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私は敵になりません! 作者:奏多
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その感情の先にあるもの2

 思い出すのは、ルアイン軍との戦いを終え、城へ帰ってきた後のことだ。

 キアラが熱を出した時。
 発熱自体は、魔術師になったりと、体に負担をかけたせいだと土人形のホレス師から説明を受けていた。

 だから大人しく眠っているだけだと思っていたのに……急にキアラの反応がおかしくなったのだ。
 彼女が自分を異性として気にし出した。

 こちらがからかい交じりに意識するように接したら、慣れていないキアラが面白いように顔を赤くするのは知っている。逆にそうならない場合、慣れさせてしまった相手がいるということだ。
 だからレジーは折に触れて、彼女に虫がついていないかどうかを確認もしていた。
 手に触れて恥ずかしがる様を見ながら、安心していたのだ。
 なのに一体誰が。

 ざわつく気持ちを抑えるのは結構骨だった。
 ただ、キアラはレジーが知らないうちに誰かと気持ちを交わしたわけではないとわかる。けれど過剰反応するような状況があったということだ。

 キアラが接触する人間は多い。
 最も近しくなりそうなのはアランだと思っていたが、意外とアランの方が奥手すぎて、女性とそういう形でかかわろうとしないので違うだろう。
 ならば騎士の誰かなのか。
 エヴラールに来て早々に、毎回キアラの身辺について聞き込みをさせられて、嫌そうな表情になるグロウルによると、料理人見習いの少年とは仲良くしているらしいが。そういった立場の者こそ、魔術師になったキアラには近づき難く思えるのではないだろうか。
 心当たりは一人だけだった。

 そしてキアラを送り届けた部屋にウェントワースが居たのを見た瞬間、間違いないと感じる。
 以前は全く、キアラにそういうたぐいの興味を示したこともなかったのに。今は彼女の姿を追わずにいられなくなっている。
 戦場を駆けた上、ヴェイン辺境伯を連れて城内へ帰還した時も、キアラを抱きしめたレジーに、仕方なさそうな顔をしていた。手放したくなかったのだろう。

 レジーの目の前でウェントワースがキアラの唇に触れて見せた。その時、レジーは胸の奥がすっと冷たくなるような感覚が走った。
 理性ではわかっている。そんなことをわざとして見せたこと、先ほどまでのキアラの様子を考え合わせたなら、ウェントワースはまだ彼女の心を手に入れてはいない。だから確実に落ちて来るまで待っている。
 そういう意味でキアラに意識させるため、以前にも彼女に同じことをしたのだろう。おかげでキアラは異性に触れられることを、変に意識するようになった。
 更にはキアラの保護者の立場であるレジーに、知らせるためのつもりだったのだろう。

 ……いつか、誰かがキアラを欲しいと言い出すのではと考えていた。
 容姿も悪くはない。素直なところも、前向きなところも彼女の美質だろう。しかも彼女には、魔術師という価値までついた。
 だからこそ彼女には、平凡な人間を近づけるわけにはいかない。その点で、自分よりも直接キアラを守れる立場にいて、実行してみせたウェントワースは、レジーにとって弾きにくい人物だ。
 しかもいつの間にか、キアラは彼を名前で呼ぶようになっていた。
 カインさん、と告げる高すぎない耳に優しい声を聞く度に、思考が阻害されるような気までする。

 しかもウェントワースは、キアラが欲しいのなら、最大の庇護者である自分の了解は得なければならないとわきまえているのだろう。
 一緒にキアラの部屋を出た後で、ウェントワースは言う。

「殿下は、今でもキアラさんの保護者と考えて宜しいのでしょうか」
 そうだと答えたら、レジーに彼女を攫いたいのだと言うのだろう。
 同時に、レジー自身が彼女を得たいと思っいるのかどうかを確かめたかったに違いない。レジーの過保護さが、家族のように思っているからなのか、それとも独占欲からのものなのか、はっきりさせたいのだろう。

 答えたくない、と思う。
 けれど答えなければ不審に思われるだろう。

「病み上がりの子に、いたずらをしかけるなんて感心しないね、ウェントワース」
 少し的を外しながら、けれど察せられる程度の曖昧さで応じる。
 先ほどのことはちゃんと見ていた。それも伝えると、表情のあまり動かないウェントワースがわずかに苦笑いする。

「そうでもしないと、わかってもらえなさそうな人だったので」
「君がそこまで彼女に傾倒するとは思わなかった。意外だったよ」
 アランの兄代わりのように接し、守る彼は21歳だったか。もうすぐ15歳になるというキアラとは、それほど年の差があるわけではないが、彼にとってキアラは幼く見えると思っていたのだ。

 事実、今までは彼女にそれほど強い関心を持っている風ではなかった。
 そんなウェントワースが、どうしてキアラに特別な感情を抱くに至ったのか、それには興味がある。
 尋ねたレジーに対して、ウェントワースはあっさりと答えた。

「彼女が……恥も外聞もかなぐり捨てて味方を助けようとするのを見て、考えが変わったのかもしれません」
 ほらやっぱり。キアラ、君はうかつなんだよと思う。

 それは、足を晒した一件のからみだろう。だとすると、強烈に印象に残ったのはウェントワースだけじゃない。そこも苛立たしい。
 あげく、思いがけず手助けされたり、必死に守ろうとされたりしては、どんな形でも気を向けずにはいられない。
 守るべき対象の一人から、興味を引かれるただ一人になってしまったら、意識するまで時間はかからない。
 けれどウェントワースの言葉には続きがあった。

「あとは彼女の記憶でしょうか」
「記憶?」
 問い返した時、ウェントワースの目に一瞬だけ優越の感情が揺れたように見える。そうして、誰もいない廊下だというのに、彼はやや声を潜めて答えた。

「殿下には、まだ夢だとしか話していないと聞いています。彼女は生まれてくる前、別な人生を歩んでいたと言っていました。ルアインの侵攻も、全てその以前の人生で見た物語に書かれていたことなのだと、話していましたよ。キアラさんは転生と言っていましたが」

「転生……?」
 聞いたことはある。魂は肉体がほろんだ後、別な命に宿って新しい人生を歩むという思想だ。
 続けてウェントワースが説明したのは、彼女がそうなると知っていた未来の、レジーに話したものの続きだ。
 レジーや辺境伯を失った後、辛うじて継承権を持つアランが軍を率い、王妃やルアイン軍を倒す話を。

 だからか、と思った。キアラはあまりアランのことを心配してはいなかった。辺境伯領に攻め込まれるのならば、アランだって巻き込まれる可能性があったのに。
 だから必死で……レジーを救おうとしたのだ。
 同時に思う。
 それはもしかして、アランさえ生きているのなら、キアラはルアイン軍と戦って死ぬことはないのではないか、と。

 ――その考えは、数日後には覆えされるのだが。キアラが無理を押してまで、自分を救おうとしたことで。
 戦場ではアランさえいれば国は取り戻せるかもしれないが、キアラ自身は近しい人間が危機に陥ったなら、どういう行動に出るのかわからない。
 そのために彼女を泣かせかねないことを話さざるをえなかったのだ。

 一方、キアラの記憶の話を語り終えたウェントワースが続けて言った。
「もし未来を知ることができたら、と家族を戦で亡くした時に思いました。実際にそれができる人間がいる。そして救えることを目の当たりにしたら……。手を貸したいと思うものではないでしょうか」
「…………」
 ウェントワースは、キアラに理想を見たのか。とレジーは感じた。

 あの時別な道を選んでいたら、とは誰もが思うものだ。それを実現したキアラに、ウェントワースは『自分ができなかったこと』を思い出させられたのだ。
 未来の変更を成し遂げたキアラに、それを実現するために努力した彼女の姿に、魅せられてしまったのだろう。
 けれどそれを知ったからこそ、レジーは彼に疑問を投げかける。

「それなら君には一つ疑問があるよ、ウェントワース」
「疑問?」
「君がルアインに家族を殺されたことは知っている。でもキアラは敵味方分け隔てなく、死を悼む。今後も、彼女が敵を埋葬し続けるのを見た時……しかもこちらに多大な被害が出た時であっても、キアラが敵を悼む姿を見て、彼女に落胆せずにいられるのかな?」

 現状、戦場で最も彼女を守れるのはウェントワースだ。キアラも彼を頼みにするだろう。
 けれどこの答えを出せなければ、いずれウェントワースはキアラの傍には居られなくなる。その時ウェントワースは彼女の意思を曲げようとするだろうか?

 でも羽をもがれた鳥など、もう鳥とは呼べない。彼女の意思を潰してしまうようなら、レジーは彼を遠ざける。
 たとえキアラがそれを望まなくても……彼女を守るために。
 そんなレジーの内心が含まれた言葉を察したのか、それとも別な意味にとったのか。とっさに答えが出ない様子のウェントワースを置いて、レジーは自室に戻ったのだ。


 あれから時間が経った今、ウェントワースは何を選択するだろう、とレジーは思う。
 答えによっては、キアラの護衛は交代させるしかない。自分の護衛騎士を代わらせるという方法もある。

 けれど、とレジーは思う。
 もしウェントワースが閉じ込めようとしたなら、彼女自身が言うのではないかとも思うのだ。あの意思を曲げる気はないというようなまなざしで、まっすぐに相手を見ながら。
 もう決めたの、と。

 キアラにはもう、思ったことを一人で実行できる力がある。
 レジーとて、悲しませるのを覚悟の上でしか、彼女が自分を救おうと無理をするのを止められないのだ。ウェントワースもじきに知ることになる。彼女を泣かせることでしか、彼女を守れないこともあるのだと。

「私達は、同じ泥沼に足を踏みこんだんだ。私は沈むつもりだけど、ウェントワースはどうなのかな」
 這い上がることを選ぶのか。
 殉じて沈むことを選ぶのか。

 どちらにせよ、自分からキアラを取り上げようと思うのなら、彼女に染まる以外のことを選択させる気はなかった。
 それがレジーにとって、キアラを守ることに繋がると思うから。
 本当は自分に縛り付けてしまいたい。けれどもそれは、得策ではないことが今回の暗殺未遂でわかってしまった。
 キアラもまた、レジーの存在に依存してしまっている。
 喜ばしいことでもあり、だからこそ避けなければならないと思い知らされた。
 これ以上、今彼女にとって特別になるわけにはいかなかった。キアラの身を守るためには。

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