挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
私は敵になりません! 作者:奏多
32/268

自分がここにいる意味

 ヴェイン辺境伯は、すぐに偵察を向かわせたようだ。
 その偵察が情報を持ち帰り、男の自白が正しいのか確認できるまでの間、現状の報告と対策を話し合いたいとレジーに連絡してきたらしい。
 物言いたげなレジーを見送った後、私の所にも召使いのおばさんが連絡に来てくれる。

「あんたちょっと、軍議においでってさー。奥様が呼んでたよ? それにしても、こんな細っこいのに最近は魔獣の関係で城の外まで行ったり、大丈夫なのかい?」
 よく食事時に「もっと食べんさい」と、ご飯を大盛りにしようするおばさんだ。ちょうどベアトリス夫人の所に出入りしていて、用を頼まれたのだろう。
 心配されて、有り難いやら申し訳ないやら。

 ……あと、現実に戻った気分になった。

 うん、なんかほんの数秒前まで、どこか現実じゃないような感覚でふわふわとしていた。だから、いつもなら考えないような発想が浮かんで、レジーのことを抱きしめてあげたいとか、もっと近づきたいとか思ってしまったのかもしれない……。

 さっきまでのことを振り返ると、とたんに恥ずかしくなる。
 何浸ってたのよ私!
 しかもあのままじゃうっかりき、き、き……すとかしちゃったかもしれない?
 いやいやありえない。レジーは王子なんだよ?
 お互いにしか理解できないことがあるから、そういう意味で特別だと思ってくれてるだけで、心配だけどつい、どうしたらいいのかわからなくなったから、あんな行動に出たのに違いない。
 私も少しの間、どう言ったら分かってくれるんだろうって混乱したから。

 本当なら私は、大丈夫だよ。心配しなくても私だって死にたくないから逃げ回ってるんだし、そこまで危機的な無茶はしないよ。そのためにカインさんに手伝ってもらったんだよとか言えば良かったんだ。
 だけど上手く言えなくて。
 妙な雰囲気に、流されそうになっただけで……お互いに。

 でもおばさんが心配してくれたおかげで、ふっと気付いた。私が守りたい物は、今やレジーだけではない。辺境伯も、父を失うかもしれないアランのことも、私と仲良くしてくれるおばさんたちや調理場の人達も、みんな無事でいてほしいんだ。

 とにかく正気に戻してくれてありがとうおばさん、と思いながら、私は軍議を行うという主塔二階の会議場へ走った。

 そこに集まっていたのは、辺境伯夫妻とアランとカインさん。そして辺境伯領の騎兵隊や守備連隊の隊長、そして一足先に来ていたレジーやグロウルさんだ。
 私は侍女としてヴェイン辺境伯の隣に座っているベアトリス夫人の後ろに立つ。マイヤさんとクラーラさんもいたので、その隣に収まって、ちょっとほっとする。
 侍女が参加するのは私だけだったら、肩身が狭すぎるからね。

 けれどヴェイン辺境伯による話が始まってすぐ、私は頭からいろいろなものがすっとぶほど驚いた。

「北から!?」
 それは予想外の侵攻ルートだった。

 ゲームでは普通に東側の国境に築かれた壁と門を破って進軍してくるのだ。不意打ちだったため、守備の兵が少なかったこと、商人の出入りのためすぐに開けるようになっていたことが原因だ。
 攻め込まれた辺境伯達は城にこもるのが精いっぱいで、戦っている間に、情報を操作して兵を多数潜ませていたルアインは王都へ進軍。
 更にエヴラール領内に潜んでいた兵もいて不意打ちされたりして、散々な結果になるのだ。

 けれど捕まえた男を吐かせたら、ルアインは北から進軍してくるつもりだという。
 彼らが守っていた老魔術師達は、南側にエヴラール辺境伯側の目を引きつけておく役目があったらしい。
 でも北側から侵入するなら、これから交渉を行おうとしていたサレハルドを通らねばならないはずだけど……。

「サレハルドは裏切ったのでしょうか」
 長卓の上座に座ったレジーの言葉に、すぐ右手斜めに座ったヴェイン辺境伯が首を横に振る。

「そこまでは捕えた男も知らされていないようです。北から軍が来ること。それに呼応するように城を攻めることを命じられていた、とだけのようですね」
「では、魔獣や魔術師まで同時に襲撃してくる可能性があるのですね?」
「そうだ」
 アランの問いに、辺境伯がうなずく。

 思わず私は唇を噛む。あの魔術師を倒しておけば、そちらの部隊に気を払う必要がなくなっていただろうに。

「軍の規模はどうなんでしょう」
「それも知らされていないようだ。敵も陽動に動いた者が捕まえられることを、想定していたのだろう。ただ、サレハルドを通過しての進軍だ。ルアインからの国境を直接通るより、大軍を動かしてもこちらは察知しにくい。それなりの規模だろうということは考えられる」
 ベアトリス夫人の問いにヴェイン辺境伯が答えたものの、情報の足りなさをその場にいた皆が実感しただけだった。

「まずはそれが正確な情報だったとしての、対応を話そう」
 レジーが話を振ることで、ヴェイン辺境伯は現状で立てられる作戦について話す。

 まず敵は二方向から来るのが確実として、国境も北から進入するルアイン軍への対応を遅らせるため、ルアインの別働隊がなんらかの行動を起こすだろう。
 そのため、少なくとも三箇所での戦闘が行われる。

 私は唸りそうになる。
 ゲームの場合、城だけの戦闘になっていたのは、城へと攻め込まれるまで対応がとれなかったからだ。
 そう考えると、攻城戦よりも前に対処できる状況ではある。
 けれど国境の防備の要としてある程度の兵力を常に保っているとはいえ、国を挙げての兵力に勝てるものなのか。

 というか、ゲームというのは騎士や兵士や傭兵、重歩兵に弓兵といった、キャラが地図上に配置され、それを倒していく形になる。
 そのキャラ一つ一つが、おそらく小隊単位か中隊単位なのだろうけれど……兵力の想像がつかない。部隊ごとの位置を、駒で示していると考えればいいのか?

 しかも攻城戦は、映像で流されるので兵力さも「圧倒的多数」とかそんな表現をされているので、数字もわからないのだ。
 プレイヤーの手慣らしに戦闘が行われるわけでもないので、兵の配置も不明。
 こうなると、何度か戦を経験している大人の采配に期待するしかない。

 ヴェイン辺境伯も、敵が大多数で侵入してくることを想定しているので、激しく読み誤る、ということはないと思う。それはもう信じるしかない。

「国境の守備はある程度残さねばならないだろう。茨と峡谷と山のおかげで、国境の防壁以外からはこちらに進入できない。だから300を残す。あとの300を招集した軍に加える」
 明日の朝までに城に集められるのが1000人。
 これは城の内と外に待機させている数だ。魔獣の討伐他で警戒をしていたため、通常よりも多い人数だという。それ他分家からの派兵を合わせたら最終的に3300人にはなるとのこと。

 紛争時には倍以上の人数を抱えていたようだが、お互いの王族が婚姻して和平を結んだ以上、戦時と同じ数を運用するのは信用問題に発展するため、数を減らさざるをえなかったのだ。
 ここには民間からの徴兵は含んでいないらしい。そちらは招集するのに時間がかかるのだ。
 集められたら1万にはなるけど、急場は約三千人でしのぐしかない。
 今すぐ伝令を走らせて、2日あれば近隣から招集した兵が集まって6000。
 3日あれば、なんとか1万になる。
 辺境で紛争に慣れた土地だからこそ、この数が可能らしい。

 しかし自白によれば、ルアインの軍はもう侵攻を始めてもおかしくはない頃合いだという。

 ――レジーの到着に合わせているからだ。

「ルアインは王位継承者であるレジナルド殿下を殺害するつもりだ。その後王都へ駆け上って王を殺せば、王権の代理人が王妃となる。王妃がルアインの要求を飲めば併合は完了だ。そのためにレジナルド殿下を、サレハルドとの国境近くまで出向かせるタイミングを狙って実行しているのだろう」
 ルアインは交渉が必要になるよう、サレハルドとエヴラール領に問題を起こし、たのだ。そして王妃派の貴族もいる現状で、ルアインの側にレジーの動きを隠すのは難しい。公務であればなおさらだ。

「私は偵察が戻り次第、軍を率いて進路上に布陣する。出立は明日か明後日の朝になるだろう」
「自らがですか?」
 ベアトリス夫人が表情をやや曇らせた。

「私どもがついておりますよ。必ず辺境伯には城にお戻り頂きますので」
 騎兵隊長がそう請負う。ベアトリス夫人はうなずくしかない、という表情になった。

「私も足は完治しております。代わりにと言いたいのですが、大軍を指揮するのは未熟な身ですもの。足を引っ張る結果になっては申し訳が立ちません。だから城の守備と殿下の警護は私にお任せ下さいませ」
 そう、ベアトリス夫人の足は完治したのだ。戦に彼女が参加できることも、ゲームの時よりずっと有利な点だろう。
 更に言うと、辺境伯が先にルアインの気勢を制すことができれば、少しは防衛戦も有利になるだろう。そう言ったのは辺境伯自身だ。

「ルアインは全ての軍をエヴラール城にだけ傾けるわけにはいかないだろう。日数をかけてこちらを攻略しようとしたなら、他の領地でも防備を固められて攻めにくくなる。攻略しきれなければ、数隊を残して先を急ぐか、奇策を講じるだろう」
「奇策ですか?」
「魔術師がいるのだろう? 魔獣を扇動して城に攻撃をしかけてくるだけではなく、魔術師自身も攻撃をするだろう」
 問いに答えを得たアランは、渋い表情をして言う。

「では、そちらの対処へは私が行きます」
 アランの回答に、辺境伯も目を見張る。

「お前はベアトリスと一緒に城の防備と、万が一には殿下を脱出させる役目を頼むつもりだったが……」
「この一ヶ月、私も魔獣の討伐に参加しております。魔術師を探し出せる者と一緒に、城へ攻撃を加える前に抑えに出ます。ただ魔獣を連れていることが予想されるので、弓兵と歩兵をいくらかお貸し頂きたいのですが」
 ヴェイン辺境伯は、しばらく目を閉じてアランの申し出を吟味しているようだった。
 目を開いた後は、もう引き留めることもなくなっていた。

「ではお前に任せる。兵の数の要望はあるのか?」
「130もあれば充分かと。魔獣そのものは、毎回30匹程度の集団で襲撃を繰り返していました。それに対処するためと、魔術師と敵兵に対処するためにはその前後の数が必要かと」
 この一ヶ月の討伐で、アランは魔獣の出現数の限界をそれと見極めたのだろう。
 さすがは主人公。用兵のために必要な観察眼とかが備わっているのだろう。

 そして『魔術師を探し出せる者』というところで、アランはこちらに視線を向けてきていた。
 アランは一緒に来いと言っているのだ。私が魔術師の居場所を見つけられるから。
 いつもはアラン達の討伐に、キアラが乗じて魔術師を探すという形だった。連携をしていたわけではなく、ただカインさんが許可をとってくれたから同時に行動ができていただけで。
 そのアランが、私を自分の作戦行動の中に入れようとしているのだ。
 受け入れてくれたという気持ちと同時に、この状況になるまでアランに信じてもらえなかった自分が嫌になる。
 それでもアランが手を差し伸べてくれたから、

「キアラをお借りしたい、母上。彼女のことはまたカインに任せます」
 ベアトリス夫人が私に「どうする?」と視線を向けてきても、はっきりとうなずくことができた。

「しかし彼女は、とても戦えるようには……。それに今から狼煙を上げたら、協力者となってくれる南西の二家からの援軍が、二日ほどで到着できます」
 レジーが苦言を呈する。あくまで私を守ってくれようとしているのだろう。
 ヴェイン辺境伯や騎兵隊長達も、その言葉に心動かされた表情になる。あきらかに剣など振るえない柔な腕とかに、不安を覚えるのだろう。
 だから私は言った。

「既に一度、魔術師を捕まえることには成功しています。魔術師を守る人間がいたことは予想外でしたが、今度は逃がしません」
 厳しい表情になるレジーと、視線が合う。
 どうしてわかってくれない、と言われている気がする。
 けれど私の答えはもう揺るがない。この緊張感のある場が、私の心をも引き締めてくれた。

 ――私は、みんなを守りたい。
 それに死にたくないけど、今ここで動かなければ絶対に後悔するから。

 しかも攻城戦に魔術師の存在があることも、魔獣の襲撃も予想外だ。ルアイン軍の侵攻ルートまでもが知っていることと違う。
 なら、万全に備えても、城を守りとおせないかもしれない。
 だから魔術師と魔獣だけでも減らさなければ。剣が使えない私でも、それなら役に立てるだろう。

 それが起こりうることへの知識を持って生まれた、私の居る意味だと思うから。

cont_access.php?citi_cont_id=214034477&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ