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私は敵になりません! 作者:奏多
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星鳥の舞う空の下

 滞在させてもらっているのは客室の一つなので、そこそこ広い部屋だ。
余裕のある広さの寝台と書き物机にソファ。衣装棚もあるけれど、軍と共に動く私の荷物はそれほど多くはないので使わない。今着ている薄青の寝間着にしても、侯爵の妹さんの借り物だ。

 窓の外も静まり返って、そよ風に揺れる葉擦れの音が聞こえるだけだ。まだ空は明るみも差していないので、夜明けまでは遠いのかもしれない。
 夜はかなり涼しけれど、風に当たったらもっと気分がいいんだろうなと思えた。

 なので部屋を出ることにした。
 本当は暑くなりそうで何も着たくないのだが、万が一人に会ったら困るので、薄手のガウンを重ねて羽織った。
 師匠は荷物になるので置き去りだ。

 部屋を出ると誰もいなかった。まぁ、真夜中だもんね。今日の戦闘のせいで、みんな疲れているはずだ。
 けれど、続き間に召使さんが控えていたようだ。慌てたように出てきた中年女性がいた。

「魔術師様。何か入り用でしょうか?」
「あ、目が覚めちゃったので、ちょっと散歩してきたいだけです」
 素直に話せば、彼女が館の庭まで案内してくれた。
 ありがたい。だって貴族の城って広いから、うっかり間違えると外に出るまですごく時間がかかってしまう場合あるから。それに付き添ってくれる人がいるなら、安心だ。

 召使さんのおかげで、掃き出し窓になっている場所から外に出ることができた。
 さらりと肌を撫でていく風が心地いい。
 昼間に体の中にため込んだ熱が、吹き散らされていくようだ。
 ふっと息をついて振り返ったが、召使さんの姿はない。遠慮して建物の中にいるのだろうか。

 庭は真っ暗だったけれど、登り始めていた月の光で、辛うじてものの輪郭はわかる。
 何よりも空の星がくっきりと見えた。
 この世界でも、星座は神話とか民族伝承なんかと結び付けられている。すごく代表的なことだけは教会学校で聞きかじったけど、実はしったかぶりしていたので、しっかりと教えてもらったことはない。……乳母からおとぎ話とか聞かされるはずのお嬢様が、そんなことも知らないとなったら、変に思われると思って。

 でも、何も知らなくても星空は綺麗だ。
 この世界は魔法があるけど、地動説って思ってもいいのかなとか。光ってる星は恒星って認識でいいのかなとか考えつつ眺める。
 その中を、移動していく星がいくつかある。
 え、なんで? 空の星があんな高速移動する? 飛行機のライトでしたーっていうならわかるんだけど?
 なんだあれと思って凝視し、移動する星をじっと目で追えば、前世界よりも大きな月の前を、鳥影が過って行った。その尾羽の辺りが、星みたいに輝いている。

「あ、鳥だったんだ……」
 さすが魔法のある世界。鳥の尾羽が星みたいに光ることもあるんだろう。
 不思議で綺麗だなと思っていると、思いがけず答える声があった。

「星鳥というのですよ。ご存じありませんでしたか」
 知らない声に驚いて振り返れば、私が出てきた掃き出し窓から、一人の男性が歩いてきた。
 暗くてよくわからないけど、明るい髪の色だと思う。彼が持ってきたのだろうランタンが扉の近くに置かれていて、その照り返しで髪がきらめいている。

 柔和そうな顔立ちは、どこかで見た気がする。けれど人の顔を一目で覚えるのは苦手なので、誰なのか思い出せない。
 夜だから、彼も長袖ではあってもかなりラフな恰好だ。白っぽいシャツに、濃い色のズボンだけの姿なので、なおさらどこの誰だかわからない。

「眠れないのですか魔術師殿」
 魔術師とわかっているということ、数歩の距離まで近づいたことで、腕の細さがわかる。内向きの仕事をしている人なのだと思う。ということは軍関係の人や兵士ではない。
 それなのに私に気軽に話しかけるのだから、ソーウェン侯爵の縁者だろうか。

「せっかくお会いできたのです。宜しければ、私とお話いたしませんか?」
「あなたはどなたですか?」
 問いかければ、さっとお辞儀はしてくれる。

「ソーウェン家に連なる者でございます。こちらに魔術師殿が滞在するということで、お会いできればと思っておりました。どうぞ私と、ご厚誼を結んでいただく機会を頂けませんでしょうか」

 彼に何の気負いもなく腕を掴まれて、私はぎょっとする。
 こう、ナンパとかがとても得意そうな人だ。……て、ナンパ?
 その可能性にようやく思い当たって、私は戸惑った。だってそういう誘いに乗る気はないし、そもそも彼は初対面の人だ。一目ぼれしたってわけもないし。

「魔術師殿」
 せっぱつまった声でささやかれ、抱きすくめられていた。
 背筋がぞっとした。
 レジーともカインさんとも違う。包み込まれるような安心感とかが全くない。むしろ危険だという気持ちがせり上がってくる。

 でもこれが敵なら、問答無用で叩きのめせばいいんだけど。侯爵との関係とか考えると、過激なことしていいんだろうか。
 というか私、殺すことは簡単にできるけれど、加減をして昏倒させるだけとかできるのかな。
 土人形(ゴーレム)出して殴らせたら、固すぎて骨を粉砕しちゃうだろうし。あ、そうだ足下固めちゃえば。
 と思いついた時だった。

「うちの魔術師に手を出さないでもらえる?」
 声の主は左手。庭の奥から現れた。
 夜歩きの途中だったのだろう。軍衣は着ていないが、念のために持っていたのだろう剣を腰に下げている。

 何よりも月光に映える、珍しく結んでいない銀の髪が、彼の身元を証明していた。
 男の人の結んでいない長髪って、なかなか似合う人って見ないのけど、彼だけは幻の世界の人みたいにただ綺麗だと感じられて、夢を見ているようにぼうっとしてしまう。

「で、殿下……」
「戦闘後、誰もが疲労困憊している所にこれとは。ソーウェン侯爵も人が悪い」

 レジーは笑みを浮かべているが、眇められた目が怖い。標的を見定めたような視線のまま近づいて来るレジーに、私に声をかけた侯爵家の男が、私を離して無意識に一歩後ろへ下がった。

「ソーウェン侯爵にも釘を刺したばかりなのだけどね。君が勝手に行動した、ということで言い逃れしようとしたのかな彼は?」
「いいいい、いいえっ、何も、何もしておりません! ちょっと話しかけただけで、ご、御前失礼!」

 侯爵家の男は焦ったようにまくしたて、そのまま逃げて行った。
 見事な逃げっぷりに思わずその背中をぼんやりと見送ってしまった私だったが、とりあえずレジーにお礼だけは言わなくてはと口を開いた。

「あの、助けてくれてありがとう。お、おやすみ」
 それ以上話したら、色々と怒られそうな気がした。なので私も逃げようとしたのだが。
 ふわりと、背後から抱きしめられた。囲むだけのような緩い力だ。

「逃げないで、キアラ」
 懇願するような声に、思わず足を止めてしまう。

「怖がらないで。怒ったりしないよ、今日は」
 そう言われて、私は肩の力を抜いた。
 怖いとは思ってはいなかった。むしろ安心して、ゆるく自分の肩と腰にまわされているレジーの両腕を振りほどけなくなる。
 だってレジーに拒絶はされていない、ということだから。そう思うくらい、レジーは私が慣れてしまうほど同じことをしてきたのだ、と思う。
 まだ、私のことを見捨てないでいてくれる。そうわかるだけで、こんなにも嬉しい。

 だからこそ今日のことは言って欲しくはない。けれど一方で、取りすがってでも言ってほしいと思ってしまう言葉が、喉元にせり上がってきそうだった。
 お願いだから私の助けが必要だって言って。私が必要だから、連れて行くって。
 でもレジーは何も言わない。
 全てわかっていると、だからあえて追及しないとでもいうように。けれど黙ったままだということは、レジーも言うのを我慢しているのかもしれない。
 じっと黙って立っていると、昔からこうして一緒にいたような、そんな穏やかさを感じる。
 そんな雰囲気に押されて、ぽつりと尋ねた。

「今日も……眠れなかったの?」
「うん」
 レジーは眠りが浅い。エヴラールに滞在している時も、度々夜中に起きていたのを知っている。

「でも庭に出ていて良かった。君を助けられたから」
 何故出てきたのか、とは追及してこない。怒らないと言ったからだろう。

「随分疲れたんだろう? 遠くからでも、顔色が良くないのは分かってた。それでも隠そうとしたのは、私に否定されたくないからなんだね。けどウェントワースは……君のしたいことを受け入れることにしたのかな」
「したいように、させてくれるって」

 カインさんの言ったこと全ては伝えられない。彼が心の内を晒したのは、私に全てをゆだねるためだ。あの苦しい誓いは、誰にも言えない。
 それにあんなことをカインさんが言ったのは、私のせいだ。

「そうか」
 どうしてカインさんがそう決めたのか。レジーは多分知りたかっただろうと思う。でも彼も聞かなかった。
 言葉がとぎれて、私は再び空を見上げた。
 また、星を連れた鳥が飛んでいる。闇に隠れても、きらきらと光る星が、その存在を教えてくれる。

「星鳥だね」
 レジーも私が見上げているものに気付いたようだ。

「昼間は眠っている夜行性の鳥だね。魔獣の一種だといわれてる。夜の闇を見通す力があるから、闇夜を平気で飛んでいられるんだって」
「尾羽が星みたいに光って綺麗」
「ほしい?」
「え、引っこ抜くのはかわいそう。あ、でも落ちてたりするの?」

 生え変わりで落ちた物なら、良心の呵責を感じずに眺められるだろう。とはいえ、旅の途上ではもらっても荷物になるだけだが。

「いいや。あの鳥けっこう獰猛でね。遠くを飛んでるから小さく見えるけど、大きいものだから、豚とか襲って食べてしまうから、時々駆除されるんだ」
「え……豚!?」

 なんか、いっきに恐ろしい鳥に思えてしまった。飛ぶ姿は綺麗だったのに。夢が吹き飛んだような気分だ。
 驚く私の様子に、レジーがくすくすと笑う。

「そうだ、さっきの男のことだけど。ソーウェン侯爵にはさっきも釘を刺したんだけど、改めて注意をしておくよ。君を商売上のことに利用したくならないくらいにね」
「商売?」
 疑問に思うと、レジーが教えてくれる。

「鉱山があるからね。土に関する力が使える魔術師なら、色々と協力してほしいことが山ほどあるだろう」
「ああ、なるほど……」
 魔法でさっと坑道も掘れるだろうし、土魔法使いなんて、鉱山を運営している人にしてみればとんでもなく魅力的だったのだろう。言うことをきかせてでも、私を取り込みたいという理由がよく分かった。

「本当は、君に触れた腕ぐらいは突き刺してやりたかったけど」
「え、ちょっ、そこまでしなくても!」
 驚いて振り返れば、柔らかな表情のレジーと間近で顔を合わせることになってしまった。
 綺麗なその顔が、すぐ近くにあったことに思わず硬直したが、レジーは嬉しそうに言う。

「ようやく顔を合わせてくれたね」
 たったそれだけのことなのに、そんなに嬉しそうにされると、なんだか落ち着かない。急に周囲の空気が薄くなったように感じて、どこか息苦しいような気持ちにさせられる。

「一つだけ、お願いを聞いてほしいんだキアラ」
「な、何?」
 ぼんやりとしていた私に、レジーが顔を覗き込むようにして言った。

「無茶だけはしないで。だめだと思ったら、どんな状況でも真っ先に逃げて。私だって君が心配なんだ」
 私はすぐに返事ができない。場合によっては、多少の無茶はすると思う。なのに約束だなんて、と思った私に、レジーがささやく。

「うん、って言って?」
「えっと……っ!」

 レジーが顔を近づけて、私のこめかみのあたりに頬をくっつけてきた。近いってもんじゃない! すでに接触してる!
 前にも既にレジーには頬に口づけされたりもしたけれど、抱きしめられるのは、なんだかボールみたいに受け渡しとかされてる間に慣れてしまった気がするけど、でも、顔と顔ってやっぱり恥ずかしいでしょう!

「ほら、早く答えて」
 なのにレジーが急かしながら、私が逃げないように肩に回していた手を反対側の頬を押さえた。

「うんって言うだけだよ?」
 更に私を追い込むために、レジーがこめかみの近くにあった耳に唇を触れさせた。ちょっ、くすぐったい!

「やっ、待って、うん! ほら言ったから! ね!」
 なんでなんで、どうしてこの人は、こういうことばかりしてくるの!
 慌てて言う通りにすると、ようやく顔を離してくれた。それでほっと息をついた私は、でも無理やり言わせたレジーをちょっと睨んでしまう。

「でもこんな言わせ方して……。私、約束守れるかわからないよ?」
 最初から破る前提だなんて。嫌じゃないんだろうか。
 けれどレジーは満足そうだ。

「いいんだこれで。約束したなら、君は後で破った時に後悔するだろう? 私のことを思い出して、悪いなと思いながら気にしてくれる」
「う……」
 なんてことだろう。私に後悔させるためだけに約束させたというのだ。

「代わりに、このまま部屋まで送って行かせてほしいんだ」
「送るのは別にいいけど。って、ちょっ」

 許可したとたん、あっという間にレジーが私を横抱きにしてしまった。
 あげくすたすたと歩き始めてしまう。
 こ、ここの世界の人って、重さの感覚とか筋力オカシイの!? なんで私のこと簡単に抱え上げられるわけ?
 そう思ったが、確かに首をもたれかけさせる肩は広くて、抱えられてる私がそれほど大きくないんだと思えてしまう。
 出会った時に比べると、明らかな体格差ができているのがよくわかる。

「レジー、重いから降ろして……自分で歩く」
 それでも羞恥心から離れたくなって言えば、

「キアラ、猫の子みたいにあったかいから手放したくないんだけど」
 そんなことを言われて、私の方まで鎧も厚手の衣服にも隔てられずにレジーの体温を感じてしまって、悲鳴を上げたいほど恥ずかしくなった。
 そのせいで……何も言えなくなってしまった。

 翌日、カッシアから早馬が来た。
 ルアインの侵攻から逃れている南の領地を経由して届けられた情報は、ルアイン軍と対峙していた国王の軍が潰走した、というものだった。

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