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私は敵になりません! 作者:奏多
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トリスフィード伯爵令嬢の願い

 トリスフィード伯爵家。
 先々代王の娘が降嫁している家で、先代の伯爵までは末席ながらも王位継承権を持っていた。

 と同時に現在絶賛占領されている領地である。
 十中八九、占領されている領地を助けてくれという救援要請だろう。誰もがそう思った。
 けれど彼女の要求は違った。

「城から離れた館にいたおかげで難を逃れましたが、もっ、もはや我が領は右を向いても左を向いてもルアインの軍ばかり。逃げる場所を求めた時に、知己を賜りました殿下がいるエヴラールはルアインを退けることができたと聞き……」
 そのまま彼女は言葉を濁してうつむいた。
 涙目で下を向いたせいで、茜色のドレスの膝に、ぽつりぽつりと涙が落ちて滲みをつくる。

 可哀想になってしまうが、私は口を出すわけにはいかない。なにせこれは訪ねられたレジーとヴェイン辺境伯様が判断すべきことだ。私では政治的なことは詳しくわからないので、うかつなことも言えない。
 何よりこんな時期にやってきたこともあって、エヴラールの人々が皆警戒モードに入っているのを感じていたせいもある。

「王都か、他のご親族の元は?」
 ヴェイン様が短く尋ねる。
 遠回しだが『そっちに行けばいいのに、どうして親戚もいないうちに来た?』と言いたいようにも聞こえる。戦火を逃れるのに、親族ではなく知り合い程度の相手を訪ねて来たので、不審に思っての質問だろうけど。

 レジーの方もやや困ったような表情をしている。ただこの人の場合、さっきまでは氷のように寒々とした無表情で彼女を見ていたので、本当に困ってそんな顔をしたのかどうか……。

「君と会うのは半年ぶりになるかな。新年の宴では顔を合わせていたね」
 レジーが告げると、セシリア嬢は顔を上げた。

 その瞬間、私はどきっとする。
 涙にぬれながらも、もっと話して欲しいと言いたげな眼差し。悲し気な表情は変わらなくても、そこに抑えきれない熱が頬に浮かんでいるように見えた。

 ……好き、なのかな。
 私はすぐにそう思った。
 確かにレジーはかっこいいし優しいしで、理想の王子様みたいな人だ。……時々すごく怖いけど。あげくに次期王位を約束された人となれば、親からレジーの関心を引くように言われて、素直に気持ちを向けてしまう貴族令嬢は沢山いるだろう。

 そして唐突に私は気付く。
 攻城戦の時にやってくるはずだった死を回避して、先の人生を手に入れたレジー。このままゲーム通りにルアイン軍を倒したら、王位に就くことは間違いない。
 平和になった国で、仲間の貴族から国を奪還したことで尊敬を集め、沢山の女の子たちに憧れられるし、告白されたりもするだろう。
 ルアインを倒したことで、貴族達の忠誠は強固になるはずだ。代わりに戦で荒れた王国を守るために、財力のある貴族のお嬢さんと結婚して……。そうして彼の人生は続いていくんだ。

 助けて、そこで終わりじゃない。
 私も魔術師にはなってしまったけれど、死なずに済めば、私ものんびり暮らしていけるはず。……二年近く前の私が望んだように。

 辺境伯夫妻は、役に立ち続けていたら私をここに置いてくれるだろう。
 命の心配もなく、結婚を無理強いされることもない。そうしたいなら、誰とも結婚せずにいることだってできる。そんな力を手に入れたのだ。

 ルアインに勝つことができれば。いずれ王妃を倒すことができれば。こういった未来は実現する。
 ルアインを倒したいと願っていたカインさんも、それまでのようにアランの傍に仕えて暮らすだろう。親を失うことがなかったアランは、友達であるレジーを助けるために王宮で過ごすようになるのだろうか。

 そんな将来を想像した私は、だけど寂しいと感じてしまう。
 私がみんなに依存しているからだろうか?
 でも将来的にみんなバラバラになるのは間違いない……いや、私は離れるしかないだろう。王様になる人やその側近になるだろう人達の傍にいたら、私は穏やかな生活を続けられるかわからない。
 中枢に居たいのなら、王宮の魔術師になるしかない。そうなれば居ればいいってものではないだろう。自分一人を養う以上のことを考えなければならない立場になるし、師匠に助けてもらっても、そんなことができるのか自信はないし。

 そうして、いつかはみんなから離れなければならないと気付いた私は、ひどく不安な気持ちに陥った。

 一方のセシリア嬢は、内気な人なのだろう。すぐに堂々と返事を紡ぐことができずに、ややあってから「ご迷惑をおかけします。でも、おすがりできるのは殿下しか……」と切り出す。

「王都への道は既に、ルアインの軍に閉ざされ……。その直前に陛下が軍の要請を出してきましたけれど、使者を追ってやってきた我が領の者は、しばらく前から陛下がお姿を見せなくなったという噂を持ってきていて。何が起きているのかわからない状況では、とても恐ろしくて王都へ逃げることができなかったのです」
 そこでヴェイン辺境伯様が言う。

「セシリア殿が我が領にお越しになられた理由はわかりました。けれどここもルアインと国境を接する場所。ルアインがまた襲撃する可能性も高いのです。また殿下としても、王国の危機ともなれば王都を守るために軍を率いなければならなくなるでしょう。……ここに長くご滞在頂くのは難しい。ですので、南の領地へ使いを出します。そちらに身を移していただきたい」
 決定を告げられたセシリア嬢は、悲しそうな表情ながら、素直にうなずいた。もしかするとこんな時期だからと、断られるのを覚悟していたのかもしれない。

「とはいえ連絡をとるのに数日かかります。その間は我が妻に対応を任せますので、滞在なさるといいでしょう」
「辺境伯閣下のご厚意に感謝いたします」
 それで話し合いの場は解散となった。

 すぐに同席していたベアトリス夫人がセシリア嬢を部屋から連れ出す。その際の会話から、城の中を案内しながらというのが聞こえた。
 二人と侍女のクラーラさんが出ていくと、今度は辺境伯に指示を受けた騎士達が慌ただしく出ていく。
 セシリア嬢にあてがう部屋の周囲を、警備で固めるためだ。

「警護という名の監視ですか」
 立ち上がったレジーの言葉に、ヴェイン辺境伯がうなずく。

「怪しすぎますからな」
「怪しい……んですか?」
 私も外からやってくる人が警戒されるのは分かるが、怪しいとまで言うと思わなかったのだ。
 するとアランが説明してくれた。

「あの女が正直に全てを話しているかどうか、こっちは確かめようがないからだろ」
 陥落したはずのトリスフィード。本当に彼女が領主の城とは違う場所にいたのかも、領地に攻め入られて無事にここまで来られた理由も、確かめようがない。

「トリスフィードが陥落したという報が届いてすぐの来訪は、彼女の理由からしてありえることだけど……。女性連れでそんな報告からそう遅れることなく到着できた速さが、少し気にはなるかな」
 というのはレジーの言だ。

 なにせセシリア嬢は、ルアインやサレハルドの軍が通過した地帯を抜けてきたのだ。
 従軍していけば仕事にありつける商人なども軍の後から追いかけていくので、戦場だった場所に軍人以外の人間がうろついても目くじら立てるほどではないらしいが、貴族令嬢に騎士だとわかる組み合わせで通り抜けるのは難儀するはずだ。

 ただ無下にはできない。
 もし本当に彼女の言う通りだったとしよう。なのに入城もさせないでいたら、援軍を募っているエヴラールへの他領主からの不信感につながりかねないからだ。兵力は欲しくても、手を貸してはくれないのか、と。

「もう一つあるでしょう殿下」
 そこでヴェイン辺境伯が付け加えた。

「王子妃候補だった娘を見離せば、殿下の評判に傷がつきます」
 え、王子妃候補? てことはレジーのお嫁さん候補……?
 あまりの驚きに、私は目を丸くした。

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