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私は敵になりません! 作者:奏多
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戦場に落ちる光は 5

 騎士が立ち上がると、イサークは私に視線を移した。
 その視線に引き寄せられるようにふらりと近づいて、私はイサークの側に膝をついて座り込む。

「どうして死んじゃおうとするの……」

 つぶやいた声に、答えが返った。

「そう決めてたんだよ。失敗した……もうちょい急所狙うつもりだったんだが」

 イサークは、数歩離れた場所にいて悔しそうな表情をしているギルシュさんを、ちらりと見た。
 まだしゃべる元気があるなら、大丈夫だ。

「手当てする」

 手を伸ばして問答無用で魔術を使おうと思ったら、

「断る」

 そう言ってイサークは、私の手を掴んで傷に触れさせてくれない。思った以上に力が強くて、押しても全然敵わない。

「お前の騎士がピンピンしてるってことは、お前、何かしたんだろ? ごめんなんだよ余計なことされちゃ」

 それに、とイサークが言う。

「現実がままならないものだって、お前にわからせるにはちょうどいいんじゃないか?」
「ままならないって……?」
「思い通りに救えないのは…自分から距離がある、奴ばかりだったんだろ。……だから人が死ぬことに対して、耳を塞いで……避ける方が、楽だったんだ」
「何を言ってるの? とにかくこの手を離して!」

 イサークの声が途切れて、弱々しくなっていく。早く傷を治さないと助からないのに。
 誰か、と思ったけれど、周囲にいるサレハルドの騎士も、ギルシュさん達も動いてはくれない。イサークが自分で死のうとしたから、止めない方が彼のためだとみんなは思っているのかもしれない。
 焦った私の目に、恐怖で涙がたまって行って視界をにじませた。
 なのにイサークはかすれ声で、まだ私をからかった。

「あれだけ嫌がらせした上に敵だってのに、俺のために泣くのか? やめとけよ。息絶える前に、あの王子に嫉妬で止め刺されちまうだろ」

 私は涙を自分の腕に擦りつけて拭って言い返した。

「餌付けなんてするからよ」
「はっ、そのせいかよ」

 小さく笑って、ぐっとイサークが息を詰める。

「それに敵とか味方とか良くわからないよ。知ってる人を死なせたくないから戦って、殺して……」

 前世の記憶がなければ、レジーは死んでいた。
 けれどこれがあるから、身内のはずの人達を殺されたことに怒るには、どこか硝子を隔てた世界の出来事みたいに感じてしまう。
 こちら側のものに執着が薄かったせいなのかな。辛さのあまりにゲームの中の出来事で、目が覚めたら日本の、懐かしい家の中で目覚めるんじゃないかって今でも思ってしまう。

「こっちが現実だって、お前はもうわかってるから、知り合いが死ぬのは嫌なんだろ」
「イサーク……」
「これ以上に現実を感じたいなら、お前の王子に頼め。嫌ってくらい教えてくれるだろ」

 こんな死にかけの状況でも、イサークはにやりと笑って見せた。

「なんでそんな優しくしてくれるの」
「お前が、好きだったから」

 ため息交じりのささやき声は、なんとか聞き取れた。
 単純でわかりやすくて、心を突き刺すような返事。私は苦しくて苦しくて、震える唇で「バカ」と言うしかない。
 イサークは答えを返したかったようだけど、唇がわずかに動くばかりになっていた。目も茫洋としはじめている。
 だけど手の力だけは抜けない。しまいにぐっと息をつめて、横を向いて血を吐いた。

「早く手を!」

 叫んでも、イサークは死にかけてるのに手の力だけは弱くならない。誰か、と思って振り返ったそこにいたのは、レジーだ。

「レジーお願い」

 振り返って願うと、レジーは悩むような表情になる。

「できれば私は、彼の意志を尊重したいよ。君は、彼の意志に反してでもそれを押し通せるのかい? その覚悟があるなら、私は協力するよ。それを曲げられるのはキアラ、君だけだから」

 イサークを助けるのは、無理やり私のしたいことを押し付ける行為だ。それでも助けるなら、レジーは手を貸してくれるという。
 私は唇を一度噛みしめて、レジーに頼んだ。

「レジー、私の手の甲を切って」

 レジーはうなずいて私の言う通りにしてくれた。
 ナイフで傷つけられると、ちりちりと焼けつくような痛みに顔をしかめる。
 もう言葉を出せなくなったイサークが、何をしているんだというように、顔をしかめた。
 嫌がられてる。それがわかっていても私は無視して、流れ落ちる血をイサークに垂らす。

「レジー、周りから見えないようにしてくれる?」

 死にかけたイサークの意志を無視してでもやる以上、私にできることは全てしておきたい。そのために頼んだ。
 レジーが立ち上がる。そうして人が動き始める足音を聞きながら、まだ私の手首を掴んだままのイサークの手を通して、彼の傷を治そうとした。
 つながらない魔力の流れを戻す度、イサークが痛みを感じて顔をゆがめる。ひどい痛みに襲われているはずなのに、それでもイサークは気絶もせずにじっと私をにらんだ。

「お前……早くあの世に行かせろよ……」

 絞り出すような声で、怒られる。
 それでもさっきより、怪我が良くなったんだろう。また声を出せるようになったみたいだ。
 でももう退かない。

「絶対に嫌」
「この我がまま娘。後で覚えてろよ」

 嫌われたかもしれない。生きたくないと思っている人を、無理やり回復させるべきじゃないのかもしれないっていう気持ちは、まだ心の底にある。
 だから辛くて泣きたいけど、わがままを通しているのは私だから、ぐっと堪えた。

「私まだ文句を言い足りないの。……あと、死んだほうがマシだったっていうくらいにこき使うから、そっちこそ覚悟して」

 決意を込めるように、強気で言い返す。
 感謝されなくても生きていてほしい。だけど嫌がられるのは辛くて。だからこそ現実味が増していく。
 無理やり誰かの人生を、望まない方向に捻じ曲げようとしてる気がして。だからこそ実感するんだ。
 自分で決めた。自分で他人に嫌がられても前に進んだってことが。

 やがてイサークも、耐えきれずに意識を失った。
 その数秒後に、ようやく死なないように傷をふさぐことができた。
 力を失ったイサークの手から解放された私は、彼の首筋に手を当てる。
 ……脈拍がわからない。自分の心臓がどきどきしすぎて、耳につく。指先まで心臓になったみたいだ。

「レジー、お願い確認……」

 息苦しさの中でそう頼むと、いつの間にか傍まで来ていたカインさんが、イサークの脈と呼吸を確認してくれた。

「……大丈夫、生きてます」

 ほっとした。
 とたんにどっと襲ってくるのは、だるさと寒気と眠気、泣き叫びたい気持ちだ。
 自覚すると、すぐに意識が途切れそうな気がする。

「この人を、一度ファルジア陣営に運んでください。あと、師匠の回収を」

 カインさんにかろうじて頼むのが精いっぱいで。

「キアラ、気は済んだ?」

 優しく声をかけて、背後から抱きしめてくれた腕に抗えない。

「レジー……」

 その手の指を握りしめたと思ったのを最後に、深い闇の中に落ちるように意識が無くなった。

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鳥かごの大神官さまと侯爵令嬢


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