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私は敵になりません! 作者:奏多
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エイルレーンに流れる血 5

 師匠がつぶやいた。

「魔力に魔力をぶつけたか?」
「そんなことできるんですか?」
「魔力を放出して物の形をくずせるなら、魔術に対しても同じことができるじゃろ。……見るがいいあれを。ウヒヒヒ、使い過ぎじゃ」

 師匠が笑いながら小さな手で子爵を指し示す。
 違和感がある、と最初は思った。なんでかと思ったら、

「痩せてる……?」

 レジーが言うとおり、子爵の体が少ししぼんでいた。

「特異体質じゃな。魔力をため込める代わりに、体が膨張するのじゃろ。かといって自分にはそれしか攻撃に使える隠し玉がないのだから、維持する以外の選択肢がなかったんじゃろなぁ、ケッケッケ」

 ひとしきり笑う間にも、子爵はこちらへ向かってくる。
 逃げようにも、まだ魔術師くずれやルアイン兵との戦いが続いている。囲まれている上、ここで逃げたらそちらに子爵がやってくるだけだ。

「正直、魔力を使わせ続ければ勝てるが、倒せないとなればあちらも引くだろう」
「……じゃあ、これなら」

 私はその場に手をついて、土人形を二体作りだした。
 一体をクレディアス子爵に突撃させる。
 破壊されると反動がくる。自分の中の力が削られる感覚に呻く。
 だから今度は、石の塊を投げつけた。
 すぐに砂になってばらばらと落ちるけれど、こちらに意識を引きつけて、相手に勝てると思わせるためにはこれしかない。

「くっ、けほっ」

 息がしずらくなって、せき込む。砂埃が入ったのも要因の一つだろうけれど。

「キアラ、無茶はしすぎないで」

 レジーを心配させてしまった。でも大丈夫だと、これでクレディアス子爵を倒せるなら。記憶に刷り込まれた因縁を終わらせることができるならと思ったけれど、言えなかった。
 顔を上げた私の視界に、かなり痩せたせいなのか、身軽になったクレディアス子爵が砂埃の向こうから飛び出してきた。

 私は急いで逃げようとしたのに、なぜかレジーが前に出て行った。
 でもレジーの振り下ろした剣が砂になってしまう。
 クレディアス子爵は自分の有利を確信したんだろう。痩せてぶかぶかになった袖に包まれた手を伸ばす。
 レジーは寸でのところで身を退けようとした。
 けれどクレディアス子爵の手に、レジーの左腕が捕まれてしまった。

 私は悲鳴を上げたと思う。声にならなくて。でも喉が痛い。
 けれど一瞬の後、目を奪うような光が視界を奪い――。

 光が止み、ようやく回復した目で目の前を確認した私は、息を飲む。
 その場に倒れていたのはクレディアス子爵で――レジーは立っていた。
 レジーの左手の先から、発散しきれなかったのか小さな火花がちらついている。

 数秒して、ああ、とようやくわかった。
 クレディアス子爵は、魔力を出すことしかできなかった。
 掴んだレジーの腕には、魔力を流す回路が茨姫によって刻まれていた。
 そのためクレディアス子爵の魔力がそのままレジーの腕を伝い、雷の魔術となって本人に襲い掛かったんだ。
 むしろレジーはそれを狙って完全に逃げずに腕を掴ませたんだろう。失敗したら死んでしまう可能性もあったのに。

 数秒、誰もが自分の目を疑って静止していた。それを破ったのはレジーだ。

「ルアインに味方した魔術師は死んだ! 残る敵を殲滅しろ!」

 号令に我に返った騎士達と兵士達が、残った兵士達に襲い掛かる。
 魔術師くずれは、クレディアス子爵が盾にしたことでだいぶ減っていて、残りの二人は間もなく討ち取られる。
 その中心で、私達はクレディアス子爵から少し離れた場所で彼を見つめていた。
 まだ砂になっていないということは、息絶えていない。だから警戒していたんだけど。

「アンナマリー……やっぱり私を裏切るのか……」

 茫洋とした眼差しをどこかに向けて、クレディアス子爵はつぶやいた。
 エイダさんからイサーク達を通じて、クレディアス子爵が亡くなった妻に今でも未練を持っていることは知っていた。
 結局彼にとっては、戦争よりも自分の人生よりも、亡き妻の心を取り戻すことの方が重要で。
 だけど相手に憤りをぶつけることしかできないクレディアス子爵は、何人代わりを手に入れても、疑似的な形ですら妻と相思相愛になることはできなかったんだ。


 ――ふと、何かの情景が私の脳裏に蘇った。
 私の足に縋りついて泣き叫ぶ、子爵の姿だ。

 父親に魔術師として役立たずだと言われて来たと訴えていた。
 普通の攻撃魔術も、何か特別な魔術も使えなかったクレディアス子爵は、魔術師になった後はずっと父親にののしられ続けていたようだ。
 その父親というのも、実の親ではなかったと、夢の中の私は知っていた。何人もの子供を連れてきて、魔術師になった子供だけを養子として魔術師の家を存続させてきたようだ。

 だからって同情はできない。
 自分とは関係な一方的な憤りだけぶつけられて、交流しようという気持ちすら持ってくれない相手を気遣えるほど、私は聖人君子じゃない。
 辛いから殺しかけても許してくれなどと言われて、誰が納得できるだろう。
 そうして涙にぬれた手で、私の首を絞めようとした。
 私はただ、これで死ねるんじゃないかと考えていて……。


 白昼夢は一瞬で、再び戦場が目の前に戻ってくる。
 それからは静かに、砂に変わっていくクレディアス子爵を見ることができた。

「見なくてもいいんだよ」

 じっと見つめて黙り込む私に、レジーがそう声をかけてくれる。

「ううん大丈夫。悪い夢が、ちゃんと決着がついたんだってわからないと、ずっと迷路をさまよってるように思えてくるから」

 私は首を横に振って、再び砂になってくずれていくクレディアス子爵に目を向ける。
 なんとなく……この白昼夢や不可思議な夢がなんなのか、わかり始めてきた。
 私は日本で生まれ育った後、この世界に生まれ変わって、私は二度目の人生を繰り返しているんじゃないだろうか。
 もっというなら、一度『キアラ・クレディアス』として生きて、その人生をやり直しているような気がする。
 それなら、この個人的な感情まで混じった記憶が私の中にあるのも納得できるんだ。

 ただわからないのは、茨姫がそれに関係しているらしいことを言っていたことだけど……。
 そうして自分の考えに沈んでいた私は、悪い夢という言葉に、レジーが表情を翳らせたことには気づかなかった。

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鳥かごの大神官さまと侯爵令嬢


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