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私は敵になりません! 作者:奏多
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眠れない夜の先

 夜にも魚介たっぷりパエリア的なメニューの話を師匠にされて、完全に気持ちが逸れてしまった私は、寒気などもどこかに行ってしまった。
 代わりに空腹を抱えて眠ることになってしまった。

 絶対にこれは師匠の嫌がらせだ!
 エビの濃厚でコクがある出汁とコンソメの深い味わいが合わさったスープがお米に浸みこんでいるんだろうなとか、ムール貝みたいな歯ごたえの貝類食べたいとか、久しぶりに前世の食事のことを思い出してしまった。切ない。

 ファルジアには、コショウみたいな香辛料になる葉っぱとかがあるので、それほど食事に激しい不満を抱いたことはない。
 たぶんその木、虫に食われないように辛味成分を葉に溜めてる木なんだと思う。でも人間に増やされて、でも食べられてるので一長一短かも。
 栽培したり加工したりする手間賃もあるので、そこそこのお値段はするため、料理に沢山使われることはない。
 そしてやっぱりどこか淡い味の食事は、体に良さそうでも時々物足りないのだ。

 けれど夜食などもっての外。
 しかも戦時中。
 カッシア男爵領城下も、侵略の後遺症で物資に乏しい。
 元々の人口が1000だとして、そこにルアイン兵という余計な消費者が1000人押し寄せてきたような状況だったのだ。
 助けたとはいえ、エヴラールからの軍はそれよりも兵数が多い。

 そこで近隣農家から急きょ買いつけなどが行われるようで、そのための一隊が本日中に出発していた。元手はルアインのウェーバー子爵の持っていた私財らしい。それも半分くらいはカッシア男爵のものだったので、復興やこれからの防衛のためにもカッシア側に戻す必要があって、派手に使うわけにもいかないようだ。

 それに農村だって影響を受けている。
 ルアインも併合を目的にしているせいで、都市部を中心に攻略しているけれど、道中の補給となれば、末端の兵士達は「ヒャッハー!」とか言いながら略奪しているのだ。あげく抵抗した農民は殺されている。
 畑を荒らされなくとも、働き手が減って手をかけられないとなれば、収穫にも影響するので、レジーがオーブリーさんや、城下に隠れていたカッシア男爵領の文官などと打ち合わせをしていた。

 忙しいレジーに、いつまでも怒ったって仕方ないとは思っている。
 子供っぽいことをしていると見抜かれたのか、カインさんにまで子どもをあしらうお母さんみたいなことをされて、ちょっと私も冷静になった。
 そう思っていたのだけど。

 眠りについてすぐ、フローラさんの夢を見た。
 泣いている彼女の腕がごろりと落ちて、彼女が言った。

『そのうち、あなたも』
 言われて見れば、私の手が土になってた。息をのんだ瞬間にぼろぼろと崩れ、思わず叫んでしまう。
 いや、やだ、怖い、死にたくない。

『死んだら、もしかして戻れるかもしれないわ……夢だったら良かったのに』
 フローラさんの声に彼女を見れば、その顔が私のものになっていた。凍り付いた涙はなく、土の色になったその姿が頭からぼろぼろと崩れて行って……。

 息苦しくなって目を覚まし、全力疾走した人のように必死で空気を吸い込んだ。

 窓の外はまだ暗い。だからもう一度目を閉じる。
 けれど今度はなかなか眠りに落ちない。そのうちに空が薄ら明るくなってきて、眠るのを諦めた。

 かといって何をしたらいいのか途方にくれる。
 万が一魔術を使いすぎて倒れることを想定して、私は軍の仕事を割り振られていない。今後の戦闘についてをまた書く作業でもするかと思うが、そんな気にもなれない。
 疲れているだろうに、カインさんを起こして尋ねるのは気の毒すぎる。
 そしてこのお腹が空いている時に、空腹感とは無縁になってしまった師匠に声をかけたら、またしても料理の話をされたらたまらない。

 じっとしている間にも、外の気温が少しずつ上がっていくのを感じた。
 お昼になったらまた暑くなりそうだ。
 外へ出るのなら、今の方がいいだろうなと思った私は、初めて来るカッシアの町を歩いてみることにして、半そでの白のワンピースの上から、編み上げる形で幅が少し調節できる灰緑の胴衣と同色のスカートを身に着けて外に出た。

「あれ、魔術師様?」
 夜の見張りをしていた兵士だろうか。眠たそうに目をこすっていた、父親ぐらいの年の二人組と、広い城の廊下ですれ違った。

「お疲れ様です」
 なんでもないことのように挨拶して横を通り過ぎる。
 二人は驚いたように話し合っていた。

「眠くて幻でも見たかな……うう眠い」
「いや間違いなく魔術師様だろ。この城に、あの年頃の女の子は魔術師様しかいないんだから」
「いつも誰か護衛がいるけど、一人きりでいいのかな」
「大丈夫なんじゃないか? なにせ魔術師だし」

 こんな朝早くから私が歩き回っているのが不思議だったのだろう。そんな二人から足早に離れる。
 その後、十人くらいの兵士にしか会わずに済んだのは、早朝だったおかげだろう。私を見知っている兵士達は、一人で歩く私を不思議に思いながらも、魔術師だから何か必要があって出歩いているのだと思ったのか、黙って見送ってくれた。

 そうして出た城の外は、意外と人の姿があった。
 ぼんやりした後で思い出す。
 そうだ。庶民の働いている人達は、夜明けごろには起き出す。

 城の近くには、食料等を奪われた町の人と従軍してきた兵士に、まとめて食事を配給する炊き出しが始まっていた。
 お腹が空いていた私も一椀もらおうと、町の人の列に並んだ。

 そうすると私の背格好だと人の中に溶け込めてしまうのか、誰も私が魔術師だとは気付かなかった。
 ややしばらくして、そうか、と気付く。私はこの町で戦っていない。だから魔術師を町の人は見ていないのだ。

 やがて配給をしていた町のご婦人から受け取ったのは、豆と芋と乾燥させたトマトに豚肉を少々入れて煮こんだスープだ。
 香草をきちんと入れていたので、ひどい味ではない。そこそこ食べられる。具は少ないけれど、この粗食が懐かしい。小さい頃はこんな食事だったなと思い出す。
 それからパトリシエール伯爵家での肉が多めの豪華なスープと、エヴラールで食べた人参なんかの根菜が多めのスープを思い出す。

 この世界で過ごすと、本当に前世がすごく恵まれた環境だったんだなとわかる。
 スーパーに行けばいつでもお肉も野菜も買えた。シチューにもごろっと鳥や豚のお肉を入れてくれていた。お父さんはビーフシチューが好きだったので、たまにお母さんが奮発してくれていた。でもこの世界では、庶民にそんなことは望めない。

「懐かしいな……」
 なんだか酷く、前世のあの家へ帰りたくなる。
 戻れやしないのに。

 食べ終わった後は、城に戻る気にもならずにふらふらと町を歩いた。
 解放された喜びと、生活環境を取り戻すためにするべきことに頭が向いているのか、町の中で争い事などみかけなかった。みんな明るい顔をして歩いている。
 自国の兵が、ルアイン兵が隠れていないかと巡回しているせいもあるだろう。

 石畳の町の中を歩き疲れて、キアラは目についた見知らぬ煉瓦の家の横に積まれた木箱の上に座った。
 そこはちょっとした広場になっていて、中央に大きな木が一本立ち、傍には井戸がある。
 共用井戸の広場だ。

 座ってしまうと動きたくなくなった。
 それどころか、城に戻りたくなくなる。
 何か理由があるわけじゃないのに、戻る気になれない。もっと町の中にいたいと思ってしまう。
 だからといってずっとここにいていいわけがない。みんな私が居なければ探すだろう。師匠なんかは心配する必要はないと言うかもしれないけど、レジーやカインさんが放置するわけもない。

 そうしているうちに、だんだんと家から出てくる人の数が増えて、広場を行きかう人の居ない瞬間がないほどになる。
 やがて白髪交じりのおじさんが、小さな屋根付きの台車を引いてきた。それを見た通りすがりの男性が嬉しそうに声を上げる。

「おや、屋台再開するのかい?」
「そうともさ。一日だけだがな。ルアインから隠しきったミードだ」
 ルアイン軍がいる間、商売ができなかった人のようだ。馴染みの店の再開だったのだろう、あっと言う間に数人が集まって、そこで酒盛りが始まった。

「レジナルド王子殿下に乾杯!」
「エヴラールの辺境伯様に乾杯! あとリメリックとレインスターだったか?」
「とにかくファルジアに乾杯!」

 彼らの歓声にも似た声が、じりじりと生暖かくなる空気を震わせる。
 聞いていた私は少しうれしくて、何もしていない自分が悔しかった。
 歯噛みしかけたその時。

「……え、魔術師か?」
 町の中に出てきてからは初めてそう呼ばれた。

 誰だろうと顔を上げた私は、目を見開いてこちらを見ている、赤味ががった髪の背の高い青年を見つけた。

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