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私は敵になりません! 作者:奏多
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閑話~そうして彼女は出会う~

 その後、エイダはぐずぐすとシェスティナ侯爵城に居続けた。
 部屋を一室もらい、シェスティナ城でびくびくとしながら働く召使いに世話をされながら、この先のことを考えるけれど、やっぱり決められない。

 なにせ一人で生きて行く術がわからないのだから。
 貴族令嬢が自分で物を買う機会などないから、お金の使い方も知らない。どうやって家を借りればいいのかもわからない。そもそも換金できそうな宝石のついた装飾品は持っているけれど、どこで換金したらいいのかも知らなかった。
 クレディアス子爵に召使い扱いされたけれど、館の外へ出る用事をさせられたことはないので、掃除以外については全く知識がないのだ。

 貴族を頼れば、すぐにエイダの居所は他の人々に知られてしまう。王子達がエイダを断罪したいとなったら、すぐに見つかるだろう。
 やっぱりここにいて、戦の勝敗が決まるまでじっとしている? でも負けたら、王妃の元へ行くのか。それもできない、と思う。

 そんな折に、パトリシエール伯爵と食事をする機会があった。
 どうして自分を誘おうと思ったのか、よくわからないまま応じたエイダに、パトリシエール伯爵は言った。

「お前、逃げないのなら戦場に出るか?」
「戦場に……」

 ようやくその問いが来たのか、とエイダはむしろほっとした。
 でも戦う気力もない。考えさせてほしいと言おうとして、エイダはふと考えて違う質問をした。

「伯爵は……王妃様のためだけに戦うおつもりなんですね」

 するとパトリシエール伯爵は、表情も変えずに語り出した。

「出会ったのは、まだあの方が十三の頃だ。ルアイン王国へ戦後の交渉に派遣される中に混ざって、かの国へ行った。そのために娘を一人生贄にしたが、おかげで王から信頼を置かれることに成功したのだ」
「娘……?」
「お前のように魔術師にしようとしたのだよ。上手くいかずに、死んだと聞いたが」

 エイダは驚きで手から力が抜け、ナイフを落としそうになった。
 自分の娘を魔術師にしようとしたのか。冷たいと思ったエイダの両親でさえ、ただ死なせるかもしれないようなことはしないだろう。
 急にこの伯爵が、人の姿をした何か別な生き物のように思えた。

「何だ知らんのか。クレディアスが話したとばかり思っていたが」

 パトリシエール伯爵はそう言って、淡々と食事を続ける。娘を生贄にしたとあっさり話したその口に、肉を一切れ含んで咀嚼する。

「そもそも、王家に睨まれて領地を半分取り上げられた上、パトリシエール伯爵領は税も他の領地よりも高かったのだ。それを標準に元に戻すために、王族が間違って生ませた娘を嫁にした。その娘を王家が必要としていると聞けば、立場の弱いこちらは差し出すしかあるまい。帰してやったようなものだと思って引き渡した。……娘の存在は王家が誤魔化した」

 魔術師にされたエイダにしてみれば、愉快な話ではなかった。
 そんなエイダの表情などパトリシエール伯爵は気にも留めず、ルアインでの話を続けた。

「そう、マリアンネ様のことだったな。あの頃の私は、家を再興するためとはいえ、ルアインにはほとんど興味がなかった。ただ血縁の貴族がいるという利点を生かすには、それしかなかっただけだ。そんな中で出会ったのが、マリアンネ様だ」

 まだ十三歳だったマリアンネ王女は、兄王の顔色を伺いながら生きていた。ルアインの王女は、侵略のために結婚を繰り返させられることが多いらしい。嫁ぎ先で怒り狂った夫やその一族に殺されることもままある。実際、マリアンネの姉の一人はそうして亡くなった。

「そうでもして領土を広げなければ、ルアインという国が保てないからだろう。あの国はじわじわと砂漠に浸食されているからな。国民にも焦燥感があるのか、おそらくエヴラール以外では、ほとんど戦で負けていないはずだ」

 当時、もう一人の姉が別な国へ嫁がされていたので、マリアンネは停戦交渉の際に差し出されるのは自分だと思ったのだろう。パトリシエール伯爵にエヴラールの様子を尋ねてきたそうだ。

「少しでも行く先について情報を得たかったのだろう。私は最初、面倒だと思った。けれどその時の交渉は、引き分けの末の停戦交渉だ。ルアイン王の機嫌を損ねたくない私は、王女の頼みを断れなかった。仕方なく相手をした私の内心に、マリアンネ様は気づいたのだろうな『ルアインの情報と引き換えで』と取引を持ち出した」

 パトリシエール伯爵は、取り引きをするのは気が進まなかった。でも子供の口約束だからと言いつつも、マリアンネ王妃の申し出を受けたようだ。自分の家をさらに引き上げるために使えるかもしれないと考えて。

「多少はな……死なせた自分の娘と同じ年頃の娘が必死になっている姿に、無意識に良心の呵責をおぼえたのかもしれんがな」

 パトリシエール伯爵はそう付け加えた。
 彼は何度もマリアンネと話す間に、自分と同じように必死になっているマリアンネ王妃に同情していったという。
 そうしてマリアンネ王妃が花嫁として差し出されないと決まった後も、伯爵と王妃の縁は続いたようだ。
 二度目の戦の後でいよいよファルジアに嫁いでくるとなった時は、パトリシエール伯爵は自分の地位を確立するためにも、王妃側につくようファルジアの貴族を取り込んで行った。
 努力の成果は、今回の戦で離反した貴族達の多さに現れている。

 一通り話を聞いたエイダは、パトリシエール伯爵がマリアンネ王妃に肩入れしたのは、良心の呵責や同情のせいではないのだろうと思えた。
 彼にそんな良心があったら、どうにかして娘を守っただろう。
 ルアインに縁戚がいるのだから、亡命しても良かったはずだ。王族の血を引くせいで、あちらでも政略婚の犠牲にはなっただろうけれど。
 それに子供が犠牲になるのが痛ましいのなら、養女にしたキアラのことも、子爵に差し出そうなどと思わなかったに違いない。

 たぶん、まだ少女だったマリアンネ王妃に恋しただけなのだ。
 年が違いすぎたから、マリアンネ王妃が成人して再会するまでは、認めたくなかったのだろう。

 恋ゆえに、他国の王女のために一生を捧げるほどに配慮するのに、意に添わない結婚だったとはいえ娘を犠牲にし、今また見知らぬ多くの奴隷を戦地で捨て石にしようとする。
 その二面性を怖いと感じながらも、エイダは責められなかった。

 自分も同じことをしたのだ。
 欲望のために、アズール侯爵を駒としか見なかった。どんなに親切にされても、内心では善良で単純な侯爵を見下して、邪魔なゴミのように殺してしまった。
 自分と王子が結ばれるためには、仕方がないと思って……それがどれだけ歪んでいるかも気づかずに。

 視野が狭すぎることに気づいてしまったのは、フェリックスとキアラの行動があったからだ。
 振り返りもしないレジナルド王子と違い、役目ながらもエイダの我がままにつき合い、彼なりの正直な言葉を口にしていたフェリックス。
 彼を殺しそうになって、もうその言葉が聞けないかもしれないと考えた瞬間に、エイダは自分がフェリックスの言葉を、王子の言葉よりも欲しくなっていたことを悟ってしまった。

 そしてキアラ。
 全部彼女のせいにしようとしていた。自分よりも下の存在だと思っていたからだ。
 でも、そんな風に彼女を下だと決めつけていたのは、エイダが元々自分を惨めだと思っていたからだろう。
 両親にあまり顧みられず、結婚相手もうらやましがられるような相手ではなかった。そんな時、明らかに虐げられたキアラのことを噂に聞いて『彼女よりマシ』だと思えることが、エイダにとって心安らぐことになってしまったのだ。

 クレディアス子爵と結婚させられた後は、キアラが逃げたせいだと思うことで自分を慰めた。
 けれどトリスフィードで捕えられたキアラを見て、エイダはそれは甘い考えだったとわかったのだ。もしクレディアス子爵と結婚していたのがキアラだったら、エイダ以上の酷い目に遭っただろう。エイダに猶予を与えたようなことは決してキアラにはしないに違いない。
 捕まえたキアラを襲うことしか考えなかったクレディアス子爵の姿に、自分への対応はかなり緩かったのだと実感したのだ。

 マリアンネ王妃のことを話したからだろうか。パトリシエール伯爵は、この際全てを話してしまう気になったようだ。

「お前も今のうちに逃げるつもりなら、そうするがいい。そもそもお前に目をつけたのは、お前の父親を巻き込むためだからな」
「え……?」
「契約の石が大量に産出する鉱山を手に入れるため、文書を誤魔化す必要があったのだよ」

 確かに、クレディアス子爵は恐ろしく大量にあの石を持っていた。領地をもたないクレディアス子爵が鉱山を所有しているわけがない。パトリシエール伯爵領に鉱山があったのだろうと思っていたのだが、違ったらしい。

「見つけた場所が王領地だったからな……元はパトリシエール伯爵家の土地だったわけだが。王家に知られずに契約の石を確保するために、書類を扱うお前の父を巻き込む必要があった。そのためにクレディアスの妻にしたのだ」
「なん……」

 なんていうことだろう。エイダは呆然とする。

「お前に結婚相手がいたから邪魔で誘惑させ、逃亡資金をくれてやるところまで簡単だったんだがな。式場から飛び出すとは思わなかった。探すのに手間取った上に、クレディアスがうっかり契約の砂を試して、殺しかけたことには驚いたが」

 エイダの結婚式があんな結果になったのも、クレディアス子爵と結婚させられたのも、契約の石を密かに採取するためだったとは。
 すぐに考えられなくて、ぼんやりとしたままエイダは正餐室から部屋に戻った。
 部屋の中のソファに、どさりと倒れるように座る。

 パトリシエール伯爵にはもういらないと言われた。
 父も母も、もういない。
 そして本当に、自分が子爵に捕まったのはキアラのせいではなかったのだ。
 食事の前よりも、さらに何をしたらいいのかわからなくなっていた。

「戦うのは嫌。だけど」

 エイダは唇をかみしめる。だれか……ここからエイダが連れ出してくれる人がいないだろうか。そうして何をしたらいいのか、教えてくれたら。
 その時ふと思い浮かんだのは、キアラの言葉だった。

《元々、家を出て町の片隅で平民として生きていこうと思っていたから……》

 キアラにできるのなら、自分でもできなくはないのでは、とエイダは考えた。少なくとも、戦場で戦ったり酷い目に遭うよりは容易そうな気がした。
 でも、座った椅子から立ち上がれない。やっぱり初めてのことに挑戦するのは、怖いのだ。

 と、そこでベランダ側の掃き出し窓がこつこつと叩かれている音に気づいた。
 振り返ったエイダは、そこに立つ銀の髪の少女の姿に目を見開いたのだった。
次はキアラ視点に戻ります。

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