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私は敵になりません! 作者:奏多
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クロンファード砦攻略戦 2

 戻ってきた斥候の報告により、敵がこちらに応じた布陣を敷き始めていたとわかる。
 あちらも街道筋に、偵察を置いていたのだろう。
 それにしても、二人組になってとはいえ少数で敵地に侵入して帰ってくるとか、斥候の皆さんてすごい。剣の腕に自信があるよりも、忍んで近づく技術がいるようだが、見つかったらまず命はない。どれだけ勇気が必要かわかったものではない。

 報告により、エヴラール軍は一気に砦近くまで軍を進めた。
 弓兵に挟撃されかねない地点よりは手前だ。弓兵に対しては、既に別働隊が動き始めているはずだ。
 私はカインさんと、カッシアの騎士オーブリーさん率いる十騎とともに軍の先頭へ出た。

 ルアイン軍が数百メートル先に見える。
 ずらりと並んで待ち構える弓兵や歩兵の姿に、きゅっと胃が縮むような感覚が起きた。すべての兵の目が、前に出てきた自分に向けられていることに、足が震えそうになる。
 けれど怖気づいていられない。

 カインさんの馬から降ろしてもらった私は、上着のポケットに入れていた銅鉱石を両手いっぱい地面に置いた。
 次にナイフを鞘から抜き、手の甲を浅く切りつける。
 痛いという言葉は、喉の奥に押しこんだ。
 ためらいながら指先を切るのでは、必要量に足りないと思ったので甲にしたんだけど、思ったより深くなってしまったようだ。
 だらりと血が流れ出た手で、置いた鉱石に触れる。

「……さぁ、始めよう」
 血と鉱石を通じて、目の前に転がる石を数えるようにはっきりと、土の中の魔力が認識できる。
 それを一気に形成し、血塗られた鉱石を内包した土人形(ゴーレム)が立ち上がった。この地方の土の色なのだろうか、やや白っぽい土人形(ゴーレム)は、エヴラール城の前で作ったものと同じ大きさだ。
 するりと自分の体温が下がるような感覚から、自分の魔力が吸われたことを感じるが、予想よりも軽い。

「あ、ちょっと楽?」
「油断するでないぞ。楽だからと言ってあれこれやりすぎると、気付いた時には枯渇する危険があるからのぅ。イッヒヒヒ」
 ホレス師匠の注意に、私はうなずいた。

 土人形(ゴーレム)を見たルアイン軍側から、動揺の声が上がる。ルアイン軍もエヴラールの北を通過した際、城攻めに加わった者といなかった者がいるだろう。
 土人形(ゴーレム)を見たことがあれば、それによって指揮官まで殺されたことを思い出すだろうし、見たことがなければ、魔術師くずれのようにむやみにまき散らすのではない魔術を見て、大いに動揺してくれているはずだ。
 そのまま土人形(ゴーレム)を維持して数分待ってから、カインさんから合図をもらって、土人形(ゴーレム)の手に残りの鉱石にまた血のりをつけた上で握らせ、私は命じた。

「行きなさい」
 命じると、一歩一歩クロンファード砦へ向かって歩み始める。
 今回はまるで自分の分身のように、動かせた。動かし方がわからずに悪戦苦闘していた操り人形を、急にスムーズに動かせるようになったような快感がある。
 やっぱり血を使えば、今まで以上に魔力を操りやすくなるのだ。小さなもので実験はしていたが、大物で実証できたので、私はほっとした。

 これを思いついたのは、レジーの中に入り込んだ契約の石を、治めようとした時のことを思い出したからだ。
 とっさに『自分の体にも契約の石が溶け込んでるんだし』と、手っ取り早くレジーの体に命じやすい契約の石の力を入り込ませ、上手くいったのがきっかけだ。
 それなら血を使えば、もっと簡単に魔力を操れるだろうと考えた。
 ある意味レベルアップ前に、ドーピングで上の能力を発揮したようなものだろうか。

 でも予想は当たった。これなら間違いなく自陣の中から土人形(ゴーレム)を操って砦の破壊までが可能だ。それ以外にも動かすことができる。
 だから土人形(ゴーレム)を操る間、私は安全な場所にいられるのは間違いない。レジーに嘘はついていないので、自傷行為をしたことを今更レジーが知っても、もう止められないのだ。

 そんな私の周囲を、オーブリーさん達騎兵がカインさんと共に囲む。
 カインさんは私の傷を見てやや顔をしかめたが、乱戦の中に飛び込むよりはマシだと許可した以上、文句は言わなかった。
 一方のルアイン軍は、悲鳴を上げながら土人形(ゴーレム)の進路から逃れようとしていた。なにせ相手は矢を射ても痛がらない。剣で削っても再生する化物だ。
 実は再生させるのに魔力を使うので、私の魔力量的には痛いんだけど。

 真っ二つに分かれるルアイン軍を見て、エヴラールの軍が突撃を始める。
 すぐに私達のいる場所を追い越していく大勢の兵。
 予定では、既に森側の弓兵には伏兵が襲い掛かっているはずだ。だからこそ騎馬も兵士もまっすぐに走っていくし、予定通りそちらも抑えたのだろう、森側からは矢が飛んでこなかった。

 地響きが足と地面に触れている手を揺らす。
 その中にいるだろうレジーやアランのことを思い出すと、怪我をするんじゃないかと不安でたまらなくなる。けれどそっちに集中するわけにはいかない。
 更に歩き回っていくらか敵軍をかく乱した土人形(ゴーレム)は、そのまま砦へ向かわせた。
 砦のルアイン軍は、かなりパニックに襲われたようだ。
 狂ったように打ち鳴らされる警鐘が、ここまではっきりと聞こえる。

「キアラさん、もうここまでで十分では?」
「あとちょっと……はい、ここでいいです」
 土人形(ゴーレム)が歩き回る必要がない地点へ到着したことで、私は地面から手を離した。
 カインさんが手当をするよう促し、私を抱えて馬上に戻る。
 とんでもない腕力だなと思いながら、これまたポケットに入れていた怪我用の薬を塗って油紙に包んでいた綿紗を切り傷に当てた。

「……しみる」
 切った時とは違う痛みで、目の端に涙が浮かびそうになる。
「当たり前でしょう。早く包帯を巻いて」
 カインさんが急かしながら剣を鞘から抜いて警戒する。

 急いで包帯を巻いた私は、血と鉄の匂いが立ち込める戦場に呻きそうになりながら、周囲へ目を向けた。
 クロンファード砦からは、中に居れば危険と判断した者が、門を開けて飛び出してくる。けれどそれも行動としては遅い。
 先ほどまでは、一度吐きだした軍だけでまずは対応し、分が悪くなれば砦に籠城してやり過ごそうとしていたのかもしれない。
 けれど砦そのものを壊せそうな代物が近づいてきたのだ。そこにいては潰されると思ったのだろう。

 事実、私はその通りに土人形(ゴーレム)を動かした。
 爆発音にも似た音が聞こえる。それにより、逃げ込む場所を失ったルアイン兵が更に動揺し、その端からエヴラール軍の兵士に刺し貫かれていく。
 同時に、戦場からは投降を呼びかける声が聞こえ始めた。

「お前たちの避難先はもうない! 投降すれば命までは奪わん!」
「武器を捨てろ! 手を上げて恭順の意を示せ!」
 最初は、それでもルアインの兵士達は抵抗していた。指揮官の命令にしたがって、固まるようにして戦い続けている。

 けれどそこに踊り込むようにして指揮官を打ち倒す、騎兵……あれはアランか。立ちふさがる兵を馬で蹴散らすようにして討ち取る彼の姿に、ルアイン兵は慄き、金の髪をなびかせる騎士が率いた騎士の一団が、駆け抜けて行った後は、砂糖にたかる蟻のように押し寄せてくるエヴラールの兵に、悲鳴を上げながら武器を捨てていく。

 主戦場がクロンファード砦へ近づいていったので、私を乗せたカインさん達も先へ進んだ。
 進むほど、周囲には立って手を上げたまま捕縛されるルアイン兵の姿が多く見られるようになる。

「魔術師めえええっ!」
 そんな中、私を倒せば状況が覆ると思ったのか、やり場のない怒りをそれで晴らそうとしたのか、遠くからまっしぐらに突撃してくる騎士や兵士達もいた。
 けれどある者はオーブリーさん達がふるう槍に貫かれ、カインさんの剣で斬り飛ばされる。
 私は、今度は目をそらすわけにはいかなかった。
 土人形(ゴーレム)を見ていなければ、離れているのに操作ができなくなるから。
 けれど時々歪む視界に、無事な右手で目元をぬぐわなくてはならなかった。

「ここで止まりましょうキアラさん。仕上げをしなくとも、十分でしょう」
 カインさんがそう言うが、まだここではちょっと遠い。

「もう少し先までお願いします。……逃げ道を用意していても、砦の中にいる人はもう先がないと思って、背水の陣を敷いてしまいます。死ぬと分かっていて戦うのは、どちらにとっても労力がかかるものでしょう?」
 作戦会議の時に、そういう理由で砦から逃げていく兵は追わないと決めていた。けれど人は、恐怖を感じすぎると足が動かなくなってしまう。
 土人形(ゴーレム)の恐ろしさにその場にとどまってしまった兵士は、人の姿を見た途端、そちらの方がまだ怖くないからと、必死になって剣を振るっているようだ。
 作戦時に想定した以上に、長く抵抗が続いているのがわかる。
 だから戦意を喪失するほどの状況を作るのだ。
 そのためには砦に近づく必要があった。これを話した時など、カインさんは大層顔をしかめたものだ。

 土人形(ゴーレム)は轟音を立てて、砦の外壁に新たな出入り口を作っていた。
 弓矢や剣で斬りかかられて、さすがに体が少し削られてきている。
 そろそろ持たなくなるかもしれない。だから私は、土人形(ゴーレム)に手に握らせた銅鉱石を、少し離れた外壁の上に置かせた。

「……仕上げ、します」
 私は馬を降ろしてもらう。そして再び地面に手をついた。
 先に土人形(ゴーレム)を解体する。近場にいたルアイン兵達を埋め尽くすように。
 それから外壁の上にあるだろう、銅鉱石の気配を追う。さすが自分の血を使っただけあり、なんとか補足できた。これで砦が木造だったりしたら、気配なんてつかめなかったんだろうなと思いながら、魔力を届かせた。

 ゆるりと、砦の外壁の上が震えたように見えた。
 それから雪崩れるように砂になって石がくずれていく。
 ざらりと溶けるように外壁が大きくえぐられ、悲鳴のような声が聞こえてきた。

 これで、壊された場所さえ死守したら、砦に籠れるという逃げ道はなくなったはずだ。逃げることを忘れて抵抗していた者も、砦を捨てて走るしかなくなったことに気付くだろう。
 何より人の力ではなし得ない事象に、ルアインの兵士達の中には戦意を失った者も多いはずだ。

 ぼんやりと考えながら、壁が一部えぐれるように無くなってしまった砦を見つめて立ち上がる。
 エヴラール軍から、更なる鬨の声が上がった。
 戦いは、もう終わったようなものだった。

「キアラさん、調子はいかがですか?」
 カインさんが馬から降りて、私の腕を掴んだ。
「え、ああ……」
 そうだ、最近魔術を使って倒れることが多いから、それでカインさんに尋ねられたのだろう。でもそんなに疲れた感じはしない。

「大丈夫です」
「手は痛くないんですか?」
「え? そうですね、思ったよりは」
 というか、カインさんの表情が今までになく険しい。表情筋があまり動かない人なのに、こんなあからさまな表情になっているのだから。

「あの……怒ってるんですか?」
「自分の手をナイフで切りつけてるのを見て、気分がいいわけがないでしょう。自分を粗末にしているようにしか思えませんよ。しかも予想以上に大きな傷を作って……」
 確かにこれ、リストカットみたいな真似だよね。傷薬が優秀なもんだから、平気だろうって思っちゃうだけで。

「しかも砦に近づきすぎました」
「でもカインさん、これは計画通りですし」
「あなたが安全だとわかる策だったからですよ。それに予想以上にルアイン兵も戦意を喪失するのが早かったから、私やオーブリー殿達で守れると思ったからです。でなければ移動は許しませんでした」

 実際、戦いは既に掃討戦に移っていた。
 周囲では怪我をしたエヴラールの兵士を仲間が助け起こしたり、手当をはじめたりしている。捕縛されたルアインの兵士を一か所に集めたりと、事後処理を始める者もいた。
 私の周りはほとんど戦争が終わった状態だった。

「あと、本当にあなたが決めたら絶対に引かないとわかるからです。どうせ止められたら、こっそり実行したあげくに、また土人形(ゴーレム)に乗って前線に行くつもりだったのでしょう?」
 呆れたように言われて、私は笑って誤魔化す。

「だって、こんな小さな傷で沢山の人が助かるなら、ためらう方が非人道的じゃないですか」
「そんなことを言って、あなたは……自分一人が犠牲になってすべての人が助かると分かった場合、死ぬつもりなんですか?」
 表情も変えずに急にそんなことを聞かれて、私は戸惑う。

「え、でも。知らない人でも無差別にってわけじゃ……」
 全く知らない人十人のために、そう考えられる自信はない。たぶんカインさんやレジー達がその中に入っているなら、悩んだ末に私はそうするだろうけど。

 素直にそう思って、私は気付く。
 あれ。私って案外そういうのは怖くないのかな? 殺されるのが嫌で逃げてきたはずなのに。
 あの時は悪役として死ぬのが嫌だったし……。え、私悪役じゃなければいいの? でも死ぬのは怖い。なんか昔ほどじゃない気がするけど。そう思うけど、一方でレジーを助ける時とか、全く死ぬかもしれないことが怖いとか考えなかった。
 どこか死ぬっていうのが遠い世界のことみたいで……。痛いのは嫌だけど、そんなに、怖くない?
 なんだろう。戦場に立ちすぎて、麻痺してるのかな。自己犠牲精神にあふれてる人間じゃないと思ってたんだけど。
 私がこんがらがっていると、近づきながら呆れたように言う人がいた。

「ウェントワース、キアラはそんな脅しぐらいじゃ屈してくれないよ」
 レジーだ。こちらも王子が率先して行動する必要がなくなって、引き上げてきたのだろう。けれど戦の中を駆け抜けたために、彼の軍衣にも血の跡がいくつもあった。

「今回は砦の攻略で、長引く心配があったから許可したけど……他人に傷はつけられなくても自分で付けるんじゃね」
 レジーは、じっと私の左手を見た。う……こわい。

「私に良い案があるんだ。ぜひキアラの傍にいる君には協力してほしい」
 レジーに誘い掛けられたカインさんは、ため息をついて「ぜひ後で伺わせて下さい。そのお話に乗った方がいいようですから」と返事をしている。
 ということは、今度はレジーの計画にカインさんが賛成しちゃったわけで。
 げ……なにされんだろ私。こ、こわい。

 どうやって逃げようかと思った時、ふとどこからか視線が向けられている気がした。
 振り返っても、街道をはさんで向こう側には、山しかない。
 気のせいだろうと、私は思った。

   ◇◇◇

「子供……か?」
 灰色の目をすがめて遠くを見る青年の、やや乱暴に伸びた赤味ががった茶の髪を風が更に乱す。馬足を止めさせてしまった彼を、傍にいたやや年下の少年が促した。

「ちょっとイサーク様。イサーク様ったら、お遊びの時間はおしまいですよ! 早くここから離れましょう!」
「もう少し観察しても、別に構わんだろうが? せっかく魔術師がいるという話を聞いて下見に来たってのに。それに俺には優秀な部下が何人もいるんだ。奴らに任せておけば占領地の運営も残党の掃除も問題ないだろ。……何せ殺すだけの作業だからな。それより俺は、殺すのに時間がかかりそうな奴と遊びたい」

 くくっと喉の奥で笑う青年が口の端を上げると、風狼のように獰猛な顔つきが、更に凶悪な雰囲気に変わる。
 青年を促そうとしていた少年が、ため息をついた。
 こういう顔をしている時のイサークは、後からでもどうにかして目的の相手と遊ぼうとするのだ。自分も被害に遭ったので、しみじみと狙われた相手に同情しそうになる。
 今ならば……あの土の巨人を呼び出した魔術師に。

「しかしミハイル。あの土の巨人、足を一気にぶっ潰せば倒れると思うか?」
「どうやってそれを実行するんですよ……」
「お前が考えろよ。俺の軍師じゃねぇか」
「軍師じゃないですよ。僕はただの侍従のはずなんです」
 従軍させられてることそのものが不服だという意味を込めて抗議したが、ミハイルの主は一顧だにしない。

「俺がそうだと認めたらそうなるんだよ。王なんだからな」

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