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私は敵になりません! 作者:奏多
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私にとってのあなた

 私にとって、レジーはちょっと特殊な存在だ。
 命の恩人で、他の人とは共有できないことも全てわかり合える人。
 ほんの一歳差だけど、身分の高さからも私の後見人みたいな立場で、私を叱る人で、命をかけてまで助けようとしてくれる人でもある。

 彼と似た存在を思う時、思い浮かぶのはホレス師匠だ。
 他の人とは共有できない魔術の話ができるし、わかり合える。そもそも魔術師としての修練を監督し、教え導く保護者みたいなものでもある。更に命と引き換えになる状況で私を魔術師にしてくれた。

 師匠とレジー。
 二人のような立ち位置の人は、今の人生ではずっと見当たらずにいた。

 レジーが私の保護者だと言った時、確かにそうだと思うと同時に、家族がいるような安心感を感じたのは、レジーが保護者のようにふるまってくれたからだ。
 まるで前世のお父さんみたいに。時々反抗する娘を、それでも最後まで見守ってくれる存在に感じて。

 セシリア嬢が近づかないでと言う言葉に、反発を感じた時は良く分からなかった。
 恋してたわけじゃないのに、どうしてそんなことを思うのかと自分の気持ちが分からなかったけれど、今なら他の人にも説明できる。
 同じ言葉を師匠に対しても言われたら、私はやっぱりむかっとしただろうから。人で、年の近い異性のレジーだったからこそ表に出すのは誤解されそうで嫌だったし、自分の感情の向く方向が何なのか理解しにくかったけれど、人外の師匠がその対象だったら、私ははっきり言っていたと思う。
「師匠と離れるなんて、絶対に嫌だ」と。

 同じようにレジーの時にも言いたかったのだ。
「家族と引き離される筋合いはない」と。

 でもそうして『父代わり』として甘えられる人を手に入れた私は、彼を守り切ったと思って油断しすぎたのだ。後はレジーが考えてくれると思って。
 私が知っているものとは違う状況がいくつもあったのに。


 ――その時私は、名前を呼ばれて振り返った。

 飛んでくる矢を視界に捉えることができただけでも、私にとっては奇跡だった。
 ほんの一瞬の出来事だったから、逃げることまでは出来ずに、呆然と死ぬのかな、と思うだけで精いっぱいで。

 視界の端に、駆け付けようとしていたカインさんの姿が遠くに見えた。けれどカインさんがたどり着く前に、私の腕が引かれ。それだけでは足りないとばかりに抱え込まれたのは、青い上着に覆われた胸だ。

 ほぼ同時に、重たいものがぶつかったような音がした。
 うめき声。歯を食いしばったその人の首筋に力が入るのが見える。
 ――矢が刺さった。
 その事に、全身から血の気が引いた。
 いつも庇うように抱きしめてくれたレジーの匂いと、起こって欲しくなかった事態に、私の頭が混乱する。

「レジー。レジーっ?」
 うそだうそだ。
 攻城戦はもう終わった。魔術師もいて、援軍も得て攻めにくいと考えたルアイン軍は、他領へと去った。既に仲間にした貴族達からの援軍を受け入れ、先に王都へと攻め込むために。
 遠い記憶の中にあった、矢に射られて倒れるレジーの姿はもう現実にはならないはずだったのに。

「レジー、そんな、うそでしょう!?」
 けれどレジーは答えてくれない。
 うめき声だけを漏らすレジーは、体を支えられなくなったように私に寄りかかってくる。
 そんなレジーを支えられず、私はその場に膝をついた。
 でもそれ以上どうしていいのかわからない。怪我を確かめる? どこに刺さったのかを見る? それでもうどうにもならないことが分かってしまったら。

「やだ……」
 怖くて確かめられない。全身が小さく震えて、指一本動かせなかった。

「殿下!」
 ようやく誰かが来てくれた。
 その人はレジーを私の代わりに抱えようとしてくれたけれど、今度はレジーの腕が離れない。引き離すのをあきらめた誰かは、とにかく矢の方をどうにかしようとしたらしい。

「殿下、失礼します」
 服が切り裂かれる音がした。怪我を見るためだろう。
 私は思わず身をすくめてしまう。
 聞きたくない。助からないなんて言われたら、どうにかなってしまいそうで、怖くてたまらない。だけど耳をふさぐ手は背中ごとレジーに抱きしめられたままだ。

 けれどレジーの腕が、私の怯えを感じたように、ぎゅっと力が籠められる。
 まだ生きている。それがわかっただけで、私はほんの少し肩の力が抜ける。
 やがて聞こえたのは、意外な言葉だった。

「肩に刺さっているだけなのに……」
 だけなのに、とは一体何なんだろう。胸が全力疾走をした時のように強く拍動し続けて、息が止まってしまいそうだ。

「殿下はどうなんだ!」
「矢は肩口だ。心臓には刺さっていない。遠くから射られたせいで、肺を傷つけるほどには深くもない」
「ならどうして、殿下は動かないんだ?」
 ……心臓に刺さっていない。
 会話からわかったことで、私はようやく頭の中が動き始める。

 傷は深くない。レジーは、死なない?
 致命傷ではないことは分かってきた。けれどレジーが動かないという。それは、レジーならば矢傷でこれほど痛みに苦しんで動けなくなるわけがない、ということではないのか。

「毒か?」
「早く矢を抜くしかない……キアラさん、殿下の体を抑えていて」
 すぐ近くまで顔を寄せて話しかけてきてくれたので、先ほどから会話している人の片方がカインさんだとようやくわかる。

「は、はい」
 答えたものの、泣いた後みたいにみっともない声しか出ない。まだ私の心臓は、どくどくと音を立ててうるさいほどだ。

「殿下、ご辛抱を!」
 もう一人が声を掛けた直後、レジーが喉の奥でくぐもった声を出し、そのまま腕の力が抜けて行く。

「レジー!」
「殿下!」
 私やカインさんに抱きとめられたレジーは、目を閉じて気絶しているように見えた。
 今までレジーの体にかばわれて見えなかったが、周囲には沢山の人が集まって来ていて、さっそくレジーの傷に応急処置をほどこそうとしたり、どこからか担架が運ばれてきたりしていた。

「何か矢に塗られているような……」
「やっぱり毒か? 早く医師を呼んで毒出しを!」
「医師はまだか!」
 叫ぶ人々の中で、レジーにしがみつくようにしていた私は引き離され、レジーの体が兵士達が持ってきた担架に乗せられる。

 その時だった。
 胃が押されるかと思うほど、息が詰まった。
 同時にレジーの肩の辺りで火花が散る。

「わっ!」
「落とすな!」
 レジーの左前方で担架を持っていた兵士が、取り落としそうになって叱責される。
 けれど火花は酷くなって、慌てて担架が地面に降ろされた。そしてレジーの肩口は焼けただれたように赤くなっていき、傍の布は焦げて行く。

 ……まさかこれ、魔術師まがいになりかけてる!?
 はっとした私は、師匠に尋ねる。

「師匠、これ、まさか契約の石を取り込まされたんじゃ」
「矢に落ちないよう塗り固めておったのかもしれん。体内に入り込めば、少量でも十分に……毒以上に確実に相手を殺せるからの」
「なんとかする方法は……」
「普通は、同じ石を取り込んだ者だけが、相手の中に入った石に影響を与えられる。だからこその師弟制度だ」
「そんな……」

 レジーの体に入っただろうものと、同じ石などない。けれど私が魔術師になった時とおなじことが起こっているのだといたら、今すぐどうにかしなければ、レジーはこのまま砂になって死んでしまう。

「おい、キアラ!?」
 叫ぶ師匠を無視して、私は呆然とする騎士から矢を奪い、その矢じりをなめとった。
 血の鉄くさい味がする。……ちょっとはざらつくのは、なんとかレジーの体に入り切れなかった砂が残っていたのだろうか。固めて塗りつけるために何を使ったのかわからないが、クリームを舐めたような嫌な感覚がした先に残った。
 そのまま驚く周囲を無視してレジーの傍に膝をつき、触れようとした。

「っ、痛っ!」
 飛んだ火花で、指先が痛んだ。
 けれど泣いていられない。腕にも痛みが走るけれど、無視してレジーの背中に触れる。
 ふと頭を横向きにしていたレジーが薄く目を開けた。

「キアラ……。危険だから……殺……」
 かすれ声は聞き取りにくいが、レジーが自分に起きていることを察して、殺せと言ったのがはっきりとわかった。
 痛みでひるんだ心が、怒りで一色に染まる。

「絶対に嫌!」
 拒否を叫んだ私は、そのまま土の中を探るようにレジーの中の魔力を探した。
 ほんのちょっとだけ口の中に入った契約の砂が、ちりちりと焼けて喉を熱くしていく。そんな中、レジーの中に同じような熱を探す。

 ぽつりぽつりと、真昼の月のように希薄な気配だけれど、レジーの中に入り込んだ魔力が意識に引っかかる。ほぼ一か所にあるので、まだ傷口近くに集中しているように思えた。
 けれどそこから、紙を焼くようにじわじわと焦げさせていこうとしている。
 私はその熱を抑えようとする。おかげで火花が散っていたのは治まった。
 でも中にある契約の石の魔力は熾火のように赤く熱したままで、なかなか鎮火してくれない。このままではレジーの体を少しずつ破壊してしまう。
 どうしたらいい。

「師匠……レジーの中に入った契約の石……収まらない」
 師匠に助けを求めると、ホレス師匠は唸るように言った。

「矢を舐めたのは同じものを取り込むためか……だが少量を取り込んだところで、影響を与えるのは無理だ。できないならば取りだせ。わしにはもう魔法が使えない以上、手伝ってやることもできん。お前が諦めるかどうか選べ」
「……諦め、ないっ」
 取り出すということは、レジーの傷を広げることになるかもしれない。それでも、このまま死ぬよりは。
 そう思って、私は土人形を作りだす時のように、レジーの中の魔力を集めた。

 気を失っているらしいレジーは、何も反応しない。
 意識を集中しながら目を開けば、レジーの傷口から黒く変色した皮膚と筋肉の一部が盛り上がっていた。
 取りかかったのが早かったにも関わらず、傷口を越える範囲で表出したそれは、切り取れば大量出血をしてレジーが死んでしまうのではないかと怖くなる。
 戸惑った私だったが、ここまで操ったおかげで、レジーの中に入り込んだ魔力を動かしやすくなっていることに気付く。

 ふと別な方法を思いついた私は、レジーにもらったナイフを鞘から抜き、自分の手の甲に切り傷をつけた。
 流れる血をレジーの傷口に塗りつけるようになじませながら、侵入させようと試みる。
 私の魔力が一番伝わりやすいものは、私の血肉だろう。そう考えて血を使ったが、予想通り私の魔力が傷口からレジーの中に侵入していく。

 そうして少し抑えることができた余計な魔力を、広がらないように私の魔力で遮断。それから私の魔力を強めて――閉じ込めたレジーの体の一部に馴染ませていく。
 二つの魔力が、熱されながらコーヒーとミルクのように交ざり合い始めるのが感覚でわかる。
 魔力の熱に侵されているのか、レジーは首筋や額に汗をにじませていた。
 きっと苦しいだろう。適性がないだろうレジーでは、私よりも辛いに違いない。でもどうか、終わるまでなんとか我慢して。
 祈るように私は作業を続けて。

「終わっ……た」
 レジーの中にあった契約の砂の魔力を制した。そう感じたとたん、ほっとした私はレジーの横に倒れ込んだ。

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