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私は敵になりません! 作者:奏多
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シェスティナ平原の会戦 1

 シェスティナは、西側に広大な平原を擁する地域だ。
 侯爵の城の周辺は、元々荒れ地だったのだけれど、灌漑を行って水を引き耕作地を広げ、今はファルジア王国屈指の穀倉地帯になっている。

 その耕作地を踏み荒らせば、さすがにルアインも来年の収穫に響いて統治が厄介になると考えたのだろう。夏にファルジアの国王軍と戦った時にも、耕作地から少し離れた手つかずの荒れ地を選んでいたらしい。
 そして今回も、ルアイン軍は荒れ地に布陣してファルジア軍を待ち構えていた。

「敵軍の構成が、ほとんどルアイン軍だというのは有り難いかもしれませんわね」
「キルレアでは苦労されましたか?」

 レジーが尋ねると、隣にいたベアトリス様が渋い表情でうなずいた。

「ルアイン兵の方が少なかったものですから。デルフィオンの兵は覚悟が決まっていたので問題なかったのですけれど。他の領地の兵がやりにくそうでしたわ。せっかく相手がマントの色を染めてくれているのだから、刃向かうのならば斬るしかないと思うのですが、ままならないものですわね」

 おかげで予定よりも遅れてしまった、とぼやいた。
 以前にも増して好戦的な気がするのは、エヴラールを侵略されたせいなのかもしれない。
 生活していた土地が蹂躙されるというのは、二年しかいなかった私でも辛かった。それにベアトリス様はヴェイン辺境伯が負傷したことも重なったのだろう。まなざしに、どこかルアインへの恨みが透けているように思えるのは、気のせいではないと思う。

 そんなベアトリス様は、しっかりと胸甲や小手等を身に着けていた。レジーと同じ銀の髪を高く結って巻き、青いマントをなびかせる姿は女神のように勇ましくて綺麗だ。
 けれどそれよりも気になるのは、マイヤさんとエヴラールの騎士によって遠ざけられて行く人達がいる。ナザント砦で囚われていたバージルさんだ。

 元国王の近衛騎士隊長バージルさんと配下の兵士は、砦にいるようにとレジーに言われたにも関わらず、ついて来てしまっていたようだ。既知だった騎士に頼んで、紛れてきたらしい。
 二万人もいれば目が行き届かないのは仕方のないことで、布陣しようというところで自分から声を掛けてきて発覚したのだ。

 バージルさんは、ベアトリス様にお傍で使えさせて欲しいと言い出したのだけど、すかさずレジーに「怪我が治っていないはずだよ?」と言われ、ベアトリス様には「怪我人では役に立たないから下がっていらしたら?」とすげなく断られた。
 それでも頑張ろうとしたところを「救護の部隊に引き渡しましょう」と、マイヤさんが流れるような動きで周囲の騎士に声をかけ、レジーとベアトリス様がいる丘の上から牽引して遠ざけてしまったのだった。
 マイヤさんの流れるような連れ去り方に、私は感心してしまったほどだ。

 そんな私達は、ルアイン軍からかなり離れた場所で進軍を止めていた。
 前線ですらルアイン側に矢を届かせるためには、かなり進まなければならないほど遠い場所だ。
 普通ならこんなことはしない。
 なにせこちらは時間をかけられては困る側で、パトリシエール伯爵は時間がかかって、冬になって交戦できなくなっても構わない側だ。
 ファルジアが攻撃しなければ、パトリシエール伯爵は雪が降るまで戦線を維持し続けるだろう。
 けれどレジーは言った。

「敵を動かせる手段があって、そちらの方が有利になるのなら使うに決まっているだろう?」

 そうして私に指令が下った。
 布陣と準備を整え終わった頃、私はカインさんと師匠と一緒に前線近くに移動した。
 そこには五百人ほどの兵士さんが、私が書いた線の中に、五つに分かれて固まって待機していてくれていた。
 私はレジーを振り返り、手を上げる合図を受けて魔術を使う。

「始めます!」

 弓兵達が立っている地面が持ち上がって、石の厚い板と何個もの車輪が連なるものが現れる。
 やや驚く弓兵達だが、事前に説明と予行演習をしているので、騒いだりはしなかった。
 そんな彼らを囲むように壁を作り、前方が見えるように小さな窓をいくつか作ると、いよいよ発進だ。

「弓兵戦車部隊、出発!」

 車輪がごろごろと回り出す。
 石の戦車っぽいものに乗せられた弓兵達が向かうのは、敵陣だ。
 けれどそのまま突入はさせない。
 敵陣まで弓が届く距離まで進めたところで、後方にいた弓兵が手を振って合図をしたので止める。

 弓兵達はそこから、敵陣に向かって矢を射始めた。
 もちろん敵も弓で応戦してくるが、少し後退させれば石の壁に阻まれてしまう。
 この戦車は、移動式の弓兵の壁だ。
 接近して攻撃しないと、こちらの矢が尽きるまであちらは射られ放題になる。

 魔術師くずれを使えばいかようにもできるだろうけれど、無差別攻撃系の彼らを効率良く使えるのは集団の中に放り込んだ時だ。
 仕方なくパトリシエール伯爵側は少し前進してくるだろう。そう私達は予想していたのだ。

 しばらくして、思惑通り敵は前進を始めた。
 なのに石の戦車に乗っていた弓兵が、なかなか退く合図を送って来ない。頭が左右に揺れ動いているのはわかるので、ざわついているようなのだけど。

「カインさん、師匠、どうしましょう。様子がおかしいみたいなんですが」
「とにかく引かせましょう。何か問題が起きて、判断が遅れているだけかもしれません。あのままではすぐに敵と白兵戦に持ち込まれる距離になってしまいます」

 言われて、私は弓兵を乗せた石の戦車を後退させた。
 釣られるように、敵兵も前進してくる。
 ただ、近づいてくると敵の隊列がおかしいことが私にもわかってきた。
 綺麗に五列にまとまった敵の前線部隊のうち、三つの部隊が進んでくる。前に押し出されて来たのは、黒のマントも身につけていない兵士だった。
 隣の兵士とは縄で腕が繋がれていて、当然ながら盾も持たず、ファルジア側の弓兵の矢を真正面から受けている。
 死んだ兵士を引きずるように、彼らは表情を無くしたまま前へ進んでくるのだ。

「あれは」

 カインさんが眉間にしわを刻む。
 師匠が唸るような声で言った。

「……ルアインは奴隷を盾として使うことにしたのか」

 二人の言葉を聞いていた私の頭の中には、人間の盾という言葉が浮かんでいた。
 ルアインが奴隷を連れて来たようだということは、偵察部隊によって知らされていた。けれど白兵戦をさせる前線の兵士として使うのだとこちらは考えていたのだ。
 弓兵達も、仲間が死んでも進んでくる奴隷達の姿に、当惑してしまったのだろう。

 私が弓兵をじりじりと背後に下げている間に、カインさんは近くの兵士を使ってレジー達に伝達を走らせた。
 レジーからの指示は、すぐに返って来た。
 必要以上にファルジア側へ近づけさせないため、予定通りの位置に走り出す前線の歩兵達。
 その様子を見て、弓兵をその後ろに移動させてから、私は次の術の準備に入った。
活動報告に書籍御礼のSSを掲載、また出版社さんのサイトpash!plusでも、発売記念SS公開中です。
出版社さんのSSについても詳しくは活動報告をご参照ください。

下記も連載しています!
鳥かごの大神官さまと侯爵令嬢


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