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私は敵になりません! 作者:奏多
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目覚めた日には新しい約束を 2

 姿を見ただけで、ほっとする。
 王宮に戻って来たものの、レジーはまだ防具を外しただけの格好で剣を下げていた。
 水色の瞳と視線が合うと、ああ、自分はちゃんと生きているんだな、レジーもちゃんとここにいるんだなと実感が湧いてきた。

「迷惑かけてごめんなさい。でもちゃんと回復したみたい」
「そうか……良かった」

 レジーは寝台の側まで近づくと、無言で私の頭を一撫でした。ただじっと見つめてきて、それでなんとなく何かが伝わるような気がするから不思議だ。

「とりあえず顔だけ見に来たんだが、血色も良さそうだな」

 レジーと一緒に来ていたアランも近づいてきて、ちょっと顔を覗き込んですぐ離れた。

「あ、アランは王都の戦いお疲れ様。大分被害があったって聞いたけど、無事で良かった」
「あれはまぁ、想定していたからな。多少は仕方がない」

 答えたアランは、あまり話もしていないのに部屋を出る。

「顔は見たし、忙しいんでまた後でな」

 今まで部屋にいたギルシュさん達やカインさんも呼ばれて、アランに続いた。ジナさんは、師匠と埴輪になった茨姫まで連れて行ってしまう。

「それでは陛下。一刻ほどしたら会議がありますので、宜しくお願いいたします」

 レジーと一緒に来ていたグロウルさんがそう言って、召使いの女性も促して部屋を出て行く。
 残ったのは、レジーと私だけ。二人きりにしてくれたんだとわかった。

「キアラ」

 小さく声をかけたレジーは、寝台の端に腰かけてふわりと私を抱きしめた。
 しばらくの間、レジーはそのまま動かなかった。言いたいことが沢山あって、まず先に何を言うべきかを選んでいるみたいに。
 十数秒経って、ようやく口を開く。

「君が死なないでいてくれて良かった。自分の体を突き刺した時には、どうしたらいいのかわからなかった」
「うん、ごめんなさい」

 心配させてしまったのは本当だから、私は素直にうなずいたのだけど。
 ……抱きしめていた私を離したレジーに、なぜか鼻を摘ままれた。

「んあ!?」
「心にもないことを口にしているんだろう? 私もわかってはいたんだ、キアラは死なないとかごめんなさいと言うのに、あっさりと無かったことにするんだってことを」
「え、れもだって!」

 う、鼻を摘ままれているせいで言葉が変になる。

「状況的に、仕方ないと判断したのはわかるよ。王妃を止めるのが一番の方法だった。茨姫……母上も憑依の魔術は使えるけれど、憑依された相手をどうこうするのは難しかったから、キアラが死にかけなければ王妃を消滅させられなかったと言っていたし」
「ほめんなさ……」

 くっ、謝ろうにもこれじゃちゃんと話せない!

「ひゃんとひゃべれないよれひー!」

 抗議しながら手を離してほしくて掴んだのが、運悪くレジーの右腕だった。

「……っ」

 レジーが少し顔をしかめて、私の鼻から手を離す。あ、右腕に怪我をしていたんだった。しかも王妃に乗っ取られていたとはいえ、私がやったことだ。

「傷を治し……」
「キアラはしばらく魔術を使うのは禁止だから、駄目だよ」

 そうしてまた鼻を摘まもうとするので、思わず顔をブロックしようと腕を上げたら、傷口が痛んだ。

「あいたた」
「キアラ!? 大丈夫かい?」

 胸の下を押さえた私に、レジーが焦る。

「まだちょっと痛みがあって。回復したら自分で治せるから」
「そうかい? でも母上が言っていた通り、もっと休んでからじゃないと魔術を使っちゃだめだよ。どうせもう、冬が始まる。誰も雪の中で戦い続けられないから、攻められる心配はなくなる」

 そう言ったレジーの言葉に、私はようやくあることに気づいた。

「レジー、茨姫のこと母上って呼んでるのね。少しは話しができたの?」
「ああ。グロウル達が、時間を作ってくれて……君が倒れてすぐに」

 それなら良かった。

「生きているとは思わなかったから、とても驚いた。キアラがあの時母上の名前を呼ばなかったら、何も言わずに消えるつもりだったと聞いたよ」
「やっぱりそうだったんだ……」

 とっさのことだったけど、言って良かった。もし茨姫を埴輪にできなかったら、レジーはお母さんと話せないままになっていただろうし、私も説明しにくかっただろう。
 レジーも嬉しかったんだろう。表情が緩んでいる。

「あと、陛下ってことは……もう王位の宣言とかそういうことしたの?」

 レジーはうなずいた。

「戦闘が終わった時点でね。戴冠式も小規模になるけど来週には終えてしまうよ。でなければ、通常の国王の崩御と違って国の運営もままならないからね」
「なるほど」

 普通に国王が亡くなっただけなら、その下で働いている人達が動いて新しい国王が戴冠するまでの間、国の運営を保ってくれるだろう。
 でも王妃とルアインが占拠し、王家に直接仕えていた家臣団も殺されたり、散り散りになって今ここにはほとんどいない。
 早々に、レジーが王として采配していかなければならないのだろう。

 しかも戦に参加した領地への恩賞。被害があった地域への対応。何より破壊された王都についてもどうにかしなくてはならない。
 レジーは息をつく暇もないんじゃないだろうか。
 怪我をしているのにと心配になるけれど、レジーは問題はないと言う。

「近くの領地に逃げている家臣が誰なのかも、どれくらいで駆けつけられるのかもわかっているからね。ベアトリス叔母上にもシェスティナ侯爵領から移動してもらって、しばらくお手伝い頂くし、やりようはいくらでもあるから」

 元々、国王が仕事をいくらかレジーに任せていた部分もあったようで、慣れないことを一からやるわけでもないらしい。
 何よりレジーができるというのだから、大丈夫なのだろう。ほっとする私に、レジーは続けた。

「だけど春になったら、もっと盛大にやるつもりだよ」
「春? もう一度人を沢山呼んで、戴冠式をやり直すの?」

 何か政治的な理由で、二度行う必要があるんだろうか。首をかしげたら、レジーが笑った。

「戴冠式じゃないよ、キアラ」

 私の左手を柔らかく掴んで引き寄せて、彼は続けた。

「君と結婚したいんだ」
「…………」

 このタイミングで言われたことに、驚いて息を飲んだ。
 お互いに好きだとわかっていたし、そういうニュアンスの言葉は今までも言われていた。だけどこう、もっと落ち着いた頃に言われるのだと思っていて……。でも落ち着いた頃っていつだろう?
 だけど嬉しい。一秒ごとに、じわじわと喜びが心の中に湧いてくる。

「王妃だなんて面倒な肩書きを君に押しつけることになるけれど、君がずっと私の側にいてくれるように……私のものにしたい。いいかい?」

 レジーに真正面から尋ねられて、ものすごく恥ずかしい気持ちになりながら、うなずく。

「あの、でも私、王妃なんてちゃんとできるかどうか。あと身分的にも大丈夫なのかちょっと心配で」

 一応、今の私の身分はエヴラール辺境伯の親戚の娘だ。正式な貴族ではない。
 他の人にはそういう不安を口にしたことはあるけれど、レジーにはっきりと聞いたことがなかったので、確認しておきたかった。
 レジーの方は、全く問題には思っていないようだ。

「気になるのなら、ベアトリス叔母上の養女にさせてもらえばいい。でも君は、軍を勝利に導いた魔術師なんだ。身分以上の箔を持っているのに、王妃にふさわしくないなんて言う人間はいないよ」

 レジーが私の頬に触れる。

「私も、王妃として君が何もしなくても良いとは言えない。だけど立ち居振る舞いは、母上を連れていれば問題なく教えてもらえる。後は君の魔術師という肩書と、力で黙らせればいいことだ」

 過激なことを言いながら、レジーが顔を近づける。唇で頬に触れて、耳にささやいた。

「返事は?」
「……はい。レジーの側にいさせてください。ずっと」

 答えたとたんに、レジーに唇を塞がれる。
 少し冷たい唇が触れ、暖かい吐息を飲み込まされた。
 最初は恥ずかしさが先に立つけれど、何度も繰り返していくうちに、だんだんと自然なことのように思えて来る。
 手を握るのと同じようなものなのだと。

 最初はあんなに頭の中が爆発しそうだったのに、慣れってすごいな。そういえば最初は手を繋ぐのも恥ずかしかったんだっけと考え始めた頃、レジーが顔を離した。

「君が嫌だと言わなくて良かった」
「どうして? だってそれらしい話は、レジーも前からしてたでしょう?」

 レジーは『もし結婚したら』のこととしか思えないことを何度も言っていた。
 求婚の言葉をはっきりと言わなかったのは、王妃との戦いがどうなるかわからなかったからだと思う。レジーも私も、お互いを残して死ぬ可能性を考えていたから。

「だって貴族の結婚なら婚約期間を一年は設けたりするだろう? 春だなんて早すぎると渋られるかと思った」
「そこ!?」
「そこだよ?」

 レジーがしれっと答えた。

「結婚しておけば、行事でも会議でも君を連れ歩ける」

 そんなにいつでも近くにいたいと思ってくれているのか。なんだか照れてしまう。

「君は、けっこう色んな人に好かれやすいみたいだから。近くにいてもウェントワースにさらわれそうになるし、目を離した隙にイサーク王とも仲が良くなっていて」

 レジーは耳元に口を近づけてささやいた。

「キアラは本当に油断できないよね?」
「やっ、私がどうこうしたわけじゃなくて! そもそもカインさんは錯覚していただけで、レジーとのこともわかってくれてるから!」
「そういうことにしておこうか。どちらにせよ、君が大急ぎでの結婚に同意してくれて安心したよ」

 そう言ってレジーは笑った。

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