。私は思わず苦笑していた。
眼鏡をかけなおすと少女は丸くクリっとした瞳で私を真っ直ぐに見つめている。
しかし人と見詰め合う事に馴れていない私はすぐに視線を逸らしてしまった。

「私はね、神様。水というものは好きだよ。雨も、海も、川も・・・・君の事も、好きになれそうだ」

「ほんと?あたしもね、お姉ちゃんのこと好きになれそうだよ」

少女の頭に手をのせ、軽く撫でる。
神様は少しだけ恥ずかしそうに微笑み、こっそり私の傍へと寄ってきた。
私はまるで犬か猫でも拾ったかのように暖かい気持ちになり、少女と共に海を眺めた。

「おねえちゃんがあたしの友達になってくれるなら、願い事を一つだけかなえてあげる」

「そうか・・・・そうだな・・・・では、次にここで会う時までに考えておくよ」

雨は止もうとしていた。水神を名乗る少女は、雨が止んだら消えてしまう・・・そういう設定のはずだった。
だから私は席を立つ。少女が本当の水神なのかどうか、知りたくないし知る必要もないから。

「次に雨が降る夕暮れに会おう」

「うん!またねっ、おねえちゃん!」

大きく手を振り笑う少女に軽く手を振り返しながら私は重くなった砂浜を去った。


それから次の雨が降ったのは二日後の事だった。
玄関先で雨が降る暗い空を眺めていると、背後から声がかかる。

「篠原さん、これから帰り?」

「・・・・・・・・・そうだが?」

「よかったら一緒に帰らない?」

「何故君と一緒に・・・?」

「えーと・・・いや・・・・だよね、うん・・・だよね・・・・あは、あははは」

クラスメイトの少女は短いスカートを翻しながら走り去っていった。
紺色の傘を差して校庭を横切っていく。
約束の場所までは歩いて十五分程で辿り付いた。そこで少女は相も変わらずずぶぬれで待っていた。
むしろ前回より全体的にずぶぬれの少女は私が来るのを待っていたのだろう、向日葵のような笑顔を浮かべ出迎えてくれた。

「水神様、悪いが願い事の件だが・・・・」

「だいじょうぶ、ばっちりわかってるから!なにせ神様だからね!」

私の言葉を遮るように少女は両手を突き出し笑う。
言葉を止めた。願い事などないと、そう告げようとしていた口を閉じる。

「流石だな。それで、私の願いとは何かな?」

「ずばり、おねえちゃんの願いは・・・・お友達が欲しい、でしょ!」

全く見当違いだったが、なるほど。そう誤解されても仕方のないことかもしれない。
私は極力人付き合いというものをしてこなかった人間だ。避けていたわけではないが、他人との付き合い方というものがこの歳になっても理解出来ないから必然とそうなってしまうのかもしれない。
幼い頃から片親の父の転勤に付き合い各地を転々としてきた。だからこんな見たこともないような田舎町に、友人などいるはずがなかった。
たとえ声をかけられたとしても、またどこへ行くことになるかもわからないのならば、一々真面目に付き合うだけ無駄だと思ってしまうのだ。

「でも安心していいよ。あたしが友達になってあげるから。でもね、あたしはもうすぐここから居なくなるの」

「居なくなる?」

「うん。水の神様だから、梅雨にだけここに居られるんだあ。だからね、もうすぐ居なくなるの」

「そうか・・・・・・・・・残念だな」

それがどんな意味を持つのかわからない。ただこの少女はもうすぐこの場所から居なくなる。それだけは確かだ。
濡れた髪をくしゃくしゃに撫でながら私は微笑む。

「だが問題ない」

「どうして?」

「雨季は毎年必ずやってくる。どこにいても、どんな時でも。だから来年、また君に会える」

私の言葉が余程嬉しかったのか、飛びついてきた少女。
手を繋ぎ、それから様々なことを話した。取り留めのないことだった。意味のないことだった。
けれどそんな話をするのはどれだけ久しぶりだろう。そんなことがこんなにも楽しいなんて。
私たちに残された時間は多くなかった。所詮名前も知らない関係。終わる時は一瞬だろう。
だから私は気まぐれに・・・そう、本当に気まぐれに、少女と二度目の約束を交わし、その場を離れた。

三度目の出会いの日。私たちはお互いに多くの荷物を背負っていた。
少女が取り出したのはスナック菓子とジュースだった。かと思えば団子に饅頭と随分似合わないものもある。
私が取り出したのはタオルだった。それと、沢山の照る照る坊主。
少女の頭にタオルを乗せ、照る照る坊主たちを逆さまにして吊るして行く。

「そんなことしたら意味ないよ?」

「意味ならあるさ。少しだけ梅雨が伸びて、少しだけ・・・少しだけ、君と一緒に居られるかもしれない」

「そっか・・・・そうだね。でも、やっぱりこっちの方がいいよ」

私が逆さまに吊るした照る照る坊主に手を伸ばす。が、届かないので私が担いで上げる事になった。
少女はわざわざ照る照る坊主たちを正しい姿勢に直すと、担がれたまま微笑んだ。

「雨が降って、お姉ちゃんがこんなところに一人ぼっちになりませんように」

「・・・・・・・・それはありがたいな」

少女を膝の上に乗せたままベンチに戻る。
雨は止まない。しっとりと降り注ぐそれを眺めていると、いつの間にか夜になっていた。
今日に限って雨はきっと一晩中止まないのだろう。それは水神の力なのか、それとも私たちの幸運なのか。
特に語ることは多くなかった。膝の上の暖かい感触を幸せに感じながら私は少女の言葉に耳を傾けた。
長い夜だった。しかしそれは一瞬でもある。誰かの言葉と温もりを感じる・・・ただそれだけで愛しい時間だった。

「そろそろ帰らなくちゃ・・・」

少女が呟く。そう、どんなに楽しい時間もいずれは終わる。私は言葉は口にせず、ただ頷いた。

「あのね・・・約束したけどね・・・あたしね、もしかしたら・・・来年はここには来られないかもしれないの。遠い、遠い場所にいかなくちゃいけないから。水の神様だから・・・・ここにはずっといられないんだよ」

遠い場所に行くという少女。確かにそうだ。水の神ならば一つ所に留まる筈が無い。
水とは流るるものだ。停滞せず、常に遷ろうものだ。だから少女は遠くへ行く。きっとその後も。
その先で、その先の先で、友達も出来ずただ雨の中さまようのかもしれない。たった一人で。
だから私は鞄からとっておきのプレゼントを取り出した。

「君の旅路にこれを」

「・・・・雨合羽?」

オレンジ色の雨合羽。いつもずぶ濡れで、傘も差さずに歩く少女のために。
冷たい水の中、一人これから少女が生きる未来を・・・僅かでもいい、守ってくれるように。

「孤独な旅でも悪い事ばかりということもない。いい事も・・・あったからな」

「そっか・・・そうだよね。それじゃあこれ、お返しにあげる」

少女がくれたのは傘だった。
何かのキャラクターなのかもしれない、少女の髪留めと同じデザインの猫が取っ手にくっ付いている。
あまりにもメルヘンなそれに思わず吹き出すと少女は文句ありげにほっぺたを膨らませていた。
オレンジ色の傘は私には余りにも似合わず、しかし手放そうという気は微塵も起きない不思議なアイテムだった。
少女は微笑み、雨合羽に身を包んで振り返る。

「今度は友達と一緒に帰るんだよっ」

「・・・・・・・・・ああ。道中気をつけて」

雨の中、暗い夜に少女の姿が霞んでいく。
少女の存在した痕跡は照る照る坊主と・・・・ファンシーな傘だけだった。
だからもしかしたら本当に何かの神様か・・・あるいは幻の類だったのかもしれない。
しかしそれでも、十分すぎる程・・・・私にとっては意味のある出会いだった。

雨が止む。

それは、少女がずっと口ずさんでいた歌のお陰かもしれない。

私はあの日、その歌に導かれるようにこの場所へ辿り付いた。

そしてまた今日、少女の歌声が微かに雨音に紛れ耳に届くような気がしていた。

水神を名乗る少女が口ずさんでいたのは、雨を称える歌ではなく、

晴れたる空を願い、生み出された古い願い歌だった。



少女はそれっきり私の前に姿を現す事は無く、水音に掻き消される幻のように消えてしまった。



「あちゃー・・・傘忘れちゃった・・・」

そしてある夕立の学校の玄関。あの日私に声をかけた少女が足止めを食らっていた。
私はすぐ隣で傘を開く。オレンジ色の、猫のキャラクターが付属した、ファンシーな傘を。
少女は目を丸くして、それから笑いながら言った。

「篠原さん、そんな傘差すんだね」

「ああ、悪くないだろう、こういうのも」

「猫ちゃん、かわいいもんね」

「そういうものなのか?」

「そういうもんですよ」

気づけば私は他人に微笑を向けられる人間になっていた。
だから少女もまた、私に微笑みを向ける。
もうじき雨季は完全に消え去り、思い出共に夏を迎えるだろう。
目を閉じ深呼吸する。雨のにおいを忘れぬように。独特の湿った空気を刻み込むように。
少女に傘を差し出し、出来る限りの笑顔で言った。

「入っていくか?」

私が笑えば少女も笑う。
湿った空気の帰り道。傘から出てしまわないようにとくっ付いて歩く奇妙な光景。
しかしこういうのもまあ、悪くはないさ。

「でも、かわいい傘だね。これどうしたの?」

「ああ・・・これか」

砂浜の中、小屋はぽつんと立っている。
微かに荒れる海に目を向けると、オレンジ色の雨合羽が雨の中、幻のように・・・しかし鮮やかに翻った。
眼鏡をかけなおし視線を向ければそこには何の痕跡もない。雨に溶けるように、全ては思い出の中に。

「これはな・・・・神様にもらったのさ」

「え〜?冗談ばっかり」

「冗談でもないさ・・・・」

全ては幻だったのかもしれない。だからきっと全ては気のせいだろう。
そう、この耳に届く微かな歌声も。

「ご利益なら、あったから」

少女を見つめる。きょとんとしたまま、理解できないと言わんばかりに首を傾げた。



やがて夏が訪れ秋が過ぎ、冬を越して春を終えればやってくる。

その日を楽しみに、私は雨の日を過ごそう。

いつかまた、水の神に出会える日が来ると信じて。





オレンジの傘は、彼女の存在を肯定するように、雨の中、輝いて見えた。


さて、応募規定が一万文字以内ということで、普段から二万文字普通に越えちゃってる自分としてはよほど短くしなきゃだめだ!と意気込んで短くしたところ五千文字強というとんでもなく短くなってしまった本作。
色々な部分を曖昧にして想像に任せることで短く纏めようと思ったのですが、想像に任せすぎましたね。
まあこれもいい経験です。企画小説ということで楽しんで執筆できました。

企画発案者様、参加者様、そしてここまで読んでくださった方に感謝を。













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