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私は敵になりません! 作者:奏多
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ディルホーン丘陵の反撃 1

 翌日、予定よりも早く目覚めてしまった私は、ふと思いついてスカートの裾に銅貨を縫い付けていた。

「何をしとるんじゃ? お前さん独自のまじないかいの?」
 不思議そうにするホレス師匠。この土偶顔もかなり見慣れてきたので、表情がなんとなく伝わってくる気がしてくる。

「裾に重りとして縫い付けるとね、スカートがめくれにくくなるの」
 またしてもやたら高いお立ち台に登るのだ。せめてひるがえらないようにしたかった。

「なんじゃつまらん……お色気で敵を驚かせるくらいの気概がほしいのぅ」
「いや、師匠。私に色気なんぞどこにもないですし」
 前世よりもね、この世界の人って少しだけ大柄ですぐ大人びちゃうんだけども、まぁ見事に胸の成長は遅れ気味でさ……。日本人だった頃よりはずっとマシだけど、やや心もとない。教会学校に通ってる頃は、年上のご令嬢さんとか見ていて、すっごく期待してたんだけども。
 しかし師匠はイッヒッヒと笑う。

「いやいや。成長しきっていない状態もまた……うべっ!」
 またとんでもないことを言い出す師匠を、毛布の中に突っ込む。
 もがいている師匠を横目に着替え、マントをブローチと紐で固定。

 次に、護身用にと渡された短剣と言っても良さそうな大ぶりのナイフを、腰にベルトを付けて下げる。
 ささやかな装飾がほどこされた銀の柄のナイフは、レジーからの贈り物だった。
 彼が直接来たわけではない。レジーの護衛騎士の一人が「魔術師殿に用心のためお渡しするよう申し付かりました」と言って持ってきたのだ。
 ナイフは懐かしい大きさだった。

「覚えてたんだね……」
 レジー達に無賃乗車の末に拾ってもらった後。物騒な物は外すように言われて、捨てたナイフと同じような大きさだったのだ。
 剣は重たすぎるしで、刃物はナイフまでが限度の私だったので、これはとてもちょうどいい。

 そして戦える物を持たせてくれたレジーは、多少の不満はありながらも、私が戦場に出る決意をしたことを認めることにしたのだろう。
 作戦の内容を思い出せば、渋々だったのだろうと思うが。

 とはいえナイフでは槍や剣のリーチを無にするため、相手の懐に飛び込むしかない。
 それこそ無理難題なので、魔術と合わせてどうにかするしかないだろう。……使うとするなら、だ。

 それから毛布の中をうぞうぞと移動していた師匠をつかみだして、ナイフの横に、革ひもでベルトに括り付ける。胴に紐を引っかけた状態だ。
 固定されたホレス師匠は、ややご不満のようだ。

「……おい弟子よ。わしの扱いがナイフなんぞと一緒とは、ぞんざいすぎやしないかの?」
「背負い袋に放り込まれるの、嫌だって言ってたじゃないですか。これなら外が見えますでしょ?」
 袋の中に放り込まれると、何も見えなくて退屈だと文句を言っていたのはホレス師匠である。

 朝食を食べると、城門近くに500人の騎兵が集まっていた。
 空はようやく明るくなってきたばかりだ。
 前に並ぶことになった私は、500人と共に目の前で騎乗したレジーを見つめる。

 真っ青な長いマントを羽織ったレジーは、すぐに汚れてしまいそうな薄青の軍衣の下に、目立ちそうな白の衣服を身に着けていた。
 美しい銀の髪には、日の光にきらめく金の飾環。
 目立つ、目立ちすぎるよレジー。馬が鹿毛なのが救いだと思ったら、騎乗したら馬の毛色が見事にレジーを浮き立たせていた。ちょうどいい背景色になってしまっている。
 青年の年に差し掛かっているのに綺麗なその姿には、中庭の端に寄せられた天幕にいた女性達が陶酔するような目を向けていた。

 私は危険すぎるその姿に、不安をかきたてられて落ち着かない。
 正直、弓矢の的にしか見えない。意図的なものだとわかっているから、なおさら怖い。

「今日の作戦については、皆よく理解していると思う」
 怪我のため、今回はついていけないヴェイン辺境伯が、レジーの傍に立って声を張り上げた。

「必ず我らが旗印を死守せよ。この戦いで、我が領、そしてファルジアの未来が変わるのだ! 我が軍に栄光を!」
「我が軍に栄光を!」
 約500人の騎兵が、それを見守り城に残る者たちも皆、一斉に呼応した。
 私は……両手を握りしめて祈るようにつぶやいた。
 栄光を。勝てますように。
 そんな私の肩を、アランが軽く叩く。

「……気になることはわかるが、まず自分が流れ矢に当たるなよ?」
「うん、ありがと」
 ふり仰げば、アランが快活そうな笑顔を浮かべていた。けれどその目だけは笑っていない。心配してくれている。そしてアランも、不安を感じているのだろう。
 自分と同じ感情を抱く人の存在に、私は少し心を慰められる。
 みんな不安なんだ。アランはまだそれでも、護衛騎士が救いの手を差し伸べてくれるだろう。けれど後ろに並ぶ、私みたいに超常的な力で身を守れない兵士は、その身一つで白刃が向けられる場所へ飛び込んで行くのだ。
 私は自分の頬をつねる。思いきりすぎてちょっと痛い。

「うう、ひっぱりすぎた」
「何やってんだお前?」
「ちょっと、気合いを入れようかと」
 首をかしげたアランは、次に「気合いを入れたいならこうやるもんだろ?」と私の背中をバシンと叩いた。

「痛った、アランちょっとやりすぎ!」
 こっちは君みたいに鎧着てるわけじゃないんだからね? 鋼鉄製の鎧の上からのつもりで叩かれちゃ、たまらん。
 ちなみに中世の騎士みたいなフルアーマーじゃないけど、アラン達は肩や胸と背を守るような鎧を身に着けてる。脚甲も装備してるのは、馬に乗るからだろう。

「悪い悪い。つい他の奴と同じつもりで」
 けどアランは全く悪びれた表情をしていない。そうこうしている間に、皆がそれぞれ騎乗したりと戦列を作り始める。アランもそのまま馬に乗ろうとしていたので、私は思わず小さくぼやいた。

「いくらファウストしたからって、私、か弱いんだから」
「ファウストってなんだ?」
 聞きとめたアランに、私はまた口が滑ったなと気付く。でも言った言葉は戻せない。それならついでに、荒唐無稽な話まで飲んでくれた友達に隠さなくてもいいかと思えた。

「悪魔と契約すること。魔術師になる方法、そんな風に噂されてたのを聞いたことがあるから。じゃあね」
 私はカインさんが少し離れた場所で手招きしているのを見つけて、そちらへ向かう。

 その時腰にぶら下がった師匠が「悪魔か……言い得て妙だのぅ、イッヒヒヒ」と、しみじみした口調でつぶやきながら、でも妖怪みたいに笑うあたりが、師匠らしいなと私は思う。

 そして皆が戦列を整えた。
 興奮しているのか不安なのか、無数の馬の息遣いが静まった城門前を満たした。
 敵はまだ城のすぐ傍には迫って来ていないと、物見からの確認を受け、城門が開かれる。

 駆け足で飛び出す兵士達。
 彼らが行き過ぎるのを待って、城門を出てすぐの場所で、地上に降りた私は大地に手をつく。

「……出てきなさい!」
 昨日と同じ、四角に切り取った石を積み重ねた形をした土人形(ゴーレム)が、湧きだすように現れる。
 すぅっと体の中から活力が抜けるような感覚は、魔術を使ったせいだ。
 そして私は、昨日のように土人形(ゴーレム)の肩に乗る。今日もカインさんが一緒だ。

「しっかり掴まって。昨日も振り落とされそうでしたからね」
 何事もなかったように言って、カインさんが私の左腕を掴む。
 肩が跳ねあがりそうになった。意識しちゃいけないと思い、私はなるべく平静を装ってうなずく。
 内心では大きく深呼吸して動揺を鎮めたいが、それを気取られるのも困るので、小さく深く息を吸って自分を落ちるかせる。

 だってさ、昨日のことはカインさんが女の子をからかってみようと思ってしたことなんだよ。うん。
 昨日の一件を見ていたホレス師匠が「イシシシ」と、いつもと違う笑い方をしているが、無視だ無視。
 正直なところ、自分が好かれてるとか思ったりして違ったら、ほんとに恥ずかしいことになるから気にしない!

 よし、と思って辺りを確認する。
 土人形(ゴーレム)を作りだした分、城の門前には深い塹壕のようなものが出来上がっていた。
 この一体分の深い窪みが、城を守ることにもなる。埋めなければ大きな破城槌は運べない。持ち運びできる丸太程度では、そうそう破られないだろう。
 埋めるにはかなり時間もかかるので、兵を寄せ付けないだけで城門前の防備は楽々アップできる。
 そこまで考えられたレジーの策に、私は密かに舌を巻いていた。さすがにレベル上げだけして突撃させて敵を撃破するだけのゲームをやっていた私より、視野が広い。
 出発した兵士達は少し先へ進んでいた。

「よし、行きます!」
 カインさんに声をかけ、私は土人形(ゴーレム)を歩かせた。

「おうおう、動く旗持ち見たいなもんだのぅ」
 師匠が腰にぶら下がった状態で土柵の隙間から外を見下ろしている。
 その向こうには、こちらを伺っていた敵軍が、にわかに動きだした様子が見える。
 まるで小さな蟻が右往左往して準備しつつ、私達の進む方向へ動いていくようだった。
 敵軍は私が乗る土人形(ゴーレム)を見て、次にその先を走る白っぽい人影に注目していく。

「ううぅ。目立つよレジーぃぃ」
 どうあっても、複数人に囲まれて進むその姿は、俺が王子だ! と叫んでいるに等しい。私はやや土人形(ゴーレム)を急がせて、レジー達の横につくようにする。
 ちょっとでもいい。その目立つ姿を隠したかったのだ。

 すると気付いたレジーに、手振りで少し下がれと指示される。
 私は聞こえない見えてないよーというフリをして、尚も横を進もうとしたら、すぐに叱られた。

「君の配置はどこだった? 言われたことだけを実行してくれ」
 レジーの刺すような視線に息が詰まりそうになった。見放されたのかもしれないという不安感が湧いてきて……どうしよう、なんだかすごく泣きたい。

「キアラさん。軍行動中の命令無視はいけません」
「…………」
 カインさんにも促され、私はしおしおとうなだれて後方へ移動する。

「決定した戦術を変更してはいけませんよ。今回は300人なのでどうにか繕えるでしょうが、これが万になった時、特に影響力が強い貴方の行動が、戦術を阻害する可能性もあるのです」
「すみません……」
 私は謝るしかなかった。
 わかってはいるのだ。レジーをあえて動かすというのが、今回の作戦だったから。

 援軍は遠い。けれどこのまま時間を置けば余計にこちら側がじり貧になっていく。
 ならばとレジーが提案したのは『こちらから援軍を迎えに行く』ことだった。

 同時に城から敵を引き離す。レジーを狙っているのなら、レジーが囮になれば敵軍が追いかけてくる。目当ての人物がいる信憑性を高めるために私も土人形(ゴーレム)を作って追いかけるのだ。
 万が一敵軍が城内の兵が減ったからと城を攻めるそぶりを見せたら、私は城へ戻るように言われていた。

 だからレジーが目立たなければならない。

 しかもこの作戦、籠城戦が長引いて兵糧が尽きてしまうまで手をこまねくより、更に多い軍勢がいる方へ、エヴラールが王子を逃がしたという形にする必要がある。
 魔術師も移動したとわかれば、王子を逃がすことに信憑性が増す。私はそのためだけに、レジーの一行についていくことを求められたのだ。

 目立つことが重要なので、出発時には土人形(ゴーレム)を歩かせ、休憩時には『襲撃できない』とい思わせないために、土人形(ゴーレム)をひっこめる。
 それが私の役目だ。

 もちろん土人形(ゴーレム)を消している間に敵が攻めてきたら、カインさんに抱えられていち早く逃亡させられるだろう。
 レジーが「魔術師の方が貴重だ。王位継承権だけなら、最悪でもアランが残れば主張できる」と私やアランを優先させるように言ったからだ。

 その場でヴェイン辺境伯様からも否定の言葉が出たし、レジーを守るということを優先すると決められたけれど。
 レジーはそれでも満足なようだ。なにせそう彼自身が発言したことによって、レジーが居なくなった場合にはアランと私をみんなが守るという、認識の道筋を皆の頭に植え付けたのだから。

 前世のことを言うんじゃなかったと、こんなに後悔したのは初めてだった。
 レジーは、彼が死んだ場合にはアランが兵を率いてルアインを倒すことを知っているのだ。だから自分に万が一のことが起こっても、私が守られるようにと考えたのだろう。

 そして計画通り、無事に援軍の元に駆け付けた場合。今度はその数がいれば容易にルアイン軍は攻めて来られない状況にさせることができる。
 私は、積極的に出なくてもいい。
 同時に、移動中ずっと土人形(ゴーレム)を操っていれば、長時間は戦に参戦できないだろうことまで計算されてるのだから困る。

「戦うって決めたのに……」
 人を殺すのは怖いと言って、それでも戦うと決めた私のために、見学をして戦闘に慣れる時間をあげると言われたようなものだった。
 でも気は抜きたくなかった。
 いつだって世の中には、予想外のことが発生する。その時に、心の準備すらできなかったら手遅れになるだろうから。

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