「ミナトさん。物語が始まります」
遂に今日、物語が始まる。
合図はヤマダ・ジロウだ。
「え? 出航はまだ先よ」
「予定が先送りになるんですよ。木星蜥蜴の襲撃で」
原作ではアキト青年が必死になって囮を務めていた。
でも、今回は凄腕パイロットのテンカワさんがいるから問題ないだろう。
囮作戦にそもそも数なんて必要ないし。
「そう。危なくなったら護ってくれるのよね」
「もちろんです」
大丈夫ですよ。当分の間はずっと優位ですから。
「じゃ、いきましょう」
「ええ」
それと今日の艦長不在の危険を訴えて、
マスターキーがなくてもある程度動かせるようにしておかないと。
せめてDFとGBぐらいはね。
あれ? それじゃあ殆どか。
ま、その場で臨機応変に対応しましょうか。
「また考え事? 私に相談してくれればいいのに」
ん? 何か言ってるな。
「あ。すいません。何ですか?」
「なんでもないわよ!」
ゴンッ!
「イタッ! な、何するんですか!?」
「なんでもないわよ!」
なんでもないのに拳骨されるのか?
何て理不尽。
「もう。早くいくわよ」
「あ、はい」
怒っていらっしゃるミナトさんの後を追う。
うん。ナデシコに来てもミナトさんと一緒に出社するのは変わらないんだな。
何か不思議だ。
ま、嬉しいけど。
ガタンッ! ゴトンッ!
「な、何だ? この振動は?」
慌ててますね、ゴートさん。分かります。
こんなに振動するとは思いませんでした。
「ルリちゃん。原因は?」
『おい、プロスのダンナ。格納庫で誰かが暴れてやがるぞ』
「・・・との事です。映像、出します」
はい。見事にエステバリスが暴れてましたね。
流石はダイゴウジ・ガイ。やる事が大胆だ。
「あぁぁぁ。誰ですか!? そんな事をしているのは」
「ヤマダ・ジロウさん。出航時に合流予定の正規パイロットみたいですね」
「ヤマダさんですか? まったく。一体何を・・・」
額に手を置いて項垂れるプロスさん。
残念ですが、この程度で嘆いていては身体が持ちませんよ。
これからはもっと大変ですから。
あ。胃薬買ってきたんで後で渡します。
「私はヤマダさんの所へ行きますので」
そう言って、プロスさんは出て行った。
「・・・ねぇねぇ、コウキ君」
ん? また内緒話ですか?
「・・・はい。何ですか? ミナトさん」
「・・・艦長と副艦長が来てないけど、大丈夫なの?」
「・・・襲撃が始まってから到着するんですよ?」
「・・・えぇっと。本当?」
「・・・マジです」
「・・・あらま。良く生き残れたわね。私」
「・・・ま、それがナデシコクオリティですから」
呆れるしかないよな。
まさか襲撃中に艦長が着任だなんて。
前代未聞だろ?
ま、それがナデシコがナデシコたる所以か。
ガタンッ! ゴトンッ!
「今度は何だ!?」
落ち着いてください。ゴートさん。
気持ちは分かりますから。
「機影反応。周辺に木星蜥蜴の機動兵器が現れました」
「敵機。上空より接近。接触まで時間がない」
「・・・連合軍地上部隊と交戦中です。ですが、全滅は時間の問題です」
うん。オペレーター三人娘は流れるような作業だ。
安心して見ていられる。
「キーッ! 迎撃よ。迎撃しなさい!」
うん。安心してみてられない。
うるさいです。キノコ副提督。
「マスターキーがない為、本艦は何も出来ません」
マスターキーがないと生活する事ぐらいしか出来ないもんな。
シミュレーションとかは出来るけど、オモイカネのスペックの半分も発揮できないし。
「何でないのよ!?」
「艦長か本社会長がマスターキーを持っています」
「キーッ! 艦長はどこよ! 早く呼びなさいよ!」
「艦長は未だに着任していません!」
「キーッ! キーッ! 何なのよ!?」
うるさいなぁ。
「お前が何なんだよ・・・」
「コウキ君。素が出てるわよ」
おっと。すいません。ミナトさん。
「って、いつもが偽りみたいじゃないですか」
「あら。違った?」
違いますよ。違うよ。違うよね? もしかして違うのか?
いや。口調が違うだけだよな。いつもこんなんだし。
「迎撃よ。主砲を上空に放つの」
「えぇ? それって地上部隊の人に当たりません? 人間として間違ってます」
「そうよね。人間として間違ってるわよね」
「キーッ! もうとっくに全滅してるわよ」
「そもそもマスターキーがないので主砲も撃てません」
「・・・・・・」
お。黙り込んだぞ。
「キィーッ!」
うるさいから黙ったままでいてくれ。
「緊急発進よ。急いでドックから出なさい」
お。逃げの姿勢かもしれないけど、状況的には間違ってない。
でもなぁ・・・。
「何度も申しますが、マスターキーがない為、現状では動く事も出来ません」
・・・本当に何も出来ないんだよ。
「キーッ! このままじゃ一方的じゃない! 生き埋めじゃない! 死んじゃうじゃない!」
きちんと現状を把握しておられる。
敵の目標がナデシコだって理解しているみたいだな。
「艦長はどうしてるんだ!?」
「むぅ。困りましたねぇ。遅刻されて沈んでは私の査定が」
あ。プロスさん。いつの間に。
とりあえず、おかえりなさい。
後、お金の問題じゃないと思います。
「プロスさん。暴れてたパイロットはどうなりました?」
「機体を壊して飛び降りて足を骨折して医務室で治療中です」
・・・相当鬱憤が溜まってますね。息継ぎなしですか。
「ねぇ・・・コウキ君」
「大丈夫ですよ。そろそろ―――」
『こちらパイロットのテンカワ・アキトだ。発進許可を求む』
頼りになるパイロットが動き出しますから。
「プロスさん。艦長、副艦長がいませんので、提督権限で許可するべきです。
このままでは墜ちてしまいます。指揮系統を気にして墜ちたら本末転倒でしょ」
「そうですな。提督。御願いできますか?」
「一機で大丈夫なのか?」
テンカワさんに問うフクベ提督。
ま、テンカワさん一人で大丈夫だと思うけど。
『時間を稼ぐだけだ。囮になる』
「・・・許可しよう」
おし。テンカワさん。任せましたよ。
「マエヤマさん。早速で申し訳ありませんが、待機を御願いできますか?」
あ。マジ?
『いや。囮になるのは俺一人で充分だ。マエヤマにはブリッジにいてもらいたい』
「はぁ。リーダーパイロットがそう言うのでしたらそうしましょう」
助かりました。テンカワさん。一応、色々とする事があるので。
「皆さん。艦長が来るまでに出来るだけの事をやっておきましょう」
マスターキーがない状態でも出来る事はある筈。
最低でも発進準備にかかる時間を減らす事ぐらいは可能だろ。
「でも、何をすればいいのか分かりません」
そうだよな。実戦なんて初めてだもんな。
でも、いつもやってる事なら出来る。
「艦長も恐らく発進を急がせる。発進の準備を。
もし出来なくても迅速に出来るよう最終チェックを御願い」
「あ、はい。分かりました」
「それが最善ね。コウキ君」
動き出してくれるメグミさんとミナトさん。
「ルリちゃん、テンカワさんは?」
「もうそろそろ地上に出ます」
「地上部隊はどうなってる?」
「・・・ほぼ壊滅です」
・・・原作通りか。
テンカワさんに期待するとして。
「・・・・・・」
早く来いよ。ユリカ嬢。
物語が始まらないぞ。
タッタッタッ!
強化された聴覚が拾った足音。
やっと来たな。物語のもう一人の主役が。
「おっくれちゃいましたぁ! 艦長のミスマル・ユリカでぇ~す。ブイッ!」
「「「「「ぶいっ!?」」」」」
「エステバリス。地上に出ます」
・・・締まらないな。おい。
それと冷静な報告をありがとう。ルリ嬢。
多分、誰も聞いてないけど。
「艦長。指示を」
冷静ですね。フクベ提督。年の功ですか?
「・・・バカ・・・ですか?」
お。ルリ嬢の代わりはセレス嬢か。
何となく今のルリ嬢は言わなさそうだもんな。
「艦長。貴方は―――」
「プロスさん。叱る前にこの状況から脱出しましょうよ」
死にたいんですか?
「む。それもそうですね。ですが―――」
「プロスさん」
「・・・はい。艦長。マスターキーと指示を」
「はぁ~い」
いつまでも能天気にいるなっての。
「コウキ君。苦労しそうね」
「・・・俺がですか?」
「ええ。何か、そんな気がする」
「・・・やめてくださいよ。ミナトさん」
プロスさんの為の胃薬が俺用になったりしたら嫌だな。
ストレスとかには流石に俺の身体も耐えられないだろうし。
「えい!」
マスターキーを入れるのに掛け声は必要ないと思うんだけどなぁ。
「マスターキーの挿入を確認しました」
「相転移エンジン起動。核パルスエンジン起動」
「・・・発進準備に入ります」
オペレーター三人娘の合図でそれぞれが作業に移る。
一度、作業に入れば、それぞれがプロみたいなもんだ。
無駄なく、最短で準備を終える。
「え~っと。ユリカに状況を教えて」
そんな中、お気楽そうに後ろから掛かる声。
ま、まぁ、このお気楽さがユリカ嬢の強さなのだろう。
そう思わないとこっちは懸命に作業してるんだって思わずイラついてしまう。
「現在、地上部隊が木星蜥蜴と交戦中。ですが、ほぼ壊滅状態にあります」
「ふむふむ」
「ナデシコ周辺を囲むように敵の機影反応。ナデシコからはエステバリスが一機発進しています」
「・・・・・・」
黙り込むユリカ嬢。
考えを纏めてるんだろ。
「ユリカ?」
あ。いたんだ。ジュン君。
「直ちにドックに注水。本艦は海中ゲートを抜け、地上に出ます。
その後、グラビティブラストで背後より殲滅。エステバリスには敵を引き付ける囮役を」
ま、作戦はかなり有効的なんだよね。いつも。
「うむ。妥当だな」
「良かろう。やってみなさい」
戦闘指揮と提督が許可したのなら、それが実行される。
「発進しているエステバリスのパイロットに通信を」
「はい。通信。開きます」
メグミさんがテンカワさんとの回線を開く。
『こちらテンカワ。どうした?』
「・・・テンカワ? テンカワ?」
これは爆撃の前だな。
「ミナトさん。耳、塞いだ方が良いですよ」
「え? 何でよ?」
「いいから」
俺はポケットから耳栓を取り出して耳に装着する。
ミナトさんは怪訝としながらも耳を塞いでくれた。
後は・・・。
「・・・え?」
すまない。護れるのは一人だけなんだ。
「アキト! アキトでしょぉぉぉ! ねぇ! アキト! アキトってば! アキトォォォ!」
あ、頭痛い。
耳栓しててこの威力かよ。
「そういう事ね」
「・・・ありがとうございます」
どうにかミナトさんとセレス嬢は救えた。
「・・・・・・」
「・・・え? 何も聞こえない?」
「・・・耳が痛いですな」
すいません。救えませんでした。
「・・・アキトさん」
「・・・アキト」
耳を押さえる連中を他所にルリ嬢とラピス嬢は心配そうにモニターを見ている。
え!? まさか、今の爆撃で被弾でもしたのか?
それはやばいぞ。
『作戦を』
ん? 大丈夫そうだな。
しっかし、久しぶりの再会だろ。
未来のアキト青年としては元気なユリカ嬢に会えて嬉しい筈なんだけどな。
ま、劇場版の後にどうなったのか知らないからなんとも言えないけど。
「ねぇ。アキト。どうしてここにいるの?」
『パイロットとしてだ。作戦を』
「・・・パイロット。そっか。私を護る為に!」
あぁ。早く解決しようよ。
命の危機だよ? 下手すると死んじゃうよ?
「ルリちゃん。音を消しちゃって、映像で作戦を教えてあげて」
「あ、はい。そうですね。そうしましょう」
ユリカ嬢の声は悪いけど邪魔でしかない。
話すなら後で存分に話せと言いたい。
「へへへ。アキトォ」
ご機嫌な艦長は置いておこう。
作戦は聞いたんだ。後はこっちの仕事。
「ミナトさん」
「OKよ」
「メグミさんは?」
「大丈夫です」
「ルリちゃん達は?」
「発進準備完了です」
「いつでも行ける」
「・・・大丈夫です」
よし。準備完了。後は指示待ち。
「へへへ。いやん。アキト。早いって」
いつまでも妄想に浸ってるんじゃねぇ!
収拾がつかなくなるだろうが!
「艦長。発進準備完了です」
・・・大人だね。ルリ嬢。
俺、今、多分、青筋浮いてる。
「え? 本当? うん。了解しましたぁ! 機動戦艦ナデシコ! 発進!」
ビシッと指を前に出すユリカ嬢。
きっと気合のポーズなんだろうな。
「ナデシコ。発進します」
あいも変わらずの冷静ぶり。
心から尊敬します。ルリ嬢。
「大丈夫なのよね?」
「心配ですか?」
「それはまぁ、ね」
「大丈夫ですよ。ほら」
モニターを指し示す。
そこには一切無駄のない機械的でいて、
美しい舞いかのように華麗に踊る黒いエステバリスが映っていた。
って、黒かよ!? ピンクちゃうの!?
「へぇ。凄いのね」
「無駄のない射撃。無駄のない機動。あれ程の腕を持つパイロットはいませんよ」
本当に一対多数のテンカワさんって凄まじい。
これを見ると、到底敵わないって実感するね。
「コウキ君の目標かな?」
「そうですね。俺にあれ程の力が必要なら、必ず」
護る為に必要なら、必ずその領域まで到達してみせる。
「まったく。男の子なんだから」
呆れるの何回目ですか?
「海上に出ます」
さ、終演だ。
「お前の知っているテンカワ・アキトは死んだ」
「・・・アキ・・・ト?」
・・・何? この展開?
でも、一つだけ確信した事がある。
やっぱりあれは未来のアキト青年なんだ。
それで、ユリカ嬢を拒絶している。
一体、アキト青年に何があったんだろう?
「失礼する」
「あ。アキトさん」
「・・・アキト」
ブリッジから立ち去るテンカワさんを追うルリ嬢とラピス嬢。
・・・これは二人もテンカワさんの事情を知っていると見るべきだな。
それなら色々と納得ができる。
何故、今のルリ嬢がテンカワさんをアキトさんと呼んでいるのか?
何故、ルリ嬢とラピス嬢が知り合いだったのか?
何故、ルリ嬢が他人を遠ざけようとしていなかったのか?
何故、ラピス嬢がテンカワさんを慕っていたのか?
それは全て、三人が未来の記憶を持っているからだ。
道理でルリ嬢とラピス嬢に何も教える必要がなかったんだな。
既に知っているんだ。あの二人は。
ナデシコの動かし方だって、戦艦運営の知識だって。
ルリ嬢は艦長の経験もあったし。
それにナデシコがルリ嬢にとって大切な思い出の場所だと知っている。
そっか。それで私のいるべき所って言ったのか。
なるほどね。やっと全てが繋がったよ。
「ミナトさん。またお邪魔していいですか?」
「え? ええ。いいわよ」
「相談したい事がありまして」
「はいはい。お茶用意して待ってるわ」
助かります。
「・・・アキ・・・ト?」
呆然とテンカワさんを見送るユリカ嬢。
そうだよな。初恋の人に逃げられた挙句、死んだなんて言われたら。
そりゃあもう凄いショッ―――。
「・・・カッコイイ」
って、おいおい。
なにポワ~ってなって眼を潤ませているんだよ。
それってあれか? 憧れの人を見る眼か?
「ユリカ? 知り合いかい?」
ジュン君。哀れな子。
「アキトは私の王子様。私を大、大、大好きな王子様なのよぉ!」
「ユリカァ~~~」
・・・君はもうずっとそんな役だよ。ジュン君。
「・・・・・・」
あ。般若が近付いてきてますよ。
僕は退避をお勧めします。無理だと思うけど。
「艦長! 副長! 遅刻とはどういう事ですかぁ!」
「は、はいぃぃぃ!」
「す、すいませんでしたぁ!」
南無。
「・・・あの・・・」
「あ。セレスちゃん」
そうだった。ルリ嬢もラピス嬢もいなくなっちゃったしな。
セレス嬢だけじゃちょっと無理か。
「うん。手伝うよ」
ルリ嬢とラピス嬢の席じゃちょっと小さいから、自分の席のコンソールからアクセス。
実はオモイカネとの接触はこれが初めてだ。
優先順位的にも最下位だし、俺がオペレーターの仕事をする必要はなかったしな。
でも、ま、セレス嬢一人にやらせるのはちょっと心苦しいし、まだまだ経験不足は否めない。
フォローするのが俺の役目だし、頑張りますか。
「・・・凄いです」
そうかな? いつも通りだけど。
「・・・私なんか伝達も遅いですし、分からない事ばかりです」
「ん~。そんなに自分を卑下しなくてもいいんじゃないかな。
セレスちゃんはこれから色々と覚えていけばいいんだから」
「・・・でも、私だけ役立たずで・・・」
そっか。ルリ嬢、ラピス嬢はほぼ完璧。
それに比べて自分はって余計に気になっちゃうんだろうな。
あの二人は特別だってのに。
「そんな事ないよ。セレスちゃんだって頑張ってる」
「・・・そんな事ありません」
む。落ち込ませちゃったかな。
でも、競争心を持つなんて心が成長してる証拠かな。
これも彼女にとって良い機会になりそうだ。
「じゃあさ、これから毎日一緒に特訓しよっか」
「・・・特訓・・・ですか?」
「そうそう。ルリちゃんやラピスちゃんに負けないように。俺も付き合うからさ」
ついでに言えば、仲良くなれる良い機会だし。
少しは慣れてくれると嬉しいんだけど。
「・・・それってデートのお誘いですか?」
「・・・え?」
「・・・え?」
「・・・・・・」
・・・良くそのような言葉をご存知で。
幼くても女って事ですか? セレス嬢。
「アッハハハ。コウキ君。甲斐性見せなきゃね」
「・・・ミナトさん」
なに大爆笑しているんですか?
ま、まぁ、デートとしてなら付き合ってくれるのかな?
「・・・えぇっと、うん、そんな感じ」
「・・・ポッ」
えぇ!? 赤くなった!?
ってか、擬音付きですか?
「もう。コウキ君ったら、女たらし」
えぇ!? 何ですか? その不名誉な勲章は。
ってか、いつまでもニヤニヤしてないで下さい。
「えぇっと、それで、どうかな?」
「・・・襲いません?」
襲わねぇよ! そんな首傾げて可愛らしく変な事を訊くんじゃねぇ!
「駄目よ。コウキ君」
もう勘弁してください。ミナトさん。
襲う筈ないじゃないですか。
「だ、大丈夫だから。一緒にオペレートの練習するだけ」
「・・・残念です」
えぇ!? 何故にシュンとなる!?
「罪な男ね。コウキ君」
楽しんでるしょ? ミナトさん。
「・・・御願いします」
コチョンと頭を下げるセレス嬢。
うむ。任されました。
「うん。頑張ろう」
あ。いつの間にか手がセレス嬢の頭を撫でていた。
む。これが魔力か。
「ちゃんと寝かせてあげなさいよ。幼いんだから」
「・・・ミナトさん。楽しまないでくださいよ」
ニヤニヤと変な事を言わない!
ミナトさん。自重。
「とりあえず今は予定コースに軌道を乗せようか」
「・・・はい。方向を修正します」
基本的にこういう移動はオモイカネがやってくれる。
ミナトさんには戦闘とか、緊急事態の時に役目が回ってくる訳だ。
後は繊細な移動とか? 機械以上に正確とか本当に尊敬しますよ。
「う~ん。こっちとしては指示が欲しいんだけど」
チラッと後方確認。
うん。まだ説教中だね。
いつ終わるのやら。
「そうですよね。何をしてたらいいかわかりませんもん」
「そうだよね。あ、じゃあさ、メグミさん、さっきの戦闘で何か異変がないかとか。
各部署に訊いてみてもらっていいかな?」
戦闘だし、緊急発進だし、かなりの振動が生じたに違いない。
突然の揺れで誰かが怪我してたら困るだろ?
「あ、はい。分かりました」
やる事が見つかったからか、颯爽と作業を始めるメグミさん。
うん。退屈だったんだね。分かります。
「コウキ君。私は?」
「・・・そうですね。じゃあ、ミナトさんは進路方向に何もないか確認しててください。
ないと思いますが、何か障害物があったら困るので」
「りょ~か~い」
海の上だから何もないと思うけどさ。
何かしらの島とかあったら避けないといけないし。
ま、オモイカネがそんなコースは取らないと思うけど。
「・・・予定コースに乗りました。あの・・・次は・・・」
「あ。乗った? それじゃあもう大丈夫。
次は特にやる事もないから・・・う~ん、そうだなぁ、オモイカネとお話してるといいよ」
「・・・分かりました」
オペレーターとオモイカネの仲が良ければ良い程、伝達速度も増す。
やっぱり相性ってのがあるんだろうな。
それにオモイカネにしたってまだ経験がないから子供みたいなもんだ。
子供同士、仲良くしてくれた方がこっちも安らぐ。
「ふふふ」
「何ですか? ミナトさん」
突然笑い出したりして。
「艦長より艦長みたいよ」
「そんな事ないですって」
責任者とか無理無理。そんな器じゃないから。俺。
「俺は補佐してるだけですよ。説教さえされてなければ艦長だって同じ指示を出してた筈です」
多分だけど。
「それでもよ。おかげでこっちも冷静でいられるわ」
「そうですか? ま、それなら、俺にも意味があったって事ですね」
全部サブ的ポジションだから、実は何にもやってないんだよね。俺。
実は一番の怠け者では?
「コウキさん。各部署、特に異変はないようです」
「そっか。それは良かった」
「ただ整備班の方で一人転んだ方がいて。
腕を打撲してしまったようですが、軽症なので問題はないと」
「う~ん。一応医務室に行くように言っといて。何があるか分からないし」
「分かりました」
これから長い旅を共に過ごすんだ。
ちょっとした怪我でもきちんと治してもらわないと。
焦る必要もないし。
「やっぱり艦長らしいわよね」
だから、無理ですって。
「・・・アキトさん」
「・・・すまない。心配かけたな」
「いえ」
「・・・アキト。苦しそう」
「大丈夫だ。少し取り乱しただけだから」
「アキトさん。やっぱり、まだ・・・」
「さっきのユリカがあのユリカと違う存在なんだって事は分かっている。心配はいらない」
「・・・アキトさん」
「・・・アキト」
「・・・・・・」
「それで? 相談事って何?」
ほぼ毎日お邪魔してるミナトさんの部屋。
やばいな。普通に当たり前になってる。
本来なら違反行為だから、自重しないといけないんだけど。
・・・やっぱり落ち着くんだからしょうがない。
「テンカワさんが未来のアキト青年かもしれないという話はしましたよね?」
「ええ。確証は持てないけどって話ね」
「今日、確信しました。間違いなくテンカワさんは未来のアキト青年です」
テンカワ・アキトは死んだ。
これは劇場版でルリ嬢に言った言葉だ。
もうお前の知っているテンカワ・アキトではない。
だから、もう俺の事は忘れて、幸せを見つけてくれ。
俺はそう解釈している。
アキト青年は何よりルリ嬢の幸せを望んでいたんだと思う。
そして、ユリカ嬢にも。
「艦長と対面した時の無表情な顔。あえて突き放す言葉。
艦長が来る前から囮を提案するという行動。間違いなくテンカワさんは未来を経験しています」
スムーズに行き過ぎだ。
確実に知っているとしか思えない。
「そうね。違和感がないようであったもの。
時間を稼ぐってのもマスターキーがないけどすぐに着くって前提だし。対応が的確過ぎだわ」
「はい。それに普通幼馴染を突き放しますか?
久しぶりの再会だから何かしらあってもいいと思うし。
そもそも再会した途端に死んだなんておかしいと思います」
「俺はお前の知っている俺とは違うんだ。
これも相手が自分を知っていて何かしらの思い入れがある事を前提にしてるわよね。
久しぶりに再会した幼馴染に言う台詞ではないわ」
「変わったね、とか言われたら分かりませんが、会って唐突に告げる台詞じゃないですよね」
「私もそう思うわ」
対応がお粗末過ぎた。
あれじゃあ、二人の間に何かあったとしか思えない。
しかも、艦長は分かってなかったみたいだからテンカワさんの方が一方的に。
今頃、プロスさんあたりが艦長とテンカワさんの関係性を疑ってるんじゃないか?
あ。でも、原作は突然の参入だったけど、
今は前からのテストパイロットって形での参入だからプロスさん達と信頼関係が築けてるのかも。
どうなんだろう? そのあたり。
「アキト君が未来のアキト君だった。相談事はそれだけ?」
何をそわそわしているんだろう?
「いえ。それは、まぁ、大事なんですが、もっと大事な事があります」
「もっと? 未来のアキト君だって確信した以上に大事な事があるの?」
「ええ。想定外中の想定外が」
漸く繋がった点と点が。
「・・・それは?」
「未来の記憶を持つのはテンカワさんだけじゃないかもしれません。
ルリ嬢、ラピス嬢も、もしかしたらボソンジャンプで補完された可能性が」
あの電子の妖精と闇の王子を支えた妖精の二人が記憶を持って帰ってきたんだ。
闇の王子と共に。おそらく、未来を変える為に。
「・・・ルリちゃんとラピスちゃんが?」
「ずっと違和感があったんです。ルリ嬢の周りに対する対応とか、
ラピス嬢のルリ嬢とテンカワさんに対する行動とか、ルリ嬢のテンカワさんの呼び方とか」
「呼び方って?」
「ルリ嬢は基本的に苗字呼びです。名前を呼ぶのは心を開いている証拠。
この時期にテンカワさんに心を開いている訳がありません。会って間もないんですから」
きっかけは確か、ピースランド。
テンカワさんがアキトさんに変わるには長い月日ときっかけが必要だった。
今回、その過程が全て省かれている。
「・・・そうよね。それに、アキト君を見詰めるルリちゃんの視線には何か特別なものがあったわ」
それはどんな感情だろう?
アキト青年を大切な人と公言したルリ嬢の想い。
それをテンカワさんは理解しているのだろうか?
ルリ嬢の視線にはどこか悲しみが含まれていた気がする。
「それじゃあ、アキト君、ルリちゃん、ラピスちゃんの三人は未来の記憶を持っていて、
多分、悲劇を回避する為に活動しているって事?」
「そうだと思います。ミナトさんには説明しましたよね。結末を」
簡単にだが、ミナトさんにはボソンジャンプの危険性と物語の結末を説明した。
原作も劇場版も。
「ええ。ボソンジャンプの独占に走った組織との決戦でしょ?
それに、そこまでの間に多くの人が犠牲になった」
ヤマダ・ジロウの死。
サツキミドリコロニーの住民の死。
火星に残っていた民達の死
合流した女性パイロットの死
白鳥・九十九の死。
そして、拉致された火星出身の人達の死。
きっと未来を知るテンカワさん達はそれを回避する為に動くと思う。
「もし悲劇を知っていて過去に戻れたらどうにかして回避するのは当然だと思います。
俺も過去に戻ってやり直したいと思った事がありますし」
「・・・それって、この世界に来た事を後悔してるって事?」
「え?」
悲しそうに見詰めてくるミナトさん。
・・・あ。誤解を解かないと。
「ち、違いますよ。後悔なんてしてません」
「・・・でも、前の世界にはコウキ君の友達とか家族が・・・」
「そ、そりゃあ、会いたいと思う事もありますが、俺はもうこの世界の住民ですよ」
俺がいた世界に戻りたいと思う事もない訳ではない。
でも、こっちの世界の居心地も悪くないさ。
「・・・後悔はしてないって事?」
「ええ。充実してますから。後悔なんてしてませんよ」
後悔はない。
俺が選んだんだ。
そして、居心地の良い所を見つけられた。
俺のあるべき所を。
「単純に恥ずかしい事とか後悔した事とかをやり直せたらって意味です。
あの時ああしていればって思う事結構ありません?」
俺は結構あるけどね。
テストが後一点足りなくて落ちたとかマジで泣ける。
後悔してもしょうがないんだけどさ。
「ええ。まぁなくはないわね」
良かった。納得してもらえたか。
「そんな感じです。きっと俺が過去に戻ったら最善を目指して頑張ると思うんですよ。
それが最善なのかは分かりませんが」
「でも、運命は変えられないとか言うじゃない?」
あれ? ミナトさんらしくないな。
「運命は変える為にあるんですよ。というか、運命なんて信じません」
そう教えてくれたのはミナトさんじゃないですか。
「うふふ。そうだったわね」
うん。やっと笑ってくれた。
「人間の一生ってたくさんの選択肢を迫られると思うんです。
学校の選択とか、結婚とかだって選択です」
二択、三択、四択。
何択かは分からないけど、必ず突きつけられる選択の時間。
生きるって選択じゃないかなって思う。
選ぶ時をやめた時が死なんじゃないかなって。
「俺はその選択全てに道があるんだと思います」
どの道を選ぼうと決められた道がある。
どれを選ぶとか、必ずそれを選ぶっていう事が運命という訳ではない。
ただ選択しただけ。
そこに運命なんてものは関与しない。
「運命とかじゃありません。運命だったら決められた道は一つしかないでしょう?
俺は全ての選択肢に道があるって思っています」
「それじゃあ、本当に運命なんてないのね」
「はい。運命を変える、というより自身の行動一つで、
世界なんて簡単に変わってしまうのではないでしょうか?」
「平行世界の概念ね」
「そうです。違う選択をした自分が平行世界に存在している。
自分はその一つの存在に過ぎないんだと思います」
医者になっている俺がいたり、サラリーマンをやっている俺がいたり、
こうやって違う世界に飛ばされる俺がいたり。
己という個が一つの選択をしただけで、世界は枝分かれする。
それが人間一人一人に与えられる世界を選択するという特別な能力。
だから、世界は無限大なんだ。可能性は無限大なんだ。
「難しい事を言うのね。コウキ君は」
「ま、これは俺なりに運命と選択の関連性を考えただけであって、
本当はどうなのかなんて分かりませんよ」
ま、難しい話は放っておいて。
「それで、話を戻しますけど」
「えっと。何だっけ?」
「テンカワさん達の話ですよ。悲劇を回避するって奴」
「あ、ああ。そうだったわよね」
・・・頼みますよ。ミナトさん。
「だから、平行世界という概念がある限り、運命を変えられないなんて事はありません」
そういえば、遺跡も歴史の修正力なんてないって言ってたな。
「そっか。それじゃあアキト君達は」
「ええ。テンカワさんが言ってました。決められた運命に足掻くって。
きっとそれを表していたんだと思います」
運命に足掻く。現実に足掻く。
あれが、テンカワさんの決意の言葉だったんだ。
「それで? コウキ君はどうするの?」
「え?」
真剣な表情でミナトさんが見詰めてくる。
俺はどうする?
・・・そんな事、考えてもいなかった。
「彼らに全部話して協力する? 知らない顔して傍観する? 補佐に徹して影から支える?」
「え?」
・・・狼狽するしかなかった。
息つく暇もなく、考えが纏まらない。
「私はどれでも良いと思う。だって、コウキ君の人生だもの」
俺は・・・どうするべきなんだろう?
「私はコウキ君の出した結論に従うわ。コウキ君を助けるって決めたもの」
「・・・ミナトさん」
「悩みなさい。必死に悩んで悩み抜いて、それで得た答えなら、きっとそれが正しい答えだから」
全て話して協力する・・・まだ信頼し切れていない相手に俺の秘密は話したくない。
俺が知っているのは所詮物語中の人格。内面までは理解していないのだから。
知らぬ顔で傍観する・・・傍観するつもりはない。回避できる悲劇なら回避したいし。
でも、もしかすると俺が何もしなくてもテンカワさん達の力で回避してしまうかもしれない。
裏から補佐に徹する・・・この方法が今の状況では一番適していると思う。
でも、いつまでもそれでいけるとは限らない。いずれボロを出して誰かしらに疑われかねない。
どうする? どうするのがベストなんだ?
どの方法にもメリットとデメリットがある。
とてもじゃないが、最善なんて―――。
「ほら。おいで」
・・・え?
「焦らなくていいわ。時間はまだたっぷりあるもの」
気付けば下からミナトさんを見上げていた。
後頭部に柔らかい感触があって、鼻腔に心地良い匂いが広がって。
あぁ・・・。凄く落ち着く。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言だった。
でも、嫌な沈黙じゃない。
心が落ち着いて、頭から靄が晴れる。
「・・・ミナトさん」
「ん? なぁに?」
優しくて暖かい心地の良い声。
何だろう? ミナトさんの全てが俺を癒してくれる。
「・・・どれが最善かなんて分かりません」
「うん」
「・・・でも、ミナトさんは、俺を助けてくれますか?」
「ええ。私がコウキ君を支えてあげる」
・・・それなら、何だって出来そうだ。
「・・・あの、ですね」
「なぁに?」
「・・・眠ってもいいですか?」
「ふふふ。いいわよ」
凄く気持ち良くて。
心が落ち着いて。
俺の瞼はいつの間にか閉じられていた。
「おやすみなさい。コウキ君」
次の日、眼が覚めてから俺が混乱したのは言うまでもない。
何で同じベットで寝てるんですか・・・? ミナトさん。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。