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記憶

 まさかね、と思っていた。


 たまに不思議な夢は見ていた。

 TVという代物を見ている自分の夢だ。


 魔法なのかわからないが、硝子を貼り付けたような箱に、いろんな人の姿が鮮やかに映し出されている品だ。映っている人達の中には脚を露出している女性も多いし、みんなドレスを着ていない。

 目覚めてから、自分は露出願望があってそんな夢をみたのかと少々悩んだ。

 どうやって自分の脳がTVだとか現実にありえない代物を想像してしまったのかも謎だけど。


 そして鏡の中に映っている、自分以外の人間を見ている夢も見た。

 ワンピースも着ていない。胴衣もない鏡の中の自分は、まっすぐな黒髪に黒っぽい目の色をしていた。


 今の自分はマロングラッセみたいな髪の色だし、目だって灰緑の冴えない色だ。黒髪黒眼になりたい願望があったのだろうかと、磨いた銀器に映った自分の顔をまじまじと見たことがある。


 でもそんな気持ちは湧かなかった。

 むしろ鏡に映る自分の姿は、どこか懐かしさを感じる。亡き母に似ているからだろうか。


 ただ夢を見始めてから、自分の考え方が変わった。

 父の後妻に冷たく扱われ、ほんの三人ほどしかいない使用人も強い者になびいて、自分を避け始めた頃のことだ。


 私、キアラ・パトリシエールは7歳だった。

 それまで通りだったのは自分の部屋だけだったから、部屋の中で泣いてすごすばかりだった私は、夢を見るようになってから――たぶん、ふてぶてしくなった。


 まず、父が助けてくれないかと期待するのをやめた。

 今まではぐずぐずと泣いてばかりいたけれど、父自身が若い後妻に夢中で、私を目の上のたんこぶ扱いしていることを、冷めた気持ちとともにすっと受け入れられたからだ。


 心は少し軽くなったけれど、さらに辛いことが自分に振りかかる。

 父が亡くなると、私は使用人にされてしまった。

 内情が苦しいから、実子じゃない私には衣服を買い与えるのも嫌だと言われ。使用人用の汚れが目立たない黒い服を一着だけなげつけられ、部屋もなにもかも取り上げられた。

 一方で、後妻は父との間に生まれた異母弟には絹の服を買い与える。使用人たちも強い方になびく者ばかりで、私に慰めを言うことすらなかった。


 それでも辛うじて耐えられたのは、夢の中で見た今とは違う『家族』に優しくされた思い出があるからだ。

 後妻も異母弟も自分の家族ではない。そう考えることで、自分を保っていた。


 けれどその生活は三ヶ月ほどで終わる。

 見知らぬ貴族の家に養女にされたのだ。


 私を引き取った貴族、パトリシエール伯爵は、自分の影響力を広げるために手駒になる娘が欲しかったらしい。

 必要とされていたから、養女先では食事を抜くなんてことはなかった。

 綺麗な衣服も与えられ、きちんと令嬢扱いする使用人達もいてくれた。

 愛情は一欠片もなかったが。


 それでも令嬢らしく教会学校の寄宿舎に入れてもらうこともできて、それから三年間は普通のお嬢様らしく行儀作法などの花嫁修行的な学業をこなしながら生活できた。

 それで十分だと私は思っていた。

 一応安心できる寄宿舎の自室の中、あの不思議な夢は間遠になっていったので、自分が現実から逃れたかったせいで見たのだと思っていたのだが。


「考えが甘かったのよね……」


 教会学校の寄宿舎の中で、うずくまっていた私はため息をつく。


 寄宿舎の自分の部屋で、私は養女先からの手紙を見て、動揺して叫びそうになり、それを我慢するとものすごい絶望感に襲われて座り込んでしまっていた。


 手紙に、年の差が二回り上のおじさんと結婚せよと書かれていたのだ。

 しかもその相手、愛人が三人も四人もいるとか、お世辞にもロマンスグレーとは言い難いという噂を聞いていた人なのだ。

 一度養女先に来たことがあるので、三年前のではあるけれど姿も見たことがある……お顔はウシガエル系だ。


 自分もそう自慢できる顔じゃないけれど、まだ14歳なのよ。結婚相手に夢を見たっていいわよね!?


 養父のパトリシエール伯爵は、すぐに結婚させるので迎えを寄越すとまで書いていた。

 読んだ瞬間「嘘だ!」と大声で叫ばなかっただけ、私は偉いのではないだろうか。


 思えば私を引き取ったパトリシエール伯爵は、私を王宮の侍女にするつもりだと言っていた。だから卒業後は王宮で働けばいいのだとだけ考えていたのだが……私は無知すぎた。

 王妃様の側に上がらせたいとなると、既婚者であることを求められるのだという。

 貴族階級の貴婦人であれば、万が一国王のお手つきになる事態となっても、その貴族の娘や息子という扱いに出来るからだ。

 庶子は認めないというのが国の方針で、そのおかげで王妃の地位を脅かす心配がなく、王位継承問題が少ないらしいが。


 万が一に備えて、そして実家が王妃から睨まれないようにするためとはいえ、仕事のために結婚とか、仕事して好みでもないだろうおじさん年齢の国王に言い寄られたら拒否できないとか、もう逃げたい……って感じだ。

 王宮で働くのって、心理的ハードルが高すぎる。


 そうまでして王妃の侍女になっても、ロマンスに心ときめかせることもできないし、王妃様の評判もさほど良いものではない。

 しかも王妃様って隣国から輿入れした人の上、最近隣国が不穏な空気を漂わせてるらしい。他の隣接した国に侵略を繰り返して併合しているそうだ。

 王妃が隣国ルアインの王妹なので、ファルジア王国は大丈夫だと言われているらしいが、警戒している人も多い。


 そんな王妃の下につくってことは、私、もしかして侵略なんてことが発生したら、王妃の味方にならなきゃいけないってこと? 国中にとって敵になるんじゃない?

 お先真っ暗だ。

 未来に光が見えないよ。

 悪役まがいのことしたくない――!


 と思った瞬間、脳裏によみがえったのは、小さな頃から見た夢だった。

 そして夢にまつわる様々な記憶までもが泡のように浮かんだ。


 地球と呼ばれる星の、日本で生きていた14歳の自分。

 姿形は、夢の中で何度も見た黒髪黒目の女の子のものだ。

 高いビルはあるけれど、どこかのどかな雰囲気の町に住んでいた。

 記憶は14歳のものまでだったけれど、当時の私がよく遊んでいたゲームのことを思い出して息を飲んだ。


 私はシミュレーションゲーム系が好きだった。

 リアルを追及したような戦闘シーンはめまぐるしすぎて、自分の番と敵の番、とターンで行動できるのがわかりやすくて、自分に合っていたのだ。

 そんなシミュレーションゲームの中に、乗っ取られかけた王国を取り戻すために戦う主人公の話がある。


 この国の名前が使われた、ファルジア王国戦記。

 主人公は王族が殺され、隣国に侵略された国を救うため立ち上がり、敵国とそれを引き入れた王妃の軍を相手に戦うのだ。


 ゲームの中には、進軍する主人公の邪魔をする魔術師がいた。


 毒妃マリアンネの側近、キアラ・クレディアス。


 嫁に行けと言われてる先が、クレディアス子爵って人なわけで。

 結婚したら、私がその名前になるんだけど……。

 ちょっ! 私まさか、悪役!?

 と頭の中がパニックになってるのが、今現在の私の状況だ。


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