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私は敵になりません! 作者:奏多
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約束1

「毒のことは、あんまりよく分からないです。私はずっと王宮で働くことになるからと、実家ではほとんど身に着ける機会がなかった礼儀作法とか勉強なんかをさせられてばかりで……」
 私の否定の言葉を、ヴェイン辺境伯は疑わなかった。

「そうか。もし心当たりがあれば、魔術師になるために必要なものに、特殊な毒でも関係しているのかと思ったのだが。実はね、この男や連れていた騎士達が入り込んだのを、我々が察知できなかった理由がわかったんだ」
 ヴェイン辺境伯とて、紛争に関わりやすい土地を収めている以上、周辺の状況や不審者の出入りを警戒するために諜報員を使っているようだ。それにより、いち早くどこの国が領内の状況を探りに来たのかを察知し、情勢と合わせて侵攻してくるのか、取引を持ち掛けてくるのかを判断するためだ。

「城下の諜報員が何人か、殺されていることが分かった。急いで別な人間を手配して監視を強化させたが、二人ほどはこの男と連れていた騎士が殺したようだ。けれど他の者のうち二人が、焼け死んでいるのが見つかっている。他に燃えた物もないのに本人だけが燃えたとなれば……ということで、私はパトリシエール伯爵が魔術師を作り出す方法を編み出して、そうして魔術師になった者が我が領に入り込んでいるのではと考えていたんだ」
 だからパトリシエール伯爵の傍にいた私に尋ねたらしい。赤い飲み物は、もしかして魔術師を作り出す特殊な薬か毒薬ではないのか、と。

 質問の原因を聞きながら、私は舌にざらりとした粉の感触が蘇っていた。
 甘酸っぱいあの飲み物は、砂みたいな粉が混ざっていたのだ。混ぜた粉が溶け残ったものだとは思うが、不快だったのでよく覚えている。
 けれど飲み物の正体を私も知っているわけではない。だからもう一度、ヴェイン辺境伯に対して首を横に振った。

「そうか……」
「でも、パトリシエール伯爵が何らかの方法で魔術師、もしくはなりそこねを作る方法を編み出したことは確実でしょうね。でなければこの男といい、他の諜報員を殺した者といい、抱えている魔術師が多すぎます」
 今まで黙っていたレジーが、静かに問題を指摘する。
 そして私も内心でレジーの言葉にうなずいていた。おそらくゲームのキアラ・クレディアスが魔術師になれた理由もそこにあるのだ。パトリシエール伯爵は、魔術師になる方法を知っているのだろう。

 そしてもう一つ気付いたことがある。二年後のエヴラール攻城戦だ。
 国境の向こうとはいえ、気付かないうちに至近まで進軍されていたということがあり得るだろうか。見張りや、国境の向こうに入り込んでいるだろう諜報員などが、何らかの方法で殺されていたと考えれば、つじつまが合う。
 二年後のことも、今回のように動向を監視していた者が殺され、だからこそ気付けなかったのだろうと推測できた。

 そんなことを考えてうつむいていた私に、ヴェイン辺境伯は「もう戻ってもいいよ」と言ってくれる。

「夜中に済まなかったね。また何か尋ねることがあると思うので、その時は協力してもらいたい。レジナルド殿下も、今日はもうお休み下さい」
 促され、私とレジーは地下牢から外へ出た。
 そこにはレジーの護衛であるグロウルさんがいた。特に怪我もない様子でしゃんと立っているグロウルさんの姿に、私はほっとする。

「ご無事でなによりでした」
 そう言うと、グロウルさんはちょっと驚いたように目を瞬き、小さくうなずいて「ありがとうございます」と礼を言ってくれた。

 とりあえず挨拶はしたしと、私は部屋にさっさと帰ろうとした。
 昼間に言いそびれてしまったので、本当はレジーにもっと二年後について注意点を話そうかと思っていた。けれどだめだ、と思い直したのだ。
 さっきの男の話を聞いた後では……私が危険人物だと思われかねないのが怖い。せめてもうちょっと心を落ち着けてから、必要なことと必要じゃない情報を選り分けて話そう。

「じゃあレジー。私はこれで……」
「グロウル。部屋に戻る前にキアラを送るよ」
「承知いたしました」
 また明日ねと言う前に、レジーがついてくることになってしまった。
 ううぅ、肩身がせまいというか、初めてレジーと一緒にいて居心地の悪さを感じていた。

 思えば、レジーと居て落ち着かないってことがなかったなと思い出す。
 なんでだろう。
 この居心地の悪さをバカな話をして紛らわせようにも、グロウルさんが聞いてると思うと口が重くなる。

 今更なんだけど、レジーは王子様なんだよ。
 今まで通りに、と言われて二人でいる時にはタメ口聞いてたけど、今生の知識からいくとその申し出は断るべき相手なんだよね……だいぶん私、前世の自分に浸食されてるなと今更気付いた。

 とはいえ今更それを崩すのも不自然だ。
 結果、何も気の利いたことが言えずに部屋の前に到着したが、レジーも何も言わなかったのでほっとする。
 さて今度こそと私はレジーに言いかけた。

「じゃあレジーおやす……」
「話があるんだ。グロウルは悪いけど外で待ってて」
 笑顔でそう言ったレジーが、私が半開きにしていた扉から、部屋に入ってしまう。
 おおおーいレジー! 勝手に部屋に入っちゃだめ! いや、今日は襲撃されたことでベアトリス夫人からお休み命令出てたから、部屋の片づけとかはしてたけど……。深夜に女の子の部屋にさっと入っちゃうのってどうなの?

「ちょっ、レジー!」
 声をかけながら私も部屋に飛び込んだものの、戸口で立ち止まる笑顔のレジーに何を言ったらいいのかと戸惑う。

「えと、もう夜も遅いし疲れたでしょう? 明日。話は明日にしましょう?」
 やんわりと断りを入れたのに、レジーが無情にも私が開けたままだった扉を片手でバタンと閉めてしまう。

「え……」
 レジー君や。一応私と君は成人前とはいえ思春期の男女だからして。一応護衛さんが見ている前で、密室に二人きりと言う状況だけは避けようとしたのに、これは何の真似?

 訳の分からない行動をとったレジーは、私をじっと見つめてくる。
 思わず後退りすると、背中が扉に当たる。
 するとレジーはとんでもないことに、扉ドンどころか、私の両肩を掴んで押さえつけた。

「ななななな、どどどどど」
 一体何なのどうしたの! そう言いたいけど、異常事態に私の口が上手く回ってくれない。
 一方のレジーは、暖炉の燭台の明かり一つだけの部屋の中で、楽し気に微笑んだ。おい怖いよ! いろんな意味で!

「私は話し合いを今日すべきだと思う。君は動揺してる時に押した方が、ぽろっと全てを白状しやすいから」
「げ」
 ちょっと待って。まさかそのために、パトリシエール伯爵の配下の様子を見た直後に、しかも二人きりで部屋にこもる状況を作ったってこと!?

「グロウルに聞かせていい話ではなさそうだったからね。彼には遠慮してもらうことにした。だけど君と私の仲では、隠し事はなしだよキアラ?」
 部屋に入ったのも、グロウルさんを排除して私の口を割りやすくするためとは。なんでそんな黒いこと思いつくの!?

「くくくく、くろいよレジー!」
 思わず言ってしまうが、それでレジーが気を変えたりはしなかった。

「キアラ」
 さっと真剣な表情に変わった彼が、私の肩をつかんだ手に小さく力を込める。

「君は何をどこで知って、私に二年後のことなんて忠告したんだい?」
「え、ええっと。夢で……」
 昼間そう言ったはずなので、私は同じことを繰り返した。

「夢にしてはあまりにも確信的だったよね?」
「ええっと、私実は教会学校でエレミア聖教に傾倒……」
「その割には朝夕の祈りの時間とか、完全に無視しているし、食事の祈りも結構おざなりだったと思うけど」
「う……」
 誤魔化せない理由が、全て自分の行動のせいだった。確かに不信心者の見本みたいなことしてたな私。だけど前世のことがあるからなおさらだけど、元から信仰心薄いんだよ……。

 だって教会の言うような神様だったら、今生の家族の元からも救い出してくれるだろうし、パトリシエール伯爵みたいな人が養女先にはならなかっただろうと思うから。
 もっとこう機械仕掛けの神的な、システマティックな存在だっていうならちょっと信じなくもない。前世の、しかも別世界の記憶を持ってる私がいるのは、誤作動によるエラーの結果だと納得しやすいから。
 女神の笛の音も、私にとってはエラー信号だと考えると理解しやすい。
 そんな私に、レジーは追及の手を緩めてくれなかった。

「私に嘘をつくのかい? そんなに信じられない?」
 言った後で、レジーの表情がやや悲し気に歪む。私は心臓を掴まれたように苦しい気持ちになる。レジーを傷つけてしまったと感じたから。

「信じられないわけじゃ……」
 思わずそう言ってしまった私を、レジーが追い詰めていく。

「何かが怖くて言えないの?」
 そうだと、言うことはできなかった。
 だって知られたくない。もしかしたら自分がさっきのパトリシエール伯爵の配下みたいになるかもしれないとか。それを話して、レジー達に警戒されてしまいかねないこととか。
 ……とにかく嫌われたくないのだ私は。それが一番怖い。

「私が怖いのかい? それとも話すことそのものが?」
 問いを重ねたレジーは、なかなか口を割らない私に、やがて諦めたようにため息をついた。

「キアラ、君は脅され慣れすぎてる。それなら、話した方が怖くないと思うようなことをする?」
「えええぇえ!?」
 レジーの方針転換案に私は驚く。
 ま、まさか首を絞められるとか? 剣で斬りつけられるとか。怖い想像が頭の中をぐるぐるとまわる。
 けど怖い気持ちが拭えない。
 戸惑った末に何も言えずにいると、ふいに頬に何かが触れた。柔らかで、決して皮膚を傷つけることがないその感覚に、目を瞬く。

 まさか、今のってく……。唇!?
 頬にキスされたのだと気付いた瞬間、私は思わず座り込みたいほどに脱力した。
 そこを狙ったかのように、レジーがささやく。

「質問を変えようか。君は、自分が魔術師になろうとして、色々なことを調べようとしていたんじゃないのかい?」
「え、どうして気付い……」
 なぜそこまで感づくのか。驚いて問いを口に出してから、私は息を飲んだ。
 しまった。これじゃ肯定したも同然だ!
 そもそもレジーがこんな、色仕掛けみたいなことするから! ていうか、なんでこんなやり方知ってるのよレジー! 十五歳でそれって怖いんだけど!
 気が動転する私の顔を、レジーは覗き込んで微笑んだ。

「茨姫に渡された石について調べるにしては、君はずっと石のことなど怯えた様子はなかった。むしろ魔術師そのもののことばかり気にして、熱心に調べていただろう?」
 だから変だと思ったらしい。そして魔術師くずれが死んでからの私の様子から、その可能性を考えていたという。

 なんて頭のいい人だと私は呻く。
 そんな人がどうしてあっさりと殺されてしまったのか……いや。こういう人だから、王妃達が邪魔に思って彼を抹殺したのだろうと気付く。

「でも魔術師になれる人なんて希少だ。なれるかどうかもわからないのにと不思議に思っていたけれど、君には確信があったんだね。だから二年後までに魔術師になるつもりで、私を守ると言い出したんだろう」
 なんてこと口走ったのよ私ぃぃぃ! 過去に戻って己に文句を言いたい。
 けれどここまでまるっとお見通しな人を、私のあまり宜しくない頭でどうやったら言いくるめられるというのか。
 私はとうとう観念した。

「赤い飲み物に、心当たりはあるの。私も、飲まされてた……から」

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