俺は不覚にも鬼に捕まってしまい、この部屋に閉じ込められている。
辺りは完全なる闇。自分の目を何処へ移しても、
何も、映らない。
しかも窮屈な体勢に為らざるおえない。
しゃがんだ状態でも上に手を伸ばせば、多少の余裕を残して上まで届いてしまう。
これだけでも、俺がどれだけ狭い場所に居るのか判るだろう。
うぐっ…………畜生…………
以前の戦闘で負った傷がまだ痛む。
無と呼ぶに相応しい闇が俺の心を絶望へと追いやり、
一寸の悪足掻きすら許されない程の狭さが俺の行動を支配し、
体は時が経つに連れ、衰弱していく。
虫籠に放り込まれ、完全に見捨てられた虫ケラはこんな風に生き絶えていくのだな……
此処に居ると自然とそう思う自分がいる。
この恐怖の空間に閉じ込められ、
一体幾つの時が過ぎたのか……
此処では俺は、何も出来ない。唯、待つ事しか許されない。
英雄が来る、その時まで……
時は溯り……
俺の妹は、泣き叫んでいた。
目の前に佇む恐怖と、己を襲う苦痛に、
無力の妹は耐える事が出来なかった。
残念ながら俺には苦痛を取り払う術は持っていない。
だが、恐怖の方ならば……
奥で異様な気配がする方へ歩を進める。
ジャリ、ジャリ……
確かに其処には奴がいた。
皆が“怪物”と恐れる存在。魔犬ケルベロス。
巨体を揺らし、悍ましい顔で俺を睨んでくる。
その怪物に恐怖で足が震える。
出来れば今直ぐにでもこの場から逃げ去ってしまいたい。
しかし、それは妹を見捨てる事と一緒だ。
由美を守らないと……
妹の兄に対する威信が俺を奮え発たせる。
「俺が相手だぁぁぁぁっ!!」
俺はそう叫び、武器も持たず怪物相手に立ち向かって行く。
俺の怒号に怪物は一瞬怯んだ。
その隙に、捨て身でタックルを食らわす。
しかし、流石は怪物。
俺より一回り二回り大きいその巨体はびくともしない。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
それでも続け様、怪物に向かって渾身の一撃を放つ。
その後はただ連打!連打!!連打ぁっ!!!
もう何処をどう殴ったなんて覚えていない。それほど必死だった。
やがて怪物がたじろぐ。そして逃げ去ってしまった。
「…………やったのか……?」
逃げて行く様を見て不思議に思った。 あいつはこの程度で屈するような奴ではない。
「何故……」
そんな疑問が残るが、それでも紛れも無くこの現状は俺の勝利。
「やった……やったぞ!!兄ちゃんやったぞ!!由美!!」
「…………(グスッ)……お兄……(グスッ)……ちゃん………(グスッ)……(ジュルジュル)……アリガト……」
嗚咽と鼻水をすすりながらであった為、よく聞こえなかったが感謝の言葉を述べているのは、何となく解った。
「いいって。それより早く家に帰ろう」
「……うん」
俺が魔犬に勝利したことを家族みんなに早く報告しなくては。
きっと今日は御馳走だ。
俺と妹は家族のみんなが居る家。
そう、帰るべき場所に戻る途中であった……
……鬼が居た。見つけたや否やこちらを襲って来た。
先程の闘いの疲れから俺は思うように動けず、 成す術無く鬼の強烈な一撃を後頭部に食らってしまう。
妹はその場をただただ観ている如かなかった……
必死で逃走を試みるも……失敗した……完全に鬼に捕まってしまった……
その後も様々な仕打ちの上あの恐怖の部屋に閉じ込めれてしまったのだ……
…………飢えの苦しみが俺を襲う……
そういえば、あれから何も口にしていない。
当然、此処には食べられる物なんてある訳がない
此の侭ずっと待ち続ければ為らないのか……
一体どうすればいい……
無駄だと思うが……もう…………あれしかない……
俺にはこんな安直な手段しか思い付かない。
プライドも何もかも捨てる決意で、俺は精一杯叫んだ。
聞けっ!!俺の“闇から叫び”をっ!!
「かあちゃんっ!!ここから出してっ!!」
「うるさい!そこでしばらくジッとしてなさいっ」
「だから俺は何もしてないって!!」
「このごに及んでまだ言い訳する!?もういい加減に……」
「だーかーらぁーやったのはケルベロス(隣の家の土佐犬)だって言ってるじゃんか〜」
「そんな嘘、母ちゃんには通用しませんっ!第一、由美がやったって言ってるのっ!」
由美ぃぃぃぃ……裏切ったのかぁぁぁ………… 俺から落胆のため息が洩れた。
「そこでしばらく頭を冷やしてなさい」
「かあちゃん、おやつは〜〜?」
「功平はおやつ抜きです」
やっぱり……
足音が聞こえ、その音はどんどん小さくなっていった。
鬼がどっか行った……
もう、完全に望みは絶たれた………………
………
………
………
………
……………
……………
……………………か、に思われた。
なにやらガタゴト音がする
やがて、恐怖の部屋(押し入れ)に光が差し込み小さな指が見えた。
その先に由美の姿が。
うんっしょ、うんっしょと言って懸命に引き戸を開けてくれている。
片手にはプリンが二つ。由美が天使に見えた。
やがて、引き戸を開け終えた由美が、
「おにいちゃん、ごめんね。由美ね。おかあちゃん、止めようってね。思たけどおかあちゃんなんか怖かったから……
でっでもね。あのあとちゃんと言ったんだよ。おにいちゃん、わるくないって。そしたらおかあちゃん、これ、おにいちゃんといっしょに食べてって」
二つのプリンを両手で一つづつ持って俺の前に可愛く突きだす。
「おやつの時間とっくに過ぎてるだろ?由美だけでも食べちゃえば良かったのに」
俺がそう言うとなぜか由美はふくれっ面で、
「由美、おにいちゃんといっしょじゃなきゃやだもん!おにいちゃんが食べないなら由美も食べない!おにいちゃんは由美といっしょ、やなの!?」
慌ててまず、そうじゃないと否定し、ごめんごめん、と謝る。
「うん。じゃあ、はい」
由美からプリンを受け取る。
食べかかろうとした時ある事に気付く。
「由美。スプーンは?」
「あっわすれた。由美、スプーンとってくるからおにいちゃん、そこでずっとまってて」
ずっと、って……それにわざわざこんな所で食わなくてもいつもご飯食べる所で食べればいいじゃんか。
なんて思ったけど大人しく待つことにした。
本当にいい妹だなぁ。待ってる間そんなことも思っていた。
由美がトテテッと走って戻って来た。
「ハイ!スプーン!」
でかい……
すくう部分がプリンのカップに入り切らないほどの大きさだ。
「由美。これ、でか過ぎないか?」
「えっ?ああっほんとだ。ごめんね。かえてくるね」
「いや、いいよ。俺はこれで…でも由美はきびしいだろ?今度は俺行くよ」
流石に妹をこき使い過ぎるのはまずい……と言うよりこのまま行かせれば更なるミスをするに違いない。俺は一刻も早くプリンが食べたかった。
「ううん、由美もへーき」
「そっか。じゃあプリン食べよう」
「うんっ!!」
二人でプリンを食べる。何故だろういつもの数倍おいしく感じる。
「最っ高……」
「ほんと!?」
俺の至福のつぶやきに妹は嬉しそうに応える。 この全く同じやりとりを三回ぐらい繰り返した。ほんっと最っ高……
「おい!大丈夫か!?由美!」
「……エヘヘ……こぼしちゃた……」
由美は手を滑らせプリンの入ったカップを落としてしまった。
かなりの量が残っていたが、全て外に放り出されている。これじゃもう食べられないな。
やはり、片手にプリンを持ちながら、でかいスプーンで食べるのは由美には少し難しすぎたか。
あの時、無理矢理でも替えてこれば良かった……
「これ、食べろよ。俺、別のスプーン持ってくる」
由美の目の前に半分くらい入っていた食べ残しのプリンを置き、居間に向かう。
小さめのスプーンとティッシュを手に持って戻ると由美は半泣きだった。
「ほら、これで食べな」
持ってきたスプーンをカップに入れ、床に無惨な形となっているプリンを拭き取る。
「いらない」
「……えっ!?」
由美の言葉に思わず手が止まる。
「由美、これ、いらない」
「あっいやっ、気にすんなって、食べなよ」
「いーいっ!!いらないっ!!わたし、おにいちゃんにめーわくばっかりかけてるからいらないっ!!」
正直、その理由の意味が分からない。
「いや、いーから食べろって!!」
「いらないったらいらないっ!!…………うわぁぁぁぁぁぁん!!」
泣き出してしまった……どうしよ……
ドッドッドッドッドッ……ガララッ
「功平っ!!また由美を泣かせてっ!!」
「ぬえぇぇぇ!!」
そして又、あの部屋に閉じ込められるわけで……
「夕ご飯までそこにいなさいっ!!」
ぐぅ、なんでこうなるんだ。今日、二度もこの闇に入るなんて……
もう残された手段はただ一つ。あれしかない。
「かあちゃんっ!!俺っ!本当に何もしてないって!!だからここから出してぇぇぇぇ!!」
‘功平’七才。
‘由美’四才。
ある夏の日の出来事でした。
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