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私は敵になりません! 作者:奏多
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喜べない気持ち

 肩で息をするほど、今のやり取りで疲れ果てた私に、間髪を入れずにレジーが続けた。 

「でも君のおかげで沢山の味方が救われたのは確かだ。みんなが君を英雄だと言ってる。良かったねキアラ。君の望みはちゃんと達成できたんだよ……うれしいだろう?」
「うれし……くな……」

 不意打ちに、ぜいぜいと息をついていた私は、喜ぶ振りもできなかった。
 だから言ってしまってからハッと気づく。

 ――うれしくないなんて言っちゃだめだ。

 レジーが言っていることが、嘘じゃないとは思う。みんなが助かったのは良かった。だけどうれしいと言えない。
 喉の奥につっかえたように、その言葉だけは出てこないんだ。

 ややあってレジーが「そうか、君はそのことが引っかかってたのか」とつぶやく。
 この反応で、彼は察してしまったようだ。

「知らせてくれた辺境伯夫人の侍女が、君の様子がおかしいと言っていたが、そういうことだったんだな。でも君はうれしいって気付くべきなんだよキアラ。喜んでいいんだ」
「でも……私の感覚がオカシイのかもしれない。やっぱり人を殺したことが……どうしても……」
「罪悪感がある?」

 尋ねられて、うなずく。
 してはいけないことをした。それが大きい。
 ゲームの中ならば『倒した』で済んだけれど、現実になってしまった今では、倒すこと=殺人だ。
 今世もどちらかというと踏みつけられる側で、伯爵令嬢だった時なんて、殺生からは遠い場所にいた。そのせいか、前世の道徳観が私を縛る。

「悪いことをしたと思う必要はないよ。だって殺さなければ、君だって殺されていたかもしれない」

 レジーは私に言い訳を与えてくれる。
 確かにその通りだ。こうして誰かを殺すことが辛いと思っていても、それと引き換えにレジーや辺境伯を救えないのは嫌だった。
 近しい人達を守るために、どうしても誰かを犠牲にするしかなかった。天才じゃない自分では、それ以上の方法を探せなかった。

 でもやっぱり人を殺したくなどなかった。
 必死な間は考えないようにできたけれど、命の危機が去った後ではもう無理だ。体が震える。
 誰かの人生をそこで止めてしまった。悪いことをしたとは思う。
 でもその責任なんてとれるわけがない。
 どうにもできないけれど、自分が恐ろしいことをしたという罪悪感で、頭の中が混乱しそうで。

「それでも納得できなければ、君が殺した相手は、私が殺したのだと考えてほしい」
「え、でもレジーに背負ってほしいわけじゃ……」
「私にとっては、それは重荷にならない」

 レジーはきっぱりと言い切った。

「それが上に立つよう生まれてきた私の役目だよ。戦を指揮する代わりに、私や責任をとるべき人間が誰かを殺すこと、味方にも死んでもらうことを決めて実行している。だから私のような者が責任を負うのは当然のことだよ。だから慣れているから心配しなくていい」

 レジーの言葉に、私は息を詰める。
 正直、そんな風に戦争のことをレジーが考えているとは思わなかった。
 だから言われて初めて私は考えた。指揮官が、何の責任も感じていない人ばかりじゃないということを。

 彼は号令一つで、味方を死地に追いやる立場だ。
 特に作戦の最終決定をするレジーのような立場なら、考えが足りなければ、味方を全滅の憂き目に遭わせることにもなりかねない。
 怖いことを実行していると自覚していながら、レジーは慣れていると言う。
 でも、と思う。彼だって全く辛くないわけじゃないだろう。

「ねぇ、キアラ。だから私は君が矢面に立つことに反対したんだ。君は察しも悪くない。機転もある。だけど良くも悪くも普通の女の子だ。人を殺し、殺される恐怖にさらされる場所に立つのは辛いだろうと思った」

 レジーはこうなることを見越して、私を止めていたようだ。

「君では耐えられない。だから魔術師になどさせたくなかったんだ……。それで私が生き延びられるのだとしても」

 反論はしにくかった。
 そこまで考えた上で反対していたレジーに、彼の予想通りに打ちのめされた私は何も言えない。

 落ち込んでしまう私の耳に、扉をノックする音が聞こえた。
 私の頭をぽんと撫でて、レジーが立ち上がる。たぶんノックは、何かの時間が迫っていることを、レジーに知らせるものだったのだろう。

「今からでも君がそうしたいのなら、魔術師として積極的に戦いに出なくてもいいようにできるだろう。だから決めると良い。この城に留まり続けても、何らかの形で守るために君は力を使うことになるかもしれないけれど。戦争に連れて行かないと押しきることならできるからね」

 静かに私の逃げ道を提示して、レジーは部屋を出ていった。
 なんて人だろう。
 家出をしたことを隠していたのに、理由も全部言わせるよう仕向けて、何事もなかったかのように帰り道の地図まで渡された気分だ。

「なんだか、落ち込む……」

 少しは気分がマシになったことも、なんだか悔しくなる。
 すると、小さな笑い声が聞こえた。

「……青春だの。イヒヒヒッ」
「っ!? ホレス師匠なの?」

 この声は間違いない。ていうかどこ?
 慌てて探せば、寝台があるのとは反対の壁、今は火を入れていない暖炉の上に、置物のように鎮座していた。頭がいっぱいだったせいで気付かなかった。

「や、うそ、まさか全部見て……」

 見られてたの!? と慌てた私に、ホレス師匠がほけほけと楽し気に言う。

「いやーいいものが見れたわい。魂だけでも生き残った甲斐があるってもんだの。せっせと動物の世話をしてた間は、こんなに楽しいものまで見られるとは思わんかったが」

 ぐ……やっぱり全部見られてたんだ。ていうか、魔獣は動物扱いですか。
 あまりの恥ずかしさに、私はついホレス師匠に言ってしまう。

「いるなら教えてくださいよ師匠! もー、どうして人のプライベートをじっくり黙って見てるんですか!」

 わかっていれば、レジーが来た時にグロウルさんに預けるように頼んだのに。

「お前さんの背負った袋の中で、上下にゆさぶられるわで、さすがに魂が入ってるだけの人形であるわしも、ちょっと具合がわるくなって休んでおったのよ。そうして黙っておったら、なんだかお前さんの私物だと思われたらしくてな。お前さんのこと看病してた娘っ子が大事に飾ってくれたのだがな。ヒヒヒッ」
「う、ううう……」

 私物扱いというのもすごく不本意だ。
 自分で作っておいてなんだけども、さすがに土偶は女の子の持ち物としては……こう、ちょっと可愛い代物じゃない。すごい変なセンスの子だと思われたのではないだろうか。切実にマイヤさんの誤解を解きたい。

「やだなぁ、師匠が趣味だと思われるの……」

 思わずそうこぼすと、ホレス師匠が「ほ?」と声を上げる。

「おい、ちょっと待て弟子よ! わしは一体今どんな姿を!?」

 あ……しまった。師匠が一体どんな姿をしてるのか、ほとんど説明してないんだ。

「えーっとほら、あの土人形(ゴーレム)の縮小版みたいな」
「本当とは思えんな。あんな感じならば、お前さん、そこまで嫌がらぬだろうが」

 師匠、察しが良すぎです。
 突っ込まれてしまうと、上手い良いわけが思い浮かばなくて、私は思わず黙り込んでしまう。
 すると、かちゃかちゃいわせながら師匠がじだんだを踏み始めた。

「この体、少しは首を動かせるからな。ちらっと手とか足とか見えるのだぞ! なんぞ細かな模様が入っておって、陶芸品みたいな感じではないか。じゃからちょっとわし上品な代物になったかも、なんて思っておったのに! そうだ、思い返せばわしを見た人間が皆、やたらとぎょっとしておったな……」

「いや、ほら、土人形がしゃべったら誰だってびっくりするじゃないですか」
「そんな風ではなかったであろう! その後も気味悪そうな顔をしてる者もおったぞ! 気にしないようにしておったが、まさか、とんでもない形をしておるのではないだろうなぁぁぁあっ!?」

 ホレス師匠がヒートアップする。

「せっかく生き延びたというのに、くぅぅ。一体わしはどんな姿を……」

 とうとう土偶がその場に膝と手をついて嘆きだす。
 ……どうしよう、面白い。
 それと同時に、なんだか気持ちが浮き上がる気がした。

 目の前で殺されたはずの師匠。ほんとうなら、砂になって何も残らずに消えるはずだった人だ。
 魔術師くずれが死ぬのを見た時は、自分の未来の姿もこうなるのかと怖かった。けれど師匠の時は、不思議と怖くなかった。
 それは多分、師匠が死にたくないと言って、魂だけでも生き残ることを選択してくれたからかもしれないと思う。
 そんなことを考えていたからか、つい気持ちが口に出てしまった。

「師匠、生きたいって言ってくれてありがとう」

 ぽつりとつぶやけば、ぴゃっと立ち上がった遮光器土偶が、カタカタっと後ろによろめいた。

「な、なんじゃ急に? 取引の条件じゃろうそれは。……急にどうしたんだこの娘は……、わしまで懐柔する気か、恐ろしいっ」
「何の話ですかそれ……」

 一体誰が私なんかに懐柔されたというのだろう。師匠が言っているのが……だという可能性はあるけど、別に彼の場合、そういうわけじゃないだろうし。たぶん何があっても、あの人は自分の立場を考えずに行動はしないだろう。
 ほぼ全員が味方のエヴラール城内だから自由にしているだけで、他の場所だったら、使用人な私の部屋にさくさく入ってきて長話して出ていくわけがない。

「懐柔というのは、弟子が、情に訴えようとしておるという話じゃ」

 情に訴えられたら、ほだされそうってこと?

「てことは……デレそうだってことですか? 師匠のカテゴリはツンデレじゃなくてツン素直ですよ。尋ねるとやたら素直にしゃべってくれるので、拷問要らずですよね」
「ご、拷問!? お前は一体何をする気じゃ!?」

 またカタカタっと後ろに退くホレス師匠。
 なんだこのオモシロイ土偶。私は堪え切れずに笑ってしまった。

 本当に、この変な笑い方をする老人を師匠にして良かったと思う。
 選択肢がなかった状態で即決したことだけれど、師匠選びだけは運を天に任せた末に、賭けに勝ったという満足感がある。
 だから素直に喜べたおかげで……少し、気が楽になった。

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