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私は敵になりません! 作者:奏多
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エヴラール城への帰還

 ようやく城が見えてきたその時、ああ帰って来られたんだなという感情がこみ上げた。

 帰りは急ぐ必要がない上、リメリック侯爵とレインスター子爵の軍が増え、そして負傷兵も抱えているので二日がかりになった。
 それでもたった数日離れていただけだ。けれど二年近く暮らして来て、エヴラール城は私にとっての家になったんだなとしみじみ思う。

 しかも帰って来られて良かったと思える家だ。
 こっちの世界に生まれてから、生家は魔窟にしか思えなかったし、伯爵家は檻だった。いずれ帰るのだと思えば、学校の寄宿舎もいずれ出ていかなくてはならない仮の宿でしかなかった。
 だからこそ、家のように思える城に帰って来られたのはうれしいのだが、ここに来て私は思い出す。

「そうだ。ここでもお葬式をしなくちゃ」
 エヴラール城周辺にも、敵兵の遺体が野ざらしのはずだ。ルアイン兵も、私という魔術師がエヴラール側にいたせいで身動きが取れなかっただろうし、もちろん戦死した兵を埋葬できたわけがない。

 そして包囲していたルアイン軍が去った後、城の兵や城下の遺族なんかが遺体を回収などしたとは思うが、敵兵の遺体は何もしていないかもしれない。もしかしたら、城下町が近いので臭気を嫌がって埋めたかもしれないが。
 すると、私のつぶやきをカインさんが聞き咎めた。

「また、敵のことですか?」
 私を鞍の前に座らせて手綱を操るカインさんの表情は、振り返らなくともわかる。きっと微妙に渋い表情をしているのだ。

 彼は基本的に私のすることを妨害したりしないけれど、これだけは嫌がる。なぜならカインさんもまた、過去にルアインに家族を殺されているからだ。
 心情的に納得できないのだろう。私だって、カインさんやレジー、アラン、ヴェイン辺境伯様達の近しい人のうち誰かが殺されていたら、こんなにも戦で殺すことにためらいを感じなかっただろう、と想像できるから。
 きっと悲しくて辛くて、それをぶつける相手を求めてしまう。敵を殺すことに罪悪感など抱かなかったに違いない。
 だからカインさんに無理を言うつもりはない。

「うん。でも病気が発生しやすいのは本当だから。お城の人や城下の人に何かあったら困るし。ね?」
「まぁ……以前そのような話は聞いたことがありますが。籠城しているところに動物の死体を投げ込まれた後、まるで呪いをかけられたかのように、城内の人間が病に倒れたとか」
「う……」
 カインさんの声から嫌悪感が消えたのは喜ばしいが、代わりにちょっとグロい話を引きだしてしまった。

「ま、まぁそういうことで」
 話は切り上げたけれど、腰にぶら下げた師匠が「キシシシシ」と笑う。
 笑うだけで何も言わなかったので、私はそのまま無視した。

 城へ到着すると、こちらの姿が見えていた時点で開かれていた門の前には、ヴェイン辺境伯様とベアトリス様が立っていた。
 二人とも既に早馬で勝利を伝え聞いていたので、明るい顔をしている。けれども怪我をしていないか心配だったのだろう。アランやレジーの姿を見つけると頬を緩ませていた。
 可愛い子供と甥だもんね。

 辺境伯夫妻は、先頭のレジーから型どおりの短い報告を受け、さらにリメリック侯爵の弟だという体格の良い中年男性とレインスター子爵の叔父だという白髪交じりの紳士との挨拶を交わした上で、カインさんに手伝ってもらって馬を降りた私の元へも来てくれたのだが。

「キアラ、ありがとう。貴方がいてくれたおかげで、多くの兵が無事に帰って来られたわ」
 ヴェイン辺境伯様が話し出す前に、感極まった様子でベアトリス様が私を抱きしめてくれた。

 柔らかな腕とか胸に、お母さんって感じがして、なんだか……目に涙が浮かびそうになる。
 最近接していたのが、自家製土人形の地面的感触とか、カインさんの頭ぶつけたら死にそうな固い胸甲とか、抱きしめても素焼きの壺っぽい師匠とかばっかりだったから、なおさら戦場から帰ったんだという感覚が強くなる。
 ……今度師匠をふわもこの毛皮で覆ってみようかな。師匠をより癒し系にできそうなので、ちょっと考えてみよう。

 抱きしめられてる感触を堪能していた私を、ベアトリス様がようやく離した。けれども肩に手を置いて、顔を覗き込むようにして言う。

「あなたがやると決めたから、私には何も言えなかった。自分を守るためでもあるって私に言ってくれたけれど、普通の死に方すらできない運命を選ばせてしまったのは、私達だけでは太刀打ちできない相手だったからだわ。せめてあなたに救われた分、せいいっぱいの援助を約束するから、どうか何でも言ってね」
 その言葉を聞いていた周囲の人々が、さっと表情を改めた。

 普通の人とは違う存在になってしまったことを、知っていた人達はベアトリス夫人の言葉にうつむいた。
 その他の人は、魔術師がいるというだけで戦力が倍になったに等しいことを喜んでいたけれど、よもやそんな風に言うほどのことだとは知らなかったのだろう。
 ざわざわっと近くにいた歩兵さんたちが小声で話し出す。

「魔術師って……そんなに大変なのか?」
「バカ、魔法使いすぎても砂になって死んじまうって話だぜ」
「だから王子やアラン様達まであんなに過保護に……」
「護衛がつくのも仕方ないだろうな、なるべく温存して、ここぞというところで使わないと死んでしまうんじゃな」
 そうして周囲がすごく重苦しい雰囲気になった。

 でもごめん、あまり真剣に気の毒に思わなくてもいいよと思う。私も今思い出したぐらいだし。なんかすっかり忙しさと、その後ぼんやりしていたものだから忘れてた位だから。
 私は慌てて辺境伯夫妻に言った。

「今のところ大丈夫ですし、ほら私には師匠がいますから、私がうっかりしてても管理してくれますし!」
「ホレス殿、私からもくれぐれも頼みます」
 しかしヴェイン辺境伯様の礼儀正しい一礼と、涙ぐむベアトリス夫人の姿に、周囲の雰囲気は一向に変わらなかった。
 師匠が「まぁボチボチやるわい」と適当な返事をしても、効果なし。

 どうしよう。ほら、今って凱旋だよね? 敵は退けたんだし、みんなでバンザーイって喜んでお祭り騒ぎになるのかと思ってたんだけど、お通夜風味でいいのかな?
 正直私も、感謝してくれるのは頑張った甲斐があるからうれしいけれど、暗い雰囲気の中心に置かれ続けるのはいたたまれなかった。
 困った私は助けを求めて視線をさまよわせ、こちらに歩いて来るレジーとアランを見つける。
 レジーはヴェイン辺境伯様の肩を叩いて苦笑いした。

「辺境伯殿、そのくらいで。今日は無事戻ることができたのですから、まずは危機が去ったことを喜び、ねぎらいましょう」
「そうですな。殿下」
 はっと我に返ったように顔を上げたヴェイン辺境伯様がうなずく。

 そうしてようやく私達は入城することができたのだった。
 とはいえ兵士達をこのまま解散させることもできず、また、リメリック侯爵とレインスター子爵の軍も加えて兵力が肥大化しているため、彼らを収容する場所を確保したりと、城の人はおおわらわだっただろう。

 そんな中、とにかく休んでいいからと皆に言われて、私は自室へ戻ったり久々に入浴できたりと人心地つくことができた。
 そのまま熱を出して寝込んだのは、まぁ、仕方のないことだと思う。

「知恵熱じゃろ、イヒヒヒ」
 今度は寝台脇のテーブルの上に鎮座した師匠が、ぐったりと横になっている私を笑う。

「やっぱりそうかなぁ。でも知恵熱……まだ16歳なら、アリかな」
 前世で16歳の時どうだったっけと思うが、熱のせいか上手く思い出せない。

「後はだな、普通は魔術師の契約をしたら寝込むな。一日は普通使い物にならん」
「え、寝込むの!?」
 知らなかったと驚けば、師匠が「お前がオカシイんじゃ」と酷いことを言う。

「考えてもみよ。自分の体中に異物がしみ込んでおるようなもんじゃろが。だから魔術をを使いすぎれば、肉体まで魔力として使ってしまって砂になるのだろ、ウヒヒヒヒ。そんな真似をして、熱も出さずにぴんぴんしておる方が例外じゃな」
 まぁわしも微熱程度で動けたのだから、なかなか適性があったのじゃろとホレス師匠が自慢した。

「あー……なるほど」
 私もさすがに納得する。確かにあれだけ細胞が全部溶けちゃうんじゃないかと思うほど苦しんだのだ。発熱の一つや二つするだろう。でもなんで私、こんなに軽かったんだろう。

「お前の場合は、あれじゃな。先に契約の砂を取り込んでおったのだろ? それが多少なりと助けになったのだろ」
 こればかりは喜んでいいのかわからなかった。
 だって敵が私を利用できるものかどうか判別するためだまして飲ませたものが、助けになったのだというのだから。
 確かにあの時そのまま寝込んでたら、師匠の魂をとどめておくのがやっとで、辺境伯様を助けに行くとかそんなこともできなかっただろうけど。

 ……まぁ、ちょっとそれは考えなかったことにする。
 ため息をつくと、なんだか眠たくなってきた。

「なんにせよ契約後にあれだけ暴れた上、墓づくりにまで精を出したんだからのう、寝込むのが普通じゃろ」
「そうだ……敵の埋葬……」
 早く終わらせるつもりだったのに、どうしよう。そう思っていたら、ホレス師匠が教えてくれた。

「さっきお前が寝ておる間に、聞いてやったぞい。異臭が酷いので数か所にまとめて焼いたらしい。その後は野ざらしのようだが、埋めるのを急がなくとも良いじゃろ、ヒヒヒ」
 師匠の言葉にほっとすると、さらに眠たくなる。

「そっか……良かった……わふ……」
 あくびまで出てきた。

「だからもうひと眠りしておくがいい」
「そう、する……」
 答えたのはぎりぎり覚えている。その後ふっと意識が浮上するまでの間の記憶が無いので、たぶん私はぐっすりと眠り込んでしまっていたのだろう。

 ゆっくりと水底から浮かび上がるように、意識が目覚めていく。
 でもどうして起きたのか。
 たぶんこの、頭を撫でる手の感触のせいだろう。
 その手は私の髪から離れると、頬をなぞる。
 まだはっきりと目覚めていないせいか、どこかその感覚が布越しのもののように曖昧で。

「おやすみ」
 かすれるようなささやき声は小さすぎて、誰のものなのかも判別できない。

 けれど最後に、唇に何かが触れたことだけはわかった。

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鳥かごの大神官さまと侯爵令嬢


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