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私は敵になりません! 作者:奏多
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わかりあえない時もある

 城へ帰ると、皆が騒然となった。
 辺境伯夫人が負傷したのだ。多少のかすり傷を負うことがあっても、この元王女が歩くのもやっとという有様になることなど、今までになかった。

 ヴェイン辺境伯の驚愕ぶりもすごかった。
 表面上こそ冷静に、妻の治療の手配と他の負傷者への対応、風狼の異常行動への情報収集、捕まえた男への訊問を命じたのだが、それをすべて妻から離れずに行った。
 絶対離れるものかという意思を感じて、皆ある意味で微笑ましく思ってしまったのだが、その分だけ城内の者は気を引き締めてことに当たっているようだ。

 治療が終わってもまだ離れないヴェイン辺境伯に、むしろベアトリス夫人の方が困ったように笑う有様だった。

「後は治るのを待つしかないのよ。ずっと傍にいたって早まるわけではありませんよ、あなた」
「しかし……」
 言葉を濁しながらも動かないヴェイン辺境伯を見て、皆とりあえず二人だけにしてあげようという流れになる。

 おおまかな状況の説明は既に終わっているので、アランやウェントワースさん達も退室していく。侍女のマイヤさんとクラーラさんも居なくなるつもりのようで、私も一緒に遠慮した。
 とりあえず夜も更けてきたので、今のうちに夕食をもらおうか。そんなことを考えて廊下を数歩進んだところで、手首を掴まれた。
 振り返れば真剣な表情のアランがいた。

「待てキアラ。話がある」
 真剣な表情を見て、私はうなずく。

 アランに連れていかれたのは、城塞塔の上だ。
 監視の歩哨はより高い主塔(ベルクフリート)にもいるから、ここでまで常時監視をしなくてもいいのだろう。おかげで誰も居なくて静かだった。
 ここなら誰かに話を聞かれることもないだろうけれど、急速に夕闇に閉ざされていく空の下、空気が涼しすぎるような気がした。

 先に塔の端まで歩いて行ったアランが、階段を上り切って数歩進んだ私を振り返って言う。

「まず最初に言っておく。スカートをたくし上げるな。他人に足を見せるな。お前には恥ずかしいという概念が足りないのではないか!?」
「あ……まずそっちですか」
 薄暗がりの中、渋面で言うアランに、私も悪いことをしたと思い出す。

「ええと、変なもの見せて大変申し訳ありません。お目汚しをいたしました。できれば夫人には内緒にしておいていただきたく……」
 前世の記憶を思い出そうとする度、今生の倫理観が抜けがちになるせいか、私はスカートが短くても恥ずかしいという気持ちがなくなりつつあったようだ。が、はしたない事だという認識はあった。
 なので謝った上で、侍女をやめさせられては困るからベアトリス夫人に黙っていてくれと頼むと、アランは目を瞬いた。

「は? 変なもの!?」
「え、だって興味がない女の足なんて見たいもんじゃないでしょ?」
 なんていうかあれですよ。好みの女の子の秘密は見たくても、好みじゃない女の秘密は知らされたって困るだけ、みたいな。
 だからアランも見たくないものを見るはめになったのではないかと思い、気を使ったのだが。

「……お前は気を使う方向を間違っている」
「え? 男の人だって、見たい足と見たくない足があると思ったんですが」
「何だその区分は?」
「やっぱり綺麗な女の子の足の方がいいでしょう? アラン様だってこっそり女の子の足の一つや二つ拝んだことのあるお年頃でしょうし、それを考えると私の足はむくみやすいからいまいちおめがねに適わな……」

「別に変じゃな……! ていうか他の女の足なんて見たくてもまだ見たことが……! いや違う! 僕はそんな足の優劣の問題を論じてないだろ!」
 慌てたように否定してくるが、なんかアラン、君ってば変なこと口走ってるのわかってるかな? いやオモシロイこと聞いたなって思ったけど。
 とにかく違うと言われてしまったので、私は彼がこれ以上失言をしないように、謝り直してみる。

「じゃあほんとに、マナー的な問題でのお叱りですよね? 大変申し訳ありません」
「……なんか、これについて詳細な認識をすり合わせるのは危険な気がするからやめておく。あと、レジーには言うなよ?」
 なんでそこでレジーがでてくるかなと首をかしげる。レジーに言えるようなことではないけど……緊急事態だから、許してくれるんじゃないかな?

 だって外出するのでブーツ履いてるから裾丈が足首より上とはいえ、長すぎて走りにくかったし、それですっころんで狼の餌食になったら、目も当てられないもんね?
 でもわざわざ言うようなことじゃないので、私は素直にうなずいておいた。
 なんでかアランが深いため息をつく。

「じゃあ本題だ」
 その一言に、私は思わず背筋を伸ばす。

「あの風狼は、なぜお前だけを追いかけた?」
 アランの質問に、私は用意していた答えを返す。

「その、よくわかりませんが、たぶん一番弱そうだからじゃないかと」
 あの場で武器を持ってないのは私だけ。しかも狼でも私がトロそうなのはすぐわかったはずだ。だからそれを言い訳にしようとした。
 障害物を利用しつつ、長距離を走らず、武器を持つみんなを利用しての作戦が功を奏しただけで、襲われたらひとたまりもないのは本当だったから。
 しかしアランはそれでは納得してくれなかった。

「違うな。弱いだけなら、負傷した母上に一斉に襲いかかったはずだ。けれど風狼はそうしなかった。あの時も、奴らの目はお前に向いていた。そしてお前だって必ず自分を狙いに来るとわかって行動しただろう。でなければあんな策を考えないはずだ」
 はっきりと言われてしまい、私はうつむきながらも白状した。

「たぶん、あの狼達は……魔術師くずれの男と同じものを飲まされたんだと思います」
「魔術師くずれと?」
 私はうなずく。

「ほんの少し、わかるんです。魔術師くずれの人達と近づくと、熱があるときみたいに息苦しくなったり、変な感じがするんです。今までは、初めてそういう人を見たり、緊張したせいだと思ってました。けど、あの風狼達にも同じように感じて、まっすぐに私を見てることで、たぶんそういうことなんだろうと」
「確定、というわけではないのか?」
「魔術に詳しい人も本もないですし、私は何も知らないも同然なんです。だから推測でしか……」
 話を聞いたアランは考え込むように目を閉じる。

「レジーにも調べてもらったんですけど、はっきりとしたことは何もわからなくて」
「あいつでもか……」
 彼の名前を聞くと、さすがのアランも追及を諦めてくれた。

「しかしなぜこんなに魔術師くずれの事件が多発するんだ」
「ルアインと国境を接してる領地の一つだから……だと思います」
 ゲームの設定では、主人公の出発点だ。物語上、攻め落とされなければならない場所だが、その理由付けとしては、ルアイン軍が侵攻する途上にあることが挙げられていた。そして王子がやってくる場所だから。

「しかしルアインが侵略を考えているのなら、南のエレンドールでもかまわないだろう」
「レジーが来るからでは……いや、レジーが来るように仕向けてる?」

 王子を引っ張り出すためには、国家間の交渉などがなければ難しいだろう。ゲームでもサレハルドとの間で緊張状態が発生し、そのためレジーがやってきたのだ。
 そしてレジーにとって、ここは親交の深い領地だ。エレンドールでことを動かすよりも、交渉役にレジーが選ばれやすい素地がそこにもある。
 だからエヴラール辺境伯領を、敵も標的にするんだろう。

 しかし今、サレハルドとファルジアは事をかまえていない。その気配もない。だから私はまだ時間があると考えていたし、レジーが王宮で何らかの手を打っていることを信じて、魔術に手を出さないように大人しくしていた。

 ――でも、少しずつ話が変化しているとしたら?

 ゲームでは、風狼が暴れたなどという話はなかったし、魔術師くずれがひんぱんに登場もしなかった。
 けれどゲームどおりの動きを敵がしにくくなって、そのために方針を変えたのだとしたら。

「もしかすると、サレハルドの近くでも魔術師くずれに事件を起こさせてるのかな……」
 あまりに必死に考えすぎていたのかもしれない。アランの前だというのに、口からだだ漏れていたことに気づかなかったのだ。

「おい、キアラ。今のはどういうことだ? どうしてサレハルドの近くでも事件が起こると思う!? お前は何を知ってるんだ? 話せ」
 言われて我に返り、私は顔から血の気が引いた。

 どどど、どうしよう。なんて説明すれば?
 しかし慌てたのは数秒だ。もしかすると戦争が迫っているかもしれない。予想より早く。レジーにはまだ二年後としか伝えていないのに。
 ならもう今のうちに、アランに話して辺境伯領の備えを早めてもらうしかない。

「あの、レジーにも実は話したんだけど」
 そう切り出して、私はレジーにしたのと同じような話をアランに言った。
 夢で見たのだと言い訳して。

 けれど焦りが、もっと詳細なことを私に語らせる。
 ファルジア王国がサレハルドと交渉をしなければならない事態に陥ること。夢で見た時は、ルアインの側が工作して、ファルジアの人間が越境して盗賊行為や山を焼き払ったりしたのが原因だったと。
 そんなサレハルドとの交渉にレジーがやってきた時、エヴラール城が攻撃されること。その際、ベアトリス夫人が出てこない件と、負傷していたのではないかという私の推測。
 もし夢の通りなら、ベアトリス夫人が療養している間にもルアインが攻撃してくるかもしれないことを……。

「夢かもしれないけど、不安でたまらなくて。だからレジーに話して、ヴェイン辺境伯様にもルアインに備えるように知らせてもらったりしたの。だけど夢と状況が違ってきてるから……」
 もしかするとこの一か月か二か月の間にレジーがやってきて、ルアインが攻撃してくるかもしれない。
 急がなければ、と思う。急いで備えてもらわなければ、ルアインの侵攻が早まった時に対処できなくなる、と私は焦っていた。だから促されるままに話してしまった。

 そうして語った私は、アランが困り顔ながらも話の内容を検討してくれる……と甘いことを考えていた。こうして話をしたのが二度目で、レジーが疑わずに聞いてくれたせいかもしれない。

 だからアランの顔を見上げれば、にらみつけるような彼の視線に、私は言葉を飲みこんでしまう。

「夢だなんて、嘘なんだな?」
「え、どうして……」
 予想外の状況に、私は戸惑ってそれしか言えない。するとアランが言った。

「お前は確信的に話しすぎる。そんなはっきりしたものが夢であるわけがない。それにあまりに長期間の出来事について知り過ぎている。一体幾晩夢の続きを見続けたらそれが可能なんだ?」
 レジーがつついてこない場所を、アランはぐさりと刺してきた。
 多分、変だと思っても、レジーは言いたくないことだと察したら聞かないでいてくれたのだろう。
 それよりもレジーは自分の目を信じているのだ。嘘をついているのかいないのか。私が本当にあの人のことを思って言っていることなのか、それは私の自己犠牲を必要とするのか要らないのか。

 けれどアランは不確定要素を許してはくれない。すべてをつまびらかにして、判断したい人なんだと思う。

 でも言えないよ、と私は泣きそうな気持ちになる。
 言ったら夢だと言うより陳腐な話になってしまう。もっと信じてもらえなくなるだろう。
 でも危機的状況が迫ってるかもしれないのに、それじゃ困る。
 悩みながらも、私はアランを説得しようとした。

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