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私は敵になりません! 作者:奏多
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その感情の先にあるもの1

 私を守らないでほしい。
 レジーがその言葉を告げたとたん、彼女は目を見開いて、それから泣き出しそうに顔を歪めた。

 ――拒絶された。

 彼女がそう考えていることが伝わるような表情に、レジーは少しだけ心が痛む。
 そんな顔をさせたいわけではなかった。できることならいつも無邪気に笑って、子猫みたいに自由に走り回る彼女を見ていられれば良かった。
 でも王子という身分まで持っているにも関わらず、レジナルド・ディアス・ファルジアである自分は、こんな方法でもとらなければ、キアラを守れないのだ。さもなければ、いつまでも自分を守ろうとしてキアラは余計な危険を背負い込む。
 それを避けるために、どうしても彼女の望む通りにはできなかった。

 今回のルアイン侵攻のことについても、彼女からヒントを得ていたのに思った以上に先を越されたという悔恨の残るものになった。つくづくこの手が届くものは少ないのだと、思い知らされるほどに。

 そもそも、何かを覆すにはレジーの手にしている武器が弱い。
 祖父を信望する貴族達。国王がルアインに取られるぐらいならと、方針転換をして急きょレジーに近づけさせた貴族達。そんな自分の支持基盤も、誰がルアインに弱みを握られ、また操られているかわかったものではない。

 なにより、国王が祖父の勢力を嫌い、祖父が使う者も信用できないと、間者として使っていた者たちを遠ざけたのが痛かった。
 伯母の手を借り、一部の商人とだけでもつながりを保てたのは、不幸中の幸いだった。けれどその商人とて、南の国を通してルアインとつながりがある程度のため、情報の遅れや漏れがあるのだ。

 ルアインと直接取引する商人は、ルアイン国王の息がかかっている。人を潜り込ませようにも、あちらも警戒が強くて新入りを本国の店に連れて行くようなことはしない。……だからこそ、ルアインがまだファルジアを侵略するつもりがあるのだろうとは思っていたが。
 しかも今回の侵攻は、ファルジアとは諍いの多いサレハルドを経由したことも響いた。サレハルドも時にルアインとことを構えていた国だったのだから。

 結果、追い詰められた気持ちになったキアラは、援軍が来ることがわかっていても、魔術師になることを選んでしまった。
 誰かを切り捨てるだなんて考えたこともない彼女は、犠牲が出る戦に目を背けて、隠れていることなんてできなかったのだろう。

 けれどそれでもいい。
 自分が矢面に立たない代わりに、誰かが戦って死んでも仕方ないのだと、そんな風に考えるのはキアラらしくないと思えるから。
 それが彼女の選択なら、認めたいと思う。自由にならない自分だからこそ。
 代わりに、彼女の足かせになりそうなものについては、遠ざけさせてもらう。

 軍が出発した翌日。
 部屋の中で動くことは許可されていたので、ベアトリス伯母様と一緒に、とある人物の訪問を受けた。
 グロウルや他の護衛騎士が部屋の各所に立つ物々しい中、開かれた扉から入ってきたのは、セシリアだ。

 旅行用の薄茶の地味なドレスを身に着けた彼女は、これから南のロデルク領に身を寄せることが決まっている。
 今日が出発日なので、最後の挨拶にやってきたのだ。
 セシリアは扉から数歩進んだところで、くずれるように膝をついて頭を垂れた。

「この度はわたくしが関わることで、大変なご迷惑をおかけいたしました。許していただけるとは思っておりません。それでも、旅立ちの前にお時間を設けていただけましたこと、誠にありがとうございました……」
 一息に言いきったセシリアは、こちらの様子を伺うように顔を上げる。

 許してくれるかどうか。怒っていないか。もしくは――少しは自分を想って哀しんでくれてはいないだろうか。
 そんな感情がゆれる表情に、レジーは冷静に観察する眼差しをむけ、視線を合わせることはない。
 わずかにも変わらないこちらの様子に、セシリアは少なからず苦しさを感じたようだ。

 けれどこれでいい。レジーの方に婚約者候補を少しでも案じる様子がなければ、彼女が持つ淡いあこがれも、優しい人かもしれないという期待も無くなる。二度とレジーに対して、甘い感情を求めることはなくなるだろう。

 求められても困るのだ。
 レジーは自分の隣に立つ者として、どちらにせよ彼女を選びはしなかっただろうから。共に戦う気概すらない女性では、共に居る意味がない。壊れてゆくのを観察する趣味はないのだから。それは彼女にとっても不幸なことだろう。
 何も言うつもりがないレジーの代わりにか、ベアトリスがセシリアに話しかけた

「ご両親のことも、私たちは承知しています。抵抗する術を持たない中、殿下を守ろうとなさったことも。セシリア様には長旅に次ぐ長旅ということになりますけれど、お体を大切に。共に行く従者にくれぐれも言い含めておりますので、ロデルクまでは間違いなく送り届けさせていただきますわ」

「ご厚情……感謝申し上げます」
 セシリアが再び頭を下げる。それから立ち上がり、ほんの少し未練まじりにレジーを見た後、別れの挨拶を告げようとした。

「わたくしには何もできないのが口惜しいばかりですが、皆さまの勝利と、ファルジアの安寧を願っております。平和になりました暁には、両親と改めて御礼に……」
「残念ですが、そのことについては覚悟をしておいていただくしかありません」「え?」

 セシリアもベアトリスも、突然口をはさんだレジーに視線を向ける。レジーの方はそこで言葉を止めることもなく、続けて彼女に言い渡す。

「サレハルドがトリスフィードを占領しているというのですから、かの国から近いあの地方は、元からサレハルドが所有するということでルアインと話がついていると予測できます。ならば、伯爵や伯爵夫人を生かしておくことは、彼らの利にはならない。……確実な報はまだになるでしょうが、まず生きているという可能性は低い」

「レジナルド、それは……」
 紙のように真っ白な顔色になったセシリアを気遣って、ベアトリスがレジーの言葉を止めようとした。けれどそれをレジーは無視する。

「ロデルク男爵は、先頃幼いご令嬢を亡くしたばかりです。だからこそ快くあなたを迎え入れてくれるでしょう。この時勢で貴方を匿うことを良しとして下さったぐらいですから。まずは今の生活を安定させることをお考えになるべきでしょう。道中は、気をつけて」

「は……はい」
 家族は助かる見込みがない。はっきりと言われてしまったセシリアだったが、呆然とした表情ながらも、なんとかレジーの部屋から促されるまま退室していった。
 セシリアが去り、レジーとベアトリス。そして護衛の騎士達だけになった部屋に静寂が訪れる。それをすぐに破ったのは、深々とため息をついたベアトリスだ。

「あいかわらずね」
 ベアトリスが、やや困ったような表情でレジーを見る。
 容赦がないと言いたいのだろう、とレジーはわかる。確かに、希望を打ち砕くようなことを言うのは、厳しい対応といわれても仕方ないと思うが。

「考えようによっては、かなり寛容な手法だと思いますがね」
「そうかしら?」

「これで彼女は、誰が接触してきても惑わされることもないでしょう。しかも居候ではなく、第二の故郷として受け入れてくれる場所となれば、そこに馴染むために他のことなど構っていられなくなる。今の辛さも、その間に薄れるでしょう」

 亡くした娘の代わりにとはいえ、ロデルク男爵夫妻にかいがいしく慰められ、世
話を焼かれていれば、エヴラールで腫れ物扱いをされるよりも心地よく過ごせるだろう。
 しかも頼る者はもうないと宣言されたのだ。セシリアも全力でロデルク男爵夫妻に気に入られなければならないと思い定め、早くかの土地に馴染めるようになるだろう。

 同時に、トリスフィードのことで再びこちらの前に現れたなら、今度こそ彼女を排除することができる。
 安心できる場所を作ったというのに、それを捨ててまで戦場へ押しかけることなどあり得ない。間違いなくルアイン軍の指示で動いているのだと判断できるからだ。

 その時にはキアラが彼女と会うのを避けさせることもできる。
 優しすぎるキアラは、家族が大事だから、生きているかもしれないから助けてくれと懇願されたら信じてしまうだろう。救えないことに気をとられて、彼女に何かあってはこちらの方が悔やみきれない。
 敵味方関係なく、死者を出すことに傷ついてしまうキアラを、わずらわせたくなかった。

「それに懐き始めた頃に、ロデルク男爵夫妻から実親が亡くなったという辛い報告をさせることもなくなる。何より、これだけ辛辣な対応をした私を頼ってくることはもうない」
 新しい家族を得た双方の輪を崩さないためでもあり、自分のためでもあると言えば、ベアトリスは額に手をあてていた。

「相当面倒だったのね、あなた……」
「敵だろうとわかっているのに門前払いができない相手は、本当に厄介でしたから」
 仕方ないのでキアラを遠ざけたり、それなのに接触してきたので、万が一のために連れ歩いたりしたのだ。それでも完全に守り切れなかったのだから、苦々しい気分になるのは許してもらいたいと思う。

「そうだ伯母上。三日後には私もここを発つことにします」
「体は大丈夫なの?」
 レジーはうなずく。

「傷はほとんどないようなものです。あの『毒』の影響で、体が高熱で侵されたような状態だっただけで」
 おかげで熱が下がった後は、回復も早い。この三日という日数ですら、グロウル達に大事をとってもう少し休むよう説得されて延ばしたのだ。

 レジーはできる限り、軍に早く追いつかねばならない。
 もちろん、キアラのことであれば決して離れずに守るだろう人物が傍にいるのは承知しているのだが。任せきりにする気は全くなかった。

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