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私は敵になりません! 作者:奏多
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カッシア男爵城戦の終わり

※自殺描写がありますのでご留意ください。
 ルアインのウェーバー子爵の部下の中には、いち早く毒に気付いた者がいたらしい。
 来客があって昼が遅れ、そのため先に毒の食事を食べた者が倒れたので、難を逃れたようだ。
 彼らはレジーが現れたのを幸いと、彼を殺すべく襲い掛かった。けれど辺境伯家で揉まれ、二度の戦いを経験してきたレジー達は、子爵の護衛兵を返り討ちにしてしまった。
 進退窮まったウェーバー子爵は、逃げながら生かしていたカッシア男爵の令嬢フローラさんを人質にして、ナイフをつきつけながら叫んだ。
 これが後から聞いた、ここまでの流れだ。
 その瞬間に、私は踏みこんでしまった。

 視線の先に見えるのは、倒れた二十人には及ぶ騎士や兵士達の遺体と床を染めていく血。
 小さな広間になった部屋の奥には、何もかもあきらめきった、生気の抜けた顔の私とそう年が変わらない女性……たぶんフローラさんと、彼女を後ろから抱きすくめて首に剣の刃を当てている男。
 その両脇に、五人のルアインの騎士がいた。
 ジナさんが険しい表情をした。
 それもそのはず。フローラさんがどんな扱いを受けていたのか一目で分かった。胸元が裂かれた薄手の簡素なワンピース。だらりと力なく垂れ下がる手首にも、刃がつきつけられた首にも、縄の痕があった。美しかったのだろうチャールズ君とよく似た茶色の髪は、梳かれた様子もない。
 捕まってからもう何日も経っているし、服も薄汚れてはいないからこそ、何が彼女の身に起きたのかがわかる。
 似たような年頃だからこそ、私はよけいに胸が痛い。
 助けてあげたいと思う。もしかすると、彼女はもう恥を背負って生きていくことを望んでいないかもしれないけれど。
 でも動けない。フローラさんの命がかかっているというのに、うかつに彼女を殺させるような真似はできないと思った。
 しかしレジーは非情だった。
「殺せばいい。その娘のために、他の多くの兵の命や、私の命を投げ出す気はないよ」
 どんな顔をして言ったのか、私からは後姿しか見えないからわからない。ただ青の長いマントにも返り血を浴びているレジーの声から、いつになく酷薄な響きを感じる。
 あっさりと断られたウェーバー子爵はこれ以上は手がないと思ったのだろう。不意に上着から何かを取りだすと、フローラさんの口に突っ込んだ。
 仰向かせるために、腕を無理に動かしたせいで、フローラさんの首に剣が押しつけられて血が滲んだ。
 それからの出来事に、私は身動きできずにいた。
 気付いたレジーが話の騎士が不意をついて子爵を殺す前に、フローラさんの体から突き出した氷の刃で、ウェーバー子爵は絶命した。
「フローラ様!」
 嘆くけれども近づくわけにもいかないオーブリーさんが、自棄になって打ちかかってきたルアインの騎士を薙ぎ払う。
 ルアインの騎士達も、一人がフローラさんの氷の刃の犠牲になった。他三人が戦意を失ってその場に膝をついた。
 フローラさんの体から、一度氷の刃が折れて崩壊した。
 彼女の背後にいたウェーバー子爵も剥がれ落ちるように倒れた。
 けれど再び、その腕が氷におおわれ今度は指先までが氷に変わる。
 自分の身が凍り付いて、痛くないわけがない。悲鳴を上げるフローラさんにオーブリーさんが駆け寄ろうとしたが、彼女に拒絶された。
「いや、いやっ!」
 フローラさんは、逃げるように斜め後ろの窓へと移動していく。そこでようやく少しだけ冷静さを取り戻したのだろう。なすすべなく立ち止まったオーブリーさんに言った。
「オーブリー。チャールズをお願い」
 彼女の頬に、涙が凍り付いたように白い氷が一筋張り付く。苦悶の表情でその腕で木の雨戸を開く。力がかかったとたん、窓が開くのと引き換えに、彼女の氷った腕が落ちて、床で砕けて粉々になった。
「夢だったら……よかったのに」
 泣き出しそうに顔をゆがめて、彼女は――ふらついて倒れる人のように窓から身を投げ出した。
 重たいものが、地面にぶつかる鈍い音がした。
 見開いた目が、閉じることを忘れたようにその一部始終を見送った。けれど誰かが私抱きしめて覆い隠してくれる。甘い花の香り、ジナさんだ。
「大丈夫。落ち着いてキアラちゃん」
 ジナさんはそう繰り返してくれる。けれどどうしてそんなに私をなだめようとするのか。最初は意味がわからなかった。
 けれど、こんなにジナさんは暖かいのに、私は一向に寒いままで。やがて自分が震えていることに気付いた。
 なんでだろう。私は怖いの?
 でも怯える必要なんてないはずだ。だって私が死んだわけじゃない。ただ、こうなることは予想するべきだった。フローラさんが囚われたことは知っていたのに。
 先に彼女だけでも救い出せなかっただろうか。私がメイナールに行かず、レジー達に先んじて潜入するなりできていたら。
 でもそんなことをしていたら、メイナールの火事は広がっていただろう。ルナール達氷狐の吹雪では魔術師の操るものより規模が小さい。それに風で煽って、余計に火を強める可能性だってある。
 おまけに私はレジー達の行動に気付かなかったのだ。先手をとることだって出来なかっただろう。
 考えている間も、ジナさんに抱えられるように、私はどこかに移動させられていた。
 小さな部屋は、来客用のものだろうか。奥に寝台があり、ソファなども揃えられている。
 それをぼんやり見ている間に、ようやく震えは治まってきた。けれど体は寒くてたまらない。ルナールがまた私の足にぺったりとくっついて座っていたけれど、それでも温まって来ない。
 そんな私にジナさんが言う。
「キアラちゃんが凄惨な光景が苦手だって、メイナールで見た時にわかってたんだけど、こんなにショックを受けるなんて思わなかったわ……。ギルシュも連れて来たら良かった。あいつの方が私より慰めるの上手いのよね」
「ショック……は受けたと思います。けど、フローラさんを助けられない自分が、情けなくて」
 レジーの役に立つと思ってやってきたけれど、フローラさんが自害したことで彼らが危険な目には遭わなかったけれど、私は何もできなかったのだ。
 あの時レジーは何をしていた?
 身動きが取れない私と違って、あの人は……いつでもフローラさんを倒せるように剣を握って、じっとその動きを見ていた。
「もうっ、キアラちゃんそんなことじゃないよ! それにフローラさんは、事前に助けたとしても生きていてくれるかどうか……。それにあの状態じゃ、誰かが殺すしかなかったもの」
 フローラさんは気高くも、優しい人だったのよ。誰も傷つけないように自分で死を選んだ彼女を、褒めてあげなくちゃいけないよ。
 ジナさんに言われてうなずくけれど、なぜかそれだけのことが辛い。
「師匠さん……」
 なぜかジナさんが弱り切った声で師匠に助けを求めた。
「そういう奴なんじゃ。軟弱なくせに強情だから始末が悪い。おまえさんも諦めた方がいいじゃろうよ。ヒヒッ」
「笑ってる場合じゃないですよ。だってこれじゃ」
 ジナさんが続けて何か言おうとしたその時、部屋の扉が開かれた。
 ルナール達もついてきていたのだろう。他人が入ってきたので、足下にいた一匹が、身構えるように姿勢を低くした。
「キアラは……ここだね」
 入ってきたのはレジーだった。
 顔を上げて彼の顔を見れば、仕方ないなという風に苦笑いしている。
 きっと、こうなると思っていたのだろう。
 それなのに反発して、できると言っておきながら誰かに助けられて引き下がることしかできなかった私は、顔を合わせにくくてうつむいてしまった。

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