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私は敵になりません! 作者:奏多
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すれ違うと分かっていても

「君はメイナールで雇われたって言う傭兵?」
 銀の髪ならば王子だとわかっているので、レジーの問いにジナさんは素直に答えた。
 ジナさんは抱きしめたままだった私を離し、その場で膝をついて礼を示した。

「アラン・エヴラール様に雇っていただきました、傭兵のジナと申します。この氷狐達は私が飼っている相棒たちでございます」
「そう、彼女のことは代わって見ておくから、席を外してくれる?」
 あっさりと人払いをする言葉に、けれど雇われている身のジナさんは反論すべきではないと思ったのだろう。

「承知いたしました」
 そう言って、ちょっと私のことを不安そうに見ながら立ち上がる。
 そこでレジーが私に近づき、紐で引っかけられただけの師匠をさっと外してジナさんに渡した。

「ああ、これも預かって。ウェントワースにでも預けておいて」
 土偶を押し付けられたジナさんは困惑していたが、師匠が『ヒヒヒッ若いっていいのぅ』と楽し気に笑うので、問題はないと判断したのだろう。
 師匠を抱え、ルナール達を連れて退室していった。

 レジーはジナさんと入れ替わるように、私の隣に座る。
 ふっと息をつくので、彼も疲れてはいるのだろう。男爵の城へ潜入するために、ほとんど朝から動き続けていたはずだ。
 お疲れ様、ぐらいは言うべきだろうかと思った。けれどその前にレジーがつぶやく。

「……君が来ないうちに始末しようと思ったのに」
 そうして右隣に座ったレジーが、珍しく乱雑に私の頭を撫でて、すぐ手を離した。

「ウェントワースやアランにも、なるべく時間を稼げと言ったんだけど……。でもこっちも少し手間取ったからね。追いつかれたのは私の失点だ」
 彼は少し私の顔を覗き込むようにする。

「言わなかったことを怒ってる?」
「…………でも、レジーが決めることでしょう。私は従うだけだもの。どうせレジーは全部言いたくない人だってわかってきたから」
 本当は怒っていた。けれど自分が上手くできなかったから、レジーを責められない。でも拗ねた言い方になってしまうのが止められない。
 レジーはため息をついた。

「そうだね。私は人に自分の考えていることを全て言うのは苦手だよ。そして止められるのも好きじゃないから、君のお願いを聞きたくないこともある。だけどそれはキアラだってそうだろう?」
 言われて唇を引き結ぶ。うなずかざるを得ない。
 最初に止めようとしたレジーを振り切るように、戦に参加すると決めたのは私だ。
 だけどうんとは言いたくない。納得してしまったら、自分の願いがかなわないことを知っているから。

「拗ねないで、キアラ」
 そう言って頬を両手で包みこまれる。
 暖かい。
 ほんの少し触れる程度だからか、頬から、指が触れる顎から、耳の下から、少しだけくすぐったい感覚が伝わる。
 すると悔しさや他のよくわからない感情でいっぱいの心が溢れて、泣き出しそうになる。

「君が戦うと決めたから、連れてきた。けれど私は君を壊したくない。だから不必要に君を戦わせたくない」
 レジーは不意に顔を近づけて、わかってほしいんだ、と私の耳元でささやく。
 首筋がざわついて、さらに心が揺れてしまいそうになる。
 崖っぷちに立っているのに、その背中を押されそうになっているみたいだ。怖くて叫びそうになる。

「私が決めたことだもの、壊れるとかそんな大げさな……」
「でも耐えているうちに君は変わってしまう。今の君を形作っているもののほとんどが、君がこうして生まれてくる前に得たものばかりなんだろう? 誰かに優しくする気持ちも、前向きに進もうとすることも、こうして私に反抗するのも、幼い頃から虐げられ続けていただけでは、思いもつかなかったはずだ」

 反論できないのも、結局は前世の記憶のせいだ。
 今でも私の父母は、前世の二人だと思っている。そこで教えられたことを元に、今の自分の自我を育ててきたようなものだった。
 この世界の父親はろくな教育なんてしたことがなかった。だからパトリシエール伯爵に引き取られた後、家庭教師にどうしてこんなに物知りなのかと驚かれたぐらいだ。
 ……知識に偏りがあったり、知っていておかしくないことが抜けていたりもしたけれど。その辺、ある程度は前世と同じような世界で助かったわ。

 だから倫理観の物差しだって、幼い頃に何度も幸せに浸ろうとして思い出した前世のものだ。
 だから人を殺すのが怖い。戦うことが怖い。
 ゲームの出来事が、リアルに見えているだけだと思わないと、とてもまともに戦場なんて見ていられない。

 この世界の倫理観だけだったら、私は自分が生きるためなら誰かを犠牲にしても仕方がないと割り切ってしまっていただろう。庶民基準だったらなおさら、他者のことを気遣って庇うゆとりがある時ばかりではないと感じるだろうから。
 そして確かに何度か『ゲームのキアラだったら』と考えたことがある。前世の記憶がなければ知識を得る手段もないまま伯爵に売られ、虐待のせいで保護者の立場の人間に逆らえば生きていけないと怯えてしまい、逃げることすらできなかっただろうと。

「私も君に、誰かを殺して欲しくはないよ。ただ君が決めたことを止めたくない。自由を奪いたくなかった。だからせめて、君が本来の気持ちに沿わないことをし過ぎないようにと思ってる。戦場に出ることが止められないなら、目をそらしていられるように、せめて身近に感じすぎるような凄惨さは見せたくない。そうできるってことを、それでも私がキアラが心配するような危険な目に遭わないことをわからせたかった」

 そうしてレジーは、頬に触れていた手をずらして私の目を隠してしまう。
 目を開けても薄ぼんやりとレジーの手の平が見えるか見えないか。

「レジー?」
「ほんとはずっと目隠しをさせておきたいけれど、そういうわけにはいかないからね。分かってくれなくても、私はやめないよ。私も少し、意地になっているから」
 目隠ししながら、レジーは耳元で囁き続ける。
 これは予告だ、と思う。
 目隠しされている時のように、今後もレジーは勝手に私に知らせずに行動するからと。どんなに私が怒ったって、止めないと言っているのだ。

「だからって私が変わるわけじゃ……ん、あにするのっ」
 急に鼻をつままれた。抗議して手を振りはらおうとしたら、レジーはしれっと応じた。

「じゃ、こっちにする」
「んむ!?」
 唇を摘ままれたんだけど!
 痛くされてるわけじゃない。大きく動かせばレジーの指先は離れるだろうけど、あまりにびっくりして目を瞬いてしまう。
 レジーの指を払おうと上げた私の手も、無意識に止まってしまった。

「くくっ、びっくりしてる。キアラの睫が動いてくすぐったい」
 笑いながらレジーが手を離す。
 ついでに目隠ししていた手も離れて、レジーの笑った顔が見えた。

 ……なんだろう。すごくむかっとした。
 原因は分かっている。レジーが話をそらして終了させたからだ。何度言われてもわかるつもりはないって、そう態度で示すからこんなに苛立つんだ。それなのになだめるのが上手くて、掌で転がされているように感じるから反発したくなる。
 だから思わず私はレジーに言ってしまった。

「レジーのバカっ!」
「バカって何で? 君のお願いを僕が聞かないから?」
 レジーは怒った様子もなく聞き返す。

「当たり前でしょ。だって戦うためについてきたのに、私を参加させないために、こんな早くカッシアを攻めたんだもの」
「君に全てを隠しているつもりはないよ。だからメイナールも行かせただろう? あそこだって、市民が犠牲になっていたはずだ。悲惨さに差はない。ウェントワースには注意させていたけど。でもこの城に来たら、嫌でも君はフローラ嬢の最期を見るはめになっていたはずだ。それは危険だろうと思っていた」
 それに、とレジーが続ける。

「いつも君という最後の壁がいる戦ばかりしていたら、君に何かあった時、兵が気弱になって潰走することだって考えられる。確かに君が戦うことで助かる者もいるだろう。けれど君が使えない状況にも慣れさせないと、いずれその甘えは多くの兵に死という形で返ってくる。だからすべての兵が君に頼り、いなければ負けかねない状況に甘えさせることだけは、認めるわけにはいかない」

 王子として、統率者として語ったのだろう。レジーはすっと表情を消していた。
 私は口をつぐむ。自分が怪我しないでいられるとか、行軍が辛くて体調を崩すとか、そういう不測の事態はないと言えないから。

「今回はそのためにも必要な措置だった。君のためだけじゃない……わかって、キアラ」
 そう言って、レジーは私を一度抱きしめると、部屋を出て行った。

 残された私は、ぎりぎりと奥歯を噛みしめる。
 ……じゃあ、レジーのためにはどうしたらいい? どうしたら守らせてくれるの。
 言いたくても、震えて動けなかった上、正論の前に負けてしまった私には、口にできる言葉が何も無くなっていた。

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