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私は敵になりません! 作者:奏多
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帰るべき場所 5

「ひゃっ」

 落下感に驚いたけどレジーが私を抱えたまま着地してくれたおかげで、怪我はなかった。
 土ねずみの巣の中に入ったらしい。
 暗いけど、吹雪の中から逃れたおかげで暖かい。でもまだ寒い。
 それをわかっているかのように、剣を鞘に収めたレジーが横抱きに抱え直してくれた。

 進む先は真っ暗だ。前後を土ねずみに挟まれるようにして、どこかへ誘導されるままに進んでいる。
 けど不安はない。レジーは、私にひどいことなんてしない。守ってくれるってわかっているから。
 ただかなりの距離を歩いていることが心配だ。人を抱えて歩くには辛い距離だと思うのに、レジーは何も言わない。

「レジー、自分で歩くよ」

 少し休めたから、さっきよりはふらつかないと思う。

「だめだよ、君は素足だったじゃないか。それに私がキアラに触れていたいんだ」

 暗闇の中でそんなことを言われると、うろたえてしまう。言葉がやけに心に響く気がして。
 なんとなくそれ以上反論できずにいると、ようやく暗い土の中から外へ出た。

 月が見える。
 丸くてとても明るい、満月だ。
 月の光が私達のいる場所を照らしていた。
 そこは川の側にある、小さな崖の下だった。大きな岩を洗うような流れの早い川が黒く見える。レジーや土ねずみが立っているのは、丸い小さな砂利ばかりだった。
 そこでようやくレジーが私を降ろしてくれる。
 石に直接足をつけたので、ちょっとだけ冷たい。

「ここか」

 レジーのつぶやきに、私は首をかしげる。

「どこに出るのか知らなかったの?」
「土ねずみがいくつかの出口を作ってしまってね。どこに行くのかはその土ねずみ次第だったから。どちらにせよ、戦場のリアドナからは大分離れたはずだ。他の者も、同じように別な出口に土ねずみと移動しているはずだよ。……手を出して」

 レジーに促されて縛られたままの手を差し出すと、剣で縄を切ってくれる。
 ようやく解放されてほっとした。でも縄の痕がひりひりしたのでさすってしまう。
 するとレジーが、怪我の治療をしてくれた。
 最初から私を連れて他の人と離れることを想定していたのか、レジーは傷薬なんかを持参していたみたいだ。
 縄の痕と、イサークの剣で傷をつけた掌に包帯が巻かれて行く。
 でもここでゆっくりしていていいんだろうか。敵も土ねずみの穴を見つけるんじゃないかと私はそわそわする。

「敵が後を追って来るとかそういう心配はないの?」
「エメライン嬢達が塞いでくれることになってる。土ねずみが穴を塞ぎたくなる方法があるらしいんだ」

 さすが飼い主。

「土ねずみも何匹か犠牲にさせちゃった……」

 体当たりばかりされている私だけど、あんなに外見の可愛い生き物が剣で斬られて倒れる姿を見るのは、痛々しくて辛かった。

「わかっていてやったことだから、君は気にしないで。それでもいいとエメライン嬢は言ってくれたし、砦に連れてきてしまった時点で、君が魔術を使えば敵軍の真っただ中を走って駆けつけただろうしね。それより」

 言葉を切ったレジーが手に包帯を巻き終わると、私を抱きしめた。

「無事で良かった」

 レジーの一言に、私は瞼が熱くなる。
 本当は、誰も助けには来ないと思っていた。期待しちゃいけないって。
 そんなことをしたら、誰かが傷つく。戦争で人を殺すことはどうしようもなくて、ようやく諦めがついた私だけど、せめて大事な人達には傷ついてほしくなかった。
 だから自分が逃げるのは二の次でいいと思った。
 ファルジアを勝たせて、ついでにクレディアス子爵を倒すことを優先しようとした。クレディアス子爵がいなければ、ファルジアは苦戦しないだろうから。

 なのに、来てくれた。
 私を心配してくれていたことが嬉しくて、まだ必要としてくれてるんだと思うと、それだけで心が満たされる気がする。
 嬉しくて、安心して、涙が出てくるのを止められなくなっていた。

「キアラ泣かないで」

 レジーはなだめるように背中を撫でてくれる。慣れ親しんだ手の感覚に、私はよけいに泣かされる。

「怖い思いをさせたね。早く助けに行けなくてごめん」

 謝らないでと言いたかったけど、嗚咽が邪魔して何も言えない。
 だってレジー達のせいじゃない。戦争についていくって、自分で決めたからだ。
 でもやっぱり怖かったから、ついレジーにすがりついてしまう。
 そのまま返事もできずにいたけれど、しばらく泣いているうちに少し気が収まったみたいで、ようやく涙が止まってきた。でも顔を上げられずにうつむいて、レジーの胸に額を当ててじっとしていた。
 すると頭を撫でながらレジーが言った。

「そろそろ顔を見たいな」
「やだ。泣いてひどい顔してるから」

 即お断りした。イサークとかなら、存分に幻滅するなり酷いと思うなり好きにしたらいいから気にしないけど、レジー達にはそんなの見せたくない。

「私は気にしないよ。キアラはいつだって可愛い」
「……え」

 あまりにストレートな褒め言葉に、私は思わず息を止めてしまいそうになった。
 そんな私の右手を、レジーがなにげなくといったように持ち上げた。

「指輪は取り上げられた?」

 指輪がないことは、月明かりでも充分にわかっただろう。だけど確認したいのか、指を撫でるように動かされてくすぐったい。こそばゆいのとは違う、何かよくわからない感覚に私はうろたえたまま答えてしまう。

「あの、子爵を刺そうと思って使って……」
「刺すような状況になったんだ?」

 レジーに問い返されて、私は自分が余計なことを言ってしまったと気づいた。
 私のバカ! レジーを心配させてしまうだけなのに、どうしてそんなことを言った。

「あの、大丈夫。エイダさんが助けてくれたし、その後はイサークも近づけないようにしてくれたから……」
「近づかないようにさせないといけない目に遭ったんだね? 何をされたの?」
「うぁぁ。えっと、私が魔術師だから自分が管理するって連れていかれそうに……」
「管理するためだと言って、刺すほど接近したんだね?」

 これ以上否定しきれない気がして、私は逃げようとした。だって襲われそうになったなんて恥ずかしくて言えない。

「も、もう質問はなし!」

 そうして離れたら、私が頑なになる前にレジーは諦めてくれる。そう思ったのに。
 やんわりと握られたレジーの手から、自分の手が離せなかった。離すのが怖い。
 するとレジーが、私の手に自分のもう片方の手を添えて包み込むようにする。

「キアラ、私に触れられるのは嫌じゃない?」

 静かに尋ねられて、自分でもどうしたらいいのかわからなくなっていた私は、うなずく。

「抱きしめていても、嫌じゃなかった?」
「……あったかいから」

 そう返すと、小さく笑った。

「だったら逃げないでいてくれる?」

 前にもそんなことを言われたような気がする。いつだったかと思い出しながら「レジーから逃げたりはしない」と言えば、さっきよりも柔らかく抱きしめられて、それどころか抱き上げられた。
 あっという間に、レジーは近くの岩の上に私を抱えたまま座ってしまう。
 重くないんだろうかとうろたえた隙に、右手を持ち上げられて指輪が無くなった中指に口づけられる。

「これは嫌?」
「嫌じゃ……ない」

 指輪をだめにしてしまっても、怒っていないってことだと思う。
 同時に胸が苦しくなる。指輪をしていないことをすごく惜しまれている気がして。
 でも無くなったことを確認するためだけに、口づけなんてする必要はないのに、それって好きな人にするようなことじゃないの?

 だけど聞けない。怖くて。
 貴族同士なら、社交辞令で指に口づけることがあるって知っているから。王族のレジーだったら、その程度の意味しかそこにないかもしれない。
 はっきりそうだってわかったら……。
 と考えたところで、私はイサークの言葉を鮮明に思い出す。

 ――お前は恋愛感情が信じられないのか?

 なんでイサークはあんなことを言い出したんだろう。考え込みそうになった私に、レジーがささやいた。

「それならこれは?」

 問いかけられて顔を上げると、頬にレジーの唇が触れた。
 ほんの一瞬のことなのに、胸の奥に甘い感覚がよぎる。頭がぼんやりとする心地よさに、私は落ち着かない気持ちになる。
 だけどイサークに同じことをされた時とは、全然違う。
 その理由がわかりそうな気がして、私はじっとレジーのことを見つめてしまう。

「ウェントワースを守るために捕らわれたんだってわかっているけど、ずっと心配していたんだ。おかげでウェントワースは生きて戻ってくれたけど」

 そうか、カインさんは無事に戻れたんだ。
 安否がわかって私は息をつく。
 レジーは微笑みながらまだ濡れたままだった頬を、さっきまで指をなぞっていた手でそっと拭ってくれた。

「代われるものならそうしたかった。これから先、私の目の届かない場所にいさせてあげる自信がないよ。……キアラ、それくらい君が大事なんだ」

 大事だと言われて、引っ込んだはずの涙がまた目に滲みそうになる。

「心配させてごめんね。でも危ないことはもうしないで。私ならなんとかするし、レジーが殺されたり怪我するのは嫌だよ」
「こればかりは意見が合わないね」

 正直に言ったのに、レジーは苦笑いしながらも受け入れてはくれない。
 ひどい、と思った私に彼がささやいた。

「私もこれに関しては引かないよ。だって君以上に大事な人はいない。……君が好きなんだ、キアラ」

 好き。
 レジーの言葉に、私は胸を突かれたように息が止まって。
 その瞬間を見計らったようにレジーの顔が近づいて……口づけられた。

 避けることなんて思いもつかなかった。
 ただ唇が柔らかいことに気づいたとたんに、顔が発火しそうなほどに熱くなった。
 なぞられるように動かされると、背筋を震わせるような感覚に陥る。どこかに落ちて行くような、そんな気持ちに近い。
 でもイサークみたいに怖くはなくて、もっと安心させてほしいとねだりたくなる自分に戸惑った。

 同時にあの日、イサークが何を私に伝えようとしたのか、少しだけわかった気がする。
 死にそうになってでも助けたいと思って、危険だとわかっていても戦場にまでついてきた理由。
 恨めと言いながら強引に口づけたのは、自分とレジーの違いを教えようとしたんじゃないだろうか。
 好きな人と、好きではない人への違いをわかれと。

 ……そうか、好きだったんだ。
 すとんと、私の心の中にその言葉が染み込んで行く。
 いつからだろう。でもきっと、ほとんど最初の頃からなんだと思う。
 知り合ったばかりだった。一人で逃げてきて、頼りになる人も誰もいない。正直に話しても疑われて当然の状況で、レジーだけが信じてくれていた。

 でも私は、この人に恋されるわけがないだろうと思っていた。今でも、好きだなんて気の迷いなんじゃないかと思っている。
 どこか、自分とは違う世界の人みたいに思えて。
 ゲームの中の王子様が、自分に恋するわけがないって思うから?
 だから時々、レジーが友達の枠を踏み越えるようなことをしても、からかわれていると思おうとしてたんだろうか。冗談だと思っておけば、穏やかな関係が壊れたりしないと思って。

 けど唇が離れると、せつなくなる。
 そのせいで、自分の気持ちが嘘じゃないと心に刻まれる気がした。
 レジーは私に言う。

「今度は謝らないよ。嫌われたくなくて無理にこういうことをしようとしないでいたけど、君がいなくなって、言えないままになるのは嫌だと思っていた。だからもう全部言うことにしたんだ」
「ぜ、全部?」

「好きだから、戦わせたくなかった。本当は閉じ込めて、どこにも出られないようにして君を守りたかった。私が死んだとしても君には生きていてほしかったから。それをわかってほしかったけど、キアラには通じなくて。そのうちにウェントワースばかり側に置いて、彼を一番にするつもりなんだと思ったら、辛くなる前に離れるしかないかもと思ったけど」
「え、カインさん?」
「だってウェントワースに抱きしめられていても、キアラは嫌がってなかった」

 まさかデルフィオン男爵の城でのこと? ……見てたのか。そうとわかると恥ずかしくなる。

「カインさんは、誰かに縋りたかっただけだと思ったから……」

 あの時はカインさんが亡くした家族のことが忘れられなくて、代わりが欲しいんだと思った。男の人だから泣いたりしないだろうけど、でも寂しくて辛いなら、ちょっとだけ胸を貸すような気持ちだっただけで。
 だから彼も好きだと言ってくれたのに、私は真正面から受け取らなかった。受け入れるとかその前に、何かが違うと思ってしまったから。
 でも、もう違いを誤魔化せない。全部イサークのせいだ。

「だけど……遠慮するのはやめることにしたんだ」

 レジーは気分が良さそうに微笑む。

「君が迷惑に思ったり、束縛されて困るかもしれないけど、なるべく言いたいことは言っておきたい。二度と言えなくなるのは嫌だったから。でも……キアラは嫌だった?」

 私の答えは決まっている。
 ずっと決まっていたのに、知らないふりをしていただけだった。

「レジーの気持ちは嫌じゃ……ないの。だけど、私なんかのこと、本当にそんな……」

 嘘偽りなく好きでいてくれるの?
 これは全部夢で、目が覚めたら無かったことになりそうな感じがして怖い。
 いつの間にかレジーのマントの襟元をぎゅっと握っていたら、レジーはそんな私の手に自分の手を添えてくれる。それだけで、私の戸惑いもわかってくれたと思えるこの感覚が、とても嬉しい。

「信じられない?」
「……少し、怖い」

 これが現実だって認識しているはずなのに、一歩踏みこんだ気持ちを口にするのは怖かった。どうしてこんなに怖いのか、自分でもよくわからない。

「君がそんな風に思う理由を、私は理解してるつもりだよ。だから怖くないと思えるまで、何度でも君に理解してもらえるようにしようと思うんだ。そのうちに怖くなくなったら、キアラの気持ちを聞かせてほしいな。それまでずっと待ってる」

 レジーは無理に押してはこなかった。
 私の気持ちが傾いているって、わかったからだろうか。

「好きだよ、キアラ」

 夢なんかじゃないと教えるようにまたレジーが抱きしめて、同じ言葉を繰り返してくれる。
 優しい言葉に浸るように目を閉じた私は、ふと私に心の底に蓋をしてしまい込んだものを気づかせた人のことを思い出す。

 イサーク。貴方は何を考えて、あんなことをしたの?

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