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私は敵になりません! 作者:奏多
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目覚めた日には新しい約束を 1

 次に目を覚ました時、最初に薄緑の樹の模様が見えた。
 しばらくぼーっと見つめて、ようやくそれが天井ではないと気づく。

「天井……じゃない?」

 喉がガラガラで、かすれた声しか出ない。水を飲みたい。
 とりあえず口を閉じて、視線を動かす。すると今見上げていたのは寝台の天蓋で、寝台を囲むように紗のカーテンが引かれていた。
 なかなか高価そうな寝台だ。
 寝具も柔らかい。旅の途上で使った藁を詰めた寝具の何倍もふわふわとしているし、軽いのに温かかった。

「これは……羽毛?」

 私はどうしてこんな高級寝具を使っているんだろう。考えて、ようやく思い至る。

「そうか、王宮の中なんだ」

 いくら戦争の直後で、敵兵に占拠されていたといっても、寝具の一つや二つは残っていただろうし、支柱寝台だってあるだろう。
 私が倒れた後、そのうちの一つを貸してもらったんだろう。紗を透かして見える部屋の中は静かで、近くには水差しやコップも置いてある。

 ……ということは、戦闘は全て終了したのだと思う。
 城から敵兵を追い出し、王都からも敵を除いたからこそ、私を一人きりで放置できるのだ。

 まずは水をもらおう、と私は起き上った。
 人を呼ぶにも、声がかすれている状態ではどうしようもないもの。
 起き上ると、少し胸の辺りが痛む気がした。茨姫が言った通り、完治したわけではないのだと思う。後で自分で治すように言っていたから、そうしよう。

 紗を避けて端にまとめ、寝台の横にくっつけておかれていた台の水差しを掴んだところで、それに気づいた。
 いつも通り土偶な師匠の横に、のっぺりとした顔と簡素な形をした、黄土色の小さな土人形があった。右手を頭に、左手を腰にあてている姿は……。
 間違いなく埴輪だ。

「…………」

 とりあえず、コップを手にして水差しから注いだ水を飲み干す。

 ふう、と息をついてコップを置いたら、声がした。

「ようやく目覚めたわね……この時を待っていたわキアラ」

 悪役まがいの言葉を吐いたのは、黄土色の埴輪だ。
 埴輪はぶるぶると震えながら叫んだ。

「せっかくもう終わったと思ったのに、どうしてよみがえってるの私! ていうか人の姿ならまだしもこれ何!? 怪しい人形の中にいるとかどういうことなのキアラああああ!」

 元気な茨姫の声に、私はほっとして思わず微笑んでしまう。

「良かった茨姫。あんまり怒ってなさそう」
「ちょっ! これのどこが怒っていないように聞こえるっていうのよ! まだ寝ぼけてるの!?」

 埴輪になった茨姫が手足をじたばたさせながら言い募る。
 私が最後に使った魔術。それは師匠と同じように、茨姫の魂を土人形の中に留めることだった。
 崩れてしまった体は戻せないけれど、これならできると思ったのだ。

 ちなみに埴輪にしたのは……土の人形って言っても、どういうものがいいか直前になって思いつかなかったせいだ。
 とにかくレジーと話をして欲しかったので、その間だけの仮初の姿なのだからと、埴輪にしてしまった。師匠とお揃い感があるし。
 無事に成功して本当に良かった。それに叫んでいても、茨姫は本気で怒っていないことはわかる。

「怒ってたら、問答無用で叩き起こされてたんじゃないかなと。それに、お水飲むの待ってくれないと思いまして」

 そう言えば、茨姫が入っている埴輪が、がっくりと前に倒れるようにしてその場に手をついた。

「くっ、押しても全く効果がない……」

 すると、キシシシと師匠が笑った。

「文句を言うまでの間に、三日も間が空いたんじゃ。そりゃ気勢も削がれるじゃろヒッヒッヒッヒ」

 どうやら私が気を失って、もう三日経っていたらしい。

「む、むかつくわこの人! 師弟揃って何なの!?」
「お前さんが諦めればいいだけじゃろう。この体になっても、何も変わりゃせん。わしゃ隠居したくてたまらなかった身だし、お前さんは世を捨てたんじゃからのぅ。じっくり自分の子供の行く末を眺めながら、今までに言えなかった分まで、好き勝手に口を挟めばいいんじゃ」
「うっ……」

 師匠の言葉に、茨姫は文句を飲み込んだ。

「実際、王子と話し合う時間ができて良かったんじゃろ? ん?」
「くぅぅ……」

 悔し気に呻いた茨姫だったが、渋々ながらにうなずいた。

「そ、そりゃあ良かったわよ……。何も言えずに生き別れたのよ。沢山言いたいことはあったわ」

 それを聞いて、茨姫もレジーと話せたのだとわかった。

「レジーと話してくれてありがとう。ずっとレジーは、お母さんに捨てられたと思ってたから。見守られて、どうにか助けようとしていたことがわかって、すごく安心したと思うの」
「ううう」

 茨姫が再び呻く。

「やっぱり師弟そろって、罪悪感を突いて来る。憎たらしい……」
「あの……もしどうしても嫌なら、いつでも魔術は解けますから、言って下さい茨姫」

 レジーと話し合いもしたようだし、茨姫もそのことには満足したようなので、十分だと思っているかもしれない。埴輪姿でい続けるよりは、すっきり天へ昇りたいと思うのならと考えて、そう申し出た。

「…………まだしばらくいいわ」

 ぼそりと返された茨姫の答えに、私は思わずにやついてしまう。
 まだレジーの側にいたいと思ってくれたんだろう。

 師匠が「ヒッヒッヒ」と楽し気に笑いながら、卓上のベルを鳴らした。
 けっこう大きな音がした後、扉の外にいたらしい女性が入ってくる。黒っぽいお仕着せ姿からすると、王宮に残っていた召使いなのだろうか。
 彼女は卓上の土偶と埴輪に少し怯えながらも、師匠の要望を聞き、私に食事を用意すると言って退室する。

 食事といっても、三日寝たきりだったわけで。
 スープと柔らかいパンを少しだけ食べた。お腹が落ち着いたところで、人が入って来た。

「キアラちゃん、体は大丈夫!?」
「具合はどうですか?」

 まずはジナさんとギルシュさん、カインさんだ。一緒に氷狐三匹も入って来る。
 あ、リーラが縮んでる! 良かった。これで家から追い出されずに過ごせるね、リーラ。冬の寒さは問題ないだろうけれど、一人だけ外じゃ寂しいもの。

 ルナールはみんなが来たから俺もついて来たんだぜ、という風に、私よりも部屋の中に興味津々で、はっはっと息を吐きながら上機嫌で壁や椅子の足を嗅ぎまわっている。サーラはすまし顔でその後をついて歩いていた。
 寝台に上半身を起こした状態の私は、ジナさん達に答えた。

「ちょっと胸の辺りが痛いくらいで他は問題なさそうです」

 魔力も落ち着いているので、大丈夫だろう。
 それを聞いたカインさんが、目に見えてほっとした顔をしている。

「あんなに心臓に悪いことは、もう二度としないで下さい……。事情はわかっていますが、とても心配したんですよ」

 カインさんが枕元にやってきて、私の頭を撫でた。

「貴方が死んだら、護衛として責任をとって後を追いますからね?」

 しかも、ものすごい重い理由でたしなめられた。

「うあ……はい、もうしません」

 みんなが死ぬような状況でなければ、という一言は飲み込んで、素直にうなずいて見せる。

「でも女にだって、無理したい時っていうのもあるわよねん」

 妙な理解を示したギルシュさんに、思わず笑ってしまう。

「そういえば私が気を失ってた間の事、教えてもらえますか?」

 さっきまでは茨姫の苦情を聞いてばかりいたので、ほとんど今の状況がわからない。
 ギルシュさんは、快く教えてくれた。
 城内の敵兵の掃討は終わったこと。王都の中に入り込んだ敵兵も、順次捕縛するか、倒していることを。

「王都が完全に静かになるまでは、まだ一週間ぐらいかかるんじゃないかしらん? その前にサレハルドの軍は帰るだろうし……」
「あ、イサーク達は無事だったんですか?」
「あの王様は、ほっといても大丈夫よん! もう死ぬ理由もないからねん」

 あっはっはとギルシュさんがひどいことを言いながら笑う。ジナさんも一緒になって笑うので、イサークはそういう認識でいいらしい。

「ファルジア軍の被害はどうだったんですか?」
「キアラちゃん達が潜入した後、そこそこ苦戦したわ。魔獣は来なかったのだけど、魔術師くずれが多くて。下手に潰すよりはと遠巻きにしてたせいで、少し時間がかかったの」

 そうして話を聞いていると、さらに人がやって来た。

「キアラ。具合はどうなんだい?」

 レジーだ。

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